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正暦2025年 1月2日
佐渡島300キロ北方沖 旧日本海
日本海軍第四艦隊 金剛型ミサイル巡洋艦「鳥海」
ユーラシア大陸の消失によって日本海は非常な広大な海となり、海上にはいくつかの未確認の島が発見されていた。
新潟県佐渡島北方沖400キロ地点には舞鶴を拠点にしている第4艦隊の艦艇が海域調査を行っていた。上空には海軍の哨戒機やあるいは空軍の早期警戒機なども空から海域調査を行っていた。
ミサイル巡洋艦「鳥海」は、金剛型ミサイル巡洋艦の12番艦だ。
日本・アメリカ・イギリスが共同開発した艦隊防空システム「イージス」を搭載した防空艦だ。現実ではアメリカ単独がソビエトなどのミサイル飽和攻撃に対応するために開発されたイージスシステムであるが、こちらでは大規模な空母機動部隊を運用していた日本、アメリカ、イギリスの三カ国が共同開発した生み出されている。
生み出された理由は現実と同じくソビエトに対応するためだ。
鳥海は、50口径20.3センチ単装砲2基2門にVLS128セル。SM-2艦隊防空ミサイルとSM-3弾道ミサイル迎撃ミサイル、トマホーク巡航ミサイル、VLA対潜ミサイル、88式艦対艦誘導弾など各種ミサイルを搭載している。
就役から30年以上経っているため近年では近代化改修などが施されイージス戦闘システムは最新型に更新されているがそろそろ後継艦の話も聞こえ始めている頃合いだ。
「鳥海」と共に艦隊を組んでいるのは駆逐艦「夕立」と護衛艦「由良」の二隻だ。鳥海と同じ舞鶴基地を母港にしており、どちらも対潜能力が高い対潜艦であるがそれ以外の対空・対艦戦闘力も高い所謂「汎用艦」だ。
護衛艦というのは日本海軍独自の艦種であり他国海軍でいうならば「フリゲート」に相当するクラスで実際満載排水量3,500トンと他の二隻に比べてかなり小型な艦であるが必要十分な装備をその小さな船体にバランスよく搭載していた。また、沿海を活動域にしていることから鳥海や夕立に比べるとステルス性を意識した上部構造物や煙突、ヘリコプター格納庫が一体化した構造をしていた。
これら、三隻の海軍艦艇以外に少し離れたところには海洋警備隊の巡視船も同様の調査活動を行っている。この光景は日本各所の沖合で見られており、海軍や海洋警備隊は共に稼働状態にある艦艇のほぼすべてを動かしている状態であった。
「艦長。本当に大陸はないみたいですね」
「そのようだな。はじめ、聞いたときは悪い冗談だと思ったがここまで決定的なものを見せられては否定すらできんよ」
薄暗いCIC内で「鳥海」艦長の柳田文雄大佐と副長の糸田洋一中佐がモニターに写っていた画像を見つめていた。高高度無人偵察機によって撮影された画像は本来なら大陸があるはずの位置には陸地はなく幾つか地球で確認したことのない島が映っているくらいであった。
「それにしても『島』が増えたな。どれも無人島だがサイズは佐渡ほどあるものまである」
2日間に20を超える島が見つかった。どれも無人島である。いずれも日本の領海内にあったことから日本の領土となるがそのための調査はこの後、国土省や文部省あるいは科学技術庁などの担当者が行うこととなる。
小笠原諸島沖では九州と同程度の大きさをもった島も発見されておりこちらは大規模な調査が国と民間合同で行われる予定で軍からも海兵隊などが調査隊の護衛のために派遣される予定だ。
一部の島にはレアメタルや油田にガス田といった天然資源の埋蔵があるのではないかと言われており資源エネルギー庁などのテンションが上がっているという。
「資源エネルギー庁はやる気になっているらしいですね」
「死活問題だからなぁ。我が国にとっての天然資源は」
「我々にとっても燃料は色々と問題が多いですからね」
軍艦を動かすにも燃料が当然必要だ。
近年の新型艦艇には燃費を重視した電気推進艦が増えてきたわけだが、この「鳥海」を始めとしてオールガスタービン推進を採用している艦艇は日本海軍の中では未だに多い。ガスタービンは小型で高出力の推進力を得ることができるがその一方で燃費面で問題がある。
そういった問題を解決するために電動機を介する電気推進を導入するケースは近年目立っていたし、空母などでは最新型の機関である「核融合炉」が採用されているケースもあるが巡洋艦や駆逐艦などへの導入予定はない。
「まあ、程よい期待くらいがちょうどいいだろうな。あまり期待しすぎるとその後が怖い」
「幸い東南アジアは発見されていますし、ハワイを見つけたなんて話もありますから。燃料を融通してもらえるアテはありますからね」
東南アジアを発見したのは台湾駐屯の偵察機でありフィリピンや中華連邦を発見した直後にインドネシアやベトナムなどを発見していた。
ハワイに関してもハワイの米軍機とマーシャル諸島の日本軍機が双方の中間地点で落ち合ったことから存在が判明しているがこの時点ではまだアメリカ本土の状態はわかっていない。アメリカ本土や北米大陸の存在が明らかになるのは翌日のことである。
「艦長。艦隊司令部から至急電です」
柳田大佐のもとに通信士が一枚の紙を手渡した。
彼の言う通り舞鶴の第4艦隊司令部から送られたものであり内容は「哨戒機が『アトラス連邦共和国』所属を名乗る国籍不明の巡洋艦を発見したので新潟まで
エスコートしてくれ」というものであった。
