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 新世界歴2年 1月4日

 フィデス人民共和国 アディンバース

 総統官邸



「それで?我が国の領土にまんまと上陸されたというのはどういうことだ。総参謀長」

「も、申し訳有りません」

「謝罪を聞きたいわけではない――もちろん敵を追い出すことはできるな?」

「もちろんです。現在、2個軍団をフィロン州へ向かわせています」

「それで勝てるのかね?」


 冷や汗を垂れ流す総参謀長を睨みつけるグリーンベル総統。

 総参謀長は「も、もちろんです」と返すがその視線は泳いでいる。

 この時点で総統は彼に見切りをつけ、早々に部屋から出した。


「親衛隊の第一陣はすでに出発していたか?」

「はい。数日以内にフィロン州に到着予定です」

「親衛隊長官を呼んでくれ。軍は頼りにならん」


 秘書は「かしこまりました」と頭を下げすぐにどこかへ電話をかける。

 ほどなくして、執務室に親衛隊の軍服を身にまとった壮年男性が入ってくる。彼が親衛隊のトップである長官だ。同時に、総統の最側近の一人でもありかつては秘書を務めていたこともある。


「長官。親衛隊はどれほど出せる?」

「閣下のご命令ならば緊急対応部隊はすぐにでも出発できます」

「そうか――先ほど総参謀長から報告を受けたのだが、どうも軍の動きが鈍く、頼りにならん。軍の代わりに親衛隊が前線で敵の進軍を抑えてもらいたいのだが。できるか?」

「もちろんです」


 総統の問いかけに即答する長官。

 どちらかといえば文官である長官は総統の言葉を聞いてすぐに親衛隊に大きなメリットがあると判断した。軍の信用が揺らいでいる中で、軍以上の成果をあげ親衛隊を実質的な軍に格上げするという親衛隊の野心に一歩近づく。


(アメリカなどという聞いたこともない連中に苦戦する軍が信用を失うのは当然だ。我々親衛隊こそが真にこの国の軍隊にふさわしいということを総統閣下に示さなければな)


「それを聞いて安心した。では、長官よろしく頼むぞ」

「はっ!我が国に土足で踏み込んでくる蛮族は必ずや我々親衛隊が排除してみせましょう」




 フィデス人民共和国 フィロン州 州都・ロブカーツ



 北西部最大の州であるフィロン州。

 ここが、フィデスへの抵抗運動が最も激しい州でありフィデス側も多くの戦力をこの州に派遣していた。

 州都・ロブカーツでは数日前から「フィロン解放同盟」の戦闘員とフィデス治安部隊の間で市街地戦が繰り広げられており、昨日からはそれに「総統親衛隊」も加わっていた。

 親衛隊が加わったことで市街地の戦闘はより激しさを増している。

 治安部隊は住民感情などを考えてあまり派手な軍事行動をとらないようにしているが、親衛隊は「そんなの知らん」とばかりに戦車や装甲車などを多数用いて市街地でも容赦なく砲撃を行っていた。


「まるで内戦のようだな」

「実際、解放同盟との戦いは内戦のようなものでしょう」


 情け容赦のない親衛隊の攻撃に、治安部隊の指揮官は「内戦」のようだ、と呟くと近くにいた親衛隊の指揮官が「こいつは何を当たり前の事を言っているんだ」といった呆れ顔で返す。


「だからといって所構わず市街地を攻撃する理由にはならないだろう」

「貴方がたがそういった態度だからいつまでたっても連中が一掃できないんですよ。ここまで長引かせたのは貴方がたの失態ですよ?事態が解決したら総統閣下にきちんと報告しなければなりませんね」


 どこか見下したような視線を向けながら鼻を鳴らす親衛隊。

 その態度に治安部隊の指揮官は内心苛立つが、なんとか歯を食いしばって耐える。ここで、何かを言い返したところで良い結果にならない。治安部隊と親衛隊の力関係は親衛隊のほうが強く、中央での発言力も親衛隊が上だ。

 ここで、トラブルを起こしても誰も治安部隊側を擁護する者はいない。

 自分はともかく部下たちまで揃って処分されるのはあまりに理不尽なので、指揮官である自分が必死に堪えるしかない。そんな、治安部隊の指揮官を親衛隊指揮官は冷めた目で見つめていた。


