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 西暦2025年 12月18日

 アメリカ合衆国 カリフォルニア州 サンディエゴ

 サンディエゴ海軍基地



 カリフォルニア州の南端――メキシコとの国境付近にある港湾都市・サンディエゴは西海岸最大の軍港を抱える軍事都市だ。

 海軍第1艦隊の司令部が置かれ、約60隻の艦艇が母港にしている。

 その中には3隻の原子力空母と、1隻の戦艦も含まれている。

 そして、現在は中米支援のために派遣された日本海軍の艦艇も一時的にサンディエゴ基地を拠点として使用していた。

 ヨーロッパに「大和」を含む主力艦隊を送り込んだ日本は、アメリカにも主力艦隊を送り込んでいた。日本がアメリカに派遣したのは――


空母「祥龍」

軽空母「千代田」

重巡洋艦「土佐」

巡洋艦「足柄」「高雄」「古鷹」

駆逐艦「松風」「沢風」「大月」「陽炎」「不知火」「黒潮」「早潮」


 と、概ね1個艦隊規模の艦隊を派遣していた。

 この、アメリカへの艦隊派遣にはヨーロッパ派遣以上に慎重な意見も多かったが最終的に与党の賛成多数で議会を通過している。

 ちょうど「皇国の解放者」による一連のテロ事件の最中に審議していたので、今でも社会党や進歩党から離脱した革新党からは「審議が不十分」という不満の声があがっていた。

 日本艦隊がアメリカに到着したのは10月中旬のことだ。

 パナマ解放作戦にも参加しており、このままフィロア大陸攻略作戦にも参加することも決まっている。もちろん、その前にフィデスとアメリカの間で停戦条約が結ばれるのならば、これ以上日本軍はこの戦争に関与することはないし、幹部たちはそうなるのが最善だと考えているものの、事前にアトラス軍などから聞いているフィデス指導部は普段から他国とあまり交渉をする国ではないので、幹部たちの大半はこのままフィロア大陸へ本格的に侵攻することになるだろうと覚悟していた。



 重巡洋艦「土佐」



 重巡洋艦「土佐」

 長門型重巡洋艦の3番艦であり佐世保を母港としている。

 今回の派遣艦艇の中で最も対地攻撃能力に長けた艦艇だ。満載排水量2万8000トンと戦艦や空母に比べれば小型だが、並んで係留されている巡洋艦に比べれば一回りほど大きい。

 パナマ解放作戦でも、パナマシティのフィデス軍に対して艦砲射撃と対地巡航ミサイルによって攻撃を行っている。


「まさに日本らしいデザインだよなぁ」

「軍艦らしさが詰まっているよな。まあ、日本はイージス艦でさえ無骨なデザインにするけどな」

「ああ、隣にいる『アシガラ』か。確かにこっちの『クリーブランド』とかに比べれば、だいぶ角ばっているよな」


 せっかく港にいる――ということで「土佐」は前日から艦内を一般に公開しており、現地メディアもその様子を撮影するために来ていた。土佐が就役したのは35年ほど前。軍艦としてはそろそろ退役を考える時期になっている。現代の軍艦は1隻あたりの建造費が高いので、なるべく長く運用することが多い。長門型も10年前に全4隻で大規模な近代化改修が施されレーダーや兵装などが当時最新のものに変更されていた。

 それでも、外観は就役時からほぼ変わっていない。

 唯一の変更点は就役時にはあった無骨なデザインのミサイル発射機が姿を消したくらいだろう。現在はほとんどのミサイルが2箇所に埋め込まれたVLSに収納されている。まあ、このVLSもアメリカが運用しているMk.41と違って防弾能力を向上させた日本独自の「装甲式VLS」だ。



 そして、取材クルーの一人が視線を向けるのは今どきの軍艦としては特徴的な大型艦橋を持つミサイル巡洋艦「足柄」である。この名前を持つ軍艦としては4代目にあたり、2代目の重巡洋艦「足柄」はイギリスで行われた国際観艦式でイギリス軍関係者から「飢えた狼のよう」と評されたことで知られる質実剛健をいく重武装の巡洋艦であった。日本海軍の設計思想はその時からあまり変わっておらず、現代の「足柄」も無駄に装甲を施すなどしてまるで艦隊決戦を想定した設計をしている。

 海外からみれば日本の設計思想は異質だ。

 なにせ、今の時代。主砲を撃ち合う海戦なんてほぼ起きないのだから、装甲というただでさえ費用がかかるものをつける国などない。例外とすれば日本に対抗する目的で巡洋戦艦を建造したソ連くらいだろう。

