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 新世界歴2年 1月13日

 日本皇国 東京市千代田区

 総理官邸




 菅川誠一郎が内閣官房長官になって2年あまりになる。

 官房長官は他国でいうなれば官邸報道官であるのと同時に副大統領のような役割を同時に行う中々難しい仕事だ。毎日記者会見が行われるので必然的に内閣では総理に次ぐ「顔」だ。


 菅川はどちらかといえばそれほど目立つタイプの政治家ではない。

 前首相である岸の最側近として永田町では知られているが、メディアなどに積極的に顔を出すことはあまりなかった。それでも、仕事ができる政治家として永田町の中では評価されており内務大臣や経済産業大臣といった主要閣僚の椅子にも座ってきた。

 そんなベテランな政治家の彼でも、自分の所属する派閥が40になったばかりの青年を総裁候補として推すというのは想定外のことだった。派閥の会合でも会長である岸に対して「もっと他にも候補がいるのでは?」といった不満の声が出てきたほどだ。

 実はこのとき岸派からも数人が総裁選に立候補していた。

 彼らの多くは派閥からの全面的な支援を望んでいたわけだが、岸派の大部分は若い下岡の支持にまわった。総裁選に立候補した派閥の幹部たちはさぞかし不快に思っただろう。今でも一部で下岡に対して当たりが強い者もいる。会長である岸に言えないからその支援を受けている下岡にぶつけているのだろうが――残念ながら下岡には一切相手にされていない。

 それでも、下岡が総裁選に勝つとは選対委員長を務めた菅川すら考えていなかった。そもそも、決選投票にすら進むとは思っていなかったのだ。地方票はそうだが議員票まで予想以上に票を確保して、下岡は決選投票へ進み保守派の山本を嫌う者たちが下岡に票を入れたことで下岡総裁は誕生した。


(まさか、私が官房長官になるとは思っていなかったが……)


 どちらかといえば表に出るのを苦手にしていた菅川だが、下岡の熱意に折れる形で官房長官の座を引き受けた。記者会見などは苦労したが、2年もたてば流石に慣れてくる。世間の知名度も上がったのは予想外ではあるし、いつの間にかポスト下岡の一人などとも言われているが、下岡に比べて20以上も年上の自分が下岡の後任の総裁になる可能性は極めて低いだろう。

 保守党総裁の任期は3年で一応4期まで立候補することができるが、最も長く総裁を務めたのは岸の9年でそれ以外は大体2期ほどで退任している。下岡の年齢ならば12年務めたとしてもまだ50代だが、当人はそこまで長い期間総裁を務めるつもりはないようだ。

 今のところ、下岡は特定の派閥に所属していないが岸派や大沢派に近いとされている。将来的には自分の派閥を作ることになるだろうが、これに関しても今のところ本人は特に興味を示してはいない。中堅若手議員を中心に「勝手連」という形で下岡の側近を名乗る者たちも出ているがこれにも下岡はあまり関心を示していなかった。

 それはそれで政治家として問題なような気がするが、おかげで大きなスキャンダルらしいスキャンダルがないのは良かったのかもしれない。まあ、その分、一部議員のスキャンダルが週刊誌などで大々的に報じられるなどするが元々色々と噂のある議員が多かったので党全体ではそれほどのダメージはなかった。


「それにしても総理は中々に強運の持ち主だな」


 それか悪運だろうか。こんな異常時に総理を務めながら国内をなんとか平穏にまとめられているのは運がいいとしか言えない。ヨーロッパ各国は混乱しているし、アメリカでも国内対立がより激しくなっている。

 日本も、国粋主義者が暴れたり新左翼団体も怪しい動きをしているようだが少なくとも大規模な暴動は去年の「皇民党」によるテロ以外には起きていない。更に、長年の懸念であったソ連と北中国が消えたことで領海侵犯や領空侵犯の回数も大幅に消え安全保障の部分でもだいぶ安心できるようになった。もちろんまだ油断はできないが、身内などの政治スキャンダル以上の厄介事はなにも起きていない。

 日本という国が他国に比べて日頃から大きなデモなどが起きづらい土壌であるのもそうだが、やはり周辺に厄介な国がないことも大きいだろう。朝鮮や中華連邦、フィリピンは長年の友好国であるし、転移してきたアトラスもきちんと話ができた。例外はノルキアだが、こちらも政権が変わってからは特に問題は起きていない。樺太を攻撃してきたので、保守系を中心にノルキアを警戒する者もいるが、今のノルキアに日本を攻撃できるだけの軍事的余裕はないはずだ。


 なので、去年に比べれば今年はだいぶ穏やかな年始だった。




 新世界歴2年 1月13日

 日本皇国 東京市 港区



「ずいぶんと疲れた顔をしているな?」

「家の若い連中が過激だからな。それを抑えるのは年寄りにはきついさ」

「ほう、若い時は保守党一の暴れん坊と言われていたお前がなぁ」

「ずいぶん昔の話を持ち出すなぁ。大沢さんだって似たようなもんだったじゃないか」

「あのときは若いからこそ色々とやんちゃが出来たのさ」

「違いないか」


 そう言って笑い合う二人は――保守党幹事長の大沢と、内務大臣の山本。

 二人が顔をあわせているのは政治家が頻繁に会食に使うことで知られている港区内の料亭だ。長年政界にいる二人にとっては馴染の店であり、定期的に会食をすることが多い。

 世間では、大沢と山本の関係は悪いなどと言われている。

 確かに政治思想の部分では両者は異なる部分を持っているが、同じ政党に属しており更に両名ともに30年以上も国会議員をしているので、世間で言われているほどには関係は悪くない。むしろ、こうして定期的に会食するくらいには親しい関係だった。

