表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
132/167

126

 新世界歴2年 1月7日

 日本皇国 東京市 新宿区

 新宿駅前



 新宿駅は世界最多の利用者数を誇る巨大ターミナル駅だ。

 国鉄や私鉄や地下鉄が多数乗り入れるこの駅は終電後や始発直前などを除けばどの時間帯も多くの人で溢れている。

 この日、新宿駅にほど近い広場では革新党や平和団体による抗議集会が開かれようとしていた。集会予定地の周りには多数の警官たちが警備についておりかなり物々しい雰囲気となっている。

 この抗議集会は、フィロア大陸に軍事侵攻するアメリカとそれに協力している日本政府に向けたものだ。革新党からすれば結党後はじめての本格的な活動がこの抗議集会だった。そのため、党首を含めた幹部たちも現地にやってきて抗議の声をあげると主催者側は公表していた。


「ずいぶんと淋しいっすね」


 集会に集まった人々を見て取材に来ていた若い記者が小さく呟く。

 抗議集会に集まったのは数十人ほど。ほとんどは、市民団体の関係者たちであり年齢層も比較的高い。年末から降った雪はまだあちこちに残っており更に今朝も氷点下の冷え込みだったことを考えれば、人が少ないのはある意味で仕方がないのかもしれないが、それでも駅から出てくる利用者はこの集会に一瞥もしない。

 それでも、時間が経つ事に広場に集まってくる人は増え続け、最終的には100人ほどとなった。だが、その殆どは市民団体の関係者やあるいは左派系の地方議員が多数的であり、純粋に一般からの参加者は数えるほどしかない。

 そんな状況でも抗議集会は始まった。

 まずは、平和団体の代表が冒頭で「日本はいつまでアメリカの腰巾着となりアメリカの戦争を手助けするのだ!」と日本政府を批判すると、広場のあちこちから「そうだ!」と賛同の声が上がる。

 この団体は日本軍が他地域に派遣されるたびにこのような抗議集会を開いており、左派系の国会議員たちが集まって抗議の声をあげている。ちなみに、この団体日本軍の縮小への活動も積極的であった。だからこそ、進歩党急進派である革新党と共同で今回のような集会を開いたのだ。

 平和団体の代表によって広場に集まった人々のボルテージは上がる。

 そして、代表の次に壇上に上がったのは革新党の代表である村沢京子だった。代表の冒頭の挨拶はいうなれば前座。この、村沢の演説こそが今回の集会のメインともいえる。これは、革新党の国政政党としての第一歩――だと、当人たちは本気で思っていた。

 眼の前に、高齢者ばかりが集まっている状況はこの際気にしない。

 村沢にとっては自分の演説がテレビで放送されればそれでいいのだ。


「今の日本は間違っている方向に進んでいます――」



「相変わらず中身のない演説だな」


 村沢の演説を聞いてそう評するのは、政治記者をして20年ほどになる大手新聞社「大東新聞」に所属するベテラン記者だ。長らく進歩党などでの取材をしていることもあり、村沢京子という議員に関しても他の記者に比べればよく知っていた。

 そんな、彼が村沢の演説を「中身がない」と評したことに、彼に同行していた若手記者は「どういうことです?」と目を丸くしながら尋ねた。村沢は「日本はなぜ他国への侵攻に手を貸すのか」だとか「こうなったのも、軍の規模を徒に大きくしたせいである」などと語り、参加者からは同意の拍手が送られていた。


「今回の派兵は太平洋条約に基づくものだ――つまりは放置しておけばアメリカだけではなく太平洋地域にも影響を及ぼす。そう判断したから今回の派兵は行われた。そもそも、フィデスという国がアメリカ側の要請に頷けばこんな金のかかる戦争なんてものは起きないわけだし、さらに言えばフィデスが中央アメリカに軍事侵攻しなければこういった戦争も起きなかった――彼女たちはそれをあえて無視して、日本がアメリカの侵略戦争に手を貸している――というようにミスリードしようとしている。引退した辻田はそれができる話術を持っていたが、彼女にはそれはない。現に――立ち止まる通行人が殆どいない。辻田ならば興味のない人間を引き込める話術があったんだがな」

