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 正暦2025年 12月22日

 日本皇国 東京市千代田区

 総理官邸



 この日、総理官邸ではテレビ電話を用いた日米首脳会談が行われていた。


『年明けにもフィロア大陸へ本格的に進軍する予定となった』

「いよいよですか……もちろん、我々も協力します」

『それは非常にありがたい話だ。我々はヨーロッパも抱えているからな……』

「その、ヨーロッパでは停戦交渉が始まりましたね」

『交渉の主体は欧州連合が行っているが――正式に停戦になるには時間がかかるだろうがね。我が国とすればヨーロッパの戦争が落ち着いてくれればヨーロッパ駐屯軍の見直しに踏み切れるのだがね……』


 そういいながら苦い顔をしているクロフォード大統領。

 ヨーロッパに陸海空あわせて50万人を超える兵力を駐屯させているアメリカ。その駐屯費用の半分はヨーロッパ各国が負担しているが、ドイツが予算供出に今年になってから難色を示すようになり、フランスもそれに同調していた。

 一方でポーランドや東欧諸国は引き続きアメリカ軍がヨーロッパに駐屯すべきである、と強くアメリカ側に要請していた。特にポーランドは駐屯費用を負担するなどとかなり猛烈にアメリカ軍の駐屯を求めていた。


「ヨーロッパはかなり揺れているとか」

『いつものことさ。欧州統合などという名目を掲げて発足した欧州連合も――結局はほとんど意思統一が出来る場ではなくなっている。西欧と東欧の対立は深まるばかりだが、ソ連が近くにいないことが不幸中の幸いだな』

「ソ連がいないからこそ、これまで無視されてきた問題が顕在化したとも言えますね」

『そのとおりだよ』


 まさか、ソ連の存在が惜しいと思うことになるとは思わなかった、と渋い顔のままクロフォードは付け加え、下岡も「そうですね」と同意するように頷いた。




 正暦2025年 12月23日

 ドイツ連邦共和国 ベルリン

 大統領官邸



「一回目の交渉は結局平行線で終わりか。まあ、予想通りだな」


 前日に行われた欧州連合とベルカ帝国による最初の会談は、二時間ほどで終了した。双方それぞれの言い分を前面に出したため、交渉は纏まることはなかったがすぐに二回目の開催に双方が同意するなど、会談はそれほど険悪な雰囲気ではなく比較的和やかな雰囲気で進められたという。


「二回目の交渉で前進すればいいのだがな」

「しかし、相手はギリシャから完全に撤収するのをのむのでしょうか?」

「軍の損害をみれば応じるはずだが、相手は異世界の国だからな……こちらの常識が通用するかどうかは未知数だな」


 地球の感覚――はもとより、普通の国の感覚ならば無視出来ないだけの損害をベルカは受けている。しかし、相手は大陸全域を統治している大帝国。その総兵力も数百万人はいるとされている。そんな、彼らからすれば数十万といえる軍の被害は「たいしたこない」と感じている可能性もあった。

 だが、会談においてベルカ側はギリシャからの撤収に関しては難色を示したものの、欧州連合と停戦あるいは不可侵条約を結ぶことも考えていると表明している。

 ギリシャ全土奪還を目的としている欧州連合にとっては「ギリシャ全土からのベルカ軍撤収」は譲れないポイントではあったので会談は平行線に終わったが、ベルカ側は「是が非でもギリシャは死守したい」という考えはないようだ。とりあえずせっかく現状占領している地域だけでも確保したいという思惑が見えたというのは、実際に交渉に参加していたドイツ側担当者の言葉だった。

 ともかく、こうして交渉が出来ただけでも大きな前進だと大統領は今回の会談を非常に前向きに見ていた。このまま特に問題もなく停戦交渉がまとまればなお良く。そのためならば多少の譲歩もやむを得ない。

