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 アーク歴4020年 10月16日

 アトラス連邦 ヴェルス

 アトラス外務省



 7月にガゼレア暫定政府主導で実施された民間船まで導入したアトラス侵攻は艦隊の全滅という形で終わりを告げた。

 これによって、主だった戦力を失ったガゼレア国内は再度混乱する。クーデターによって実権を握ったトラード暫定大統領は徴兵によってアトラスに再度攻め込もうとするがこれに一部勢力が反発し武装蜂起を起こしたのだ。それによって再度のクーデターが起き、今度は穏健派が実験を握ることになりクーデター後に姿を消していた前大統領のガンバーニが帰還し、暫定大統領の座に返り咲いた。ガンバーニ率いる新たな暫定政府はこれ以上戦闘を拡大させないためにアトラスと停戦交渉にあたることを決め、ガリアを仲介してアトラスと交渉を行うことが決まった。


 そして、今日はその第一回目の3カ国会談がアトラスの首都・ヴェルスで行われることとなった。本来ならば第三の中立地帯で交渉するのだがアトラス側は仲介相手であるガリアも信頼していなかったことと、ガリア・ガゼレア双方がアトラスで交渉することに頷いたことからアトラスは自身のホームで交渉を行うことになった。

 といっても、アトラス側がガゼレアに要求することは一つしかない。

 賠償などを請求しないかわりに今後一切交流をしないというものだ。これは本来ならばあまりしない要求である。大抵の場合は国交を再開して、国同士の交流を進めようといった感じで「和解」するのが一般的なのだがアトラスはそうしなかった。


 これは、関係改善出来るとアトラスは考えていなかったためだ。

 それに、仮に貿易したとしてもアトラスがガゼレアから得られるものはほぼなにもない。ならば、お互いに距離をとって知らん顔したほうがそれぞれのためだとアトラス政府は考えたのだ。

 このような提案をされたガゼレア側と仲介役のガリアは驚愕した。

 まあ、彼らが驚いたのは賠償金も謝罪も必要ないというアトラス側の態度のほうだった。外交関係を結ばないということに関してはどちらも亜人国家のアトラスと人間主義国家の自分たちがすぐにわかりあうのは難しい。

 ガゼレア側は多額の賠償金などを請求されても仕方がないと覚悟していただけにアトラスから一切それを要求しないと言われた時、担当者は安堵した表情を浮かべたほどだ。



「向こうはずいぶんと安堵していたな」

「多額の賠償金でも請求されるかもしれないと身構えていたんだろう」

「請求してやればよかったんじゃないのか?今回の件で財務省の連中は無駄な出費が増えた、と荒れていただろう」

「ガゼレアが払えるわけがないだろう。下手に逆恨みされるほうが面倒だ」

「違いない。付き合うにしてもなににしても我々に一切のメリットがないからな……」

「まったくだ。どうせなら日本やイギリスとの関係をより深めたいくらいだ」

「アメリカから横取りするくらいにか?」

「イギリスはずいぶんと乗り気らしい。日本もな」

「ほう、どっちもアメリカに依存していると思っていたが」

「イギリスはアメリカの旧宗主国。日本の場合はアメリカからの圧力が煩わしいらしいからな。色々と複雑なんだろうさ」


 休憩時間にかわされるアトラス外交官の雑談。

 ガリアとガゼレアの外交官は別室にいる。彼らも今頃なにかしらの雑談をしているのだろうが、別に興味はない。外交官たちはさっさとこの面倒事を片付けて別の仕事を片付けたい気分だった。


「だが、産業界から見ればアメリカも魅力的だろう?」

「まあな……さすがは地球の超大国だ。それくらいの技術力はある」

「それを考えるとわざわざガリアと付き合う意味もないな」

「まったくだ。地球は亜人はいないがだからといって『人間こそが!』という連中はいない。まあ、変にプライドの高い連中はいるようだがな」

「そんなのはどこの国だって一定数いるだろう。国全体がカルトじみた国よりマシだよ」

「そのカルトみたいな国と交渉するわけだがな」

「さっさと終わらせたい……」


 あと十分ほどで休憩が終わることに気づいてガクッと肩を落としたアトラス側の担当者に、同僚は哀れみの視線を向けるのだった。





 アーク歴4020年 10月17日

 ガゼレア共和国 首都 ディスピア

 大統領官邸



「――これがアトラスからの要求なのか?」

「はい」

「よほど我々と関わりたくないというのが文面からでもよくわかるな」

「それだけのことを我が国はしましたから……」

「そうだな……」


 アトラスとの停戦交渉に関する進捗を聞いたガンバーニの表情は暗い。

 クーデターによって一時政権を追われることになったガンバーニ。しかし、クーデター政権は無謀な侵攻によって軍の主力を失い。さらには民間船の大多数が損害を受けた。このことに国民が激怒し、各地で抗議活動が巻きおこり治安部隊との間で衝突が起きるなど、一時内戦状態に陥った。

