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 新世界歴2年 1月9日

 フィデス人民共和国 バレンリオ州 レント



 バレンリオ州の州都・レントは、北側の旧市街と南側の新市街で大別される。旧市街には歴史的建造物が多く立ち並んでいる。一方で、新市街地はフィデス併合後に開発されており、こちらは併合後に移住してきた者たちが多く暮らしている。

 バレンリオ州は周辺州と同様にフィデスへの独立意識が高い地域ではあるが、新市街地などに暮らす移民たちは親フィデスの者たちが多い。フィデスからの独立を目指すレジスタンスが多いのは独立派が多い旧市街に偏っている。

 連合軍はその、独立派が多い旧市街地まで進軍していた。

 旧市街はフィデス併合後もそれほど開発の手は入っていないため、入り組んだ路地などが張り巡らされており待ち伏せするのに最適な場所が幾つもあった。連合軍はドローンなどを使って進路上の偵察を慎重に行いながら歩を進める。


「この地域は独立派が多いらしい」

「協力的ならいいんだがな」

「CIAが失敗したらしいがな」

「……ならレジスタンスが襲いかかってくるかもしれないな」

「そうなった場合は敵として排除してもいいらしい」

「戦闘後に恨まれそうなことを平然と命じるなぁ、上は」

「それだけ早く終わらせたいんだろ。この戦争を」


 などとボヤくのはアメリカ海兵隊の隊員たち。

 アメリカ軍の中でも戦地へ真っ先に派遣される彼らはアメリカ軍の中で恐らく最も実践経験が豊富だ。とはいえ、転移前はもっぱら特殊部隊の特殊作戦がメインで海兵隊の遠征部隊を使った大規模な軍事作戦というのはこの10年間ほぼ行われていない。そのため、指揮官クラスはともかく兵たちで実戦を経験している者はあまり多くはない。

 それでも、日夜厳しい訓練を受けているわけで雑談をしながらも周囲への警戒は一切怠っていない。彼らが所属しているのは海兵隊の装甲偵察大隊。装輪式の歩兵戦闘車である「LAV-25」を用いた前線偵察を主任務としている。


「気づいているか?」

「ああ、やっぱりあちらさんも俺等のことは気になるようだな。攻撃を受けなければいいが」

「連中からすれば俺等も『侵略者』みたいなもんなんだろうな」


 幸い。レジスタンスからの襲撃を受けることない。

 だが、建物から彼らを見る目はあまり好意的ではないというのも彼らは感じていた。




 旧市街の裏路地の終端付近にある古いビルの一角にレジスタンスの拠点がある。その拠点には基本的に代表とその側近や幹部などが集まるのでここがレジスタンスの本拠地ともいえるだろう。

 このビルはかつて住居として使われていたが住民がいなくなり、そこにレジスタンスが拠点として使うようになった。建物内はただの廃墟であり、レジスタンス構成員は地下に作られた拠点にいる。


「『アメリカ』は旧市街に入ったか」


 側近から連合軍が旧市街に入ったことを伝えられたレジスタンスのトップに立つ青年。彼は、CIAの工作員からの提案を拒絶しあくまで自分たちでフィデスをこの地から追い出したかった。他国の力を借りれば他国の影響力が強くなり、他国の顔色を窺う必要がある――それは真の独立ではないというのが青年と彼に付き従う側近たちの共通の認識であった。

 もちろん、それが難しいことも青年は理解している。

 アメリカからの話を聞いたとき、青年は受け入れることも考えた。だが、側近たちの大半がそれに否定的であった。アメリカという聞いたこともない異界の国を信用しきることができなかった。だから、彼はアメリカからの提案を受け入れないことにした。

 その決定は、今でも間違っているとは思っていない。

 もう少し、アメリカと対話できていれば協力できるところがあったかもしれないが、話があった時点ではアメリカのことを彼らはほとんど何も知らなかった。

 レジスタンスも過去には他国の支援を受けていたことがあった。

 だが、結局はフィデスを追い出すことはできなかった。どこの国も武器などの支援はするが戦力を供給してくれるわけではない。支援があっても結局は物量にまさるフィデスに押し返される――というのがこの半世紀あまりで何度も繰り返されていたことだ。

 今回は、それとは状況が違うという保証はどこにもない――そう考えていたのだが、予想に反してアメリカは本当にフィロア大陸に侵攻してきた。青年たちの想像以上の兵力で。


「『アメリカ』以外の国の軍隊もいるようです」

「『アメリカ』はそれだけ影響力がある国なのだろうな」

「もし、彼らの提案を受け入れていれば仮に独立しても我々は『アメリカ』の属国になったかもしれません」

「どうだろうな……だが、仮にこのままフィデスが縮小し北西部が独立した場合。どの国も『アメリカ』を頼りにするのは確実だろう」


 北西部の州はいずれも元は小国だ。

 単独にせよ連合を組むにせよ、大国フィデスに備えるには色々と不足している。アメリカの庇護下に入れば少なくとも国土を守ることはできる――と、各国は考えるだろう。

 結局、それはフィデスからアメリカに支配者が変わるだけではないか。

 青年たちはそう感じていた。



 市内の各所で爆発音や発砲音が聞こえ、それに伴う黒煙などがあちこちからあがっていた。市内上空には連合軍が飛ばした無人機が飛び、時折爆弾などを地上へ落としていた。

 戦況は、概ね物量に勝る連合軍が優位であった。


「弾切れだ!」

「こっちにもないぞ!」

「補給は?」

「弾薬庫なら敵の無人機の攻撃で吹っ飛んだよ」

「畜生!」


 弾薬がなければこれ以上戦うのは不可能だ。

 最終手段は銃剣をもっての突撃だが、そんなことをすれば蜂の巣にされる未来しか待っていない。そこまでして国のために命を張りたいとは兵士たちは思っていない。多くの兵士たちは徴兵された地元の若者たちであり、別にフィデスのために戦おうと思って軍人になったわけではない。

