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新世界歴2年 1月3日
フィデス人民共和国 バレンリオ州
フィデス北西端にあるバレンリオ州は、パナマと国境を接しておりこの地からフィデス軍が中央アメリカに軍事侵攻を行った。
バレンリオ州は元々半世紀前までは独立した国であったが、50年前に周辺の国々と同時期にフィデスの工作員などによる内乱が発生。その直後にフィデス軍の侵攻を受け一ヶ月ほどでフィデスに併合された歴史を持つ。
近くにあるフィロン州と同じく、現在でもフィデスへの帰属意識は低く独立意識の強い地域であり常々フィデスの治安部隊と住民の間で衝突が起きている地域であった。
二日前に国境を超えた連合軍は、橋頭堡を築くためにバレンリオ州最大の都市である州都「レンジア」を目指し進軍していた。国境付近の警備体制は脆弱でありフィデス側は未だに連合軍がフィデスに侵攻したことを把握するのに時間がかかっていた。
「なに?こちらに向かって大規模な機甲部隊が進軍中?バカも休み休みいえ!」
連合軍が侵攻してきたという情報を聞いたバレンリオ州知事は当初その言葉をたちの悪い冗談だと考えて聞き入れなかった。各州の知事は内務省から派遣された官僚であり、特に中央から離れるごとにその能力は低くなる傾向にある。バレンリオ州知事もまた数年前に中央から飛ばされる形で州知事になったので早く中央に戻ることしか考えておらず、州統治に関してはほぼ無関心であった。
「し、しかし。偵察部隊がこのような写真を撮影しています!それに、州内の弾薬庫が突如爆発したという情報もありますので、侵攻してきたのは間違いないかと」
「ならばすぐに追い返せ!そのための軍だろう」
秘書の言葉をほぼ聞き流す知事。
この時点で彼は危機感というものを一切もっていなかった。
これは、アメリカに関する情報が政府内でほぼ共有されておらず、末端の官僚などにそれらの情報が一切届いていないからだ。つまり、彼らは現在自分たちに攻め込んでいるのは命知らずの蛮族だと本気で思い込んでいた。
これまであちこちで起きていた反乱も鎮圧していたこともあり、知事は今回もすぐに排除されるだろうと楽観的な考えをもっていたのだ。
だが、そんな楽観的な考えも数時間後に変わることになる。
連合軍による本格的な空爆が州都で始まったからだ。
パナマ沖 太平洋上
日本海軍 原子力空母「祥龍」
パナマ沖1500kmの海域には、一週間前にサンディエゴを出港した日本海軍の原子力空母「祥龍」が護衛の巡洋艦や駆逐艦と共に展開していた。空母「祥龍」を旗艦とした第10空母戦闘群は、日本海軍がアメリカ支援のために送り込んだ艦隊の一つであり、今回の作戦開始にあわせて本格的にフィデス攻撃に参加する。
空母「祥龍」の飛行甲板には対地攻撃のための爆弾などを搭載した「82式艦上戦闘攻撃機(旋風)」が2機。艦首部分にあるカタパルトへ移動していた。82式艦上戦闘攻撃機――F/AJ-6――は、79式戦闘機をベースにして四葉重工業によって開発された艦上多用途戦闘機だ。戦闘攻撃機という名の通り戦闘機としても攻撃機としても運用可能なマルチロール機であり、長らく日本海軍の主力艦上機として活躍し続けている。
数の上では次代の「99式艦上戦闘機(烈風)」が主力ではあるが、高価な烈風に比べればコストが安価であるため、まだしばらく運用され続ける予定だ。それでも、82式を置き換えるための新型艦上機としてステルス機である「20式艦上戦闘機(疾風)」が配備され始めているので、82式は10年を目処に順次退役する予定だ。ただ、これも転移によって疾風の配備状況が変わる可能性があるので、より長い期間現役でいる可能性もあった。
『<シーウィンド1>発艦を許可する』
「<シーウィンド1>了解。発艦する」
管制室からの発艦許可を受けて「シーウィンド1」こと、早見和久大尉が操縦する82式はカタパルトによって射出された。すぐに、僚機である82式も隣のカタパルトから射出され、更にその後に続いて他に2機の82式が発艦していった。