(やれやれ正論を言われてこのような反抗的な目をするとは……治安部隊などと名乗りながら反逆者たちを放置してきたことへの罪の意識がないようですね。これは総統閣下に報告し、大きな組織改編をすべきですね)


 親衛隊の指揮官は多くの親衛隊員と同じく総統の崇拝者だ。

 そんな彼にとって総統の理想を阻む存在はすべて「悪」であり、理想を実現できない味方は総じて「無能」に組み分けられている。フィロン州の治安部隊と正規軍は彼から見て「無能」でしかなく、このままこの地の治安維持を任せるのは不適格だと感じていた。


(やはり、この国は更に変革しなければならない!そのためには邪魔なものはすべて排除しなければ!)


 狂信者――外部から見れば指揮官の思想はその一言で片付けられる。

 だが、彼にとってはそれがこの国――フィデスの最もふさわしい未来なのだ。





「自国領なのにずいぶんと派手に撃ちまくっているな……」


 親衛隊による砲撃を受けているビルから2区画ほど離れたところのビルにいた男は呆れたように呟く。攻撃の衝撃は男がいるビルにも届いており砲撃があるたびにビルは地震のように揺れていた。

 男はCIAから派遣された工作員であり、主にフィデス国内の情報収集とフィデスに反感を持つレジスタンスとアメリカを繋げる連絡役を担っていた。不審に思われにように現地語をマスターした段階で、フィデスに潜入しておりフィデスにきてからすでに4ヶ月ほどになる。


「親衛隊の連中にとっては中央以外はフィデスではないのさ。連中にとっての我々は市民権を持っていない三級市民みたいなものだな」


 そう言って肩を竦めさせるのはスーツをきた40代半ばくらいの男。 

 彼は解放同盟の幹部であり、最初に工作員の男と接触をもった解放同盟側の人間で、現在に至るまで工作員と行動をともにすることが多い。いわば監視役ともいえるが、そのおかげで工作員との関係は解放同盟の中で最も深くアメリカとの協力に難色を示す他の幹部たちの説得などもしていた。


「ところで、そちらの軍はいつになったらフィロンにつくんだ?」

「今はバレンリオの州都付近まで進軍している。あと数日もすればバレンリオを掌握できるだろうから、こちらに来るのは早くても1週間後くらいだろうな」

「一週間か……まあ、幸い拠点はあちこちに分散させているがこのままだとこちらの拠点が潰されるのは時間の問題だろうな。こちらの被害が増えるとそちらへの不信感も増大するが……」

「地上部隊は時間はかかるが航空戦力に関しては二日以内に動き出す予定だ。それまでは辛抱してくれ」

「……他の幹部たちにはそう説明しておこう」


 親衛隊が出てきたことは彼らにとって想定内のことであったが、アメリカからの支援がなければ解放同盟も戦い続けることはできない。アメリカ軍がフィロン州に来なければ解放同盟は崩壊してしまう。

 アメリカと協力関係を結ぶことは解放同盟の中でも賛否が真っ二つにわれた。否定的なメンバーを説得したのが、幹部の中でも人望がある彼であった。彼の尽力によって解放同盟はアメリカと協力することで一致できたのだ。

 ここで、アメリカが何もしなければその協力関係は終焉するし、それを推し進めた幹部である彼も厳しい目を向けられるだろう。すでに、アメリカ軍は隣接しているバレンリオ州から一部部隊をフィロン州へ向けており、工作員が言う通りの行動をしていた。ただ、工作員も実際にアメリカ軍を見ない限りは確実なことはわからないので、内心冷や汗をかきながらこの数日を過ごしていた。



 翌日。

 カリフォルニア州にある空軍基地から70年以上前から運用されている爆撃機――B-52が飛び立った。アメリカの大型戦略爆撃機として1958年から運用がはじまったB-52はこれまで多くの戦争や紛争に参加し続けた。

