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アーク歴4020年 12月29日
アトラス連邦共和国 ヴェルス
ガリア帝国外務大臣フィリップ・クレーフェン侯爵はガリア帝国政府として初めてアトラス連邦に公式訪問していた。
3日間による滞在でクレーフェン外務大臣は、アトラスのストーン外務大臣やブラウン大統領などと初めて会談し、今後の両国関係を強化することで合意している。
といっても、ガリア帝国の本質が「人間主義」から変わっているわけではないので民間同士の交流がすぐ始まるわけではない。とりあえず政府間での交流を続けながら少しずつ民間での交流を進めることでは決まっている。
少なくとも数十年以上の交流は必要だろう、とはアトラス政府の考えだ。
ガリアとしても無理にアトラスとの関係を進めようとは考えていなかった。
それでも、アーク有数の技術大国であるアトラスと交流することでアトラスの優れた技術を自国に持ち帰りたい――これが、ガリア皇帝や首相の狙いであった。
「今回の公式訪問を終えての感想は?」
そう侯爵に問いかけたのは今回の訪問に同行した記者からだ。
ガリアメディアも政治と同じく2つに分かれている。
人間主義を掲げる保守系メディアと、ある程度の交流を進めるべきと主張する改革系メディア。このうち保守系メディアは「政府のしていることは亡国行為である」と外務大臣のアトラスへの公式訪問を批判し、記者を同行することはしなかったので同行しているのは中立派と改革派メディアの記者たちしかいない。
「アトラスといい関係を築ける第一歩を歩めたと思う。長年の思想というのはそう簡単に変わらないので民間レベルでの交流はまだまだ難しいだろうが今後も交流を重ねていき一歩ずつ歩み寄れればいいと考えている」
「国内ではまだまだ反発の声が大きいですが」
「そう簡単に長年凝り固まった思想が変わるわけではないから仕方がないことだ。少しずつアトラス――亜人種の国というものをその目で見れば感じ方も変わるかもしれないが、これも上手くは進まないだろう。だが、我が国をより一層発展させるにはアトラスとの交流は不可欠だ」
「ニホンやアメリカなどといった国とも今後は交流していく予定という話ですが、ニホンやアメリカというのはどのような国なのでしょうか」
「私もアトラスからの情報しか受け取っていないので詳しいことはわからないが少なくとも高度な文明を持った国なのは確実だろう。ニホンやイギリスという国は君主制国家らしいのでアトラス以上にいい関係を築ける可能性はあるが……これは来年に行われる交渉次第だな」
このように、帰国前に記者たちの取材に答える侯爵。
改革派や中立派の記者ということもあり、彼らの質問はそれほど厳しいものはない。国に戻れば保守系メディアから大々的に批判されることになるだろう。そのことを考えると長年政権中枢にいた侯爵でも気は重くなるが、現在も批判の矢面にたっている首相のことを考えれば腑抜けたことは言っていられない、と気分を立て直し出国するために空港へ向かうのだった。
アトラス連邦共和国 ヴェルス
大統領官邸
同じ頃。大統領官邸ではブラウン大統領とストーン外務大臣が今回の件で意見の調整をしていた。
「オリビエさんからみてガリアとの関係強化はできそうですか?」
「どうでしょうかね。政府が変わったら更地になりそうな状況で関係を強化するメリットは我が国にありませんからね……ガゼレアのようにクーデターが起きたらまた敵対する可能性のほうが高いですよ」
セシリアの問いかけに、オリビエはため息を吐きながら肩を竦めさせる。
ガリア側は乗り気なアトラスとの関係構築だが、政府が変わればまた人間主義でこちらを敵視する可能性があるだけに、ガリアとの関係強化はオリビエは慎重だった。
セシリアもオリビエの言い分に「確かに」と頷くように、人間主義と味ん国家というのは基本的に相容れない存在である。というよりは、人間主義陣営が一方的に亜人国家に難癖をつけており亜人国家側は「関わるだけ無駄」とばかりに距離をおいているというのが現状だった。
「でもこれでガリアとの事案も一段落つけます。少なくとも今の政権が続く限りは我が国に軍事的にちょっかいをかけてくることはないでしょう。一部貴族たちの動きがきな臭いようですが、あの国は一応皇家の力がかなり強いですから皇帝が抑えている限りは暴発の心配は低いですし」
「まだまだ油断はできませんけれどね。ガリア軍部は中々に好戦的だという噂もありますし」
「……そうですね」
せっかく、フィデスという厄介事が片付いた(今は別のところで相変わらず厄介事を引き起こしているが)と思ったら今度はより厄介な人間主義国家が攻撃をしてくる。中々息をつく暇がなかった。
だが、今回のでガリアを含めて周辺の厄介事はひとまず片付いたことになる。もちろん、ガリアの動向は今後も警戒し続けなければならないし、攻撃を仕掛けてきたガゼレアの動きもまた監視し続ける必要があるが、少なくとも「戦時状態」は年明けと共に解除することになる。
まだ、平時とは程遠いが戦時ムードは今後急速に萎んでいくだろう。
「ところでフィデスの件はどうなっていますか」
「相変わらずこちらからの呼びかけに一切応じていません。リヴァスにも働きかけをお願いしたのですが、結果は同じです。ルーシアが声をかければひょっとすれば応じる可能性はあるかもしれませんが」
「ルーシアに借りを作るのは問題ではありますね」
「ええ。それに、ルーシアからすれば遠い地の出来事ですから。そもそも我々の要請に応じてくれるかどうかも……」
