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新世界歴2年 1月11日
フィデス人民共和国 バレンリオ州 レント
バレンリオ州行政局
「仮に独立出来ても。貴国の属国になるならば意味はない。我々が求めているのはどの国からも完全に独立し、干渉を受けないことだ」
州行政局で行われた連合軍側とレジスタンス側による初めての交渉の冒頭でレジスタンス側が放った言葉である。言葉を放ったのはレジスタンスの代表を務める、エリック=レンス。
数年前から代表を務めるまだ30にもなっていない青年である。
アメリカCIAとの交渉を拒否するなど、独立に関しては人一倍他国の干渉を受けたくないという保守的な考えを持つ彼はこの場においても、他国からの干渉は受けたくないと堂々と発言をした。
彼の発言に最も慌てたのはレジスタンス側の人間――特に、ある程度他国からの支援をほしいと考えている側の者たちだ。彼らはCIAとの協力にも積極的であったが、ゴーラムたちの手前そのことを表立って言うことはなかったが、これから国として立て直すには大国からの支援は絶対に必要だ。
彼らはゴーラムがその支援すら「干渉」だと撥ね付けるのではないかと恐れた。
一方で連合側はレンスの言い分に対して特に思うことはなかった。
半世紀にわたって他国によって支配を受けていたこともあり、他国――とりわけ大国と呼ばれる国を信じることができないのだろう、と連合軍の外交官たちは判断した。そもそも、連合軍はフィデスを交渉の席につけ不可侵条約などを結んで中央アメリカの危険を減らすのが目的であり、フィデスに併合された地域に関しては独立しようがフィデスの一部のままでいようがどちらでも良かった。もちろん、住民投票などを実施するなどして住民の意見を尊重するつもりではあったが、独立するならしたで多少の財政支援はするがそれ以上踏み込んだことをするつもりは一切なかった。
そもそも、中央アメリカの復興にヨーロッパの復興支援と、アメリカはこれから多額の金を他国に出さなければならないわけだが、異世界の国相手に同じことをするほど財政的な余裕があるわけではない。国民も中央アメリカやヨーロッパという戦争に巻き込まれた地域の復興に金を使うのならば多少の文句は出るだろうが、納得する。一方で全く未知の異世界相手に自分たちの血税が投入されることには結構な文句が出ることが想像できる。
やれたとしても独立直後に多少の財政支援をするくらいで、あとは他の国と同様の付き合いをしていく――それがアメリカや日本などで一致したフィロア大陸への対応であった。
どこの国も昔と違ってそこまで他国に気を配れるほどの余裕はない。
なので、各国の代表者たちはレンスのいった「独立したら内政干渉をしない」というのを二つ返事で頷いたのだ。これには、レンスも珍しく呆けた顔をした。ゴーラム自身、自分の提案がそのまま通るとは思っていなかったようである。
「レンスといったか。レジスタンスの代表はずいぶんと驚いていたようだな」
「我々がバレンリオに干渉すると思い込んでいたようだからな」
我が国にそんな余裕あるわけないというのに、と渋い顔をするのはアメリカの担当者。ただでさえ、ギリシャや中米の復興などがあるのだ。殆ど交流のない異世界の国に手をまわす余裕など今のアメリカにはない。
「よほど、大国に嫌な思いがあるのかもしれんな。あの代表は」
「だとしても、初っ端からぶっこみ過ぎだろう。仮に独立したら周辺諸国と問題を起こすんじゃないか?」
「それはそれで困るが。まあ、仮に独立するとしても連中が主導権を握ることはないだろうさ。レジスタンス内でゴーラムに不満を持つ者にCIAが色々と接触しているようだしな」
そう言って悪い笑みを浮かべる外交官たち。
