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 正暦2025年 12月24日

 ギリシャ共和国 西部

 日本陸軍 第1機甲師団 第103戦車連隊第4大隊



 バルカン半島に派遣されている日本陸軍第1機甲師団第103戦車連隊第4大隊はギリシャの首都であるアテネ奪還を目指してギリシャ西部を南下していた。

 ユーゴスラビアのベオグラードでは引き続き、欧州連合とベルカ帝国による交渉が続けられているものの、ギリシャでの戦闘自体は今の時点でも続いていた。

 この日は、世間ではクリスマス・イブだが今年に限っては大々的なイベントを行っている国は少なかった。ヨーロッパはバルカン半島での戦争があり、アメリカも中央アメリカでの戦争があり、そして日本もまた、町中での飾り付けは行われているが大規模なイベントは軒並み中止になっていた。



「クリスマスなのに俺等は戦車にのって戦闘中か……」

「そもそも、俺等にそんなの関係ないだろ。どうせ独り身なんだし」

「……それは言うな」


 妻も恋人もいない若い戦車兵はガクッと肩を落とす。

 彼らがギリシャ領に入ってすでに一ヶ月ほど経っているがベルカ軍と直接戦闘を行ったのは数えるしかない。ベルカ軍はアテネやテッサロニキといった主要都市に部隊を集め防備を固めている。それでも、道中の箇所には偵察隊と思われるベルカ軍部隊が存在しているのだが、連合軍と真正面からぶつかるのは分が悪いと思っているのか偵察部隊は連合軍に対して攻撃を仕掛けることはなく、むしろそのまま後退していた。

 そのため兵士たちは進軍中、このような冗談を言い合うことも増えた。

 ギリシャに入る前は激しい戦闘が待っていると緊張していたのと大違いだ。それでも、軽口をたたきながらも兵士たちの視線は真剣に周囲に向けられている。偵察部隊は後退しているが、ベルカ軍のすべてが連合軍を見て逃げ出すわけではない。中には遮蔽物に身を隠しながらこちらの隙を窺っているベルカ軍部隊もいる。

 現に、テッサロニキに向かっていたイタリア軍部隊が待ち伏せていたベルカ軍に奇襲を受けるということが先日起きたばかりだ。この奇襲攻撃によって戦車2両と装甲車2両が被害を受けた。幸いこの戦闘で死者は出なかったがそれでも重傷者を含む数十名の負傷者は出ており、連合軍総司令部は全部隊に対して奇襲攻撃に注意するように改めて通達していた。


「そろそろ街につく。ベルカ軍が潜んでいる可能性は高い。十分に気を引き締めていくぞ」

「了解」


 これから到着する町は侵攻前には1万人ほどの人口があった。

 侵攻によって住民の大半は国外へ避難したので、町の建物は特に破壊されないまま残っている。つまり、身を隠すのに最適な場所がいくつもあるということだ。

 先程まで軽口を言い合っていた車内の雰囲気は一気に緊迫したものに変わる。彼らにとって今回が初めての実戦になる。いくら、兵器の性能がよくても最終的には扱う人間次第で勝敗はかわるのだ。

 ベルカが100年ほど技術格差があるならばともかく、地球とベルカの間にある技術差は30年ほどだ。30年で確かに兵器は進歩したが、それでも30年前の兵器が現在でも普通に使われていることを考えると「30年の差」というのはあまり大きい差ではなかった。

 なにせ、彼らが乗る90式戦車も30年以上前に配備された戦車なのだ。

 さすがに、すべてが30年前のままではない。この30年の間に90式も次世代である10式に準じた近代化改修は施されているので、30年前に比べれば主に電子面では大きい差になる。

 そう、この30年の技術革新は主に電子技術分野において飛躍していた。

 とはいえ、いくら、電子技術が進化していても最終的に判断するのは人であることは変わりはない。




 日本軍の戦車部隊が入った町には歩兵を中心としたベルカ軍1個中隊がいた。彼らは機動性を高めた偵察を専門とした軽歩兵部隊だ。一応、対戦車火器などはあるが司令部からは「なるべく戦闘は避けるように」と厳命されていた。


「あの戦車は最近良く見るタイプのものですね」


 中隊の中で最も軍歴の長い曹長のつぶやきに双眼鏡で様子を窺っていた中隊長の中尉は「そうだな」と頷く。実践経験の浅い若い中尉は自国と大きくかけ離れた兵器を操る連合軍に内心震え上がる。

