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 正暦2025年(新世界歴元年) 12月31日

 日本皇国 東京市千代田区

 総理官邸



 転移元年の最後の日である大晦日。

 東京は珍しく昨夜から雪が降り続き、数センチの積雪が記録されていた。


「東京で大晦日に雪とは珍しい」


 総理官邸執務室の窓から降り続ける雪を見て下岡は「何も起こらなければいいのだが」と内心思いながら呟く。本来ならば、今年の公務はすでに終わり地元などに戻って数日間の休暇となるのだが、今年に限っては例年と異なり大晦日でも下岡や菅川などは官邸に待機している。

 有事対応の職員の数も今回はかなり増やされているため、いつもの大晦日に比べると総理官邸にいる人の数は多い。閣僚や与野党の幹部たちも有事に備えて全員が東京に残っていた。

 誰もが「今年こそは何も起きるなよ」と祈っている。

 普通ならばそう何度も同じ事象が起きるはずがないのだが、今の日本がいるのは超常的な存在が何らかの手を加えた異世界だ。別の世界に転移させられる可能性だって無いとは言い切れないのだ。


「しかし、本当に激動の一年でしたね……」


 全土で観測された地震とオーロラのような発光現象で始まった2025年。

 各地との通信が途絶となり、北海道の東方にイギリスが出現したり、ユーラシア大陸が消えかわりに異世界の国・アトラスが出現するなどしたが幸いなことに国内で大きな混乱が起きなかった。

 その間、世界では中央アメリカにフィデスが。

 バルカン半島にベルカがそれぞれ軍事侵攻を行い、一方の地球側もソ連と北中国がそれぞれ異世界の大陸に軍事侵攻を行うなど1月の初めの時期でも世界は大きく動いていた。

 そして、日本も樺太がノルキア帝国による攻撃を受け一時的に戦時体制となった。幸い、樺太に上陸したノルキア軍は樺太駐屯の陸軍などによって迅速に排除され2月にはのルキアで戦争を主導した政権が崩壊したことで日本とノルキアの間で停戦、後に講和している。

 その後の日本は夏頃までは平穏であった。

 欧州連合からの支援要請を受けて欧州に1個軍団と1個艦隊を派遣。その後はアメリカにも3個師団と1個艦隊を派遣しており、年明けのフィロア大陸への侵攻にも加わることが決まっている。

 そして、夏になると「皇国の解放者」を名乗る武装集団によるテロが野党の地方支部を中心におきた。このテロによって数十名が死亡し数百名が負傷した。日本でこれだけの人的被害をもたらしたテロは実に半世紀ぶりのことであった。

「皇国の解放者」やその関係組織である「皇民党」の幹部や構成員の多くはすでに騒乱罪などの容疑で検挙されておりこの後本格的な裁判が行われる予定だ。

 ただ、取り調べの中で代表の荒木や数人の幹部たちは今回のテロ計画は自分たちと志を同じくするものが主導したものだと証言しており、他国の工作員が今回のテロに関与している疑いもでてきており、事件の全容解明にはまだまだかかりそうであるし、仮に黒幕がいたとすれば同様の過激派勢力に接触し何らかのテロ行為を引き続き行わせる可能性もあった。

 つまり、まだ油断出来ないということだ。

 戒厳令は解除されたものの東京市などの主要都市では引き続き警察や保安隊での警備が強化された状態は続いていた。

 ちなみにその黒幕に関しては一切わかっていない。

 転移前ならば北中国やソ連の諜報機関が関わっている可能性が高いのだが、転移後は公安の一斉捜査などで工作員の検挙はほとんど進んでいる。もちろんすべての工作員を拘束したわけではないので、そういった工作員が荒木たちを唆した可能性もある。ただ、こういった共産系の工作機関と国粋主義者とのつながりは現時点で確認されていない。

 荒木たちも取り調べで唆した人物の特徴をよく覚えていないこともあって黒幕探しは難航するかもしれない。


 再び世界に目を向けてみると、ヨーロッパそして中央アメリカでいずれも連合軍が反転攻勢を強め次々と占領された地域を解放していた。中央アメリカはすでにカリブ海の島々を含めた全域がアメリカを主体とした連合軍によって奪還されたし、ヨーロッパに関してもギリシャの一部まで奪還が済んだ。ヨーロッパではベルカ側と停戦に向けた交渉が進められており、上手く行けば年明けにも戦争は完全に終結できそうだ。

