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 新世界歴2年 1月27日

 日本皇国 北海道州 道東県 択捉島

 択捉大演習場



 千島列島最大の面積はもとより転移前は日本で最も大きな利用である択捉島には約16万人が暮らしている。島民の殆どが西部の「択捉市」に居住しており同島の玄関口である「択捉国際空港」も市内にあり、新千歳や豊原そして東京への定期便が発着している。この時期の樺太や千島列島は荒れた天気になることが多く、数日前にも発達した低気圧の影響で天気は大荒れだったのだが、この日の天気は快晴であった。


 択捉市から100kmほど東にある蕊取町には択捉大演習場という陸軍が管理している大規模な演習場がある。この演習場では毎年、この時期になると日本軍と他国軍による大規模な実戦形式の演習が一ヶ月の間行われている。昨年は転移直後の混乱期ということもあり演習そのものは実施されなかったが、一年経った今年は演習が行われることになり、アトラス・レクトア・アメリカ・イギリス・朝鮮・中華連邦といったPTO加盟国の部隊を択捉島に派遣していた。

 

「……これが日本の冬か。色々と嘗めていたかもしれん」

「……ああ。ここまで寒いとは思わなかった」


 今回はじめて、日本の冬季演習に参加するアトラスとレクトアの兵士たちは厳冬期の洗礼をその身で受けていた。気温は-10度ほどだが、どちらも転移前は比較的温暖だった両国の気候になれている兵士たちからみれば経験したことがない身を貫くような寒さだ。これに、風が吹けば体感温度は更に下がる。

 その中を平然とした顔で「今年はだいぶ過ごしやすいな」などと会話をしている日本兵は彼らからすれば異常だった。


「確かに寒いですけど。数日前なんて眼の前が見えない吹雪でしたからねぇ。しかも冬のこの地域って基本的に荒れた天気になることが多いんでこうしてスッキリ晴れるのも結構珍しいんですよ」


 寒くないのか?とアトラス兵に問われた日本兵はそう言って苦笑し、更に言葉を続けた。


「それに、厳しい環境の演習場って他にもありますしね。例えば去年ノルキアが上陸した樺太の演習場だとか、占守島の演習場も冬の間は天気が荒れていることが多くてこの時期にあそこで演習すると言われたらみんな絶望しますねぇ。他にも絶海の孤島なうえで熱帯雨林のジャングル地帯がある演習場とかも南洋諸島にはありますし」

「そ、そうなのか……」

「それはまた……」


 アトラスとレクトア兵はドン引きした。

 無数の島々で構成されている日本皇国。南洋諸島という無数の島々も領土になっているので気候は亜寒帯地域から熱帯地域まであるのだ。これら様々な気候が一つの国になっているのもアークの中で見れば中々に珍しい。

 意外に忘れられがちだが日本という国はかなり大きいのだ。


「なので、海外に出向かなくても国内でなんとかなることが多いですね。例外は砂漠地帯と、あとは大陸国家と違って演習場が小さいので榴弾砲やロケット砲の射撃演習ができるところが少ないのがマイナスな部分ですね。一部の演習場はだいぶ集落に近いところにあるので、特に訓練時の騒音をなるべく出さないようにって結構神経を使いますよ。だからウチの国で大規模訓練ができる演習場って実は樺太とこの択捉くらいしかないんですよね」


 大陸国家と違って島国は基本的に土地がない。

 特に、日本は全体的に山岳地帯が多く平地が少なく。その限られた平地だってほとんど開発されてしまった。例外なのはだいぶ後になって開発が行われた地域と、環境面で大規模開発が難しかった場所くらいだ。それが日本の場合は樺太であり千島列島であり南洋諸島だった。



 普段ならば合同演習の規模はもっと大きいものなのだが、今回は大半がフィデスの戦争に参加しているということで、参加する部隊の数も例年よりも小規模なものになっている。それでも、あわせて1万人以上の兵士たちが今回の軍事演習に参加するわけで、地元の北海道メディアなどは連日のようにこの軍事演習に関するニュースを報じていた。

 そのニュースの中には平和団体が、大規模な軍事演習に対する抗議活動を演習場正面ゲート前で行っているというものもあった。実際に、演習場の正面ゲート前には数人の男女が集まって「軍事演習反対!」などと書かれた横断幕を掲げてシュプレヒコールをあげている。

 そんな、平和団体の構成員たちを監視しているのが地元・蘂取警察署の警官たちである。


「寒いのに元気ですね。本土の人たち」

「わざわざこれやるためにこんなところまできた行動力はすごいわな」


 主催は地元の平和団体ということになっているが、参加者の多くはわざわざ関東圏からやってきている。年齢層も比較的高いがこれは時期が平日だからだ。休日ならば労働組合からの動員もあって更に数は増えるのだが、さすがに択捉島まで派遣させることは労組も出来なかったらしい。

 まあ、そもそも本土から択捉島にいくのも一苦労だ。

 まず、羽田からの直行便はなく新千歳で乗り換えることになる。

 一応、根室から船は出ているのだが冬季の間は天気が荒れることがあるのでよく欠航している。そもそも、根室へ行くにも中標津空港までいってそこから鉄道かバスで根室港まで行かなければならず時間がかかるので、殆どは新千歳で択捉便に乗り換えるのが一般的だろう。

