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西暦2025年 12月18日
ノルキア帝国 ハーロボロ州
陸軍演習場
ノルキア帝国北部にあるハーロボロ州の演習場には日本・イギリス・アメリカから運び込まれた戦車や装甲車が性能試験のために集められていた。
日本との戦争に敗北したノルキアはこれを機会に軍の再編をすることを決め、自国よりも優れた技術を持つ日本などから兵器を購入しようと考えた。日本はノルキアに兵器を輸出することに消極的だった一方で、アメリカやイギリスなどの国々は乗り気で、日本もまたここでノルキア市場から締め出されるのは将来的によくないと方針転換して、引退した72式戦車や68式装甲車などを全国からかき集めて試験のためにノルキアへ送り込んでいる。
もっとも、日本側は数の上でアメリカが有利だから自分たちの兵器がノルキアに売れるとは考えていなかった。なにせ、アメリカは砂漠地帯に数千両の戦車や装甲車はもちろんのこと戦闘機までモスボール状態で保管しているのだ。
島国である日本やイギリスには出来ない芸当である。
今回、日本・イギリス・アメリカ以外に朝鮮連邦や南中国も自国産の戦車や装甲車などを持ち込んでいる。アトラスも検討していたらしいが旧式の戦車などのあてがないため今回は見送っていた。
日本が持ち込んだ72式戦車は1972年に実戦配備された2.5世代型の主力戦車だ。日本で始めて120mm滑空砲や自動装填装置に複合装甲を導入した戦車で、現代の90式戦車や10式戦車のベースとなった戦車だ。90式は10式戦車に比べれば砲塔などはやや丸みを帯びているが重量は50トンほどとイギリスやアメリカの戦車に比べるとかなり軽い。まあ、その分日本人の体型にあわせている影響で欧米人からすれば中は狭苦しい。
海外用は場所をとる自動装填装置を取り外すなどして内部の拡張をしており、今回ノルキアに持ってきたのもそのタイプだ。
72式戦車はすでに日本では殆どが退役しているが、輸出されたアジアや南米などでは現役で使われており購入した国が独自改良を施しているケースも多い。チリやウルグアイ軍所属の72式はバルカン戦争に送り込まれベルカ軍の戦車を何両も撃破しているため、旧式とはいえ十分に世界に通用する能力は持っている。
72式戦車に持ち込んだ68式装甲車は装軌式の兵員装甲輸送車だ。
こちらも、装輪装甲車などの大量配備に伴い現役を退き各地の駐屯地で保管されていたものを再整備したうえでノルキアに持ってきた。
そして、最大のライバルといえるアメリカはおなじみのM60とM1戦車などをもってきている。どちらも砂漠でモスボール状態で保管されていたものを最低限動かせるように整備した状態で持ってきている。M1戦車は高い拡張性からすでに第四次改装まで施されているが、今回アメリカが持ってきたのは一切の改良がされていない初期のM1戦車である。そのため主砲が105mm戦車砲になっている。
イギリスはチャレンジャー2の投入によって退役していたチャレンジャー1を。
朝鮮連邦はM1をベースに開発したK1。
そして中華連邦は国産の82式戦車をそれぞれ持ち込んでいる。
「どこの国もやる気満々だねぇ」
「一応、我々もやる気を出してもらわないと困るのですが」
やる気満々な各国担当者を見て国防省の官僚が他人事のように言うと、四葉重工の社員がすかさずツッコミをいれる。
政府がそこまでノルキアに兵器を売ることに魅力を感じていなくても、民間企業である四葉重工からすれば中古でも売れるに越したことはないのでプレゼンはしっかりとしようと考えていた。
だが、いざ国防省側の担当者と会ってみればこのやる気の無さである。
思わずため息を吐きたくなった。
まあ、確かに72式は数がない。一応、もしものために製造ラインの一つは確保しているがそれでもすぐに500両を準備するのは無理だ。それに比べてアメリカはすぐに数百両の戦車を持ってくることが出来る。