 そもそも、併合したくせに未だに「二級市民」扱いをしてくるフィデス人のために戦うなんて馬鹿らしい。それでも、彼らは「命令」だから渋々戦場に出ているが当然ながらその士気は低い。フィデス軍は「アメリカは捕虜を拷問する」などといって投降しないようにしているが、それでも戦わずにアメリカ軍に投降する兵士も出てきていた。


 現在、この小隊が対峙しているのはイギリス軍とオーストラリアの連合部隊だ。チャレンジャー2とレオパルト2に守られながら歩兵は着実にバリケードに近づいていた。

 武器があれば追い返す事もできるだろう。

 しかし、手元には対戦車ミサイルはない。辛うじて機関砲の弾薬はあるがそれもすぐに底をつく。兵士たちの間に恐怖心が広がる。このままでは自分たちは戦車に押しつぶされるかもしれない――という恐怖心が。


「な、なあ。投降したほうがいいんじゃないか?」

「アメリカは捕虜をとらないって話だろ?」

「だが、何人か投降した奴らはいるらしい。そもそも俺等を見下してくるフィデス人のために俺等が命を張るのは間違っているだろ」

「……たしかにな」


 元々フィデス人ではない彼らにとってフィデス人というのは所構わず自分たちを見下して「自分たちは選ばれた存在」だと振る舞ういけ好かない連中だ。フィデスへの忠誠心もない彼らはなぜ、自分たちを見下してくる存在のために戦うなど馬鹿らしいと極限状態の中で思うようになった。誰だって自分の命が惜しいのだ。

 そして、彼らは行動に移した。

 偶然持っていたタオルを角材に巻き付けて即席の白旗を作ると進軍してくる相手によく見えるように勢いよく振り回した。しばらくすると戦車の後ろから数人の兵士たちが彼らのもとへ駆け寄ってきた。


「武器を捨て手を頭の後ろに組むんだ」


 イギリス兵はフィデス語でフィデス兵たちに武装解除を命じる。

 フィデス兵は頷くと手に持っていた小銃をその場に投げ捨て遠くへと蹴り飛ばし、そのまま両手を頭の後ろに組んだ。

 イギリス兵は武器を隠し持っていないかフィデス兵一人ずつをボディチェックし、問題がないとわかると近くに止まっていた装甲車に投降したフィデス兵たちをのせていく。投降したフィデス兵は市街地を出ると空き地に着陸していた輸送ヘリコプターCH-47に乗せられパナマ方面へと運ばれていった。

 フィデス兵が耐えきれずに降伏する。

 その光景はレノン市街各所で見られていた。





「降伏する部隊が増え続けている……まあ、それは仕方がないだろうな」


 誰が、自分たちを見下す連中が統治している国のために戦うというのだ、という本音部分を隠す旅団長。

 彼もまた生まれはフィデスに併合された地方出身だ。

 地元に職がないので授業料が安いことに惹かれて士官学校に入り、准将へ昇進し旅団長にまでなった。その間、アトラスとの戦争など何度かの戦場にいきそのたびに中央から派遣された指揮官が地方出身者に当たり散らす――などという光景を何度も見てきた。


「それで――行政長官殿は?」

「数時間前に逃げています。少将閣下とご一緒に」


 早く敵を追い出せ、と数時間前まで准将たちに怒鳴っていた行政長官は中央から派遣された総指揮官と共にすでにこの場から逃げ去ってしまった。静かなのはいいことだが一応最高責任者がさっさと逃げ出すことには色々と文句をいいたい気分になる。

 まあ、それはともかくとして。


「つまり、今現在。全部隊の指揮権を握っているのは私ということだな」

「そうなりますね」

「なら、全部隊に通達。降伏だ」

「……よろしいのですか?」

「文句をいう連中は逃げたのだろう?ならば問題はない。このまま戦ったところで俺等は無駄死にするだけだ。俺等を捨てた連中のために戦う必要などあると思うか」


 准将の言葉に彼もまた地方出身の副官は「確かに」と同意するように頷く。

 フィデス中央の人間なんていつも口やかましく何かを押し付けてくるだけだ。フィデスのために命をなげうったところで彼らは感謝するどころか「時間稼ぎすらできんのか」と嘲笑うだけだろう。

 覚悟を決めた准将はすぐに全部隊に対して降伏するように指示を出した。

 多くの部隊が地方からの徴集兵だったため「フィデスのためにこれ以上戦えるか」と喜び勇んで降伏した。中には指示に従わずに戦い続けた部隊もいたようだがそういった部隊は連合軍によって文字通り押しつぶされた。

 こうして、州都・レノンでの戦闘は二時間ほどで終結し州都・レノンは連合軍によって完全に制圧されるのだった。

 早々にフィデス軍が降伏したことに最も驚いたのはフィデスからの独立を目指していたレジスタンスであり、代表の青年は慌ててアメリカと交渉しようと動き出したのだった。


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