 ただこの時期は飛行機も天気の影響を受けるので、飛行機に乗っても択捉島につかない可能性もあった。更に、択捉空港がある択捉市から演習場のある蘂取まではバスかレンタカーでしか行くことは出来ないのだが、3時間くらいかかるのだ。

 そこまでして抗議のためにわざわざやってきたのだから、警官たちは内心「すごい行動力だな」と感心していた。一方で、そんな行動力のある彼らの監視を寒空の中しなければならないことには色々と思うこともあるが、これも仕事なので妙なことが起きないように祈るしか無い。

 幸いにして、集団は30分ほどで解散した。

 さすがに、この寒さでは長時間の抗議活動は出来なかったようだ。

 そそくさと用意されていた車に乗り込んで択捉市方面へと走り去っていった。

 団体の目的は最初の時点で達成されている。

 地元テレビ局のカメラマンがしっかりとこの様子を撮影していたのだ。そのカメラマンも先程までゲート周辺を撮影してやはりそそくさと撤収していた。撤収際に「なんでこんな寒いところで……」と文句を言っていたが。

 監視対象の団体が撤収したが、警察はもう暫く付近を見回り。異常が見られなかったことから撤収していった。



 演習場の上空を2機のUH-60J汎用ヘリコプターが飛行していた。

 機内には兵士たちが降下の準備をしており、準備ができた兵士たちから地上へと降下していく。地上は一面銀世界になっており、兵士たちも雪の中で身を隠すために白い戦闘服を着ていた。

 地上へ降下した兵士たちは早足に付近にある建物へ向かう。

 そこが、彼らの「攻略目標」だからだ。中には、敵の部隊がいることはすぐにわかっている。なので、彼らはなるべく物音をたてないように動く。そんな彼らの動きを追うように空中にはカメラ付きのドローンが飛んでいた。

 ドローンにはカメラが搭載されており、訓練の様子は離れた司令部の一角にあるモニターに映し出されていた。モニターを確認しているのは、今回の演習に参加している国々の将校たち。

 今回の訓練は多国籍部隊による合同任務を想定して行われている。

 なので、この部隊も一つの軍だけではなく複数の軍から選抜された兵士たちによって構成されていた。そのため、意思疎通などは英語で行われている。これは、アトラスやレクトアでもほぼ同じ言語が使われているからだ。

 まあ、任務中ペラペラと話しながら作戦を行うことはなくハンドサインで意思疎通をとるので実際に話す機会は任務中はほぼない。

 彼らはハンドサインで各自意思疎通を図りながら武装勢力が潜んでいる建物へ突入していった。




 新世界歴2年 1月28日

 フィデス人民共和国 アディンバース



 連合軍によるフィロア大陸侵攻のあと。

 連合軍は首都・アディンバースなどへの空爆を活発化させていた。

 毎日のように続く空爆に、普段はあまり外のことを気にしないアディンバース市民たちも徐々に不安を募らせている。

 それは、政府の中枢にいる閣僚たちにも広がっていた。

 しかし、絶対権力者ともいえる総統は頑なにアメリカとの交渉に応じようとしなかった。それどころか――。


「貴様。いまなんといった?」


 ジロリと総統は発言者である内務大臣を睨む。

 総統から放たれる圧に内務大臣を務める官僚は冷や汗が止まらない。


「で、ですから。相手と交渉することを検討すべきかと」

「蛮族どもに頭を下げろと貴様は申すのか?」

「め、滅相もありません!」


 ブンブンと大げさなほどに首を横にふる内務大臣。


「ではなぜそのようなことを私の前で言ったのだ?」

「そ、それは……」


 強まる圧に内務大臣は答えられない。

 それをみた総統は後にいた親衛隊員に目配せをする。彼らはすぐに総統の意図に気づくと内務大臣の両脇にたち彼を拘束するために取り押さえる。


「な、なにをっ!」


 内務大臣の突然のことに親衛隊員を睨むが、彼らは一切動じない。

 そもそも、彼らは総統の命令のみに動く。たかが閣僚の睨みなど彼らにとっては痛くもない。内務大臣はついで総統に視線を向けるが、彼から向けられるのは底冷えするような視線だけだ。


「貴様は敵と内通している可能性がある――国家反逆罪の容疑で拘束したにすぎん」

「ご、誤解です!」

「ならばなぜ、蛮族と交渉すべきなどと言った?蛮族どもから賄賂でももらったのか?」

「そんなことは一切ありません!」

「ではなぜ蛮族と交渉すべきといったのだ」

「こ、このままでは市民の不安が増すばかりと考えたからです」

「ほう。我が国が蛮族どもに負けると思っているのか?やはり、貴様は反逆者だな。もう言い訳も聞きたくはない。連れて行け」

「はっ!」


 総統はこれ以上の問答は不要とばかりに、親衛隊員に内務大臣を部屋から追い出せと合図を出す。親衛隊員に引きずられるような形で連行されていく内務大臣は「どうかお考え直しを!」と叫ぶがすでに総統の耳には届いていなかった。

 彼のように、皇帝にアメリカとの交渉などを提案する閣僚や官僚は総じて「反逆者」として拘束され、強制収容所に収容されていた。


「おのれ……蛮族どもめ。我が国を攻め込んだこと。この私に喧嘩をうったことを必ず後悔させてやる……!」


 度重なる敗北に総統の精神はいよいよ狂気に染まろうとしていた。


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