まあ、そのアメリカも2つの戦争を抱えているせいでM1A1などはすべてヨーロッパや中央アメリカに運ばれてしまいそのため引退してずいぶんと経っているM60をかわりにもってきていた。
「と言っても決めるのは向こうだしなぁ……確かに性能面では他国に負けるとは思ってはいないが。数は圧倒的にアメリカが有利だろう?なにせすぐに500両用意するなんて他にはソ連くらいしか出来ない芸当だぞ」
「一応、部品用のラインは今も稼働しています。ウチとしてもチャンスがあるならモノにしたいんですよ――だから、協力してくださいね?」
「はいはい。わかりましたよ」
今ひとつやる気の感じられない官僚からの返答に「本当に大丈夫かなぁ」と思いながらも興味深げに各国の戦車を眺めているノルキア側にアピールするために笑顔を作りながら彼らのところへ向かった。
「日本の72式は厄介ですねぇ」
「自動装填装置に射撃指揮装置までつけているからな。あの時代にここまでの機能をもたせるのはソ連のT-70くらいだったからなぁ」
そう言って日本の72式戦車を警戒するのはアメリカ軍の担当者たち。
性能面でいったら日本の72式は当時としては破格なものだった。それでいて調達費用も比較的安価ですむ。ただ、日本は自国と関係の深い国以外には売却しなかった。そのため、大量に製造し各国に輸出していたソ連やアメリカに比べると製造数は少ない。それでも、2000両ほどが製造されているが。
さて、アメリカ軍が持ち込んだM1は現在でもアメリカ軍の主力戦車として使われている。M1の特徴は拡張性の高さだろう。これまで4度の改修を受けており改修のたびに主砲や電子機器の増設などが行われてきた。
ノルキアに持ち込んだのはそれらの改修をほぼしていない初期状態のM1である。主砲は更新されておらず電子機器などの増設も行われていない。数の上では他国を圧倒しているが、M1にも問題はある。
それはガスタービン駆動により、燃費が猛烈に悪いということだ。
他国の戦車は総じてディーゼルエンジンを搭載しているが、M1だけはガスタービンエンジンを搭載している。加速性能は高いものの、それを代償に燃費が凄まじく悪くなっている。そのため、運用コストが他国の戦車に比べて割高になっているのだ。
「この国は一応産油国でしたよね?」
「ああ、だからガスタービンエンジンでも問題はない……はずだ」
すぐガス欠になるというところに目をそらすアメリカ担当者。
さすがに、近年はエンジンの改良によって燃費は向上している。
ちなみに、現在配備が進められている新型戦車M20はディーゼル・エレクトリック方式になっておりディーゼルエンジン方式以上に燃費がよくなっている。その分整備性が悪化しているのが欠点だった。
「それにしてもこの国も思い切ったことをしたものだな」
「日本との戦闘で兵器の差を実感したらしいですからね」
「ならば、本音としては日本の90式あたりが欲しかったかもしれないな」
「日本は絶対に売らないでしょうねぇ」
「あそこは自分たちが必要な分しか作らないからな。海外で売るにしても友好国以外には絶対に売ることはないし」
「武器商人としては潔癖ですよねぇ」
「だが、そっちのほうが管理はしやすいだろう。バラ撒かれるよりは何倍もマシだ」
「ああ……ソ連ですか」
「それとフランスだな」
最近のフランスはそうでもないが、かつては世界各地にアメリカやソ連と張り合うように武器を輸出していたフランス。近年ではフランス政府が厳格になったのでそのかわりに北中国が新たな武器商人として、イスラム系武装組織に武器をばらまいていることで国際問題になっていた。
そういった国々に比べると日本の武器輸出はかなり厳格なのだった。
「だが、日本側はずいぶんとやる気がなさそうだな」
「日本って国は積極的に武器を売ることはしないですからねぇ。例外は軍艦くらいじゃないですか?」