 ギリシャや東欧などは譲歩は絶対にしないという方針だが、ドイツにとってもこれ以上戦争が長引いてしまうのは困るのだ。

 今はまだギリシャへ国民は同情的だ。

 だが、それも戦争が長引けば関心は薄くなる。

 関心が薄くなれば長期の派兵に反発する声も大きくなるだろう。

 それを受けて軍を撤収すれば当該国との関係が大きく悪化するのは必然なわけで、大統領とすれば「講和条約」という目に見える形で戦争が終わるのが理想なのだった。




 ベルカ帝国 アンベルク

 元老院



 ベルカは皇帝が絶大な権力を持つ君主制国家だが、同時に貴族も強い力を政治に持つ。その貴族たちの力の源といえるのが貴族たちによって構成された「元老院」である。

 各国議会における上院にあたる「元老院」であるが、その政治権力は絶大なものであり彼らの意見を退けることが出来るのは唯一皇帝のみだ。

 そして、現在の元老院と皇帝の関係はあまり良好とはいえない。

 というのも、現皇帝ヴィンヘルムは元老院やそこに属する貴族たちを「老害」と避けているからだ。貴族たちも独自の情報網を持っており、同じように元老院の貴族たちも若き皇帝を「青二才の若造」と半ば見下していた。

 皇帝は、元老院改革とばかりに貴族の不正に鋭く切り込み始めたことも両者の関係が悪化する一因となった。特に、元老院議長を務めているバンメイヤー公爵と皇帝の関係はかなり冷え切っていることは貴族たちの間で広く知られていることだ。



「ヴィンヘルムめ……好き放題しおって」


 苛立ちげに執務室の机を叩く老人。

 彼こそ、ベルカ帝国のもう一つの権力者といえる元老院議長のバンメイヤー公爵である。

 バンメイヤー公爵は古くから強い政治的権力を握っていた名門貴族であり皇家の血も流れている。特に、現皇帝ヴィンヘルムの母親は現公爵の娘なので実は両者は「祖父と孫」の関係にあったが、両者の関係はヴィンヘルムが即位してから急速に悪化していた。

 公爵は、前皇帝を実質的に傀儡として政治の実権を握っていた。

 しかし、ヴィンヘルムが後を継いでからは元老院議長の座は死守しているがそれ以外の政治的権限を次々と取り上げられ、派閥に属する貴族は不正などを理由に処罰されるなど、公爵の政府中央での立ち位置は非常に危ういものになっている。

 それを手動しているのが孫のヴィンヘルムなので、当然公爵は孫にたいして憎悪にも似た感情を持っていた。


「父親のように我々の言うことだけを聞いておればよいのに……」


 絶対君主制である帝国――しかし、その皇帝は必ずしも名君とは限らない。

 少なくとも前皇帝は暗君であった。ただ、そのほうが元老院にとっては都合がよかった。適当にのせておけば自分たちの思い通りの政策を実行してくれたからだ。

 なので、貴族たちは次の皇帝も自分たちにとって都合の良い存在にしようと画策していた。だが、それをヴィンヘルムは幼少期から察して、貴族たちから距離をおき。周囲には本当に信頼できる側近以外近づけないようにしていた。

 まあ、それでもヴィンヘルム以外にも候補者はいたので公爵たちは気にしなかった。自分たちに反抗的ならば皇帝の座から遠ざければいい――その時はそう考えていた。

 だが、現実はそう上手くいかなかった。

 公爵たちが後継としてみていたヴィンヘルムの弟が継承権を放棄したのだ。

 ヴィンヘルムの弟であるカールは表面的には公爵たちに従っていたが実際には当初から自分が皇帝になるつもりはなかった。そして、乗り気ではなかったヴィンヘルムをなんとか説得したのだ。

 他にも候補はいたが直系はヴィンヘルムと弟のカールしかいなかったため、前皇帝が崩御した後、次の皇帝に即位するのはヴィンヘルムとなったのだ。

 ただ、この段階でも公爵たちは大きな問題はないと思っていた。

 即位したばかりの若い皇帝なので右も左もわからないはずだ、自分たちのように経験豊富な貴族たちに助けを求めるはずだ、と思っていたのだ。しかし、現実はそうはならず公爵派などを遠ざけ、最初のルドルフなどの手を借りながら皇帝の公務をこなしている。