 一方で、フィデスは引き続きアメリカとの接触を拒んでいるのでアメリカは年明けにもフィデスを交渉の席に引きずり出す目的でフィロア大陸へ本格的に進軍する予定だ。

 ソ連と北中国に関する情報は以前ほど迅速に集めることはできないのだが、ソ連はマーゼス大陸という異世界の大陸の南部を完全に制圧し、北中国もダストリア大陸の殆どを支配下においているという。

 そして、その両国は国境付近でにらみ合いを続けていた。

 どちらも、共産主義政権を持つ東側陣営ながら両国の関係は近年あまりよくはない。一応、共通の仮想的がアメリカ・日本などの西側諸国ということでその部分では協力しているものの、北中国の領土拡張野心がソ連の領内にも及んでいることから軍部同士の仲は冷え切っていた。

 ただ、両国政府共に戦争を仕掛けるつもりはないらしく軍部の動きを牽制しているようだ。

 さて、その二大共産国家があるユーラシア大陸は転移前からアフリカと並んで多くの紛争を抱えていた。その筆頭がインドとパキスタンであり、イスラエルとアラブ諸国だ。

 どちらも宗教・民族問題を発端にしておりもとを辿れば欧米の支配下に置かれていた時にそういった対立が生まれたという。第二次世界大戦後、植民地や保護国は次々と独立していったが、それらの新興国にも東西冷戦の対立は影響していった。

 パキスタンとインドの紛争も東西冷戦の代理戦争の様相だった。

 パキスタンにはアメリカなどの西側が支援を行い、インドには東側のソ連が武器などの支援をした。後にパキスタンには北中国が支援をはじめ、イスラム武装勢力との問題を抱えたアメリカはパキスタンから手を引いて逆にインドに多くの武器供与を行うなどしているため近年は、北中国と米ソによる代理戦争という一般的な東西対立とは違う対立が生まれている。

 その、印パ問題は転移後に再燃することになる。

 パキスタン軍部の強硬派によって自作自演の撃墜事件が起き、その報復を名目にパキスタンがインドに侵攻。しかし、戦力に勝るインドがパキスタン軍を撃破し逆侵攻を行った。パキスタン政府は国土の半分を制圧された時にインドに降伏。しかし、軍部はそれに従わずパキスタンは政府と軍部が南北にわかれて内戦を戦っているが、戦況はインドが支援する政府軍が優位に進めているという。

 軍部強硬派は北中国の支援を期待したが、北中国政府はソ連と正面からぶつかるつもりはなく半ばパキスタン軍を見捨てた格好となった。この最高指導部の決定に人民解放軍の中には不満を持つ者たちも多いが、現段階で大きな反乱などは起きていないようだ。

 なぜ、パキスタン軍の一部が自作自演までしてインドを攻撃したのかはわかっていない。北中国の工作機関が奏し向けたのではないか、と考えられているがもちろん北中国側がそれを認めることはしない。

 国連ではこの問題で北中国とインドの国連大使が険悪な関係になったが、いまのところ北中国とインドの間で戦闘は発生していない。ただ、パキスタンがインドの傀儡政権になったことから今後、北中国とインドの間でも緊張状態が高まるのではないかと考えられている。

 北中国の最高指導部は戦争に乗り気ではないらしいが、人民解放軍が政府の抑えをふりきって行動する可能性はあるだろう。そうなれば、今度はソ連と北中国の全面戦争になる可能性もあるわけでユーラシアの東側はまだまだ余談を許さない状況が続いていきそうだ。


 同じく、中東も情勢は不安定だ。

 イスラエルと中東諸国による中東戦争が幾度も発生し、更にアメリカが数度にわたって軍事行動を行った中東地域。豊富な石油資源がある一方で産油国と非産油国の経済格差は凄まじい。イスラエル以外のほとんどがイスラム国家だが、そのイスラム国家も宗派の違いなどで対立している。

 そんな、中東和平は日本が積極的に関与してきた。

 日本にとっても中東の石油資源は重要でありこの地域が安定してくれれば安定して石油や天然ガスを確保することができるため、かなり力を注いでいた。おかげで、イスラエルとその周辺の国々の関係は改善されたので20年前の第三次湾岸戦争以降、国家間の大規模な戦争は起きていない。