「でも、粘り強く交渉を続けていけば……」

「それは何も知らない外野だからこそ言えることだな。異世界の国が俺達と同じ考えを持っている――なんて考え事態が間違いなのさ」


 若い記者を諭すように言葉を続けながらベテラン記者は「いつから報道記者ってのはパソコンの前にかじりつく仕事になったんだろうな」と昨今の記者の行動を見て嘆く。

 たしかに昔と比べて情報の伝達速度はインターネットのおかげで飛躍的に早くなった。だが、それは真意不明な情報が大量にあふれることにもつながる。記者はそれまで自分の足で情報を得ていたが、今では多くの記者がネットで得た情報をもとに取材をすることが増えた。それに関して別にすべてが悪いとは思っていない。インターネットも使い方次第では有益だ。だが、使い方を誤ればただ誤情報を全世界にばらまくだけになる。現に、それで謝罪する羽目になった報道機関は多くある。

 今回の抗議集会も、最終的には「日本に他国へ攻め込める軍があるから問題なのだ!」といういつも、彼らが主張している軍縮論の話が中心となっていた。出席者の大半は元々そう主張しているからこそ違和感を感じないのだろうが、演説の声を聞いて一瞬足を止めた通行人は「軍縮」の言葉が出た途端に興味をなくした者が増え、そのままそそくさとその場を立ち去っていく。中には同調した者もいるがその数は少ない。


「杉本さんは軍縮論をどう思っているんですか?膨大な軍事費は予算をかなり圧迫していると以前から言われていますが」

「徐々に縮小していくのは俺も反対はしていない。だが、彼らの主張は軍の半減だろう?それはとても現実的ではないな」

「ですが、ソ連も北中国もいません。必要以上の戦力をもつのは他国への威圧になるのでは?」

「ここが地球ならばそう言えたかもしれないが――ここは異世界だ。また、いつ新たな国が出てくるともわからないのに『安全だから軍縮しよう』なんて安易にして、もしヨーロッパのような状況になったらどうする?他国が助けてくれるのを待つのか?」

「た、対話をすれば問題ないのでは?」

「言葉が通じない可能性もあるし、覇権主義国家相手に対話をしたところで相手に準備を整える時間をやるだけだろう。そもそも、去年。ノルキア帝国に樺太を攻撃されたのを忘れたのか?」

「……そういえばそうでしたね」

「幸い軍が迅速に動いたからこそ大きな被害は受けなかったが、それでも樺太北部の奥端などは建物の殆どが攻撃によって破壊されている。それが、他の地域でも起きるかもしれないのに安易に軍縮なんてしてみろ。今だって日本全土を守り切るには足りないと言われているのに余計穴をあけることになる。そもそも、軍事費の殆どは人件費だ。給料の安い軍隊なんて誰も入隊なんてしないだろう」


 この記者は別に保守系というわけではない。

 一方で、若い記者も左派というわけではない。

 ベテラン記者は長年こういった組織の取材をしているので彼らの言い分の根幹にある部分や、どのような組織とつながりを持っているのかも知っているが、若い記者はそういった情報はなくただ彼らの言い分「そういうものか」と感じていた。共感も少しくらいはしているが、彼らの言い分が「絶対に正しい」とも思い込んではいなかった。


「そもそも、軍事費を減らしたところで社会保障のあてにはならないことは、多くの専門家が言及していることだ。それを考えれば彼女たちの言い分は『浅知恵』でしかないし、それを堂々と報じている連中は同じメディアとして恥ずかしい気分になる」


 記者の怒りの矛先は同業者にも向いていた。

 若い記者は話を聞いていて悟った「ああ、自分は彼の地雷を踏み抜いたらしい」と。



 新世界歴2年 1月7日

 フィデス人民共和国 バレンリオ州



 バレンリオ州の州都、レントから東に30kmほどでは連合軍に参加している中華連邦と朝鮮連邦軍とフィデス軍による戦闘が行われていた。連合軍側は1個旅団規模。対してフィデス側は1個大隊であり、数の上では連合軍が有利であった。

 フィデス側の陣地に対して攻撃を行っているのは中華連邦陸軍の主力戦車である96式戦車と、朝鮮連邦陸軍の主力戦車K-2だ。それぞれ、1個中隊ずつがこの戦闘に投入されている。

 96式戦車は1996年から配備されている中華連邦陸軍の第3世代型主力戦車であり、設計から開発までほぼすべてのことを国産で行った同国初の戦車だ。全体的に角張った外観などは同時期に配備された他国の戦車と似ているが射撃指揮装置などに関しては国産化できずに、日本から輸入したものを使用している。中華連邦陸軍には約1500両ほどが在籍しており、それ以外に東南アジアにも輸出が行われている。