 技術の進歩と共に防空能力が強化されたことからそれを超えるための超音速戦略爆撃機の開発が行われたが、その殆どは開発費用が高騰化したため実戦配備されることはなかった。そのためB-52は運用開始から80年近く経った現代でも運用され続けていた。アメリカ空軍は更に20年間はB-52を運用し続けるつもりであり、現代の軍用機としては異例の100年近くにわたって現役の爆撃機として運用されることがもはや確定している。

 B-52がなぜ長く使われるのか。

 それは、他の爆撃機に比べて維持と運用にコストがかからないことだ。

 アメリカ空軍が運用しているその他の戦略爆撃機であるB-1とB-2は超音速であったり、ステルス機であったりし、調達はもちろんのこと維持費もB-52に比べると非常に高額だ。さらに、数の面でもB-52のほうがB-1などに比べると多い。

 そんな、長老といえるB-52に引き続いて、日本空軍の91式戦略爆撃機も同じ基地から間を置かずに飛び立っていった。今回は、日米空軍爆撃機部隊が共同で実施するもので、攻撃目標はレジスタンスの活動が活発なフィロン州にあるフィデス軍及び治安部隊の施設となっている。

 日米の爆撃機が肩を並べて爆撃任務をする――というのは今回が初めてではない。中東ではよくやっていたことであるし、共同訓練というのも定期的に行っている。B-52と飛ぶのも初めてではないし、むしろB-2が訓練にやってくることのほうが珍しいほどだ。

 さて、現地へ向かうのは爆撃機だけではない。きちんと護衛の戦闘機もついている。一応、フィデス北西部――国境付近の制空権は連合軍が握っているといえるがフィロア大陸全域の制空権を握っているわけではない。今はまだ活発ではないが、そろそろフィデス空軍もどうにかしようと戦闘機を飛ばしてくる頃合いだろう。そんな空に爆撃機を丸腰で飛ばす軍隊はどこにもいない。

 そして、護衛を担うのは海に展開している機動艦隊が担当してくれる。

 こういうとき、空母機動艦隊というのは便利だ。洋上であればどこへでも戦闘機を飛ばすことができる。空中給油機さえつけてくれれば大陸の奥深くまで飛行することだって可能だ。


 爆撃機が離陸して1時間後。パナマ沖に展開していたアメリカ海軍の空母「レンジャー」から4機のF/A-18Eと、日本海軍の空母「祥龍」から同じく4機の99式艦上戦闘機(烈風)が護衛のために発艦していた。

 日本海軍の主力艦上戦闘機である99式艦上戦闘機は、川住重工業によって開発された艦上機であり設計のベースになったのは当時、日本空軍の主力戦闘機であったF-15だ。F-15は強力な双発エンジンを搭載し高い格闘戦能力と兵器搭載能力を持っており、日本海軍はF-15の艦上機版の開発をメーカー側に要望したのだ。

 ベースはF-15であるが、6割ほどが独自設計で開発されたことから外観の一部を除いて両者はほぼ似ていない。エンジンやレーダーなどはすべて国産のものだ。アメリカからは共同開発なども打診されたが、アメリカ海軍と日本海軍では艦載機に求める役割も大きく異なるため日本側が断っている。

 導入国は日本やイランなどだが、日本以外では普通の陸上機として運用している。基本スペックはF-15に匹敵すると言われており日本海軍が求めた高い格闘戦能力をもった戦闘機となっていた。


「日本の『シーイーグル』か。いつ見ても美しい機体だ」


 99式はアメリカなどでは「シーイーグル」などと呼ばれている。

 愛称の理由は99式がF-15をベースにしていることと、日本海軍独自の青い海上迷彩をまとっていること。そして艦上機であることなどが理由だ。

 もう一つ「ブルーイーグル」という愛称でも呼ばれることがある。

 爆撃機部隊はそんな強力な護衛に守られながらフィロン州上空までやってきて搭載している爆弾を投下した。フィデスの迎撃機がフィロン州上空にやってきたのはその数十分後だがすでに爆撃機は最初の攻撃を終えカリフォルニアへ戻ったあとであった。

 日米の爆撃機部隊と機動艦隊は。その後もフィロン州にある治安部隊の拠点などへの爆撃を繰り返し行い、フィロン州にいた治安部隊や親衛隊は徐々に疲弊していくことになる。


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