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 正暦2025年 1月3日

 日本皇国 新潟県新潟市

 新潟海軍基地


 翌日の朝。「鳥海」による先導を受けたアトラス巡洋艦「ケーテンバーグ」が新潟市にある海軍基地に入港した。基地近くの岸壁には多くの報道陣と野次馬が集まっていた。昨日の夜、ニュースで「佐渡沖で国籍不明の船舶を確認した」というのが流れたので、その姿を一目見ようとしているのだ。

 まあ、基地や港の一部はすでに警察や保安隊によって厳重に封鎖されているので、彼らが見られるのは軍艦くらいなのだが。

 新潟基地には、日本政府からの出迎えとして外務副大臣の絵島秀幸が待機していた。絵島副大臣は保守党と連立を組んでいる民政党に所属している衆院議員。国会議員になる前は外務官僚をしており政治家になってからも主に外交などを専門にしてきた所謂「外交族」の政治家だ。

 アトラスが副大臣クラスを派遣しているという情報があったことから急遽彼がこの日の朝に空軍のヘリコプターで新潟入りした。


「未知の国――やはり総理が言ったように我々は異世界に迷い込んだとみたほうがいいな」


 一応、相手は英語に似た言語を使うという話だ。

 幸いなことに絵島は流暢に英語を話すことができるので意思疎通で困ることはないだろう。


「副大臣見えてきました」


 同行している外務省の職員の言葉とおり新潟基地に二隻の大型艦が入港しようとしていた。一隻は日本海軍の鳥海。そしてもう一隻、見慣れぬ国旗などを掲げているのが今回接触してきた「アトラス連邦共和国」の巡洋艦なのだろう。甲板上には軍服などを着た一団が整列していた。

 そして、絵島は彼らの容姿を見て「ん?」と思わず首を傾げる。

 乗員たちは皆揃って容姿が整っている。この部分は別にいいだろう。

 なぜか、大半の乗員の耳が尖っているのだ。

 そのことに違和感を覚えつつも、陸地に上陸してきた彼らを出迎えると一団の中から仕立ての良いスーツを着た青年が絵島の前に出てきた。


『アトラス連邦共和国外務副大臣をしておりまして、今回の外交団の団長を務めるレフリー・マイトンと申します』

『日本皇国外務副大臣のエシマと申します』


 ガッシリと握手を交わす双方の代表者。

 会話は双方英語で行っており、事前の報告通りきちんと意思疎通ができることにどちらも内心安堵していた。


『しかし、随分お若いですね』

『ああ。我々「エルフ」は一定の年齢になると老化が止まりますからね。私はこう見えて200歳は優に過ぎていますよ』

『に、200歳ですか…』

『もしや、こちらの国には我々のような「エルフ」は存在しないのですか?』

『ええ。民族の違いなどはありますが…「エルフ」は物語上の存在ですね』

『なるほど…我々の国は「エルフ」を主体として「獣人」などが多く暮らす国でして。逆に人間族のほうが少数派なのです。我々の世界では我が国のような民族構成の国は「亜人国家」などとよびます』


 地球以上に複雑な民族対立が起きていそうだな、と内心思う絵島。

 実際、彼の考えとおりアトラス連邦が存在していた世界には未だに根強い人種差別感情がある。国際機関によってそういったものをなくそうと奮闘はしているものの未だに人間以外を認めない「人間主義」を掲げる国家や勢力は多くあった。

 一方のマイトンは日本側の自分たちへの対応が差別的なものにならなかったことに安堵していた。絵島から「亜人が存在しない」と聞かされた時は内心身構えたが、エルフや亜人だということを知っても絵島や周囲の外交官は一切変わらなかった。実際には彼らはエルフなどが実在していることに内心では驚いていたのだがさすがにそれを表に出すのは失礼だと知っているのでなんとか表情に出さないようにしていただけなのだが、ただ、彼らのこの態度でマイトンの日本に対する評価はやや上がっていた。


 使節団一行は、周辺の混乱を考慮して新潟航空基地で空軍の輸送機に乗り換えて東京へと向かった。国交開設に向けた話し合いは明日以後おこなることが決まり、一行は日本政府が用意したホテルで翌日まで身体を休めることとなった。



 日本皇国 東京市港区

 帝都ホテル


 帝都ホテルは日本で最も格式の高いホテルとして知られ、海外要人が来日した時の滞在先に選ばれる事が多かった。アトラス連邦の使節団一行も日本政府が貸し切ったフロアに宿泊することとなった。帝都ホテルには日本政府が海外要人が安心して宿泊できるようにフロアを一つまるごと貸し切っており他の宿泊客と動線をわけるなどの対策がとられている。