まるで悪役のようだが、彼らもここのところ難しい仕事ばかりで疲弊しているのだ。その中で「お前たちは俺等を支配するつもりだろう?」とそのつもりもないのに相手側から言われたら不愉快な気分にも当然なる。
さすがに、それを露骨に表情に出すことはなかったがこの時点で彼らはレジスタンスとの交渉など早々に打ち切ってもいい。独立するならば勝手にしろ、というのが彼らの一致した見解だった。
「レンス。お前はなんであんなことを言ったんだ?あれでは向こうからの心象は最悪だぞ」
代表のレンスにそう苦言を呈するのは組織ナンバー2であるジョルジュ・アリアスだ。アリアスは行政局の官僚であり財務部長という幹部職にいながらもう何十年もレジスタンス活動に参加し続けていた。
レンスがいなければアリアスがレジスタンスのトップになっていた――そう周囲に思われる程度には組織の中では一目置かれる存在だ。そんな彼がレンスに対して苦言を呈したのは、アメリカなどに対して終始喧嘩腰のような態度だったことだ。
まだ若いながらにレンスは仮に独立したならば大統領や大臣のポストに座るのは確実だろう。必然的に他国との交渉なども多く行うことになる。そのたびに喧嘩腰でいられればはっきり言って困る。若いゆえに色々な理想を持つのはいいが、それで国を危機に追い込んでは本末転倒だ。
「それほど問題になるか?あくまで我々の主張をあの場で発言しただけだ」
レンスはそこまで自分の発言が問題と思っていなかったようで不思議そうに首をかしげた。それを見てアリアスは思わず頭を抱えた。
レンスは本気であの場で自分たちの主張を発言しただけだと思っているようだ。だが、見方を変えればあの場で彼は各国に対して喧嘩を売ったことになるのだが当人はその自覚が一切ない。
(あの場のアメリカの代表者たちは表情こそ変えなかったが明らかに不愉快な気分になったはずだ。独立後も支援を受けなければバレンリオは立ち行かないというのに……)
バレンリオは貧しい。
主要な産業は農業くらいで、住民の多くはフィロン州などより大きい州に出稼ぎにいっている。仮に独立するならば柱となる産業を確立しなければ貧しい国のままになり、住民の多くは他所へ出ていってしまうだろう。
今はまだフィデスの支配下にあり、貧しいのもフィデスのせいだと住民は思い込んでいるのでいいが。これが独立しても状況が変わらなければ批判の矛先は政府に向く。
どうも、レンスは独立さえすれば自分の理想通りの国造りを行えると思っているようだ。当然、物事はそんな簡単に進まないし、開発などをするには元手が必要だ。アメリカからの支援がなければ単独で行わなければいけないが、主要産業もなく天然資源があるわけでもないバレンリオを自力で発展させていくのはかなりの難題だ。
これは、長く行政局にいるからこそわかることだ。
外から見ればフィデスに搾取されているから貧しいのだと思うだろう。だが実際にはフィデス関係なくバレンリオは貧しいのだ。まあ、フィデスがもう少し産業育成などに力を入れていれば違っただろう。だが、その場合はフィデスからの独立運動などそれほど盛り上がらなかっただろう。
「アメリカからの財政支援を受けられない可能性があるんだぞ?お前たちは独立すれば自分たちで発展させていくというつもりなのだろうが。何事にも『元手』は必要だ。運が良ければアメリカがインフラ投資してくれる可能性もあったのに……あれではアメリカからの支援は望めない」
「他国からの支援をアテにしては真の独立国とは言えないだろう。自分たちの力でやるから意味がある」
「では、そのための資金をどこからもってくる?言っておくがそんな財政的な余裕はないからな」
「フィデスから賠償金を得る」
「フィデスが払うわけがないだろう。仮に払うとしても向こうにもそんな余裕はないさ。レンス――前にも言ったが独立してすぐに自分たちの理想通りの結果になるわけではない。独立してより貧しいと国民が判断すれば、国民たちは政府に怒りの矛先を向ける。お前が大統領になるならそのことは頭の中に留めておいたほうが身のためだぞ」