 なので、実は一般公開されると日本の艦艇は海外でも見学者が大勢やってくる人気スポットだった。歴史を感じる現在も動いている現役の軍艦の内部が見れることから特に海外のミリタリーファンは情報をネット上で共有するほどだった。

 見物人たちが最も多く集まっているのは主砲も30.5cm砲だ。

 ほぼ全員がスマートフォンで記念撮影をしていた。

 大和の46cm砲やモンタナの16インチ砲などには及ばないが、それでも現代では珍しい現役で稼働する大口径砲だ。土佐の30.5cm3連装砲は半自動砲であり今でも砲塔の下部には乗員が待機している。そんな彼らは主に砲系統の案内役として見物人の質問に答えていた。

 ちなみに、日本軍は長門型のためにわざわざ新しく30.5cm砲を設計・開発している。設計と製造は呉海軍工廠で行われた。自前の兵器廠を持つからこそ出来る芸当であった。


「これからは戦艦の時代かもしれないな」

「運用出来るのはウチか日本くらいだろうけどな」

「いやいや、イギリスも可能性はある。昔と違って予算には余裕があるようだしな」

「だが、今更戦艦を作れるだけの技術なんてあそこにあるのか?」

「さあ……?だが、アーク・ロイヤルなんてものを複数隻作っているんだから作れる技術事態はあるんじゃないか?」

「どこの国もそうだが議会が許さなそうだけどな」

「……確かにそうだな」


 例外は「大和」などという巨大戦艦を建造した日本くらいだろう。


「俺は日本が『戦艦艦隊』をもう一つ作ると言っても驚かない自身があるよ」

「奇遇だな。俺もだよ」


 記者たちの言葉を聞きながら案内役の士官は「ウチの国ってそんなふうに思われているのか……」と頭を抱えた。



 西暦2025年 12月16日

 アメリカ合衆国 テキサス州

 捕虜収容所



 アメリカ軍に降伏したフィデス軍の兵士たちはテキサス州西部にある陸軍基地に併設された捕虜収容所に収容されていた。三食の食事はきちんと出るが基本的に捕虜たちは常に監視されながら日々を過ごしている。


 中央アメリカ方面の総司令官を務めていたジーヘルト中将も、捕虜の一人として収容所で生活しているが。フィデス軍の幹部将校でもあることから定期的にアメリカ軍による尋問を受けている。尋問といっても拷問が飛び交うわけではないし、ジーヘルトも淡々と自分がしっている情報をアメリカ側に話していた。

 とはいえ、彼にも心配事はある。

 それは、家族の安否だった。

 部下のことを考えて降伏を選択したが、中央の命令に背いた結果になった。

 命令無視は厳罰――それがフィデスの常識だ。本人だけではなく時にはその家族が厳罰に処せられることもある。普通の国ならば横暴と言えることだがフィデスは独裁国家なのでそれが成り立つ。国際社会の非難もフィデス政府を動かすものではない。


「無事ならばいいのだがな……」


 幸いというべきか彼の自宅は首都のアディンバースではなく、独立意識の強い北西部にある。北西部はフィデスに近年になって併合された国々が多く他の地域に比べて独立意識が強く、中央の力もそれほど及んでいない。

 もし、アディンバースにいたら家族は早々に拘束されていただろう。

 とはいえ、絶対に安心できるわけでもない。

 だが、あそこで降伏を決断したのを間違っているとも考えていない。

 あのまま戦っていたところで、彼らの部隊に明るい未来はなかった。後退すれば中央から糾弾されるしかない。ならば、玉砕覚悟で戦ったところで待っているのは部隊の全滅だけ。降伏が一番生き残れる確率が高かった。

 相手が、フィデスのような国ならば降伏するのも命がけだが幸いアメリカはそこまで苛烈な国ではなく捕虜の扱いもそれほどひどいものではない。収容所が砂漠地帯の真ん中にあるが、少なくとも建物の中はきちんと空調がきいているので過ごしにくくはない。


「しかし――中央はどこまでこの戦いをするつもりなのだろうか」


 よもや、トップである総統が怒りのあまりに暴走しているなどジーヘルトは想像すら出来なかった。それで、中央がかなり混乱していることも。北西部を中心にフィデスから独立意識が強い地域がフィデス政府に対しての抵抗を始めたことも、ジーヘルトを含めた捕虜たちには知らされていない。

