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 新世界歴2年 1月24日

 ユーゴスラビア連邦 セルビア ベオグラード



 欧州連合とベルカ帝国の講和条約締結式はギリシャの隣国であるユーゴスラビア連邦の首都・ベオグラードで行われることとなった。ベルカ側は自国での開催を望んだものの、欧州連合側はこれを拒否し最終的にベルカ側が折れる形でユーゴスラビアで行われることになった。

 ギリシャ大使の発言による混乱がヨーロッパ側で若干見られたものの、彼の発言そのものが条約全体に影響を及ぼすことはなかった。

 今回の講和条約ではベルカ帝国がギリシャから完全に撤収することを条件に、欧州側はベルカに賠償を求めないこと、そしてギリシャとベルカ帝国が繋がっている地域では半径20kmの範囲で非武装地帯にすることなどが条約に盛り込まれていた。

 欧州各国とベルカ帝国の外交関係に関してはそれぞれの国が個別に交渉することも認められており、すでにドイツやフランスなどがベルカとの国交開設に向けた交渉に前向きだと欧州メディアなどが報じていた。

 しかし、今回の講和条約に関しては欧州・ベルカ双方に大きな反対意見が出ていた。欧州側では講和ありきの交渉が進められたという反発がギリシャや東欧諸国から上がっており、一方でベルカは「そもそも自分たちは負けていない」と、交渉を主導した政府や外務省への反発が貴族院や軍部を中心に起きていた。

 それでもベルカの場合は絶対権力者である皇帝が決めたこと、の一言でそういった声を抑えることは出来ている。一方で欧州側はそこまで強大な権力を有している者はいないわけで、講和そのものに反対する抗議集会などが各地で起きていた。

 それは、条約締結式が行われるベオグラード市内でも起きていた。


『安易な講和反対』

『被害者不在の講和反対』


 講和条約に反発する団体による抗議集会がベオグラード市中心部で行われていた。集会に参加しているのは現地住民やヨーロッパ各地から集まった団体の賛同者。そしてユーゴスラビアに避難しているギリシャ系避難民などでその数は1万人ほどだ。

 抗議団体の周囲には完全武装した警察官が取り囲んでおり非常に物々しい雰囲気となっていた。


「奴らにも俺等と同様の苦しみを受けるべきだ!」

「俺達が一体なにをした!突然攻撃を受け故郷を追われた!講和を結んだからといって安心できる要素は何一つない!」


 避難民たちがマスコミのカメラの前でそう訴える。

 国際法など殆ど意味のないこの世界で講和条約を結んだからと言って相手がそれを守ってくれる保証はどこにもない。いくら、非武装地帯を設けたところでそれも数年すれば無視するのでは?そんな不満を抱えた避難民たちが集まっていた。

 もっとも、それが避難民の総意ではない。

 純粋に講和条約が結ばれ故郷に戻れる可能性が高まったことに安堵する意見も当然ながら避難民の間から出ていたし、むしろその声のほうが大きかった。やはり長引く避難生活で疲弊していた国民は多かったのだろう。

 だが、マスコミや世間の目というのは肯定的な意見よりも否定的な意見ばかりを注目する。そして「こういった反対の声があるが?」と政治家に問いかけるのだ。ギリシャ大使の発言によってマスコミの中にも講和条約に対して「もう少し話し合うべきでは?」という声も上がっていた。


「メディアは勝手なものだ。戦争を長引けば長引くほど問題視するくせに。いざ戦争を終わらせようとすると『時期尚早』などといい出す。奴らは一体なにがしたいんだ」

「世間をかき乱したいんだろうさ。奴らにとってそれが重要なんだ。奴らに国益なんてものは存在しないからな」


 ようやく、相手側ときちんとした交渉が出来たというのにメディアが形作る「世論」は否定的なものが多い。そのことに交渉を担当した各国の外交官たちは渋い顔を作る。


「これで講和条約そのものが流れたらどうするつもりなんだろうな?」

「逆にそのことを批判しておしまいだ。後のことを記者連中が考えているとは思えん」

「火を付けるのはいいが後処理も一緒にしてもらいたいものだよ」


 被害者であるギリシャに同情が集まっている中での、ギリシャ外交官によるカメラの前をした訴えによる世論の反応は見事に真っ二つにわかれた。彼の言葉を支持し、講和条約は時期尚早だという声。

