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 新世界歴2年 1月1日



 異世界二年目の年明けは特に何も起こらず平穏なものだった。

 通信障害も起きず、地震もなく、そして発光現象もない。

 このことに各国の指導者たちはホッと胸をなでおろした。去年のように新年早々に大混乱に陥らなくて済む、と。

 ただ、日本は別の問題に新年早々直面することになる。



 新世界歴2年 1月1日

 日本皇国 東京市 千代田区

 総理官邸




 東京としては珍しく元日もまた雪が降っていた。

 大晦日から降り続いている雪は東京都心部でも30センチ近くまで積もっており、年明け早々から鉄道などの交通機関はマヒしていた。

 幸いなのは、この時期は一通り人の行き来が終わった大晦日・元日だったこともあり大きな混乱は今のところない。まあ、一部足止めをされているような人々もいるが、そういった人々の多くは大きな神社へ初詣に行こうとして駅についてみたら電車が止まっていた――といった感じで「二年続けて縁起が悪い」とボヤいていた。

 幸い。雪に関しては元日まで降ってあとの天気は回復する予報だ。

 ただ、気温は例年に比べると低いので降り積もった雪は暫くの間残ることになるので、消防庁などは歩行の際は足下に十分注意するように呼びかけていた。


「今回の大雪による人的被害は今のところ報告されていません。ただ、鉄道や空路を中心に交通機関の多くに影響が出ていて足止めを食らっている利用者も多くいるようです。幸いなのは、帰省ラッシュのピークが過ぎていたことですね。ただ、Uターンラッシュまで雪の影響は残ると予想されていますので、しばらく警戒は必要かと」

「除雪状況は?」

「高速道路に関しては公団が全力で除雪を行っていますが、路面凍結のおそれが未だに高いため通行止めの解除は難しそうです。一般道路は主要道路に関しては一通り済んでいますが、路地や生活道路まではまだてがまわっていません。一部地域では幹線道路が完全に通行不能状態になったので陸軍工兵部隊を導入して除雪作業を行っています。空港に関しては一通りの除雪は終わっていますが、雪が強いので離着陸にまだ影響が出ています」


 総理官邸では下岡が一連の大雪での被害に関する報告を受けていた。

 大晦日は何かが起きてもいいように公邸で待機していた下岡。通信障害や発光現象という異常現象は起きなかった一方で、大雪という気象災害は新年早々にやってきていた。とはいえ、下岡たち政府がやれることはあまりない。

 除雪などは自治体などの領分であり、政府としてやれることは情報収集くらいだ。一応、年初の囲み取材で記者から大雪に関する対応を問われたが下岡は「関係機関としっかり連携して対処していきたい」という定型文を答えるだけだった。というより、それ以外言えることがなかった。


「オーロラや通信障害……それに未知の国家の出現よりはマシとはいえ。今年も中々にハードな始まりですね」


 思わずそんなボヤキが口から出てしまう下岡。


「この世界に来てから夏の気温は落ち着いたようですけれど、かわりに冬はより寒くなったようですからね」


 秘書の言う通り、この世界での日本の気候は転移前に比べるとかなり落ち着いたものになった。近年の日本は夏の酷暑などが問題になっていた。その時に比べると昨年の夏は猛暑日の日数が各地で減り、全体的に過ごしやすい夏と言われていた。もちろん、気温は30度を超える真夏日を各地で観測されていたが40度近い気温を観測される日はほぼなく、35度を超える日も転移前に比べて大幅に減ったのだ。

 かわりに、冬は転移前に比べると気温が低い日が多く、更に関東南部など日常的にそれほど雪が降らない地域でも雪が降る日が増えるなど夏の暑さがゆるくなったかわりに冬が厳しくなった。ただ、これも今までの冬が暖冬傾向にあっただけではないか、とも言われている。今のところ詳しいことはわかっていない。

 転移前に比べて転移後のデータが著しく不足しているので一年だけのデータで「変わった」とは一概に言えないというのが気象庁の見解であった。

 転移前に比べて北極から離れた位置にあるにもかかわらず地球時代と変わらないかそれ以上に強い寒気が日本列島などになだれ込んでくる理由などこの世界の気候に関しては理解できないことも、気象庁などの専門機関が具体的な見解を出せない要因であった。

