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 新世界歴2年 1月16日

 イタリア共和国 ローマ

 ギリシャ亡命政府




「困ったことになったな……」

「ええ、安易な行動をした担当者は更迭しましたが、報道はヨーロッパ中に広がっています。各国からの支援がなければ我が国の復興など到底無理ですが、今回のようなことが起きると……」


 イタリアにあるギリシャ亡命政府では、暫定政権の大統領と首相が揃って頭を抱える。

 すでに、件の外交官は更迭されているが発言に対する抗議――あるいは更迭に反対する抗議などが各地から寄せられておりその対応に政府はおわれていた。

 そして、亡命政権はというと外務大臣を中心に欧州連合各国にお詫び行脚をしていた。ここで各国の機嫌を損ねては復旧に必要な費用負担を拒否される可能性があるからだ。現に、幾つかの国では「我々はギリシャのために戦ったのにその態度はなんだ!」と大使館前で抗議活動が起きている。


「今後の復興に大きな悪影響を与えるのは確実か」

「幾つかの国が支援を取りやめる可能性は高いと外務大臣は見ています」

「その外務大臣は?」

「なんとか支援を得ようとあちこちに連絡を入れていますよ」

「本当に余計なことを……」


 大統領は再度頭を抱える。

 この戦争ではヨーロッパ以外にアメリカはもちろんのこと日本や南中国そして南米といった多くの国が軍を派遣している。この件でそういった国々からも反発を受ける可能性があるだけに大統領としては頭が痛いだろう。

 一方で首相は内心では外交官に同情していた。

 外交官の言う通りドイツやフランスは講和を急いで進めようとしているように首相の目からも感じられたからだ。確かに賠償金は通過価値が大きく違うという問題があり得るのは難しいだろう。だからといって、侵略者相手に譲歩をしすぎではないか、というのが気持ち的な部分では大きかった。もちろんそんなのを表に出すことはしないのだが、大統領は雰囲気から首相も更迭された外交官と似たようなことを考えていることを察する。


(首相までこれか……ならば国民も似たことを考えている者は多そうか)


 ギリシャからの避難民は主にユーゴスラビア・イタリア・ハンガリー・ルーマニアなどに集中していた。彼らの多くはそれぞれの国で必死に生活をしているし、各国も避難者へ支援を行っているがやはりそれぞれの国で大小のトラブルは起きておりいつまでも続く避難生活に限界だと訴える避難民も増えてきていた。

 当然ながらギリシャ政府も対応にあたってはいるが、他国でのことということもあり積極的に介入することは出来ず。該当国の対応を見守る以外にできることはない。何も出来ないもどかしさを感じている者たちも多く、中には「我々がこんな苦労しているのになぜ他国は避難民を蔑ろにする!」という怒りを持つ者までいた。

 もちろん避難民を受け入れているのは各国の善意によるものだというのは大統領はよく理解している。ギリシャに近い国々が受け入れてくれたおかげで多くの国民は戦争から逃れることが出来たのだ。

 だが、避難民を受け入れている国はどちらかといえば経済的に余裕がない国ばかりだ。イタリアはドイツやフランスに並ぶ経済大国ではあるが、近年は経済は低迷しており、国際通貨基金からの支援を受けているのであまり余裕がない。

 ギリシャも近年は景気低迷と財政悪化に悩まされているがイタリアもそんなギリシャと同じ状況に陥っていたのだ。緊縮財政などをしてなんとか財政悪化に歯止めをかけようとしているが、それは半ば国民生活を犠牲にするものでありこのことに関しての国民の不満が高まっていた。

 その中で大量に避難民がやってきてしまった。当初は同情的だったとしても「自分たちも苦しいのに避難民ばかりを優先するのは間違っている」という不満が噴出するのはある意味仕方がないことだろう。

 転移前は、難民対策を手厚くやったがために国民から猛反発が噴出したという国もあったが、今回はそれと似たことが同じヨーロッパの国同士で起きようとしていた。




 新世界歴2年 1月17日

 日本皇国 東京市 千代田区

 総理官邸



「欧州連合とベルカの講和条約はまとまりそうですが、ギリシャはかなり不満を溜め込んでいるようです。当事国である自分たちを欧州連合は外して勝手に話を進めている――などと、ギリシャ代表の外交官がメディアの前で言い放ったみたいですから」


