111
正暦2025年 11月10日
朝鮮連邦共和国 釜山
朝鮮重工業 釜山造船所
朝鮮半島南東部にある釜山は、首都・ソウルに次ぐ300万人が暮らす大都市だ。古くから日本との交通や交易の要衝として栄えており、現在では極東地域を代表する大港湾を有する港湾都市であり、同時に朝鮮最大規模の工業都市として発展していた。
朝鮮連邦海軍初の、空母建造を担当することになったのは同国最大の重工業メーカーにして釜山に本社を置く朝鮮重工業だ。朝鮮重工業は同国最大の造船所である釜山造船所があり、海軍で運用している駆逐艦の建造なども行った経験があり同国の造船所の中でも最も軍艦建造に秀でたものを持っていることから空母の建造先に選ばれた。
とはいえ、満載排水量4万トンに達する強襲揚陸艦にもなる軽空母の建造は造船所にとっても未知なので、技術面で応援を求めた。その、求めた先が日本の月島重工業と南中国の華南造船である。どちらも、その国を代表する軍需メーカーであり数多くの艦艇を建造してきた。その中には空母や揚陸艦などの大型艦も含まれる。
そして、どちらも途上国などにフリゲート艦などを輸出しており、同様のことを行っている朝鮮重工業にとってはライバル関係にあった。そのライバルに技術支援を求めたのだ。
まあ、兵器の共同開発というのは今どきめずらしい話ではない。近年は兵器そのものの価格が高騰しており、研究を含めて複数の国の軍需企業が共同で開発や製造をするというのは西側諸国ではよく見られる光景であった。
ただ、軍艦に関しては根幹であるレーダーや武器戦闘システム以外での共同開発というのはあまり例はない。まあ、これは空母を保有する国は総じて技術力が成熟した国であるからだろう。
朝鮮連邦も技術力の高い国ではあるが、全く知識や技術のない中で作れる力はない。そこで頼ったのが近隣にあって技術力にも秀でている同業者だった。そして、日本と中華連邦政府も同盟国である朝鮮ならば問題はないと判断して一部技術の供与を認めた。
転移前ならばいくら同盟国といっても、技術の提供には慎重意見が多く出たであろうが転移によって情報流出する危険性が大きく減ったのも技術供与が認められた一因であった。
というわけで、日本と中華連邦から技術提供を受けた朝鮮連邦は10月から本格的に軽空母の建造に取り掛かった。進水予定は再来年の3月で、2029年度に竣工し海軍に引き渡されるというスケジュールになっていた。
搭載する艦載機に関してはカタパルトを搭載しない軽空母であることからF-35Bに決定している。まあ、艦載機に関してはこのまま国産開発すべきではないか?という声が与党の一部から聞かれたが、戦闘機開発には軍艦以上の莫大な資金が必要になることから野党などが一斉に反発し、議会が紛糾したため国際開発よりも安価なF-35B導入に決まった。
まあ、F-35Bの導入も相当に金がかかるので、そのことでも与野党間で一悶着あった。野党からいえば「北中国もソ連も消えたのに、なぜいまさら空母なんて作ろうとするんだ。そんな金があるならば国民生活に還元しろ!」ということらしい。
政府も反発する野党に対して「ヨーロッパや中央アメリカのようなことがおきてからでは遅い。我が国は島国になったのだから海洋戦力を増強するのは無駄ではない」と反論していた。
「それにしても上はずいぶん張り切っているなぁ」
「空母に国産の防空システム艦。どっちも今後の海軍の中心になるから定期的にウチに仕事がまわってくるだろうからなぁ」
釜山造船所が建造していたのは空母だけではなかった。
防空艦の建造も行っていた。こちらは、昨年から建造がはじまり外観部分の建造は大部分が終わっていた。外見は、今どきの軍艦のようにステルス性を意識した各所に傾斜をつけた外観となっている。
朝鮮海軍の数の上での主力は排水量4000トンほどのフリゲート艦だが、15年前に3隻のイージス艦を防空艦として配備していた。朝鮮海軍は昔から機動艦隊の創設に関心を持っており、イージス艦の配備もその構想の一環であった。
