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 新世界歴2年 1月15日

 ベルカ帝国 アンベルク

 元老院 議場



 元老院において、欧州連合との講和に向けた報告が宰相のルドルフから行われていたが、議員たちからの反応は芳しいものではなかった。


「これでは完全敗北と変わらないではないか!」

「もっと相手から譲歩を引き出せなかったのか?」

「それよりも、我々はまだ戦える力があるはずだ。講和交渉など勇み足すぎるのではないかね?」


 議員の口から次々と出てくる反対意見。

 多くの議員が講和に否定的だった。仮に講和に賛成だとしても、相手に譲歩しすぎであると殆どの議員は感じていた。彼らが不満に思っているのはギリシャからの完全撤収だ。敵に奪還もされていないのになぜせっかく手に入れた領土を手放さなければいけないのか――大半の議員がこのことに不満を持ち議論を進めた外務省にその矛先を向け、更にそれを推し進めた宰相のことも批判していた。

 今回、一時的に合意した欧州連合とベルカ帝国の講和条約案にはギリシャからの完全撤収と向こう5年あいだは相互不可侵条約を結ぶことで合意していた。賠償金などに関しては世界同士が違うことで金銭の価値が大きく異なることから欧州連合側は賠償金を求めないことを関係国による会議で決めている。ギリシャなどからは不満の声が上がったものの、異世界の通貨で賠償金を得てもそれで国土復興は難しいという意見があり、ギリシャ側は渋々賠償金をとらないことを認めた。


「長期間に渡る交渉の結果です。賠償金を請求されなかっただけマシといえます」

「ならば、講和条約など結ぶ必要はない!」

「今回の戦闘で西部管区の戦力は半減しました。これ以上戦っても我々の勝利はありません」

「宰相が勝手にそんなことを進めていいと思っているのか!我々に相談をすべきではないかね!?」

「これは皇帝陛下による指示によるものです。陛下はこれ以上の戦闘拡大を望んでおられない」

「っ……」


 絶対権力者の皇帝が認めていると聞いて、ルドルフに反発していた貴族は黙る。いくら、貴族でこの国で強い権力を握っていても皇帝には及ばない。この国において皇帝は絶対権力者だ。その絶対権力者に逆らうのはこの国では地位を失うことに等しい。


「し、しかし。陛下もこのような事態は想定なされていないのではないかな?」


 それでも、なんとか皇帝もこのことを問題になるのでは?と言葉を続けるがルドルフの表情は一切変わらない。


「すでに、陛下も目を通させておられます。そのうえで『問題はない』と仰っているのですよ」


 それでもなお文句があるのか、とルドルフの目が語る。

 皇帝の言い分に反対する――これはこの国において最もやってはいけないことだ。それを理解しているからか議員たちからそれ以上の反発はなかった。だが、その表情はとても納得しているようには感じられない。


(まあ、彼らにとっては屈辱だろうな。誰よりも我が国が他国よりも強いと常々言っていたのだから)


 とはいえふんぞり返っている貴族たちは帝国の拡大に特に手を貸していない。武官貴族なら貢献しているというが、元老院にいるのは総じて戦場に出たことがない者たちばかりだ。




「議員連中は色々と騒いでいるようだな」

「現実を理解したくはないのでしょう。いつまでも強靭であった帝国の幻想に縋っているのは議員たちですから」

「中々に辛辣だな。ルドルフ」

「一度仕切り直すのが最善だと何度説明しても理解しようとしない輩に歩み寄るのも限度があります」


 珍しく不機嫌そうな顔をしているルドルフの姿を見てヴィンヘルムは議会での光景が思い浮かぶ。議員たちはさぞかしあれこれと文句を言っていたに違いない。

 閣僚の中にも今回の講和案に眉をひそめる者は多かった。

 それだけ、今回の戦争はベルカにとっては敗北に近い結果だった。

 賠償金などは課せられなかったかわりに、占領地をすべて変換することになったし。更に向こう数年間は国境地帯に均衡地帯を作り不可侵条約も結ぶことになった。当分の間、ヨーロッパに手を出すことができなくなった。

 だが、このまま戦い続ける意味はないだろう。相手が疲弊すれば占領地を拡大することができるかもしれない。だが、それは同時にベルカ自身も疲弊することを意味する。食料は問題ないが石油や鉱物などはベルカですべてを賄う事はできず他地域と貿易するしかない。しかし、今回の転移でこれまで貿易をしてきた国との連絡は途絶えている。今は、在庫があるがそれもいつまで持つわけではない。