発艦した4機の82式は第10空母航空団第362戦闘攻撃飛行隊に所属している。早見大尉は他の3機を率いる編隊長でもあった。4機の82式はフィデス北西部にあるフィデス軍の駐屯地を空爆する任務についていた、護衛として烈風の1個編隊が同じく「祥龍」から発艦していた。
82式は基本的に複座型が基本であり、パイロットの他に無線や兵装管理などを行う兵装システム士官が後席に座っていた。
早見大尉とコンビを組むのは味野幹也中尉。
コンビを組んで2年ほどだが、私生活においても一緒に行動することが多い仲の良いコンビだった。
早見大尉が海軍パイロットになって10年。これまで行ってきた実戦といえば中東の武装勢力掃討を行う多国籍軍に参加したのが数度あった程度。国同士の本格的な戦争に参加するのは今回が初めてだ。
初めて参加する戦争――ではあるが、早見大尉はそこまで気負いはなかった。ただ目標に対地ミサイルや爆弾を落として排除する。あとのことは地上部隊がすべてやってくれる。警戒すべきは地対空ミサイルの類だろうが、それは武装勢力との戦いでも変わらないことだ。
もし撃墜されれば――敵地のど真ん中にベイルアウトする羽目になるので不安があるとすればそのくらいだろうか。地球の国ならばある程度の命は保証される(一部例外はあるが)だが、異世界の国では地球の常識はまず通用しないだろう。特に、唐突に攻め込んできた血気盛んな国ならば国際法など最初から無視していてもおかしくはない。
と、早見大尉は冷静だったがコンビを組んでいる味野中尉は今回が初実戦ということもありかなり緊張しているのが前に座っていてもわかった。
「味野。力みすぎだ」
「す、すみません。色々と緊張して」
「……まあ、初実戦だから仕方がないか」
「早見さんも初実戦の時はやっぱり緊張しましたか?」
「そうだなぁ…俺の時は武装勢力が相手だったからな。住宅密集地のほど近くが敵の弾薬庫だったというのもよくあったし、実際誤爆だなんだでメディアが騒いでいたこともあったからな。今回以上に気を遣う任務ではあったな。それに比べれば今回はまだ的が大きいし、なにより現代の誘導装置は優秀だ」
「そ、そうですね」
早見との会話で少し緊張がとけた様子の味野。
そのことに安堵しながらも指定された高度を維持しながら攻撃隊はフィロア大陸上空へと差し掛かった。
フィデス人民共和国 バレンリオ州
フィデス軍駐屯地
バレンリオ州の州都・レノン郊外に州内最大のフィデス軍駐屯地がある。
バレンリオ州には元々フィデス軍の1個旅団が駐屯している。主に州内の治安維持などを任務としているが、最近ではレジスタンスの活動が活発になったことから近隣州から追加で1個旅団が派遣され2個旅団規模に戦力は増強されていた。
彼らにとってアメリカがフィデスに侵攻してくるという想定は一切していなかった。そのため、攻撃を受けた直後。駐屯地はまるで蜂の巣をつついたような騒ぎになっていた。それから2日あまりが経った今は多少落ち着いているものの、どうやって防衛戦をはるかで幹部たちは頭を悩ませていた。
なにせ、州に駐屯しているのは2個旅団しかいない。
しかも、治安維持などを主任務にしているので軽歩兵を中心とした部隊で戦車の数は少ないし近くに空軍基地も存在しないので空からの支援も期待できない。
「まさか向こうから仕掛けてくるとはな…」
「我々のしたことを考えればむしろ反撃を仕掛けてくるのは想定内だったのでは?」
「中央の連中がそこまで考えていると思うか?」
「……いえ」
旅団長の言葉に参謀はスッと視線を逸らした。
考えているならば、国境付近の戦力を増備しているはずだ。
確かに1個旅団増えているが、それはあくまでレジスタンスへの対応が目的であり増備されたのも軽歩兵を中心とした旅団であり、またその練度もあまり高い部隊とはいえない。中央にとって重要なのはあくまで首都周辺でありそれ以外の地域への関心はもとより高くはない。更にいえば、自分たちが他国に攻め込まれるはずがないという思い込みもあるのでなおのこと地方部への関心が薄かった。
それを最も実感しているのが、彼らのように地方部に駐屯している部隊の幹部たちである。
「ともかく、我々だけで防衛するしかあるまい。増援が来るのを信じてな」
「では、すぐに準備をしましょう」