ただ、朝鮮連邦周辺の黄海などは狭く。仮想敵国のソ連極東や北中国には地上からの戦闘機でも十分であると時の政府などが考えていたため無駄に金のかかる空母建造には消極的だった。
それでも、弾道ミサイル迎撃手段としてイージス艦は有用であると海軍が政府を説得した結果、3隻のイージス艦は導入された。3隻のイージス艦は主に弾道ミサイルなどの警戒任務につくことになったが、野党を中心に「ウチの国が持つ必要はない」という否定的な意見は現在でも根強く残っている程度には議論をよんだものだった。
そして、近年は周辺諸国の軍拡もあって海軍は新たな防空艦を建造すべきであると政府に訴えた。ただ、イージス艦はあまりにも高価なので政府は難色。ならばイージス艦よりも安価でイージス艦の補完的な役割を果たせる汎用的な防空艦を作ろう、として建造が決まった。
満載排水量6000トンほどの駆逐艦でありイージス艦よりも小型だが、イージス・システムと同程度の戦闘システムを搭載した防空艦になる予定でこれらの戦闘システムはヨーロッパメーカーの支援を受けた国内の軍需企業が開発している。
空母建造に前後して、朝鮮政府はこの防空艦を6隻建造することを決め、朝鮮重工業ともう一つの造船会社が建造を担当し現在のところ2番艦までが建造中だった。
海軍はゆくゆくは空母をもう1隻建造して、2つの機動艦隊を島の東西に常時展開することを夢想していた。ただ、海軍により多くの予算が配分されることには陸軍などから反発の声が上がっており、海軍が夢描く「2個機動艦隊構想」が現実になるのは難しそうだった。
朝鮮連邦共和国 ソウル
青瓦台
「少し強引に話を進めすぎたのではないか?」
「野党の反発などいつものことです。ある程度余裕が出来ている時、今しかやれませんよ」
「おかげで陸軍からはかなり恨まれてしまったがね」
「島国になったのですから、大量の戦車や装甲車なんて必要ありません。古いものは少しずつ廃止していくのが現実的です」
大統領のパクと会話をしているのは安全保障分野を担当している補佐官だ。
彼は国防部に所属していた元官僚であり現在は与党の国会議員だ。
国防部に在籍時から陸軍偏重ではなくよりバランスのとった軍を整備すべきであると、主張し陸軍と対立してきた過去がある。議員になってからも同様の主張をしており、陸軍と関係の深い与党関係者からなんとも言えない視線を向けられる――それが安全保障担当の補佐官になっている議員の経歴だ。
海軍の空母建造計画を「今後のためにも進めるべき」とパクに進言したのも彼である。パクとしても島国になったことや、アメリカの太平洋艦隊がこの地域から撤退する可能性も考慮してそれを受け入れた。
ただし、野党の反発は想定内だったが、陸軍の反発が予想以上だった。
削減された陸軍予算はそれほど大きくはない。前年度の2割ほどだ。それでも陸軍にとってみればこれまで朝鮮を守護していたのは海軍ではなく自分たちであり、使えるかどうかわからない空母のために自分たちの予算が削られるのは屈辱だったようだ。
大陸国家ではこのように陸軍の力が頭ひとつ以上抜けている国は多い。
そして、朝鮮陸軍の場合は政治へも積極的に介入していたことで知られている。半世紀前までは朝鮮は軍事政権だったし、その中心に座っていたのは陸軍だ。
民主化してからは積極的な介入はしていないものの、右派政党を中心に今でも政治への影響力は強い。大統領がつかれたような表情をしているのは身内からの「陸軍予算を見直したほうがいい」という忠告に参っているためだ。
これが、軍を嫌っている現野党ならばそんな声が身内から出てくることはないのだが、今の与党は軍との関係が近い関係上、どうしても軍に対して強く出る事ができない。今回、陸軍の予算を少し減らしただけでこの騒ぎだ。
もう少し議論を重ねるべきだった、と大統領が頭を抱えるのは仕方がないことだろう。ただ、補佐官はたとえ話し合いを長くもったところで状況は変わらないだろうと思っている。
(純粋に海軍が日頃の鬱憤を晴らそうと陸軍を煽ったりしたんだろうな)
海軍にとって空母整備はある意味で悲願だった。