 そう、下岡に報告する内田外務大臣の表情はどこか呆れ顔だった。


「それでその外交官は?」

「暫定政府によって更迭になりました。まあ、当然ですね。メディアの前で言ってはいけないことを言ったのですから。色々とストレスや不満を抱えているのでしょうが、それを自らスピーカーの前で暴露するなど外交官としてありえませんよ」


 珍しく憤った表情を見せる内田外相。

 元外交官だっただけに、件の外交官がとった軽率ともいえる行動には色々と思うことがあるらしい。


「あえてメディアの前でこのような発言をした可能性はありませんか?」

「可能性はあるでしょうね。だとしても、余計に問題をこじらせるだけでやる意味はありませんが」


 普通の外交官ならば自国の利益も考えるが、かといって相手国との関係をこじらせた場合のデメリットも考えて行動する。今回、ギリシャ側のとった行動は内田からみれば愚策としかいいようがなく、更迭は当然の結果だ。

 一部で外交官に同情する声もあるようだが、内田からすれば彼のとった行動は外交官失格でありむしろより多くの批判が向けられるべき行動だった。

 内田としては珍しい感情的な姿に下岡は珍しいこともあるものだ、と内心思う。それだけ、ギリシャ外交官の振る舞いが彼女にとって我慢ならなかったのだろう。政治家になっても自分は外交官の延長線にいると考えている内田は政治家の中でも特にメディアの前での振る舞いを考えている。

 おかげで、彼女は政治家にありがちな失言というのを起こしていない。

 失言を引き出そうとするマスコミの意地悪な質問も感情的にならずに冷静に受け流すのは中々に出来ないことだ。


「国土を蹂躙されたギリシャが相応の賠償を求めるのも理解はできますが……」


 これで、ドイツなどが多額の支援を出すならばまた状況は違った。

 ただ、メディアなどで漏れ出てくるのはどの国が多額の支援を一番負担するかという水面下の押し付け合いだ。さすがに、本当に押し付け合っているとは思わないが、転移前から先進国でも財政が厳しい国があるだけに数億ドルをポンッと出せる国はないだろう。

 もちろん、日本だってそんな余裕はないし、アメリカも同様だ。

 特にアメリカは中米の復興関係で手を出さなければ行けないのでギリシャへの大々的な支援をする余裕は一切ないと、会議の場で発言していた。まあ、そういった各国の押し付け合いにギリシャが「自分たちを蔑ろにしている」と憤る要因には恐らくなったのだろう。

 まあ、だからといってメディアを使うのは投げやりすぎではないか、と思わなくもない。メディアを使って世論を味方につけようという魂胆なのかもしれないが逆の方向へ行くこともある。

 それまで、同情からギリシャ支援などに対してそこまで不満の声は出ていないようだが、今回の件でそれが一気に反発に変わる可能性だってあるのだ。

それを、考えた上でそうしたのであればかなりの博打をうったと感じるが、内田の様子を見る限りは考えた上でやったことではなさそうだ。

 実は、この件が世界に広がった時、駐日ギリシャ大使が大慌てで「あれはギリシャ政府全体の見解ではない」と弁明していたからだ。仮に博打を打つにしても味方になんの根回しもなくやるのは、ただの自爆でしかない――というのが内田の言い分であり下岡はなるほど、と納得した。



「それで、今後の対応は?ギリシャ大使が必死に弁明していたみたいですが」

「現状維持でいいでしょう。深く介入するのはリスクが大きすぎます」


 日本にいるギリシャ大使はすぐに外務省にやってきて「政府の見解とは大きく異なる」と弁明していた。各国――特にヨーロッパにいるギリシャ大使も同じように各国政府に「あれはギリシャ政府全体の意見ではない」と弁解してまわっているらしい。一人の外交官の発言のせいで現場は大混乱に陥っているわけだ。

 下岡は少し、ギリシャ大使に同情した。

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