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 新世界歴2年 1月19日

 ダストリア大陸

 オーレトア共和国 レフィアル



 事実上、北中国の支配下に置かれているダストリア大陸。

 国土の半分以上を失ったオーレトア共和国は表面的には特に大きな問題は起きていない。とはいっても、現在のオーレトア政府は実質的に北中国の傀儡政権であり、反発の声も治安維持を名目に各地に展開している北中国武装警察によって鎮圧されているので、あくまで「表向き」の話だ。

 市民たちは穏やかな日常生活を送っているように見えて、あちこちに北中国の監視の目が光っている――そう、町中のあちこちにある監視カメラは実際に北中国の目として町を監視している。


「つまりは、自由に動けないってことか」

「ええ。町のあちこちに警察が潜んでいるようなものですよ。しかも、俺等のような裏稼業の人間を確実に始末するような連中がね。この国の政府も実質的に奴らの傀儡のようですし、このままダストリアに拘る理由はないのでは?」


 レフィアルにあるトライスポート共和国大使館では大使が諜報担当者から報告を受けていた。

 トライスポート共和国は、ダストリア大陸の南方1000kmほどのところに位置している島国で古くからダストリア大陸の国々と友好関係を結んでいた。そんな友好国が異世界の国に攻め込まれ実質的に属国となった。

 国内では、ダストリアを支援すべきという声も一部に出ていたが、政府は物理的な支援――つまり軍を出すことはせず間接的な支援を行うことを決めた。その一環として進めているのが情報機関を使って情報収集であるが、これも中々上手くいっていない。

 更にここに来て更に監視の目が厳しくなれば、本職である諜報員も匙を投げていた。


「我が国にとっては重要な貿易相手だからな。ルクトールがいるとはいえダストリアのほうが安価で取引できる物も多い。本国もそのことを考えているのだろう」

「中央の連中がそこまで考えているとは思えませんがね」

「……一応私も政府側の人間だということを忘れては困るんだがな」

「おっと」


 思わず口が滑ったみたいな表情をする男をジト目で睨む大使。

 諜報員としての実力は確かなのだろうが、全体的に振る舞いが軽薄なので今ひとつこの男を信用することができない。それでも、長く国の情報機関で結果を残していたのでそれだけ実力は本物だということだろう。

 厳しい監視網の中こうして実際に情報収集任務にあたっているのだから。


「今のところこれまで通りの取引はできているが、家の国の船会社から陳情が来るのだよ。『常に監視されている気がして落ち着かない』とな。政府もそのことをだいぶ気にしているということだ」

「実際に監視はしているみたいですね。ご丁寧に港に入ってくる船はすべてにですよ。よほど、ダストリアを支配している奴らは他人の生活の様子を見守るのが好きなようだ」


 笑いながら皮肉を飛ばす諜報員。


「だが、効果的だ。反乱の兆候があればすぐに対処できる」

「監視しているのがバレたら大騒動になると思いますよ?」

「それが当たり前の国だったらそれはないだろうな」

「そんな国の国民じゃなくてよかったですよ。常に見張らられているなんて生きた心地がしない」


 そう言って肩を竦める諜報員。

 一見するとふざけているようにみえるが、この会話の最中も彼は周囲の気配を探っている。さすがに盗聴器の類を他国の大使館に仕掛ける余裕はなかったようで監視されている気配も感じることは出来ない。

 だが、そのことを大使にあえて伝えることはしない。

 そういった分野に素人を関わらせる意味はない。話を聞いた瞬間に妙な反応をするかもしれない。それはそれでこの後の調査がやりづらくなるので諜報員は大使には何も伝えなかった。


「それでは俺は仕事に戻りますわ。なにかわかったらまた来ます」

「……事前に連絡がほしいのだがな」

「検討はしておきます」


 そういいおいてそそくさと部屋を出る諜報員。

 その後姿を見て大使は「連絡するつもりはないか」と肩を落とした。







 新世界歴2年 1月21日

 フィデス人民共和国 フィロン州 北部



 バレンリオ州を制圧した連合軍は休まずに隣接しているフィロン州へも部隊を向けていた。その連合軍の進軍を止めるべくフィデス側も州境付近に部隊を移動させていた。


「我々が正規軍の腰抜けとは違うことを思い知らせてやれ!」

『はっ!』


 指揮官の言葉に隊員たちはやる気の満ちた表情で頷く。

 その近くには「腰抜け」と言われた正規軍の兵士たちもいて憤怒の表情を浮かべていたが必死にその部隊の指揮官が身体をはるような形で止めていたので親衛隊と衝突することはなかったが、これだけでも両者の関係が非常に悪いのがわかる。