 使節団の代表であるマイトンは用意された部屋に入るなり肩の力を抜いた。

 初接触から険悪な状態になることも覚悟していただけに、日本側の常識的な対応はマイトンたち使節団を安堵させた。それでも、まったく未知の国にやってきたということで、無意識のうちに緊張していたらしい。


「それにしても異世界か…」


 自分たちの世界と異なる世界というのが存在するというのは、神話などで書かれているが宗教関係者ですらそれが実在するとは考えていなかった。

 昨日。アトラスでも地震とオーロラが観測された。

 その異常現象の後に、強力な電波が複数の方角から発せられていることがアトラス軍の観測施設で確認された。アトラス政府はその中で最も近い南側を探索することになり、それによって接触したのが日本だった。

 日本は、彼らの目から見てもかなり発展している国といえる。

 首都である東京は幾つもの超高層ビルが立ち並んでいるし、彼らが最初に降り立った新潟も地方都市としてはかなり発展していた。チャーター機から見た日本は山地が多く、一方で少ない平地には建物がみっちりと密集する都市が形成されている。日本に関しての詳しい情報は明日以後得ることができるだろうが、すくなくとも日本という国はかなりの大国だろう、と移動中の飛行機の中でミルトンは確信した。


「この国とはもしかしたらいい関係を築いていけるかもしれないが、それがわかるのは明日だな…」


 今は、ともかく身体を休めることに集中することにした。



 翌日。外務省で両国の初めての交渉が行われた。

 最初に行われたのは両国それぞれの紹介だ。

 

(本当にエルフだよ…)


 会議に出席した外務省職員の寺井は目の前に座る美形の集団を見て顔がひきつりそうになるのをなんとか耐えていた。現在は、日本側の紹介映像が流されている。これは、海外向けに作成されたもので幸いなことにエルフたちが話しているのが英語に極めて近い言語であることから英語向けの映像をそのまま使用している。多少文法の違いなどはあるようだが、メインなのは映像なので彼らは概ね日本のことを理解してくれているようだ。

 外務省に入省して6年ほどの寺井は一月前まで、イタリアの領事館にいたが異動のために日本に戻っていた。新部署での仕事に忙殺されながらようやくやってきた年末の休みは2日ほどで終わってしまった。

 数多くの国の大使館と連絡がとれないという非常事態の対応にあたっていた中で出てきたのが「日本は異世界に転移したのでは」というものだ。物語でもあるまいにバカバカしいと昨日まで思っていたわけだが、こうして目の前に本当の「異世界人」が出現するとどういった態度をとればいいのかわからなかった。

 同僚たちの多くも同様だが、上司たちはさすがで表情を変えずに淡々としている。だが、上司たちも内面では困惑しているのは微妙な表情の変化で気づけた。

 ほどなくして、日本側の紹介は終わり続いてアトラス側の紹介に入る。


 アトラス連邦共和国は連邦共和制の国家で「アーク」と呼ばれる世界の中央部に位置していた日本と同じ島国だった。5つの主要な島と4000を超える島々によって構成されており、主要産業は工業やITなどと日本と似ており、加工貿易で利益を得ていたという。

 国民の9割が「エルフ」や「獣人」などといった亜人種であり、1割が人間だが混血が進んでいるので純血の人間はかなり少ないという。亜人種のうち8割が「エルフ」であり使節団の面々もほとんどが、特徴的な尖った耳をもった「エルフ」だった。使節団の面々は若い容姿をしているがそれはあくまで外見だけで、年齢は三桁のものがほとんどだ。

 軍事力もアトラスは整っていた。

 特に、海軍は原子力空母など6隻の空母を運用しており、それ以外に弾道ミサイル運用の潜水艦なども多数配備されていた。総兵力は50万人と日本軍よりは少ないがそれでも隣国になったイギリス軍を上回るレベルだ。


(敵対していたらまずかったな…)


 簡単な説明ながらもアトラスがかなりの大国だと理解した寺井は、アトラスが覇権主義的な思惑を持つ国ではなかったことに安堵した。


 その後の、両国の交渉はスムーズだった。

 3日後には日本とアトラス連邦は外交関係を構築することで基本合意した。

 合意から2日後。使節団はアトラスへ帰国。

 日本も同行する形でアトラスに外交使節団を派遣した。


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