 まあ、気象というのは長年の観測データがあってこそ分かる部分があるわけで、そういうのが一切ない世界ですぐに気候がどうのこうのなどと言えるほうがおかしいのだが。


 ちなみに、日本では東日本を中心に大雪を降らせているこの寒波であるがアトラスやイギリスでも大雪をもたらしている。イギリスではロンドンで記録的な大雪になっているし、アトラスでも普段はそこまで雪が降ることのない首都のヴェルスで数十センチの積雪を記録していた。

 そして、日本と同様に交通機関がマヒしているらしい。

 現に、羽田や京葉空港以外の新千歳や台湾などからアトラスやロンドンへ向かう定期便はほぼすべてが現地の天候が悪いことなどを理由に欠航しており、日本からイギリスやアトラスへ帰国。あるいはイギリスやアトラスから日本へ帰国しようとしているビジネスマンや旅行客たちは現地の空港で実質的に足止めをくらっており、空港や航空会社はその対応におわれている。

 滑走路の除雪などがすめば順次運行を再開する予定だが、イギリスに関しては雪はしばらく降り続くという予報が出ているのでしばらく航空便などに影響が出そうだった。


 それでも、去年に比べれば穏やかな年始である。

 ただ、世界には今年も騒がしい新年を迎えた国があった。




 フィデス人民共和国 アディンバース

 総統官邸



 アディンバース中心部にある総統官邸。

 帝国時代は皇城だった城を改築したもので、建物の各所に当時の面影が見え隠れしている。普通の国ならば観光スポットとして開放しているかもしれないが、フィデスはそのようなことはせず総統官邸は一般人では立ち入ることは許されていない。

 官邸前の広場は、帝国時代から軍の出陣式や凱旋式が行われていた。

 昨年の中央アメリカ侵攻時もやはりこの広場で出陣式が行われ、グリーンベル総統も出席し、兵士たちに激励を送っていた。

 それから一年余りたった広場には多数の軍服姿の男達が整列していた。

 しかし、彼らの着ている軍服は正規軍である人民軍のものとやや意匠が異なっていた。彼らの所属は総統直属の武装組織である「総統親衛隊」だ。

 その名の通り、総統直属の組織であり主に総統官邸の警備や総統の身辺警護。更に首都・アディンバースの警ら活動などに従事している。隊員数は約30万人で人民軍に比べれば少ないが、装備などは最新のものが優先的にまわされていた。


「勇敢なる親衛隊の諸君!君たちの頑張りによって首都の治安はよく守られている。しかし、北西部のフィロンでは『フィロン解放同盟』を名乗る不届き者たちによるテロが活発化している。そこで総統閣下は我々親衛隊に対してテロリストの鎮圧を下命された!」


 フィデスからの独立のために武力闘争を続けている「フィロン解放同盟」はアメリカの支援によって戦力を拡充しており、フィデス軍駐屯地などの襲撃を行っていた。フィロン州駐屯部隊で対処していたのだが、数が足りないため支援要請がされていた。しかし、アメリカとの戦争を控えている正規軍では部隊は出せないことからその代わりに親衛隊から部隊を派遣することになったのだ。

 普段は何かと対立し、お互いの領分に相手を踏み入れることに抵抗する正規軍と親衛隊だが、今回ばかりは正規軍が異常事態ということで親衛隊に正式に協力を要請し親衛隊もそれに応じたのだ。


(腰抜けの正規軍の尻拭いというのは考えさせられるが、閣下の命令でもあるからな……)


 隊員たちに任務に関する話をしながらも親衛隊の幹部は内心苦虫を噛み潰したような表情をしていた。親衛隊が正規軍の要請を受け入れたのは、総統による一声があったからだ。そうでなければ、正規軍のかわりに親衛隊が動くことはなかった。

 だが、同時にこれはいい機会でもあると幹部は思っていた。

 ここで、反乱を鎮圧できればこれまで「実践経験がないのに新型兵器ばかり集めている」と文句を言ってきた正規軍を黙らせることができるし、更にいえば借りを作ることができるのでは、と。