 今後の国家運営のことを考えればいつまでも戦争をする余裕はない。

 更に、講和条約締結後は欧州などと貿易を行える可能性もあった。


(まあ、それは望みすぎだろうがな)


 向こうからすれば自分たちは侵略者。そんな相手と貿易をするほど向こうも困ってはいないだろう、と苦笑するヴィンヘルム。

 実際のところ欧州各国も転移によってそれまで通りの貿易が出来ずに経済的に混乱しているのだが、ベルカ側がそれを知る術はない。



 ベルギー王国 ブリュッセル

 欧州連合 本部



「ドイツもフランスは何も理解していない……」


 一方で欧州側も今回の講和案に不満を持つ者たちがいた。

 今回の交渉を主導したのはドイツとフランスだ。共に、早々にこの戦争を終わらせたがっている国でありベルカに対して過大な要求をしないようにしていた。

 その方針に不満を持っていたのが侵攻されているギリシャだ。

 今はイタリアで亡命政府という形で活動しているギリシャ政府は多額の賠償金をベルカは支払うべきだ、という主張を一貫して行っていた。ベルカの攻撃によって国内のインフラは尽く破壊されており、その復旧には多額の資金が必要だからだ。

 ギリシャは元々財政悪化などでそこまで金銭面に余裕がある国ではない。

 復旧費用を確保するためにもベルカから賠償金をなにがなんでも得たかった。だが、交渉の長期化や、そもそも金銭価値が異なるという理由でドイツやフランスはギリシャ側の主張を早々に退けたのである。

 一応、双方はギリシャに対して多額の支援を行うことを約束していた。

 ギリシャ政府はそれで引き下がったが、それでも欧州連合――特にドイツやフランスに対しての不信感は広がっていた。


「奴らからすれば我々のことは対岸の火事なのだろう。武装禁止ラインを設けたなどと言っているが相手がそれを守る保証はどこにもないのだぞ?また攻め込まれて被害を受けるのは我が国だというのに……」


 そう言いながら悔しげに拳を握るギリシャ代表の外交官。

 突然攻め込まれたこともあり、彼はベルカのことを信用していなかった。そのため、各国に軍の長期的な駐屯を要請したのだが多くの国は首を縦にふることはなかった。

 どこの国もギリシャのことをどうにかしたいとは思っているが、同時に自国のことも考えないといけない。特に転移によって大陸外との貿易がストップしている影響が各国経済を直撃しており、長期の戦争を耐えられる国は少ない。


『そちらの感情もわかるが、我々にも我々の都合があるのだ』


 どの国もギリシャに同情はしている。

 突然の攻撃で国が崩壊したのだから当然だろう。特に欧州では二度の世界大戦で大半の地域は荒廃したこともあるのだからなおさらである。だが、長引く戦争は支援している国々にも大きな重石であった。

 特に、兵力の提供は小国はもちろんのことドイツやフランスといった体力のありそうな大国でも無視できない負担になっている。どの国も常備戦力では足りないので予備役兵力を出し、更にそれでも足りないので追加で徴兵や志願兵を募る状況だ。最初こそ「ギリシャ支援」の世論が盛り上がったことから志願兵も増加はしたが、それも時間がたつごとに減っていき中には長引く戦争に不満の声まで聞こえてくるほどだ。

 なので、今回ベルカ側からやってきた交渉の要請はギリシャ以外の国にとってはまさに渡りに船であった。


「なんのための欧州統合だ。そんなのただのマヤカシではないか!」


 結局どの国も最大限に優先するのは自分の国だ。

 まあ、だからこそ欧州連合が成立しても最終目標である「統一国家」はいつまでも出来ず。一部の国では「他国のために自国を犠牲するのか!」という不満が巻き起こり、脱退を本格的に考えているようなことも起きている。


(大統領閣下たちに本気で脱退を進言しようか……)


 怒りのあまり思わずそんなことを考えてしまうギリシャ代表。

 外交官であるはずの彼が感情に任せてそんなことを思わず考えてしまう程度に、ギリシャにとって他の国々の対応は我慢ならないものだった。

 そして、彼は大きな不満を抱えながらギリシャメディアの取材に応じるのだが、質問に答える内に抱えていた不満を抑えきれずに「欧州連合はギリシャのことなんて何一つ考えていない。彼らは早く戦争を終わらせたいという理由だけで講和条約を結ぼうとしている」と連合批判とも捉えかねない発言をメディアの前でしてしまう。

 この発言は瞬く間にヨーロッパ中に広がることになった。

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