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 正暦2025年 10月27日

 パナマ共和国 パナマシティ



 アメリカ軍の攻撃が始まって3時間。

 海兵隊はパナマシティの一部に橋頭堡を築くことに成功した。

 もちろん、フィデス軍との戦争をしながらであるが。士気が著しく低く更に弾薬不足に陥っていたフィデス軍は海兵隊の先遣部隊である1個大隊相手に苦戦し、更に海兵隊や空挺部隊の応援が駆けつけてからは形成が逆転し、最終的には後退しており、今は司令部付近のまもりを固めることにしたらしい。


「パナマシティを落とすのは楽かもしれないっすね」

「バカ!そんな油断していると足下すくわれるぞっ!」

「す、すみません……」


 あまりにもあっさりと橋頭堡を築けたので若い兵士の口から出た言葉を聞いたベテランがすぐに注意しながら睨む。あまりの迫力につぶやいた兵士はすぐに頭を下げる。


「相手は人間だ。そして追い詰められた人間は俺達の常識外の行動をとってくる。中東のテロリスト共みたいにずる賢い奴らも大勢戦場にはいるんだ。だから最後まで絶対に油断するな!」


 中東のイスラム組織は頭が良かった。

 米軍の兵士に被害が大きくなればなるほどアメリカ本体にダメージを与えることができると理解して行動していた。そのために、通り道に爆発物を仕掛けたり。あるいは民間人に扮した自爆攻撃などを行ったのだ。

 アメリカ兵にとってこれらの攻撃は効果的だった。

 それこそ、味方以外信じられない。現地人は全員テロリストに見えてくるような状況になる。現地人とアメリカ人が不仲になればテロリストにとっては更にやりやすくなる。アメリカ軍が民間人を虐殺すればそれだけで国際世論は大きく騒ぎ出す。ソ連や中国などアメリカと敵対する国々ものってくる――中東の武装勢力の幹部たちはそういった人の心理をよく理解した上で命令を出していた。

 だからこそ、アメリカ軍は中東で大いに苦戦することになる。

 それまでもっていた武力介入への自信を喪失させ、より内向きな思考に政府がなるほどに。


 フィデスも同じことをやるかもしれない。

 相手は異世界といっても同じ人間だ。世界が違えど、人間の考えることなど基本的に一緒なのだ。そして、極限状態に陥った人間は想像外の行動をとる。だからこそ、最後の最後まで気を抜くな――そう、ベテランは若手に言い聞かせるように話す。

 特に、中東での戦闘を経験しながら未だに現役に留まっているベテランほど慢心に敏感だった。同僚を上官をそして部下たちが目の前で倒れて二度と立ち上がらない姿を何度も見てきた。運良く助かっても精神的にダメージを受け日常生活に復帰できない兵士も大勢いて、アメリカでは社会問題にもなっているのだ。


 そんなベテラン兵の言葉を肯定するかのように、それまで静かだったフィデス側から榴弾砲による砲撃が始まり、更に数両の戦車が姿を表す。幸いアメリカ側もすでに戦車などを上陸させているため兵士たちはすぐに敵を迎え撃つ用意を始めた。


「な?ここは敵地のど真ん中だ。橋頭堡を必死こいて守り切るのが俺等の仕事だ。わかったならば、お前も持ち場へいけ」

「は、はい!」


 兵士は弾かれたように慌てて自分の持ち場へ向かった。

 その様子をベテラン兵士は「やれやれ……」と少し呆れたように見送った後表情を引き締めて作られたばかりの塹壕に身を隠した。




 フィデスはなんとかアメリカ軍の進軍を阻止しようとしていた。

 アメリカ軍との戦闘によってフィデスは主力戦車の大半を失っていたが、損傷が軽い車両は動けるだけの修理をしただけで前線に投入し、更に主力戦車の投入で引退していた旧式戦車である「MT-4」を急遽、フィデス本国から持ち込んで動かしていたほどだ。