「潜水艦市場では中々勝てないからな。我が国は」
「そもそも原子力潜水艦しか作れませんから。我々は……」
昔は積極的に売っていた時期もあるのだが近年は本当に友好国くらいにしか売却はしていない。ただ、退役する駆逐艦や護衛艦などはフィリピンなどの近隣諸国に無償供与しており軍艦や潜水艦に関しては比較的幅広い国に売却している。
アメリカも老朽化したフリゲート艦や駆逐艦などを売却していたが、今では駆逐艦もフリゲート艦もすべてイージスシステムを搭載してしまったことや、置き換えたフリゲート艦なども老朽化が進みすぎた影響で日本ほど積極的に退役艦を他国へ売却していない。
潜水艦に関しても80年前から原子力潜水艦のみの建造に特化したため潜水艦市場に参入出来ていない。潜水艦市場は現状日本とドイツそしてソ連、フランス企業に占められている。
と、このようにアメリカは日本の動きを警戒をもって注視していた。
後日。ノルキア側から日本・アメリカ・イギリスの三カ国に対して戦車を購入したいという打診が届き三国の国防関係者を大いに驚かせた。
ノルキア帝国 リンガール
陸軍参謀本部
演習場で行われた各種試験の結果、陸軍上層部は日本の72式。アメリカのM1。そしてイギリスのチャレンジャー1のうちのどれから採用することを決めた。
しかし、陸軍参謀本部で行われた幹部会議で一つに絞ることが出来ず会議は紛糾した。性能面は3つの戦車はいずれも遜色はなく、しいていえば日本の72式は自動装填装置や射撃指揮装置などの新機軸の技術が多く搭載されており、M1は短期間に必要数を確保出来るだけの在庫と拡張性の高さが魅力であった。チャレンジャーに関してもその堅牢性が高く評価されており今後のノルキア陸軍を進化させるのに3つの戦車はいずれも最適であると評価していたほどだ。
もちろん、朝鮮のK1であったり、中華連邦の82式もノルキア陸軍の既存戦車に比べれば性能面は上であったものの今回は採用を見送られているし、M60に関してはノルキア製戦車と遜色ないという評価があったことからこちらも見送られている。
「性能面でいったら72式なんだがな……自動装填装置も射撃指揮装置も我が国では実用化出来ていないものだ」
「だが問題は数だな。日本が用意できるのは200両ほどか」
「それでは旧型のYB-24の更新には足らないな」
「数でいえばM1が圧倒的ではある。拡張性も高いが、自動装填装置や射撃指揮装置に関しては対応外であるのと、やはり燃費が問題だな」
「イギリスの『チャレンジャー1』の防御性能の高さも素晴らしいがこちらも日本の戦車と一緒で数が用意できないのが難点だな」
というように、性能面でいえば当時の西側戦車でも最新の技術をふんだんに投入した72式が一歩リードしているのだが如何せん日本で保管している72式戦車の数は少なかった。
数の上ではM1が最も確保し易い。また拡張性も高くある程度の改良が加納であるとアメリカ側は伝えているが。ただ自動装填装置や射撃指揮装置に関しては難しく、更に他の戦車に比べて非常に悪い燃費がマイナスだった。
チャレンジャー1は高い防御力を持っていることが現場では評価されていたが、やはりこちらも数が72式と同じで少ないというのが欠点だった。
どの戦車にもメリット・デメリットがあるがメリットの部分が大きいだけに議論はまとまらない。多数決をとってもほぼ半々なのだ。
「もう3国からそれぞれ購入するべきでは?我が国の技術力の発展のため、といえば議会も通るだろう」
『それだ!』
一つに決めるからまとまらない。
ならば、気になった戦車3種類すべて導入しよう。
どうせ、異世界の技術を学んで自国の技術力を向上させるのが目的なのだから!
深夜にはなっていないが長時間の会議がいい加減嫌になっていた幹部たちはこの案を採用することにした。後に、概要書を渡された官僚は書かれていることが信じられず何度か見た後に「仕事が増える……」とボヤきながら肩を落としたという。