 さすがに、正規軍の立場に成り代わろうとまでは彼は考えていなかった。

 親衛隊の一部には正規軍に成り代わるなどという野心を持つ者がいるが、親衛隊を正規軍に成り代わるには純粋に指揮官の数が足りず、必然的に正規軍から指揮官を引き抜くしか無い。だが、それでは単に正規軍が親衛隊を乗っ取ったようなものであり多くの幹部としてはそこまでして、唯一無二の武装組織になりたいとは考えていなかった。


 親衛隊1個師団は次の日にはフィロン州へ向けて出発した。

 隊員たちの多くは軍事訓練を積んでいない民間人が主体のレジスタンスなどすぐに制圧できるだろうと、幹部を含めて誰もがこの時思っていた。




 新世界歴2年 1月1日

 パナマ・フィデス国境付近



 同じ頃。細長くパナマとフィデスの国境が繋がっている地帯ではアメリカ軍を主体とした連合軍機甲部隊がフィデス側へ進軍しようとしていた。結局、大晦日までアメリカとフィデスは具体的な交渉をすることができなかった。

 そのため、アメリカは当初の計画通り。フィデスへの軍事侵攻を行うことにしたのだ。本来の計画では1月中旬を目処にしていたが、結局「早いほうがいい」という声が多かったこともあってか、年明け早々に侵攻を始めることとなった。


「新年早々に侵攻開始……それだけアメリカさんは焦っているってことですね」

「まあ、こんななんの利益にもならない戦争を続ける理由はアメリカにはないし。今回は珍しくアメリカ側が被害者だしなぁ」


 などと、散々にアメリカのことを言っているのは今回の侵攻に参加する日本陸軍第6機動師団第6戦車連隊の連隊長と参謀だ。彼らは指揮車を兼ねている装甲車の車内で先程から無線で聞こえてくるアメリカ軍幹部の演説を半ば聞き流していた。

 第6機動師団は、九州は熊本に司令部をおく機械化歩兵師団だ。

 日本で最初に設置された師団の一つであり、古くから西方防衛の任を受けてきた。第二次世界大戦後からは西方有事を想定しより機動性の高い機械化歩兵部隊となり、戦車部隊も連隊規模のものが編成されている。今回のアメリカ派遣の中核部隊と位置づけられているのが、この第6機動師団だ。

 他に日本は、主に西日本を中心に3個師団をアメリカに派遣している。

 日本以外には、南中国と朝鮮がそれぞれ機甲部隊を中心とした軍団規模の戦力を派遣し、イギリスも外征部隊である2個師団。オーストラリアも2個師団。そしてニュージーランドは1個旅団を派遣している。

 更に、忘れてはならないのはフィデスと同じ世界にいたアトラスやレクトアの参加だろう。どちらも機甲部隊と歩兵部隊をそれぞれ1個旅団ずつ中央アメリカに派遣していた。


「北西部はフィデスからの独立意識が強い地域ということは大きな戦闘が発生する可能性は低そうですね」

「油断はするな。あくまで住民がそうであって現地にいる正規軍はそんなの関係ないからな」


 フィデス北西部は半世紀前にフィデスに侵攻を受け併合された地域だ。

 レジスタンスが大規模な反乱を起こしているフィロン州以外にも、レジスタンスの活動が活発な地域が多く住民もフィデスに対しての帰属意識はあまり高くはない。

 アメリカは早々にこの北西部を支配下におさめ、橋頭堡にしようと考えていた。そのためにCIAの工作員が北西部の各州で活動しており現地のレジスタンスと連携をとっていた。パナマと隣接しているフィデス北西端の「バレンリオ州」もまたレジスタンスの活動が活発な州だ。

 元々はバレンリオ共和国という独立した国であったバレンリオ州。

 その人口は100万人ほどの小国であり、この地に駐屯しているフィデス軍の数も少ない。ただ、レジスタンスに対処するための治安部隊は多く駐屯しており最近ではその数も増やされた。治安部隊は戦車などを装備していないが重火器などは軍で使っていたものを使っているので油断できる相手ではない。更に、連合軍はまだ情報を得ていないがこの地域に正規軍以上の装備をもった「総統親衛隊」の部隊も派遣されようとしていた。


「さて、我々の番だ。気を引き締めていくぞ」

「り、了解」


 日本軍の車列はゆっくりとパナマとフィデスの国境を超えていく。

 これから本格的な戦争が始まろうとしていた。

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