 だが、ジーヘルトは薄っすらと自国がアメリカに逆侵攻を受けるのは近いと見ていた。


(北部は独立意識が強い。おそらくアメリカが協力するといえば現地住民は協力するだろう。だが、アディンバースに近づくほどに守備は厳重になる。いくらアメリカの戦力が整っているといえども我が国を陥落させるのは難しいだろうな)


 それでも、母国が甚大な損害を受けるのは確実だろう。

 それこそ国が分裂するくらいまで追い詰められる。そうならないためには早々に白旗をあげるしかないが――


(中央が敵に白旗を上げるなどということをするとは思えないがね)




 フィデス人民共和国 アディンバース



「閣下はやはり……」

「頭に血が上っておられるのか徹底抗戦としか仰らん。周囲の者も怒りの矛先が自分たちに向かないようにしているし、軍部強硬派もこれ以上の失態はしないとばかりに北部に軍を集めようとしているようだ」


 独裁体制がとられているフィデス。

 しかし、政府内部は必ずしも一枚岩ではなかった。

 元からフィデス政府の内部には「穏健派」とされる他国との協調を目指す勢力もいた。ただ、勢力事態は小さく政府内でもさして相手にされることのない勢力だ。彼らも自分たちの勢力が小さいことを理解していたし、総統たちに睨まれたくもないため積極的な主張はこれまでしてこなかった。

 だが、今は状況が違う。

 1月に突如出現した陸地。総統は軍部の提案もありその陸地へ軍を進めた。

 その陸地には文明国家があったが、フィデスにとってはそこに国があろうがなかろうが占領してしまえばよかった。実際、最初の内は上手くいっていた。相手は小国だったのかほとんど反撃らしい反撃をしなかった。

 また、海では別働隊が次々と離島を占拠していた。これらの島々も国だったがいずれも人口の少ない小国だったのでフィデスの敵ではない。現地住民などがフィデス軍に抵抗したがそれも武力を前に出せばすぐに収まり、多くの住民は慌てるように避難していった。

 だが、一ヶ月ほど経つと前線部隊に損害が出てきた。

 これが、アメリカ軍による攻撃だとフィデスが気づくのは暫く経ってからだが、フィデスが本格的に「アメリカ」という国の存在に気づくのは侵攻から3ヶ月たった4月も過ぎた頃だ。総統は自分たちの野望を邪魔立てする国に脅しをかけるために弾道ミサイルの発射を指示し、実際にミサイルは発射されたがそのミサイルはアメリカによって迎撃された。

 それと同時にアメリカ軍の攻勢は強まった。

 しかし、この時点でもまだフィデス政府には焦りはなかった。

 いずれは、アメリカという国も疲弊するだろうと――まさかフィデスより更に強大でアーク5大国に匹敵する国力を持つ超大国だとは誰しも思ってすらいなかった。

 アメリカが自分たちより強大な国であることにフィデスが気づいたのは9月になってからだ。そのときはすでに前線はアメリカ軍の反撃によって崩壊していた頃だったが、それでも総統や軍部は中央アメリカ占領を諦めようとはしなかった。

 だが、どんなに戦力を送り込んでも戦況は好転せずついにはすべての占領地を一ヶ月前に喪失した。前線にいた部隊の殆どはアメリカに降伏。これを知った総統は「重大な反逆罪だ!」と激怒し、兵士の家族たちを収容所に送り込んだ。

 ここまできてそれまで静観していた政府穏健派は「まずい」と思った。

 だが、彼らは力がないので面と向かって総統に苦言を呈するなんてことはできない。そんなことをすれば今度は自分たちも収容所送りだ。誰だって厳しい収容所生活なんてしたくない。だからこそ「まずい」と思っても口をつぐむのだ。

 だが、一部には行動を起こそうと考えている者たちもいた。


「――それで若手士官の一部がクーデターを画策しているというのは?」

「今のところはただの噂話だ。どこの誰が計画しているのかはわからないが仮に動いても親衛隊がいる状況ではなぁ……」


 フィデスには軍とは別に総統直属の武装組織がある。

 それが「総統親衛隊」だ。軍とは異なる指揮権を持ち、主にアディンバースなどの治安維持と総統官邸の警備を行う武装組織。総統直属ということもあり潤沢な予算があり、兵器も最新のものが多く、隊員たちも精鋭揃いだ。

 仮にクーデターを起こしたとしても、そんな精鋭ばかりの親衛隊と対峙しなければならない。そして、親衛隊の人員はアディンバースにおいては軍以上の数になる。


「我が国は一体どうなるのだろうな……」


 そのつぶやきに対する答えは誰からも返ってくることはなかった。


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