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正暦2025年 12月10日
ベルギー王国 ブリュッセル
欧州連合 欧州議会
「ベルカ側から交渉に応じるなどと言ってきたが、信じていいのか?」
「信じられるわけがない!奴らはこちらの呼びかけに一切応じなかったのだぞ。なにか裏があるはずだ」
「だが、向こうが交渉したいといっているのだ。どんな裏があろうと一度くらいは話を聞くべきでは?」
これまで一切連絡をとることができなかったベルカ帝国から「交渉をしたい」という申し出がユーゴスラビアに届き。ユーゴスラビアがこのことを欧州連合に知らせた。そして、対応を協議するために開かれた欧州議会は紛糾した。議会は概ね2つに分かれていた。
一つは、ベルカとの交渉に応じない勢力。
もう一つは、これ幸いと交渉に応じるべきだという勢力。
前者は東欧選出議員や保守系議員に多く。後者は西欧選出議員やリベラル派議員が多かった。現在の、欧州議会の多数派は中道右派連合であるが、与党勢力も真っ二つに意見がわかれていた。
欧州連合加盟国の元首や首脳が集まった首脳会議の場でも意見は2つに分かれていた。
交渉に応じるべきだ、とするドイツ・フランスと。
信用出来ないと応じるべきではないとするイタリアや東欧諸国だ。
「我々の要請に相手は一切応じてこなかった。それなのに今更、交渉したい?確実に何かを考えている証拠だ。バカ正直に交渉に応じるべきではない」
「だからといって折角の機会を逃すのか?この機会を逃せば戦争はより長く続くことになる。そうなれば、今はまだ同情的な世論は一気に正反対に傾くのだぞ?」
せっかく相手と接触出来るチャンスを今逃すのか?という発言に態度を保留している国の首脳たちは「確かにそうだ」とばかりに頷く。彼らも戦争が長引くのは望んでいない。特に、今回特別にオンラインで参加しているアメリカのクロフォード大統領は「これでヨーロッパから戦力が引き上げられるかもしれない」と内心期待していたほどだ。
(我が国は未だにフィデスと接触出来ていないのに、ベルカという国は案外話が通じるのかもしれない)
などと、勘違いするほどにベルカに対して比較的良いイメージを持つクロフォード。まあ、後々ベルカに関する報告書を見て全くもって面倒くさい国だということがわかって頭を抱えるが今はおいておこう。
ともかく、首脳たちの激論は続いたがやはりどこの国もこれ以上戦争が長期化するのを避けたいという気持ちは一致していたこともあり、欧州連合が代表してベルカと交渉することで各国の意見は一致した。
正暦2025年 12月11日
ユーロニア大陸 スラーレン半島沖
日本海軍 遣欧艦隊 旗艦「大和」
欧州連合内でベルカとの交渉の道が開かれそうになっていた頃。
日本からヨーロッパ支援のために派遣されていた戦艦「大和」はユーロニア大陸南西部の沖合500km地点にいた。
「長官。連合軍総司令部からです」
「ありがとう――ふむ……」
艦隊司令長官の南雲宗和中将は連合軍総司令部から送られてきた電文に目を通し眉を寄せ、すぐそばにいた参謀長に電文を手渡した。
「参謀長。どうやら、我々はしばらくこの海域から離れる必要が出てきた」
「後退命令でありますか?一体なにが……」
「あちらさんがヨーロッパと交渉する意思を示したらしい。ギリシャでの戦闘は継続だが、敵本土への軍事作戦は中止するとのことだ」
「交渉に影響が出ないようにですか……」
「そういうことだな」
「まるで向こうに譲歩しているようですね」
「機嫌を損ねるの面倒だと思ったのだろうな」
「では、我々は暫く待機ですか……停戦になりますかね?」
「どうだろうな。あちら次第だな」
向こうが戦闘継続を望むのならば戦争は続く。
西欧やアメリカからすればさっさとこんな戦争は終わらせたいだろう。
特にアメリカは2つの戦争に軍を出している状況だ。いくら、超大国アメリカとはいえ2つの大きな戦争を抱えるのは、戦力的にも予算的にも厳しくアメリカとすればより国に近いフィデスとの戦争に集中したいというのが本音であった。