フィデスは、アメリカ軍を主体とした連合軍との戦闘で占領していた中央アメリカをすべて失った。アメリカ政府はフィデスに対して再三交渉を呼びかけているがフィデスは無視を決め込んでいる。
アトラスはレクトアなども交渉するように働きかけているが、こちらも一切反応しない。
フィデスの最大の友好国であるルーシアはユーラシア大陸の西側にあることがわかっているが、アトラスなどから見れば距離はかなり離れているためルーシアが協力してくれるかは微妙なところだった。
「では、このままいくとフィデスの現体制は崩壊ですか」
「アメリカ以外に日本、イギリス、中国などが軍を出しますから。いかにフィデスが大規模な陸軍を保有しているといっても、今回の件で独立の意識の強かった北部で反乱がおきれば一気に現体制が崩壊してもおかしくはないでしょうね。ただ、不安なことが一つありますが」
「というと?」
「アメリカは戦後統治があまり得意ではないことですね。アメリカが介入した後の地域は武装勢力が台頭し泥沼の内戦に発展した国もあるようですから」
アメリカの戦後統治が失敗に終わるのは現地の状況などを考えずに「民主主義こそが一番だ」とばかりに押し付けた政策をとることにある。
現地でそれに反発する勢力が旧体制派と結びついて、反乱を行い結果的にそれが内戦へと発展していく。新体制はアメリカ軍の軍事力に依存しているので、結果的にアメリカ自身の首も絞める結果になるのだが「世界の警察」を自認するアメリカは中々対応を変えることをしなかった。
まあ、これはアメリカだけではなくヨーロッパにもいえることだ。
もう一つの世界の覇者であるソ連もイスラム教徒と泥沼の戦争を繰り広げて撤退した歴史もあるので先進国ほど他国の内情というのに無関心なのかもしれない。
「つまり、最悪。フィデスで内戦が起きると?」
「最悪の場合はそうですが……フィデスの内情を考えると案外そうなる可能性は高いかと」
一番はフィデスと講和することだが現時点では難しい。
強硬姿勢を示す現在の総統をクーデターなりで引きずり下ろすしかないが、それはそれで内戦になる可能性は一気に高くなる。特に、総統に絶対忠誠を誓っている「総統親衛隊」は高い練度を誇る精鋭部隊として有名だ。
仮に正規軍の一部がクーデターを起こしても「親衛隊」と対峙すれば鎮圧される可能性は高い。そして、最終的にフィデスは正規軍と親衛隊が対峙する内戦になってしまうだろう。
おそらく、それにアメリカは巻き込まれることになる。
自分たちが巻き込まれる危険が減って良かったとセシリアは内心思うが、一方でそれに巻き込まれることになるであろうアメリカには少し同情する。
フィデスやフィロア大陸に関する情報はアメリカに適時提供しているものの、おそらくアメリカはその本質に気づいていないだろう。あれは、実際に対峙しなければわからないことだ。
アーク歴4020年 12月29日
フィデス人民共和国 アディンバース
人民軍総参謀本部
「占領地はすべて失い。さらには北部で反乱の兆し……この一年で国がここまで乱れるとはな」
「元々北部の連中は帰属意識が薄かったが我が国が不利だとわかった途端の行動だろう。しかし、ここまで奴らが組織だった動きをしたことがあったか?」
「いやなかった。おそらく外部からの介入があったのは確実だ」
「ならば手を貸しているのはアメリカか……」
「我が国が混乱すればするほど連中にとっては都合がいいだろうからな」
顔を突き合わせながら頭を抱えるフィデス軍幹部たち。
彼らは半月ほど前に総参謀本部を取り仕切る最高幹部になった。
それまでの最高指導部の面々は敗北の責任をとらされる形で解任されてしまった。新たな指導部となった彼らに対して総統は「占領地を奪還しろ」と命じていた。
無茶振りもいいところだが、総統の逆鱗に触れれば収容所送りになるので彼らは必死になってなんとかできないか、と連日のように会議を行っているのだが。妙案など当然ながらすぐには思い浮かばない。
ともかく現時点で決まっているのは、予備役を総動員して100万人規模の部隊を再度中央アメリカへ送り込むこと。これのみだ。
数だけならばアメリカを主体とした連合軍の2倍ほどの数になるが、上回っているのは兵士の数だけ。装備はアメリカとの戦闘によって主力戦車など多数が破壊されたため、残っている旧時代の戦車が装備の上で主力になる。歩兵の主武装である小銃なども一世代前のものを各地の武器庫からかき集めている状態だ。
「アメリカというのが我が国に攻め込んでくる可能性は?」
「向こうにそのつもりならとっくの昔に攻撃をしているはずだ」
「たしかにな……この半月の間アメリカからの攻撃は完全に止まっている。これ以上の戦闘を望んでいないのかもしれない」
「ならば、アメリカ軍が撤収した段階でもう一度侵攻を始めればいい」
「いつ、アメリカ軍が撤退する?アメリカ軍が撤退するまで侵攻出来ないなど総統閣下に対していえるか?」
「無理だな……」
とれる選択肢がほぼないことに内心頭を抱える幹部たち。
前任者は情報部の報告書をそれほど重要視せずに作戦を指揮していたが、交代した新たな最高指導部は敗北したこともあり、アメリカ軍は想像以上の戦力であることはすでに認めている。その、アメリカ軍相手に旧世代の兵器で固めた部隊を送り込んだところで返り討ちにあうのは確実だ。
しかし、それを総統に説明したところで彼は納得しないだろう。
「戦わずになぜ負けると言えるのだ!」と激怒するに違いない。
結局、幹部たちは年明けに総攻撃を行うことを決め、そのことを総統に報告した。
アメリカが同じように年明けと同時にフィロア大陸へ軍事侵攻を決めているとも知らずに。