 もう一つはメディアの前で勝手に発言したことは問題とする意見だ。

 だが、後者よりも前者のほうが声は大きく、ヨーロッパの主要メディアはこのことを現在まで報道し続けていた。


「まあ、なんとか条約が結ばれることが決まった。最初の大仕事はなんとか終われる」

「これがある意味始まりでもあるがな」

「ベルカもベルカで内部にかなりの問題を抱えているらしいからな…」


 ベルカでも今回の講和条約に対しての反発が出ているという。

 まあ、一部の貴族たちが騒いでいるだけで絶対君主制であることもあり「皇帝が認めた」という一言で黙らせているらしいが。その部分においては絶対君主制というのは楽だ。少なくとも「皇帝が言っていた」で殆どの意見を黙殺できる。まあ、その皇帝が暴君だった場合は一気に国が傾く要因にもなってしまうので諸刃の剣でもある。

 民主主義は多様な意見が出てくるがそれ故に異なる意見同士が対立して意見がまとまらないこともある。まあ、それを解決するのが多数決だったりするが「数の暴力だ!」などといった不満は出てくる。

 数の暴力も何も「多数決」というのはそういうものだ。




「やはり、ここでも講和に反対する声はあるか……」


 ベルカ帝国の交渉担当の責任者である外務副大臣は部屋に備え付けてあるテレビで現地メディアのニュースを見ていた。ちょうど、ベオグラード中心部で講和条約に反対する団体による抗議集会が開かれているのが流れている。


「まるで話の通じない『蛮族』だと思われているようですね」

「まあ、我々のやったことはまさに『蛮族』の所業だったといえるがね」

「それは……」


 不満げな外交官に副大臣は自分たちのやったことが蛮族相応のものだといって皮肉げに笑うと、外交官は何も言い返せずに視線をそらした。


「元から万人に受け入れられるものとは私も考えてはいない。我々のしてきたことを考えれば反発が出てくるのも当然だろう。だが、すでに講和条約を結ぶことで連合とは合意は出来ている。それが消えてなくなることはない」

「本当にそうなのでしょうか……この国は世論の声を殊の外気にするみたいですが。そういった反発の声が強くなったら土壇場で取りやめるということが起こらないでしょうか」

「そんなことを外交の場でやれば信用をなくす。それは異世界でも変わらないと思うがね」


 今回の条約はギリシャを含めた欧州連合全加盟国が賛成し決まっているので今更一国が反対したところで取り消されることはない。

 副大臣たちも一応その話は聞いているのだが、実際に条約が結ばれるまでは「もしも」が来るかもしれないと不安で仕方がなかった。

 まあ、仮に条約が結ばれたら結ばれたで、母国に戻るのに少し覚悟がいるのだが。

 彼らがユーゴスラビアに滞在してそろそろ一ヶ月になる。この時点で彼らはヨーロッパとベルカに大きな技術差があることを感じていた。それは、このまま戦争を続けてもベルカは勝てないと直感できるほどに。

 だが、祖国全体がそれを認識しているかといえばそうではない。

 皇帝など一部は気づいているが大多数はそれに気づいていない。

 恐らく、祖国に戻れば彼らは祖国を売り払った「売国奴」などと糾弾されるかもしれない。侯爵はもとよりそのことを覚悟して、今回の交渉に臨んでいたが、結果的にそれに巻き込まれる形になった部下たちには少し申し訳ない気分にもなる。


「国に戻れば恐らく、表に出歩くことは出来ないだろうな」

「覚悟はできていますよ。全員」

「……そうか」


 覚悟のこもった目で頷かれたので侯爵はそれ以上何も言わなかった。

 


 欧州連合とベルカ帝国による講和条約「ベオグラード条約」はその2日後に無事に締結した。これによって欧州連合とベルカ帝国の戦争はひとまず終わりを迎えた。

 もっとも、それは単に戦争が終わっただけの意味であり両地域ではその後も色々と問題が起きてそれが落ち着くのには年単位の時間が費やされることになるのは、また別の話である。


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