「MT-4」は80年前の戦車であり、外観は全体的に丸っぽく射撃指揮装置などは一切搭載していない。主砲は一応105mm砲を搭載しているが戦車本体はコンパクトな作りをしていることからそれほど多くの弾薬を搭載することはできない。

 フィデスにとっては初の国産戦車ということもあり、長く使われていたが現場からの評価はあまり良くはない戦車だった。そんな引退した戦車を数合わせのためとはいえ配備し、そして実戦に使うほどにフィデス軍の装備事情は苦しかったのだが、パナマを喪失すれば終わりだけあってなんとかしてパナマを死守するためにフィデス軍もまた必死であった。

 とはいえ、いくら必死でも80年前の戦車が、こちらも登場から半世紀近く経っているが改良によって現代戦車相当の能力を持つ海兵隊のM1A2を相手に勝てるわけがない。

 さらに、海兵隊員は手持ちの対戦車ミサイルも豊富にそろえているため機甲部隊は海岸に近づく前にほとんどが撃破されてしまった。更に、空港から飛び立った戦闘機も、地上支援のために投入されたレンジャー配備のF-35Cを前に苦戦していた。


 アメリカ軍の攻撃はフィデスの想定よりもだいぶ早い時期にやってきた。

 フィデス軍は戦力を再編するために本国から部隊の移動を進めていた。そしてそれが終わるのは年明け頃になるだろうと考えられていた。しかし、アメリカ軍はそれよりも早い時期にパナマシティまでやってきた。

 まあ、これはアメリカ側の「年内までに戦闘を終わらせる」という事情があったからだ。つまりは、アメリカの都合で早くにパナマシティまで攻略することになったのだが、当然そんなアメリカ側の思惑なんてわからないフィデスは、アメリカのその早い動きにただ翻弄されていた。



 フィデス軍 前線司令部



 フィデス軍の前線司令部であるホテル。

 この付近にまではまだアメリカ軍は進出していないものの、戦闘によって生じる爆発音や発砲音は司令部にいても聞こえるので、それくらいの距離までアメリカ軍が進出しているというのは司令部にいた兵士たちは察する。

 時折、爆発の衝撃でホテルが揺さぶられると司令部からどよめきの声が上がるほどだ。


「――降伏する」


 前線指揮官ジーヘルト中将はこれ以上戦い続けると無理と判断した。

 司令部にいた参謀たちから異論は上がらない。彼らの多くもこのまま戦い続けるのは無理だと思っていたからだ。それでも、彼らが戦い続けていた理由は本国の参謀本部が「撤退も降伏も認めない」という指示を出したからに他ならない。ご丁寧に「この命令に従わなかった場合は厳罰に処す」とまで付け加えられていた。

 それもあってジーヘルトは最後の最後まで決断できなかった。


「すぐに、外に白旗を。それに降伏の使者を向こうに送る」

「私がいきます!」


 手を上げたのは作戦参謀を務めている少佐だった。

 彼はかなり早い段階でジーヘルトに降伏を進言していた。

 その、少佐が真っ先に手をあげた。


「よし、プロブーム少佐たのむ。補佐は君が選んでくれ」

「わかりました。ジョイフ少尉。一緒に来い」

「は、はい!」


 指名された少佐は近くにいた少尉を連れて行くことにした。

 まさか、自分が指名されると思っていなかった少尉は一瞬驚愕の表情を浮かべたが周囲から視線を向けられると慌てて背筋を伸ばして敬礼をする。そして、部屋を出た少佐の後ろを慌てて追いかけた。


「――あの少尉を補佐にして大丈夫なのか?」


 ドタバタと部屋を出ていく少尉を見てジーヘルトはこの後のことが不安になった。



 使者となったプロブーム少佐とその補佐指名されたジョイフ少尉は動かせる車に乗り込み、アメリカ軍がいると思われる方向を目指した。攻撃されないために車には白旗を掲げてだ。普通の感性をしていれば白旗を掲げている車両を攻撃することはないだろう――そこまで考えたプロブーム少佐は自嘲気味に口の端を吊り上げる。