 一方で、イスラエルの存在を認めない武装組織によって断続的にテロは起きており、近年の中東問題はこれらの武装組織をどうするかであった。国と異なり各地に散らばって活動しているために正規の軍事作戦などで対処するのは難しく、更に仮に指揮官を処理したとしても組織そのものが解体されたわけではないので逆に報復テロが増加するという負の連鎖が続いており各国ともにその対応に頭を悩ませていた。

 そうした中でおきた転移。

 転移後も相変わらずテロ行為は相次いでおり、イスラエル軍が相変わらず対処しているらしい。更にそのイスラエルとイラクやシリアとの関係が悪化しているという。両国の言い分はイスラエル軍が自国領内を攻撃したというものだがイスラエル側はそれらの地域には自分たちを攻撃する武装組織の拠点があったとし、自衛の一環であると主張していた。

 シリアやイラクは近年、イスラエルをよく思っていないイスラム保守系の政党が政権を握っていることも有りイスラエルとの関係は年々悪化していた。ちなみにイラクは隣国のイランとの関係も悪化している。

 今のところ大規模な戦争にまで発展していないが、いつ周辺諸国を巻き込んだ大規模な紛争に発展するか余談を許さない状況は続いている。

 そして、アフリカはというと元々多くの国で政情が不安定だったのだが転移によって世界の目がアフリカに向かなくなった影響なのか多くの国で内乱が発生して無政府状態になっている国が多数ある。現時点で安定して国を統治出来ているのはエジプトや南アフリカ連邦など数えるほどで、それ以外の国では何かしらの問題を抱えていた。

 アフリカ諸国は国連において支援を求めているが、先進国の多いヨーロッパなどは自国のことで手一杯であり更にアフリカ事態ヨーロッパやアメリカからみて非常に遠いところにあるため支援物資を送るにも空輸では幾つか途中で給油しなければならず、更に船舶輸送は各海域で安全が確認出来ていないことから軍艦などの護衛が必要という状態のため、各国が求めているだけの大量の物資輸送は現状行うことが出来ない。

 唯一使えるのはユーラシア大陸からの輸送だが、ユーラシアは前述の通りアフリカと同じように情勢が不安定なこともあり中々思ったような輸送は行えていない。

 アフリカ諸国は何も出来ていない国連に対して不信感を募らせているというが、とはいえ、国連もとれる手段はあまり多くはなく国連としても現状うてる手段はほぼすべてうっている状況なのだ。

 まあ、でもアフリカからすれば支援の手が全く入ってこないことに対する不満というのをもつのも仕方がないだろう。ただ、どの国も問題を抱えているだけに他国に気を配る余裕がないのだ。

 あまり、自国のことを放置して他国の支援を優先すれば国内で「なんで俺達を助けない!」という不満が爆発する。実際、ヨーロッパの一部の国ではギリシャなどに積極支援している政府に不満をもった住民が抗議活動を行い一部が暴徒化した――などといったこともあったほどだ。

 ヨーロッパなどは「余裕のある国が支援してくれ」と実際に国連の場で発言していたほどだ。この場合の「余裕のある国」というのは特に大きな戦争などにも巻き込まれていない日本やイギリスなどの「太平洋地域」の国々を指している。

 そして、日本やイギリスなどは実際に支援物資をアフリカへ定期的に送っている。日本から見てもアフリカは地球以上に離れているので物資を輸送するのに片道三ヶ月以上を費やすのであまり回転率はよくない。そして、アフリカ側が求めている量には圧倒的に足りない。だが、これ以上支援物資を送るのは日本にしてもイギリスにしても難しかった。


 と、このように激動の連続であった主に地球を中心とした世界。

 この世界の全容は未だに完全に把握されていない。一応、衛星などを打ち上げたことである程度の大きさや陸地の位置などは把握出来ているが、アメリカやヨーロッパなどは戦争で手一杯だったこともあり本格的な調査はこれから行われる段階だからだ。

 情勢が落ち着けば本格的に調査船団を主に南半球などへ派遣する計画が日本・アメリカ・イギリスなどでたてられており、アトラスやレクトアなどといった国々もこの調査に参加することを表明している。調査船団の出発は遅くても夏頃を予定しているが、情勢次第では縮まったりあるいは延期になることもある。とにかく、中央アメリカの状況が落ち着かない限りはアメリカが動きようがないのだ。


(ともかく、今年は何事もなく新年を迎えたいものですね)


 何事もなければ休暇がとれるだけに下岡の願いは切実であった。

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