「聞いたことのない国の名前ですね」
「ああ。だが命令は命令だ。エスコートに向かうとするか」
「本当に安全なのでしょうか?」
「どうだろうな。今のところ哨戒機は攻撃を受けていないようだし、外交使節団を軍艦に乗せるというのも別に珍しいことでもないしな」
地球上で存在しない国ということは十中八九相手は異世界の国なのだろう。
それを考えれば全く交流のない国へ向かうのに丸腰で来るわけがない。
前方のモニターにはおそらく哨戒機が撮影したのだろう。軍艦の画像が写し出されていた。画像に写っていた軍艦はたしかに大型の戦闘艦であり、艦首には2基の砲が搭載されているのが見えるし、拡大してみると艦首や艦尾にはVLSらしき装置の姿も確認できる。
その外観を含めて極めて現代的な姿をした軍艦であった。
外観だけ見れば、日本やアメリカの新型ミサイル巡洋艦によく似ている。
唯一、国旗や軍旗などが地球で見たことのないものになっているだけだ。
「それで、艦長。エスコート先はどちらなのですか?」
「新潟だそうだ。ここからだと一番近いし、舞鶴だと近くに空港がないからな。新潟空港にチャーター機を持っていくらしい」
第4艦隊の司令部が置かれている舞鶴市は東京への交通の便はあまり良いとはいえない。一応高速道路や国鉄路線は走っているし、市内には海軍航空隊向けの飛行場はあるが民間との共用飛行場ではない。
新潟市は合流地点からも近く、空港もあり新幹線も乗り入れていることから東京への交通の利便性は高く。更に新潟市には舞鶴基地に次ぐ規模を誇る海軍基地が置かれているので巡洋艦が停泊しても問題ないスペースがあった。
柳田大佐は時計を見てもう少し速度を上げることを決めた。
「少し急ぐか」
「はい。速力30へ増速!」
旧日本海洋上
アトラス連邦海軍 巡洋艦「ケーテンバーク」
同じ頃。日本艦隊から更に北にいったところに日本海軍の哨戒機にエスコートされるように南下している軍艦がいた。日本と接触を図ろうとしているアトラス連邦海軍のミサイル巡洋艦「ケーテンバーク」である。
「ケーテンバーク」は「ソライス級ミサイル巡洋艦」の2番艦であり、名前の由来はアトラス連邦で三番目に大きな都市の名前である。
基準排水量1万2,000トン。
満載排水量1万5,000トンという大型の巡洋艦で、就役は今から一年前であり本艦はアトラス連邦海軍で最も新しい巡洋艦だ。
武装としては主砲に62口径155mmレールガンを2基。VLS128基。対艦ミサイル発射機4基。短魚雷発射管2基。近接防空火器を3基などを搭載している。
空母機動艦隊の防空などを担当していることからVLSに搭載されているミサイルは射程の長い艦対空ミサイルが多いが、それ以外にも巡航ミサイルや対潜水艦ミサイルなども搭載していて、装備面では日本やアメリカ海軍のイージス巡洋艦とほぼ酷似していた。
搭載している戦闘システムも日米英の「イージスシステム」と似た「アイジェス」と呼ばれるものが搭載されている。
「相手は話を聞いてくれる国ならばいいのだが・・・」
運悪く外務省に詰めていたため今回の使節団に放り込まれた若手の外交官は緊張からか胃のあたりをさすりながらつぶやく。全く未知の国と接触することになるため外交官もそして護衛についてきている軍人たちも終始緊張しているため、乗員たちも同じように緊張していた。
「不安に思う気持ちはわかるが、君がそんな感じだと周りも緊張してしまうぞ」
若い外交官の肩をたたきながら話しかけてきたのは、今回の使節団の代表を務めている外務副大臣であった。
「まあ、幸いにして言葉は通じるしいきなり攻撃を仕掛けてくることもなかった。少なくともフィデスのような国ではないことは確実ではないかね」
今回の使節団の代表を務める外務副大臣はこれまでのニホン側の対応などを見てニホンはそれほど危険な国ではないだろうと判断していた。
ただ、これは最初の関門を突破したにしか過ぎない。
本当にニホンはきちんと話し合える国なのかどうかはこれからわかることであり外務副大臣もその部分は油断していなかった。
副大臣は、政治家になる前は実際に外交官として難しい外交交渉に何度も当たってきた経験があるのでむしろ大変なのはこれからであることは身を持って知っていた。
それからしばらくして、ケーテンバーグのレーダーが三隻の艦艇を捉えた。
「艦長。レーダーに反応3つです」
「哨戒機の言ってた『迎え』ですかね」
別の意味の迎えにならなければいいのだがな、と艦長は内心思うがエスコートにきた艦隊が突然砲撃してくるということはなかった。
「巡洋艦に駆逐艦そしてフリゲートが1隻ずつか・・・巡洋艦と駆逐艦は一世代前にみえるがフリゲートは家のハウンゼ級に似ているな」
「艦長。つまりニホンというのは我が国と似た海軍力を持っているかもしれないということですか?」
「この三隻を見ただけではなんともいえませんけどね」
艦長と一緒になって双眼鏡で鳥海などを見ていた外務副大臣の問いかけに艦長は苦笑いを浮かべて首を横にふる。ただ、少なくともエスコートに3隻の軍艦をよこすほどの余裕はニホンにはあるのだろうと補足しておくと副大臣はかなり真剣な表情で「なるほど」とつぶやいていた。
「艦長。ニホンの巡洋艦『チョウカイ』からの通信によりますと。我々を『ニイガタ』という港湾都市に案内するそうです」
「『誘導感謝する』と返信」
「わかりました」
この時、双方の艦長は意思疎通出来てよかったと思ったという。