「どうかしたんですか?」

「ん?いや。白旗を掲げていれば攻撃されないと思ったのだが、我が国ならば白旗を掲げていようが攻撃をしたかもしれない――と思ってな」

「そ、それは……」


 絶対に有り得ないと言い返せる雰囲気ではなかった。

 常識的に考えればそんな国際法を破るような行動は絶対にしない、と言い返せる。少なくとも士官学校で学んだ通りならば。しかし、少佐の雰囲気は「否」と返すことはできなかった。何も言えない圧を少佐から感じたのだ。


「まあ、相手はそこまで常識外れなことはしないだろう」


 少尉はなぜ少佐が自国のことを貶すようなことを言ったのか理解できず、ただ困惑していた。これは、出身地の違いだろう。少尉は首都近郊の出身で生粋のフィデス人だが、少佐はフィデス人ではない。出身も20年前まではフィデスとは違った独立国だった地域の出身である。その国は、20年ほど前にフィデスによる軍事侵攻を受け消滅した。このときのフィデス軍はかなり苛烈な戦闘を行っており、民間人にも多くの被害が出たのだがその事実は表には出てこない。フィデスが情報統制をしているからだ。

 そして、少佐はその惨状をまだ幼いときに眼の前で見ていた。

 民間施設への無差別攻撃――それを躊躇なく行っていたフィデス軍を。


(まさかフィデスがここまで追い詰められるとはな。アトラスと本気でやり合っていたら同じ結果になったかもしれないが、中央の連中はさぞかし慌てているだろうな)


 その、中央が前線部隊が敵に降伏を決めたと知ったらきっと怒り狂って代わりの部隊指揮官をよこすだろう。まあ、その頃にはこの一体はアメリカによって制圧されている頃だろうが。

 内心、いい気味だと思った少佐は口の端を吊り上げる。

 その表情の変化に隣りにいた新人少尉が震え上がったことに少佐は気づかなかった。




 少佐たちは15分ほどでアメリカ側の陣地に到着した。

 白旗を掲げたフィデス軍人がやってきたことにさすがのアメリカ側も驚いたがすぐに、現地指揮官が少佐たちと面会することとなり、改めて少佐はパナマに駐屯していたフィデス軍はアメリカに降伏することを伝えた。

 現地指揮官はすぐに武装解除のための部隊をフィデス側へ派遣するように指示を飛ばしながら、詳しい話を聞いていく。


「本国参謀本部は撤退も降伏も認めないの一点張りです。仮に、本国へ撤退しても我々に待っているのは命令不服従による軍法裁判のみ。極刑が言い渡されるのは間違いないでしょう。ならば、敵に降伏したほうが我々が生き残る可能性は高い。すでに、武器弾薬も少なく兵士の士気もありません。それなのに『敵を排除しろ』しかいわない参謀本部のためにこれ以上戦う義理はありませんから――ジーヘルト中将は最後まで悩んだようですが、今回の上陸作戦でようやく決断なされました」


 本国は撤退も降伏も認めない、という話にアメリカ側の表情は一気に険しくなる。普通の国ならばその状況で「撤退や降伏を認めない」などとはいわない。まあ、そもそも普通の国ならば市街地に無差別攻撃などしないが、どちらにせよ現場と上層部の認識のズレが大きいようだ。

 追い詰められた国ほど、このような指示を出すことが多い。

 中には「玉砕命令」など出すような国まであるほどだ。

 フィデス上層部もそれと同じようなことをやろうとしたが、現場はそれに従わなかった。士気が極限まで下がっているという話であったし、前線からの情報では3世代以上前の古い戦車や装甲車まで持ち出していたというから本当に武器の類は底をついていたのだろう。


「本国上層部はこの地域を確保するのに執着するでしょう。彼らにとって敗北は許されない屈辱でしょうから」


 そう、どこか他人事のように言う少佐。

 そのことをアメリカ側は疑問に思いながらも質問を続けていく。

 後に、少佐がフィデスによって併合された地域の出身であり、もとからフィデスへの帰属意識がないことが明らかになる。今回前線に派遣された部隊の多くはフィデスによって併合された地域から派遣された軍であり、もとより兵士たちの士気はそれほど高くはなかったらしい。