 未だに、元老院は公爵が強い影響力を維持し続けているが、最近になって「皇帝派」というべき皇帝を支持する勢力が議会で勢力を拡大している。ほとんどは下級貴族だが、一部公爵を嫌っている上級貴族なども加わっていて議会においてもヴィンヘルムの力は拡大していた。

 もちろん、公爵にとっては非常に面白くないわけで、こうして最近では機嫌が悪い日が続いている。側近たちも八つ当たりされる確率が高くなるので重要な要件がない時はあまり公爵に近づかないようにしているほどだ。


「カールのやつもせっかく儂が目をかけてやったというのに、恩を仇で返すようなことをしおって……」


 怒りの矛先は、もうひとりの孫のカールにも向いた。

 せっかく皇帝になれるチャンスを自ら不意にしたのだ。

 公爵はカールは自分に懐いていると思いこんでいるが、実際には当初からカールも公爵の野心には気づいていたし、家族のことも兄以外はほとんど信用していなかった。それでも、兄のために情報収集の一環として家族に対して懐いているように演じていたのだ。

 つまり、公爵たちはカールの演技にまんまと今まで騙されていたのだ。

 今でも、公爵はカールが自分たちを騙していたとは考えていなかった。


「異世界の蛮族と講和をする?冗談ではない。皇帝がそんな弱腰でどうするっ!」


 ヴィンヘルムは弱腰から、交渉を進めようとしているわけではないのだが公爵の目からはそう映ってしまっていた。彼にとって見ればベルカ民族以外は総じて蛮族でしかないのだ。彼にとって自分たちベルカ民族がすべての頂点に立つべき種族であり、それ以外の種族は自分たちに傅くのが当然なのだ。

 このような強い選民思想を持つのは古いベルカ貴族の特徴であった。

 公爵たちが欧州連合との交渉に反対していた理由も「蛮族に頭を下げる必要がない!」というものだ。一応、公爵たちにも前線の苦戦具合は届いているが実際の戦場を知らない公爵からすれば「蛮族相手に苦戦するなど軍はたるんでいる」としか思えず、これを機会に次の軍事予算を削減を財務に掛け合ってみようなどと思っていた。


「ん?なんだ」


 執務室の外がやけに騒々しいことに気が付き首を傾げる公爵。

 すると、ノックもなしに特徴的な軍服に着た男たちが数人執務室の中に入ってきた。この軍服は、皇帝直属の部隊である「近衛軍」に所属することを表すものだ。近衛軍は皇帝の身辺警護などを担当しており、軍から独立した指揮系統を持つ。更に、逮捕権もあるため貴族相手には警察として捜査する権限があった。


「近衛?一体何のようだ」

「エリオット・バンメイヤー公爵。貴方は横領などが疑われています。ご同行願います」

「横領だと?何を根拠にそのようなことを……」


 公爵は不快げに近衛兵を睨むが彼らは一切表情を変えずに、紙の束を公爵に手渡す。


(こ、これは……なぜこんなものを近衛が持っている!)


 手渡された飼料に目を通して公爵は驚愕した。

 そこには、公爵が過去に行った数々の不正の証拠が事細かく記載されていたのだ。その大半は、先代皇帝存命時に行ってきたものだが一部はつい最近行われたある貴族の冤罪事件に公爵が関与していることも記載されていた。


「こ、これが証拠だと?儂には一切心当たりがないものばかりだが」

「そのあたりも含めまして詳しくお話を伺いたいと思います。どうか、ご同行願います。応じていただけない場合は拘束させていただくのも許可を得ていますので、素直に応じていただくのが公爵のためかと」


 有無を言わせぬ視線を向ける近衛兵にこれ以上何かを言っても無駄だと察した公爵は渋々ながら頷く。しかし内心は「後で覚えていろよ貴様ら」と近衛兵や、おそらく彼らを公爵に向かわせたであろうヴィンヘルムへの憎悪でいっぱいであった。


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