 こんな状態なので当然ながら両者は協力はせずにお互いがそれぞれの指揮系統の中で行動していた。大昔の日本陸海軍も仲が悪いことで知られていたがそれでもここまで双方険悪な雰囲気を出すことはなかった。


(こんな状況でどうやって敵と戦えっていうんだ……全く、親衛隊の連中が来ても戦力アップにならないじゃないか)


 正規軍の指揮官は部下から「なんで止めるんだ」という視線を背中で感じ、更に「正論を言われて激昂するとは……」とこちらを見下した視線を向けてくる親衛隊を真正面に受けながら内心で舌打ちする。

 彼も親衛隊の態度には腹を立てているがそれを表に出せば収拾がつかなくなると冷静に考えるだけの経験はあるためなんとか耐えている。正直いってこんな状況で敵の侵攻を止めるなんて無理としか思えないが、上からの命令は「親衛隊と協力して防衛線を築け」というものなので従うしかなかった。


(しかし、これで本当に防衛なんてできるのか?)


 連携なんて期待出来ない味方との共闘に正規軍の指揮官は頭を抱えるしかなかった。




「隊長。敵戦車です!」

「数は?」

「約1個小隊」


 州境では親衛隊の1個小隊が近づいてくる連合軍の戦車部隊を発見していた。彼らが発見したのはオーストラリア陸軍第1機甲旅団に所属しているレオパルト2A小隊だ。

 ドイツで開発されヨーロッパ各地で採用されているレオパルト2のオーストラリア軍仕様だが、基本的なスペックはヨーロッパ各国で使われているレオパルト2とほぼ変わらない。

 双眼鏡でレオパルト2Aを確認した親衛隊員たちは自国の主力戦車にどことなく雰囲気が似ているな、と考えながら対戦車ミサイルの用意をする。装備の多くは新しくされたがミサイルなどの一部は軍が使っているものがそのまま流用されており、対戦車ミサイルも同盟国であるルーシア連邦が開発したものをフィデス企業がライセンス生産したものをそのまま使っている。


「撃て!」


 小隊長の声と同時にトリガーを引く兵士。

 発射されたミサイルは最初は低く飛翔した後。そのまま戦車の側面に着弾する。直後に巻き起こる爆炎を見て兵士たちは「やった!」とすぐに声をあげる。だが、喜びは長くは続かない。

 彼らのいた場所に向かって上空からドローンが突っ込んできたからだ。

 連合軍はミサイルが発射された位置にむけてすぐに上空に待機していたドローンを特攻させた。ミサイルよりも安価に敵部隊を壊滅させる兵器として特攻型ドローンをアメリカや日本などは積極的に配備していたが、今回それが親衛隊に襲いかかったのだった。



「敵部隊の沈黙を確認!」

「できるならば攻撃を受ける前に処理したかったがな」


 双眼鏡で状況を確認していた部下の報告を聞いた小隊長は対戦車ミサイルの直撃を受け自走不能状態となった戦車を横目に見ながらボヤく。幸い乗員に死者は出なかったがそれでも重傷者がいる。

 アメリカと戦っていた時は真正面からぶつかっていたフィデス軍もさすがに学習をしてきたのか、それとも自分たちの領域だからなのかこういって神出鬼没の奇襲攻撃をしてくることが増えてきた。大きな被害はまだ受けていないがそれでも離脱者は少なからず各軍に出ていた。制空権はほぼ握っているとはいえ広大な大地で隠れる敵を見つけるのは中々に骨が折れる。