西欧諸国も、予備役を緊急招集するなど戦時体制をとっているがこちらも長期の戦いを見込んでいはいなかった。かつては、長期戦を想定した予算配分などをしていたのだがどこの国も「軍事予算」というのはいらないものの筆頭格のような扱いを受けていて、特に西欧は二度の世界大戦の反動からなのかアメリカや日本に比べてもリベラル寄りの民意になり戦争よりも外交での対話を重視するようになり、更にNATOという軍事同盟を築きアメリカ軍の部隊が常にヨーロッパに駐屯しているということもあって、西欧ほど軍備の削減を進めている国が多かった。結果的に、現在各国で直面しているのは訓練を受けた兵士が不足していた。
そして、東欧諸国は西欧以上に余裕なんてなかった。
ソ連の衛星国だった、東欧の社会主義国は1980年代末に財政が悪化し、また国家の停滞に国民たちが各地で抗議活動を続け次々と社会主義政権は崩壊し民主主義国家へと変わっていった。だが、東欧諸国は西欧諸国に比べて総じて貧しかった。民主化後、各国は市場経済を導入し経済を成長させているが現在でも西欧諸国との経済格差は激しく、多くの国民は西欧に出稼ぎにいっている。
また、各国は経済政策を重視しそのかわりに軍事力の整備に力を注ぐことができなかった。東欧諸国の多くは今でも古いソ連製の兵器を使っている。部品などがなく動かすことができない戦闘機や戦車も多くあるが、各国共に軍を再整備するだけの予算的な余裕はない。
東欧で最も軍備が整っているのポーランドだ。アメリカからF-35を購入し、日本から榴弾砲や戦車などを購入しているがこれはポーランドがソ連とドイツを最も警戒しているからだ。まあ、ポーランドがここまで軍備を整備できたのは工業国であった西ポーランドの経済力のおかげだろう。
アメリカ合衆国 ワシントンD.C.
ホワイトハウス
「これでヨーロッパの戦争は終わると思うか?」
臨時首脳会議が終わってすぐにクロフォードは安全保障問題を担当する補佐官を呼び出して問いかけた。
「停戦に向けての第一歩ではあると思います。ただ、仮に戦争が終わってもバルカン半島周辺は暫くにらみ合いが続くとは思います。ベルカはかなり巨大な国のようですから、まだまだ軍事的に余裕はあるでしょう。一方でヨーロッパは我が国を含めた他国の支援を受けて相手を押し返すことはできましたが、ヨーロッパ単独で対峙するにはいささか戦力不足ですね」
「つまり、戦争が終わっても我々は引き続きヨーロッパに軍を駐屯捺せ続けるしか無いということか」
「多くのヨーロッパ諸国はそれを望むでしょう。例外はフランスとドイツですかね」
「それが厄介なのだがね。あの2国が今のヨーロッパの中心なのだからね。イギリスがいれば味方になってくれただろうが、今のイギリスはこれ以上ヨーロッパに積極的に関与するつもりはないようだ」
「今のイギリスにとって重要なのは太平洋地域ですからね。元々大陸ヨーロッパ諸国とイギリスでは対立もありましたし、イギリスとすれば色々と話しがわかる日本やアトラスと関係強化するほうがはるかに建設的という判断でしょう」
「我が国はそうはいかないからなぁ」
「アトラスからかなり警戒されていますからね、我々は」
「アトラスへの警戒度も高いがね――まあ、話を戻そう。つまりはヨーロッパで講和条約が結ばれる可能性は低いと君は見ているわけだな」
「そうですね。相手はどうやら帝国主義思想が強い国のようですし、仮に講和条約を結ぶとしてもヨーロッパ側はそれなりに譲歩しなければいけないかと。ですがそれでは……」
「国民が納得できるかは微妙だな。特に、国を半ば破壊されたギリシャ難民は納得しないだろう」
「ですので、ギリシャの亡命政府は安易な譲歩には反対するでしょうね。隣国のユーゴスラビアも同調するでしょうし、イタリアや東欧もそれにのるでしょう。フランスやドイツがいくら主導権を握っているといっても多数派を抑えられたら彼らも強い調子では言えない――そんなことをすればたちまち欧州の連合体制は崩壊しますから」
「だが、それぞれの国内の意見に耳を傾けなければ……」
「政権が変わりますね。より、過激な勢力が今度こそ政権を握るかもしれませんね」
「仮にそうなったら軍はさっさとヨーロッパから撤収させるしかないな」
「まあ、あくまで想定ですから。その通り進まない可能性のほうが高いでしょう」
「……そうだといいんだがね」
そう返しながら遠い目をするクロフォードだった。