これは、アリアスなりの忠告だがレンスは理解できないのか首をかしげている。それを見たアリアスは内心ため息を吐いた。
フィデス人民共和国 アディンバース
人民軍総参謀本部
「総統閣下はかなりお怒りだ――それこそ怒りを我々に向けるくらいにはな」
深々とため息を吐きながら総参謀総長は口を開く。
総参謀本部で行われている幹部たちによる定期会議。ここ数ヶ月はお通夜ムードで会議が行われていたが、北西部のバレンリオがアメリカ軍に制圧されたという報告があり、総統の怒りは頂点に達していた。
つい先程まで総統に呼び出され、その怒りを向けられた総参謀総長。
具体的に交代を告げられたわけではないが、そのときに「軍は頼りにならん!これからは親衛隊メインでいく!」と言われたのだ。元々正規軍に対して不満を持っていた総統がそれを言い出すのは予想通りだが、それを聞きつけた親衛隊長官からは「当然指揮系統は我々が持つ。無能のお前らにはもったいない」と言われ、実際結果を残していないだけにその場で何も言えないという悔しい思いもした。
このまま、何も成果を残せなければ総参謀総長は交代となるだろう。
それこそ、親衛隊長官がその地位についても不思議ではない空気が中央にはあった。
「つまり、我々は素人に頭を押さえつけられるのか?」
「普段から我々を見下している親衛隊に従うだと!?そんなのあっていいわけがない!」
「あいつらは戦場なんて知らない。ますます兵が疲弊することになるじゃないか!」
幹部たちから次々と不満の声があがる。
それだけ、軍と親衛隊の仲は悪いのだ。軍からみれば親衛隊は「いい武器を与えられ喜んでいる子供」も同然だ。
「だが、総統閣下が我々を見放すのも仕方がないのではないか?」
「そうだな。ここのところ全敗続きだからな……」
「なぜ勝てない。兵力は我々のほうが相手よりも上のはずだ」
「徴集兵たちの士気が極めて低いのが要因ではないか?」
「地方駐屯軍の装備の近代化が遅れているのも問題だ」
「だが、装備を近代化するための予算などつかんぞ」
「どれもこれも親衛隊に流れているからな」
ならば悪いのは親衛隊だ、という声が再度幹部たちからあがる。
その声を止めたのは総参謀総長だ。
「少しは落ち着け。親衛隊の手も借りたいくらいには厳しい状況というのは事実なのだからな」
「しかし!」
「アメリカは強い。北部の拠点はほぼ全部やられた。そのせいで制空権も敵に奪われているし、海軍は主力艦隊が壊滅しかわりに潜水艦を使っているがこちらもアメリカによって沈められている――我々の戦力はどんどん消耗しているのは事実だ。練度が低いとはいえ最新の装備を持つ親衛隊の手を借りなければこのままアディンバースまで攻め込まれる可能性だってある。それは絶対に避けなければならないことだ」
「それでも、指揮権を素人の親衛隊に譲るというのは間違っている!」
「もちろん、私も気分がいいものではない。だが、我々はすでに発言権がない。この一年の結果でな」
中央アメリカに侵攻しなければこんなことにならなかった――誰もが心のなかでそう思ったが口には出さない。それはつまり、総統を批判することになる。今の総統は多少の批判でも敏感に反応し、発言者を「反逆者」と罵り収容所へ送る。実際に、彼の側近と見られていた者たちが中央アメリカからの撤退などを進言した結果「反逆者」として収容所に送られた。
軍幹部の中にも作戦失敗の責任をとらされ解任され、そのまま収容所へ送られた者も多い。彼らはそんな前任者にかわって新たに幹部となったのでより一層、発言などに気をつけていた。
いつどこに、耳と目があるかわからない。ちょっとした発言でも問題になり処分される空気感が今のフィデス中央にはあった。