そして、どこの国の軍もそうだが陸軍とそれ以外は仲が悪い事が多い。近年は、他の軍とも協力して作戦を行うこともあるため交流が盛んになった影響でいい関係を築いているところもあるがそれはあくまで現場レベル。上のほうでは未だに予算を巡って火花を散らしている。
朝鮮の場合もそうだった。特に朝鮮の場合は陸軍・空軍という序列で海軍は全軍の中でも優先度が低い部隊であり常に辛酸を舐めるという状況だった。それが変わってきたのはこの10年余り。北中国が海軍を大々的に増強したときだ。それに対抗するためにイージス艦や潜水艦を増強したりしたが、陸軍からは「そんな玩具必要ない」とバカにされていた。
そういった鬱憤もあったのだろう。
空母の予算が認められた時に海軍の幹部は陸軍幹部に対して「今度はそちらの玩具を削減したほうがいい」などと言ったのだ。さすがに取っ組み合いにはならなかったが、以後双方の幹部は顔をあわせるたびに睨み合っている状況だ。ある意味、蚊帳の外に置かれる形となった空軍と海兵隊の幹部は会議のためにこうなるので内心辟易としていた。
そして、補佐官は陸軍から「海軍の仲間」と見られているので余計に嫌われていた。
ただ、補佐官は別に海軍の絶対的な味方ではない。
島国になったのだから領海警備はきちんとできるだけの海軍戦力を整備しようと思って海軍予算の増額を大統領などに提案しただけに過ぎない。
空母配備に関しても空母があったほうが、広大になった領海警備や転移後に獲得した離島警備に使えると判断したからだ。空軍基地をそういった島に作るよりも安上がりだし、基地造成にかかる予算も減らすことが出来ると。
まあ、その艦載機が高いことで知られているF-35Bしかなかったのは問題といえば問題であったが。
「北中国が消えても楽はできんか……」
「むしろ、消えたからこそ忙しくなるんですよ閣下」
「……そうだな。野党が羨ましいよ。昔から言うことは決まっているのだから」
「とはいえそんな彼らも政権をとったら我々とあまり変わらない政策をとると思いますけれどね。軍縮は確かに彼らにとっての一丁目一番地なのでしょうが、理想だけで国は動かせませんし、それが理解していなかったらそもそも二大政党として何度も政権をとったりしないでしょう」
来年の4月には大統領選挙が実施される。
パクは次期大統領選に出馬しないことを表明しており、彼にとっては今回の予算通過が最後の大仕事となった。ここ十年間。与野党の支持率は拮抗しており選挙のたびに保守政権と革新政権が入れ替わっている。
軍との関係も保守政党は良好な一方で、過去の経緯から革新政党と軍の関係はあまりよくはない。それでも、革新政権時に軍に対して大規模な予算削減という嫌がらせはしていない。
過去に一度、そのような嫌がらせをしたら国民から猛反発をくらい更にアメリカや日本などから「好き嫌いで予算配分を変えるのはどうなのか」と苦言を呈され、果てには「ソ連のスパイ」扱いにされたことが響いてか、次の選挙で敗北した。
以後、軍に対して思うことがあっても革新政権は大々的な軍縮はしてこなかった。ただ、次からは北中国という最大の脅威が消えたこともあり、革新の最大野党はそれまでと違って軍事費を削減することを表明していた。
野党側が空母建造に猛反発したのは、空母建造と艦載機調達の予算が彼らにとっては大きな無駄だと判断したからだ。世論も、海軍の空母配備に関しては賛否が真っ二つにわかれていた。理解を示す声もある一方で「海軍の見栄のために大金を使った」という批判も世論からは上がっている。
これもあって、次の大統領選挙はこれまで以上に激戦が予想されていた。
すでに、建造が始まっている空母ももちろん論争の的になるだろう。
仮に、革新系候補が勝利した場合2隻目の建造が中止になる可能性は高そうだった。1隻だけだと整備中に領海警備に穴が出来るのだが、国防というのは危機が迫らないと理解されない。そして、危機が判明した段階で準備をしても手遅れの場合がほとんどだ。
「仮に政権がかわっても最低でも1隻が配備されるだけ良しと考えましょう」
「そうだな……」