 一応、日本軍はベルカから攻撃を受けない限りは攻撃をしないが攻撃を受けた場合の報復は徹底的だ。それによって、壊滅した部隊はこの数ヶ月の間でかなりの数にのぼる。ベルカ上層部も欧州連合と毛色が違う日本軍の機甲部隊をかなり警戒するようになっていた。


「我が国がここまで追い詰められたのはいつくらいなのだろうな」


 内心の怯えを誤魔化すかのように中尉は呟く。

 そばにいるのは軍歴30年という初老になりながらも鍛え抜かれた体つきをした博識な曹長だったからこそ、そのような言葉が出てきた。そして、曹長は中尉が敵に怯えていることに気がついていたが、あえてそれは指摘せずに中尉のつぶやきに答える。


「半世紀以上前にあった統一戦争以来でしょうな。つまり、現役の軍人で経験した者は誰一人いません」


 ベルカにおいて「統一戦争」と呼ばれたユーロニア大陸最後の大規模戦争は、半世紀前におきた。すでに、大陸の7割ほどを制圧下においてベルカ帝国の前に最後に立ちふさがったのは大陸東部にある大国「ノルトディア帝国」であった。

 地球に当てはめれば帝政ロシアに酷似したノルトディアは、ユーロニア最大規模の兵力を抱える軍事大国であるがその国土の大半は寒冷地であった。ベルカ軍を苦しめたのがこの冬の寒さである。

 真冬になれば氷点下40度に達する地での戦いは兵士たちを大いに苦しめた。それでも、5年の戦いでついにノルトディアの帝都を陥落させたことでベルカはユーロニア大陸を事実上統一することに成功したのだ。

 以後、ベルカは大規模な戦争を経験していない。

 例外とすれば各地での反乱対応くらいだろうか。ただ、これはゲリラを相手にしたもので正規軍同士の戦争ではない。相手の攻撃手段も爆発物を使ったものであり爆撃機が飛んでくることもない。それでも、神出鬼没のゲリラとの戦いは半世紀経った今でも終わらない程にはベルカを苦しめていた。

 いかに、大陸全土を統一しようとも民心をすべて掌握したわけではない軍事国家はその統治に大いに苦しんでいた。それでも、問題ないと考えているのは元老院などの一部大貴族と中央の軍人くらいだ。

 ベルカにとって、このバルカン半島の戦いは半世紀ぶりに正規軍を相手にした戦争だった。


「――司令部に敵戦車大隊が町に入ったと伝えるか」




 キプロス連邦共和国 ニコシア

 



 転移によってユーロニア大陸はスラーレン半島の南西部に移動したのが地中海で三番目の大きさを持つキプロス島だ。

 約80万人が暮らすこの島には、ギリシャ系とトルコ系住民が暮らしており1960年にイギリスから独立した直後はこの民族対立によって一時的に内戦状態に陥った。この内戦にはNATO加盟国同士ながら歴史問題などで対立していたギリシャとトルコも巻き込んだものになったが、最終的に1980年代にイギリスや日本などの仲介によって連邦制国家を作ることで双方が合意したことで内戦は終わり、現在では欧州連合にも加盟していた。

 キプロス島は1870年代から独立するまでイギリスの統治下に置かれており、今でも島内にはイギリス軍の基地があり、イギリス軍が駐屯していた。

 実はキプロスは、1月の中旬にベルカ軍による攻撃を受けたのだが、駐屯していたイギリス軍が追い払い。以後、ベルカはバルカン半島にその戦力を集中させているためベルカ軍による攻撃は受けていない。キプロスに駐屯しているイギリス軍は約3000人ほどで、戦闘機部隊も駐屯させていた。

 これらの部隊は、地中海に度々出没するソ連黒海艦隊や、あるいは政情不安が続く中東方面を睨んだ上での配備であり転移後は段階的に部隊の縮小を考えていた矢先にあったのがベルカ軍の攻撃であった。

 イギリス軍の駐屯に国内の意見は賛否両論であったが、この事態になって以後は現金なもので世論のほとんどは引き続きのイギリス軍の駐屯を求めることとなった。ただ、イギリスも以前ならともかく今は別に地中海に関してはそれほど関心があるわけではない。かわりに共に転移してきた海外領土の防備を固めたほうがイギリスにとってはメリットがあるほどなので、部隊の半数をキプロスから引き上げることが決まり、すでにキプロス側にもイギリスから通達されていた。