 それでも、お互いに幹事長や閣僚という重要ポストについているのでこうして直接あって会食するというのはかなり久しぶりなことだ。


「それで、今回はどういった要件なんだ?」

「ん?まあ、お互い時間がとれなかったから久しぶりに本音をぶつかりあおうと思ってな。外だとマスコミやら他の議員やらの耳もあって何も言えねぇからな」

「大沢さんは普通に本音を言っていると思うんだが……」

「あれでも、かなりオブラートに包んでいるぞ?そういうお前のほうが好き放題言っているだろ」

「俺も同じであれでも言葉は選んでいるんだがな。マスコミ連中は政治家に上品さを求めすぎているんだよ」

「まあ、連中にとってはそれが仕事だからな。今日も外でずいぶんとはっているようだぞ。外に出るときにあれこれ聞かれるのは確実だろうな」

「犬猿の仲だと思われている俺達の会食だからな。連中、殴り合いの喧嘩をしていると本気で思っているだろうな」


 そう言って悪い笑みを浮かべる両名。


「まあ、お前も色々と溜まっているだろうから。愚痴でも聞いてやろうと思っただけなんだがな」

「悪いな。若い連中を抑えることが出来なくて」

「仕方ないさ。理想と現実が見えていない政治家なんてどこにでもいる。俺等も若い頃は結構無茶をしてそのたびに先輩方に説教を受けていただろう?」

「たしかにな……国を良くしたいという思いだけで政治家になって、先輩方のやっている方法は回りくどいとヤキモキしていたよ」


 そう言って苦笑する山本。

 外から見る政治の世界というのは利権やら慣例ばかりでちっとも国を前進させることをしていないように見える。若い政治家ほど現状の政治にもどかしさを感じる事が多く、山本や大沢も若い時は「政治改革」を目指すべきだと主張し続けていた過去がある。だが、長く政界にいると理想ばかりを追い求めても国のためにならないことが理解出来た。特に、諸外国との交渉などを見ていると理想で国造りをして国民にとってメリットがそれほどないことも身を持って経験してきた。


「思えば、下岡は新人時代から落ち着いていたなぁ……20代で当選というと色々と突っ走る奴らが多いんだが」

「むしろ、1期目からベテランの風格を感じるくらいには落ち着いていたな」

「俊夫さんが引退と聞いたときには心配したが、息子の姿を見て道理で早々と引退を決めたわけだ、と納得もしたよ。まあ、15年ほどでそのまま総理になるとは俺も予想出来なかったが」

「総裁選で後ろ盾になっていた人の言葉とは思えないな」

「俺は岸さんの話に乗っただけだ。まさか、あれだけ議員票を集めるとは思わなかったよ」

「おかげで家の若い連中は敵意を向けているよ。『長老』の操り人形だとね」

「その『長老』にはもちろん俺が入っているんだろうな――実際には、俺等はほとんど口出しはしていないんだがな」


 未だに「下岡首相は前首相の操り人形」などという報道が週刊誌などで行われており、それを信じている一部議員などが下岡政権を批判するときに「実態は岸政権と変わらない」というものをしている。

 だが、下岡が岸や大沢に政策に関して相談をすることはないし、意見を求めることもほぼない。だが、その噂を信じている議員が野党のみならず与党にも存在する。

 そして、その多くは党内で保守系とされている議員たちだ。


「この世界に来たことで反米派の連中はアメリカとの関係見直しを期待していた。奴らにとっては面白くはないだろう」

「確かに地球に比べればアメリカと積極的に付き合う意味はないが……それでいきなり関係を清算なんてできるわけがないというのにな。『皇民党』の連中もそうだが――ところで、ウチに『皇民党』の影響を受けた議員は本当にいなかったんだな?」

「少なくとも家の派閥にはいない。『皇民党』のやり方が気に食わないほうが多いくらいだ」


 皇民党の件で世間では国粋主義者や国家主義者に向ける視線が厳しいものになった。それは保守党内にいる右派とされる議員たちにもだ。彼らも「皇民党」ほどではないが国家主義・民族主義を重視する発言をしていただけに世間から「同類」と見られていた。

 山本派所属議員もそうだ。山本自身もそういった質問を記者からされてきた。これまでの保守的な言動によるものなので山本は批判されるのは覚悟していた。山本は「皇民党」などに関しては「胡散臭い」と感じていたので接触するようなことはせず、派閥の若手議員にも同じことを言っていた。そのおかげか派閥議員の中に「皇民党」と接触した者はいないが。同じ保守政党の国民党の中にはそういった議員が何人も出ており、代表が釈明におわれていた。

 今の日本の世論は右派にせよ左派にせよ過激な政治思想を問題視している。

 世間的に急進的な保守勢力・左派勢力が勢力を伸ばしているのとは対照的だった。


 その後も二人は酒を片手に2時間ほど語り合った。

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