 朝鮮連邦陸軍のK-2戦車は、2000年に登場した同国二世代目の国産主力戦車だ。K-1は関係が深いアメリカのM1戦車をベースにして開発されたがK-2はなるべく国産に頼りながら、レオパルトなどの傑作戦車を作り上げたドイツ企業の支援を受けて開発された。現在までに2500両ほどが配備されており旧式のM60などを置き換えている。


 対するフィデス側の装備はいずれも旧型だ。

 戦車は半世紀前にフィデスで配備された戦車を現役で使い。武器弾薬の数も乏しい中での戦闘を余儀なくされていた。フィデス北西部は半世紀前にフィデスに併合された新しい地域であり、また、独立意識が高い。そのため中央政府はこの地域になるべく新型の兵器をおかないようにしていた。反乱でそれらの武器を奪われるのを防ぐためだ。

 また、北西部は特に産業などもないため他国から攻め込まれる危険性が低いのも更新が遅れた理由だ。地球でも他地域に比べて脅威度が低い地域は装備更新が遅れることが多々あるが、バレンリオ州駐屯軍も同じ状況にあった。


「隊長!このままでは突破されます!」

「そんなのは見ていればわかる!」


 そもそも1個大隊で1個旅団を抑えるのは無理に決まっている、と報告にきた兵士に対して思わず怒鳴ったのは部隊を指揮する中佐。報告しなくても状況が絶望的なのは彼はよく知っている。

 彼が指揮する大隊は、二ヶ月前に近隣州から応援のために派遣された旅団に所属していた。元々の理由はレジスタンスへの対応のための治安維持体制の強化だったのだが年が明けて一気に状況が悪化した。最悪の方向に。


(一体どこのどいつが攻め込んできた。こんな戦車見たこともない…)


 中佐は一応、中央アメリカに自国軍が侵攻していることは知っているが敗走したことは知らない。軍上層部はそういった情報を一切外に流さないようにしているからだ。そのため、中佐たちは自国軍は未知の大陸を順調に攻略していると思いこんでいた。

 実際のところは全然違い、中央アメリカからフィデスを追い出したアメリカ側が交渉を有利に進めるために逆侵攻を仕掛けているわけだが、地球の兵器を見たことがない中佐にとって眼前の戦車などはすべて未知の存在だった。

 結局、彼が指揮していた大隊は連合軍の猛攻に耐えきれず1時間後に降伏することになる。他にも、レント近郊に展開していたフィデス軍は次々と敗北し、連合軍は徐々にレントへの包囲網を狭めていく。

 それでも、レントには約4,000のフィデス軍と2,500の治安部隊が駐屯していた。



 バレンリオ州 レント



「どうやら『アメリカ』はすぐ近くまで軍を進めているらしい」

「やはり、事前に協力しておいたほうがよかったな……」

「仕方がない。ウチのリーダーは他者を信用しないからな」

「敵に対してならいいが、それで味方まで少なくするのは問題だろう」


 レジスタンスの拠点の一つに集まっているのは、アメリカとの協力を主張していたグループのメンバーだ。あちこちに独自の情報網を持つ彼らはフィデスが敗北したことをすでに把握していた。

 予想通り、アメリカとその同盟国はかなりの軍事力を持っていた。

 これは、レジスタンスに接触したCIA工作員の話が事実だという証明にもなる。あのとき、もう少しちゃんと話し合えれば、アメリカからより正確な情報が提供されたかもしれない、と集まっていたメンバーは内心後悔していた。


「アメリカがこの町を占領しにきたらリーダーどうするんだろうな」

「あの人のことだ『侵略者を追い出せ!』とかいってアメリカ相手にも攻撃を仕掛けそうだ」

「そんなことを本当にやったら、俺はここから抜けるぞ」

「俺もだよ」


 あくまで憶測――妄想にすぎない。

 だが、リーダーたちの言動はメンバーの一部にそのような疑念を抱かせるような、民族主義的なものが多い。他国の力を借りればその国に飲み込まれることをリーダーは恐れている。しかし、他のメンバーからすれば自分たちだけで独立を勝ち取るなんて無理な話だ。そんなことができているなら、フィデスに併合なんてされていない。

 かつてはフィロンなどにあるレジスタンスと協力関係にあったが、それも今のトップになってからは交流頻度は少なくなっている。同じく「祖国を解放したい」と考える同業者にすらトップとその側近は警戒しているようだ。


「協力できるところとは協力する――それでいいと思うんだがな」

「それができないから俺等は周辺の中で孤立しているのさ」

「これからどうなるんだろうな……」

「アメリカ軍がきたら大人しく言うことを聞くだけさ」

「……それが懸命だろうな」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