「……そうだな。いつまでもつかわからんがな」
2個旅団で1個軍団の進軍を止める。
普通に考えて難しい。特に物資も潤沢にあるわけではないし、空軍の支援があるわけでもないのだ。地の利はあるといっても、州の中は独立を目指すレジスタンスの勢力も強い。レジスタンスとアメリカが協力すればすぐに防衛戦は瓦解する。それでも、彼らは州都を守るために戦うしかなかった。
彼らの駐屯地が日本軍艦載機による爆撃を受けたのはその翌日のことであった。
バレンリオ州 州都・レノン
バレンリオ州も北部にある他の州と同様にフィデスからの独立を目指して活動するレジスタンスの動きが活発な州だ。そのため、治安部隊の監視の目は他の州に比べれば厳しい。それでも、レジスタンスの活動員たちは治安部隊の目を掻い潜りながら様々な妨害活動を行っていた。
そんな、彼らにとっても今回の連合軍の侵攻は予想外の出来事だった。
「フィデスがどこかの国を攻め込んでいるという話は聞いていたが、まさか逆に攻め込んでくるとはな。フィデスの連中、どんな地雷を踏んだんだ?」
「以前、我々に接触してきた『アメリカ』という国じゃないのか?」
「ああ、あの胡散臭い男が言っていたことか。本当に実在していたんだな」
バレンリオ州のレジスタンスにもCIAの工作員が接触していたのだが「胡散臭い」とばかりにレジスタンス側がこれ以上接触しないことにしていた。そのため、フィロン州など協力を決めたレジスタンスと違って彼らはアメリカから詳細な情報提供を受けていない。
まさか、本当にアメリカという国は実在していてフィデスと敵対していたとは、と驚きの表情を浮かべるレジスタンス構成員たち。
「これならば、あの男の手を取るべきだったのかもしれない」
「それを決めるのはまだ早いだろう。そもそも、その『アメリカ』がフィデスと同じような連中の場合もある。そうだったら、結局は今までと状況は変わらない」
「確かにそうだな」
アメリカに関する情報を一切持っていないため、フィデスと同じ国ではないか、と警戒する若者たち。その間にも遠くで何かが爆発するような音と遅れて地響きが聞こえてくる。
「――それにしてもフィデス中央の動き。ずいぶんと遅いな」
「ああ。やはり侵攻軍の大部分が壊滅したって話は本当なのかもしれない」
「なら、中央はかなり混乱しているのか?」
「むしろ、怒り狂った総統への対応で手一杯なんじゃないか?」
「あの総統、沸点かなり低いらしいからなぁ」
彼らも、独自の情報網を持っているのである程度、フィデス中央の情報は知っている。特に、中央の下っ端官僚は併合された地域から金を稼ぐためにやってきた者たちがなっているので、そういった下っ端の官僚たちからいろいろな情報を仕入れられる。
総統の沸点が低いというのも官僚の話がもとになっている。
実際、アメリカとの戦争によって常に不満を抱えている総統は最近では何かアレば常に周囲に当たり散らすことをしているので周囲からは「沸点が低い」と思われ、なるべく近寄らないようにしようとする官僚も多かった。
「なら、バレンリオも解放されるかもしれないな」
「俺達の手で解放しなければ意味はない」
楽観的な意見にリーダー格の青年は支配者が変わるだけでは真の解放ではないと否定する。彼はアメリカとの協力を真っ先に拒否したように、基本的に他国を信用していない。
他国の手を借りることでその国の影響力が増大するのを彼は恐れていた。
しかし、そんなリーダーの考えに不満を持つメンバーもいた。
何人かの若者がリーダーの言葉を聞いて不満げな表情を浮かべる。
レジスタンスも一枚岩ではない。他国の力を借りてでも解放を達成すべきと考える者もいれば、リーダーのようにあくまで自分たちの力で解放すべきと考える者もいた。
数の上では前者が多いのだが、組織の主導権は後者が握っていることもあり前者が後者に対して不満を感じることも多い。ただ、リーダーは高いカリスマ性をもっていることもあり表立って対立を選択する者は少なかった。
手段が違うだけで彼らが目指しているのはフィデスからのバレンリオの解放ということで一致していたからだ。ただ、アメリカの存在によって両者の溝は徐々にであるが広がろうとしていた。