 士気が高かったのは中央から派遣された部隊だったが、それらの部隊は劣勢とみるやいち早く前線から後退したという。そんな様子を見た時点で色々と冷めてしまったのだ、と苦笑いを浮かべながら少佐は言った。


「我々の呼びかけに応じないのは?」

「彼らは自分たちが負けるのを許せないのです。交渉に応じればそれはすなわち負けを認めたことになる。アディンバースという頑強な要塞に閉じこもっている間は強気であり続けます」

「……そうですか」


 どうやら、この戦争はまだまだ終わらないようだ。





 アーク歴4020年 11月1日

 フィデス人民共和国 アディンバース



「誰が降伏していいといったっ!」


 怒り狂った総統の声が執務室に響き渡る。

 グリーンベル総統は机にあったものをあちこちに投げ飛ばす。

 その姿は癇癪をおこした子供のようだ。投げ飛ばされたものがあたりに散乱する中、総統は肩で息をしながら眼の前で報告している大臣を睨む。


「命令無視をした者たちの親族を国家反逆罪で収容所に送れ。これは命令だ!」

「……かしこまりました」


 大臣はそう言って頭を下げると執務室から出た。

 その後に部屋に入ってきた秘書は、部屋の惨状に一瞬目を見開くがすぐにもとに戻り散らばっているものの片付けをする。総統がこれほど荒れるのは最近では珍しくなくなった。アメリカとの戦争が始まってから総統は常に苛立っている。

 こうなる前の総統は、滅多なことで怒りを顕にすることはなかった。

 この世界に来てから――いや、正確には「新天地」として中央アメリカに攻め込んでから総統はかなり感情的になっていた。まるで人が変わったようにも見えるほどだが、そんなこと指摘出来る者はこの中には誰一人いない。

 誰も、総統の逆鱗に触れたくはない。

 ただ、嵐が過ぎ去るのを待つように総統の気分が落ち着くのを待つしか無いのだ。


「……みんな辞める理由がわかった気がする」


 片付け終わった秘書は総統に聞こえないように気をつけながらボヤく。

 今年になってから秘書は何人も変わっている。総統の激変に誰もかれもついてこれなくなったからだ。現在の秘書はつい先日任命されたばかりだ。

 一昔前ならば総統秘書というのは誰もが憧れる職だったのだが、今では噂を聞いてかなりたいと手を挙げる者は少ない。彼もまた上司に「強制」といわれ渋々引き受けたにすぎない。ただ、彼は前任者たちと違って周囲をよく見ながら行動することができるので、今のところ総統から八つ当たりされることはなく、一見すると仕事をきちんとこなしているように見えるが、精神的負荷は普通の仕事と比べて段違いなので、早くやめたいと内心思っていた。

 自発的にやめないのは、なんだかんだで給与はいいからだ。

 決して裕福とはいえない家系出身の者にとって中央での給料は魅力的だ。

 やめたところで他に仕事のあてがないのならば、どんなに辛くてもしがみついてやる、と思いながら秘書の仕事を続けている。


(しかし、前線ってだいぶ深刻なんだな)


 片付けながら報告書に目を通せば、中央アメリカに駐屯していた部隊がぜんぶ敵軍に降伏した、と書いてあった。総統が激怒した理由がこれだ。

 前線がここまでひどいことを国民は知らない。

 これは、情報統制しているのもあるがそもそも国民はそこまで関心がないのだ。自分たちの生活が安寧ならば何が起きようが構わない。フィデス国民は昔からそうした考えをしていた。

 報告書に目を通した秘書も「前線はひどそうだな」とは思ったものの、事態はそれほど悲惨なものではないと勝手に頭の中で処理するくらいには危機感はなかった。

 それよりも、怒り狂っている総統の矛先が自分に向かないかのほうが彼にとっては重要だった。


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