「イギリス軍のかわって駐屯してくれる国を探すしかないか……」


 頭を抱えながら呟く大統領。

 ここで、軍備を増強するという選択肢をとらないのはキプロスが人口80万人ほどの小国だからというのが大きい。もちろん、国軍はあるが先進国のように数千万人の人口があるわけではないのは兵力確保は難しいし、軍事に割ける予算にも限りがあった。

 それならば、他国軍に駐屯してもらったほうがいい。

 候補になるのは関係が深いギリシャが本来ならば第一候補にあがるがそのギリシャはベルカによって国土が蹂躙され、今は奪還作戦の真っ最中だ。奪還されても復興に多大な労力をかけることになるので、他国に軍を駐屯させられる余裕などない。

 次の候補はイタリア。南ヨーロッパで最大の軍事力を持つイタリアならば部隊を派遣してくれる可能性は高いが、問題は転移によって各国が自国を第一にしだしていることだろう。つまり、他国にかまっている暇が先進国ほどなくなっているのだ。


(現状ではイタリアに要請するしかないか。幸い、イギリスが撤退するのはまだ時間がある。それまでに軍の増強を含めて最善な策を練るしか無いか)


 今回の転移では多くの国が影響を受けたが、キプロスのような小国が突如として軍事上の脅威と隣り合う――といった状況になった国は多い。だが、国連はどれくらいの国が国際社会からの支援が必要なのか把握していない。

 機能不全だと散々言われていた国連が文字通り、本当に機能不全に陥っていたが大統領の頭には「国連に頼る」という考えは一切浮かぶことがなかった。




 ユーゴスラビア連邦 セルビア共和国 ベオグラード



 ベオグラードでは、欧州連合とベルカ帝国による二回目の交渉が朝から始まっていた。最初の交渉は双方の言い分をとりあえず並べるだけで終わり、その後はどれだけ相手に譲歩することができるかの話し合いをそれぞれで行った後行われた二回目の交渉は、1時間ほど続けられたがお互いにまだ妥協点を見つけ出すことは出来ていなかった。


「やはりネックはギリシャからの完全撤収か……」

「向こうからすればせっかく手に入れた占領地を何もせずに手放したくはないだろうからな。ここで揉めるのは予想通りではある」

「だが、ここで引き下がってギリシャの一部の奪還を諦めたら欧州連合は終わりだし、まずギリシャが納得しない」


 現在最も揉めているのがギリシャの取り扱いだ。

 欧州連合はギリシャ全土からの即時撤収を求めているが、ベルカ側は全土からの撤収に難色を示している。具体的には首都のアテネなどからは撤収するが第二の都市テッサロニキから東側に関しての占領を継続したいとベルカ側は主張している。そして、ベルカの担当者は「これが我々に出来る最大限の譲歩である」としていた。

 もちろん欧州側はこれを受け入れることはできない。

 そんなことをすれば加盟国から「肝心な時に頼りにならない」と見られ欧州連合は崩壊してしまうだろう。欧州連合からすればそれは絶対に避けなければいけないことだ。

 だからといって、欧州にこれ以上の全面戦争が出来るだけの体力はない。

 特にフランスやドイツなどはすでに予備役の半数をこの戦争に投じていたし、イタリアやスペインも現有戦力の大半をバルカン半島に送り込んでいた。

 ソ連との全面対決を想定していた割に持久力がないが、これはアメリカの全面的な支援を想定していたからだ。今回のようにアメリカも身動きがとれず援軍が送られてこないというのを欧州は全く想定していなかったのだ。


「――ともかく、粘り強く交渉し続けるしかない」

「ああ、相手はまだ交渉を切り上げるつもりはないのが幸いだな」





 欧州連合とベルカ帝国の間ではこの後更に三回交渉が行われることになる。

 最終的にベルカ帝国はギリシャからの完全撤収し、それに引き換えて賠償気請求を行わないことで双方は合意し、停戦した。

 停戦後、更に講和条約妥結のための交渉を更に続け新世界歴2年2月1日にキプロス連邦の首都・ニコシアにおいて欧州連合とベルカ帝国の間で「ニコシア条約」が締結され一年以上続いたベルカ帝国によるヨーロッパ侵攻――「ベルカ戦争」は終結した。

 

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