「敵も我々のことを警戒するようになったということですかね」

「そうだろうな。真正面からぶつかってくるほうが楽だったんだがな」


 作戦もなにも一切ない行動のほうが色々と対処はし易い。

 まあ、それも時として思わず副産物を生み出す可能性もあるのだが。フィデスの場合はただ戦力を減らし続けているだけだ。


「普通なら侵攻軍が壊滅した段階で停戦を模索すると思うんですが」

「普通ならな……連中からすれば我々は異星人みたいなものだからな。そもそも冷静な判断が出来たかも怪しい」

「異文化交流というのは難しいですねぇ……」

「同じ地球人同士でも争っているんだから今更だな」


 などという会話をしている合間にも遠くから爆発音が聞こえてくる。

 特攻型ドローンによる空爆が起きているようだ。


「よし、休憩は終わりだ。進むぞ」

「了解」


 一通り待ち伏せていた敵が排除されたとみた小隊長は兵士たちにそう指示し、自身も隊長車である戦車に乗り込み、進軍を再開する。




「貴様ら全員無能なのかっ!」


 顔を真っ赤にしながら地団駄を踏むのは親衛隊の指揮官。

 彼がここまで激昂している理由は、自分の指揮下にある部隊が敵の突破を許したからだ。正規軍を「腰抜け」と見下していた彼にとってみれば正規軍とほぼ同じ状況になったのは彼にとって見れば容認出来ないことなのだろう。

 まあ、それで部下に当たり散らして子どものように地団駄を踏むのはどうかと思うが。


「いい気味だ」

「聞こえたら面倒なんだから気をつけろ」

「す、すみません」


 部下がボソッと毒を吐いたので正規軍の指揮官がすぐに注意する。

 まあこれは、相手に聞かれたら色々と絡まれるのが嫌だから注意しているだけで指揮官も内心では「ざまぁみろ」と思っていた。


「しかし、どうしましょうか。このままでは敵を抑え込めるわけがありません」

「とはいえ親衛隊の連中がこちらに協力してくれるとも思えんのがなぁ」


 本来ならば多少なりとも歩み寄ってお互いが協力して事態に対処するものだ。たとえ日頃いがみ合っていたとしても。しかし、両者はこの状況になっても歩み寄る事ができなかった。正規軍側は応援に来たということで一応歩み寄る姿勢を見せているがそれを親衛隊側が拒絶するのだ。

 そんな様子を見たら正規軍側も歩み寄るのを途中でやめることになる。

 支援を受けているという自覚があっても、話も聞かずにこちらを見下したような態度をとられるのは当然ながら気分のいいものではない。


「それで、どんな感じでやられたんだ?」

「どうも爆弾を搭載した無人機による空爆で被害を受けたようです。こちらも敵戦車などに若干の損害を与えたようですが、それよりもこちらが受けた被害のほうが大きいですね」

「そしてその殆どは親衛隊だったと?」

「どうやらそのようです。一応、注意を呼びかけたようですが……」

「相変わらず聞く耳をもたなかったと」

「ええ。ただ、真正面から突っ込む真似はさすがの親衛隊もしなかったようです。それでも、敵に見つかったようで……」

「空軍がもう少し飛ばしてくれれば変わるんだがなぁ……」



 北部の空軍戦力はアメリカ軍との戦闘によってほぼ壊滅しておりまともに

飛べる戦闘機もパイロットもいない状況だ。他の基地もアメリカ軍の空爆によって被害を受けており空軍は立て直しの最中だった。そういった事情もありフィロン州を含めたフィデス北西部の制空権はほぼ連合軍が握っていた。

 現場の兵士からすれば空軍が戦力の出し惜しみをしているように感じるが実際のところはそうではなく出せる機体とパイロットがいないのだ。


「敵がここに来るのも時間の問題だな」

「どうしましょうか?」

「……親衛隊が指揮権を握るだろうからそれに従うしか無いな」

「兵から不満の声が出そうですね」

「そうでもしないと面倒だろう?」

「……そうですね」


 未だに地団駄を踏んであちこちに怒鳴っている親衛隊の指揮官を見て副官は渋い顔のまま頷く。親衛隊にあれこれ文句を言われるよりはマシだと彼も判断したようだ。


「はぁ……」


 これからどうなるんだ、と痛む胃をさすりながら軍の指揮官は深々と息を吐くのであった。


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