 結局、再度のクーデターという前代未聞の事件を経て現在の政権は比較的穏健派が仕切っている。そして、ガリアへ実質的に亡命していたガンバーニは穏健派の要請に応じる形で帰国し、暫定大統領という形であるが大統領に復帰した。

 そんな、ガンバーニに待っているのは膨大な量の「後処理」だ。

 その中で最も難しいとされていたのが、アトラスとの停戦交渉である。

 アトラスからの呼びかけに一切応じず。それどころか、再度の軍事侵攻をしようとしたこともあり、交渉の椅子に座ってくれない可能性もあったがアトラス側も厄介事は早々に片付けたいとばかりに交渉の椅子に座ってくれた。

 ただ、アトラスの対応はガンバーニにとってはあまり喜ばしいものではなかった。

 賠償・謝罪を一切不要としたものの、今後一切の外交的接触は行わない。

 一応、貿易面に関しては今後次第と付け加えられているが少なくともアトラスとしてはガゼレアとは完全に距離を置きたかったようだ。

 そんな、アトラスの反応に「自分たちの国は国家としてどうなのか?」とガンバーニは頭を抱えたくなった。


(だが、アトラスと国交を結んだところで碌なことにはならんか……)


 長く人間主義(今もだが)政策をとっているガゼレア。

 エルフの国家と国交を結ぶなど国民が許さないだろう。相次ぐ内戦などで国民は外に目を向ける余裕はないが、落ち着いたときにこのことを知ったら反政府デモを起こすくらいのことはガゼレア国民はする。

 まあ、そうなったのも歴代の政府の政策のせいなのだから仕方がない。


「全面的に受け入れる方向で話を進めてくれ。アトラスとの貿易は誰も考えてもいないだろうからな」


 アトラス以外にもやらなければいけないことは山積みだ。

 むしろ、アトラスとのやり取りが思ったよりも難航しなさそうでよかったと思えるほどに、今のガゼレアの前に横たわっている問題は難解なものばかりになっている。

 まず、壊滅した軍備の再整備だがガンバーニは思い切って国土防衛に必要な最低限の兵員のみを残して海軍や空軍の規模を大きく制限しようと考えていた。予算的に前の水準まで軍備を整えるのは不可能であり、更にいえば周辺に脅威となるような国は存在しない。唯一あるとすればアトラスだが、アトラスがわざわざ人間主義国家に喧嘩を売るわけがないので除外だ。

 次に経済だ。

 転移によってただでさえ落ち込んでいた国内経済は戦争や内乱によってどん底状態になっている。国内の大手企業の業績は過去最悪となっており倒産する企業も後を絶たない。この経済の立て直しは今のガゼレア政府にとっては最も頭の痛い問題だ。早く対策をうたなければ国民の不満は今以上に膨れ上がる。

 一番の解決先は、他国との貿易を活発化させることだが現状相手はガリアしかいない。ガリアは超大国であるがそれだけでガゼレア経済が上向くかといえば難しい。


(トラードめ……より国をひどくしてどうするつもりだったんだ?)


 トラード前大統領は現在拘束されている。

 今も元気に「売国奴め!」と喚いているらしいが誰も相手にしていない。元々人望などほぼなかった男だ。トラードと一緒になっていた連中ですらあっさりとトラードを見捨てていたので、最初からトラードは体の良い生贄として使われただけだった。

 ガンバーニとしてはトラードといっしょになっていた連中もどうにかしたいのだが、そんなことできるほどの力は彼にはないので見て見ぬふりをするしかなかった。ともかくこれ以上国を混乱させない――それがガンバーニが現時点で最優先にしていることだ。

 国内の面倒な勢力も今は大人しい。その間に進められることは進めておきたい。その一つがアトラスと講和することだった。


 このあと行われた閣僚会議においても、アトラス側の主張を全面的に受け入れることをすべての閣僚が同意している。貿易ができないなどのデメリットも存在するが、亜人国家と貿易が行えるとは誰も思っていないのでその部分を問題とする意見すら出てこなかった。

 ただ、貿易相手が実質的にガリアに限られる現状を不安視する声はないわけではない。それでも、アトラスと貿易するという考えはほとんどの者が否定的だ。

「亜人資本に国が乗っ取られるかもしれない」という懸念が閣僚の中でも根強くある。国民に広げれば大半の国民が仮にアトラスと貿易を始めたと聞いたら反発するくらいには「亜人と関わる」ことに強烈な拒否反応が出るのが、ガゼレアを含めた人間主義国家の異常性だった。

 その中で5大国に属するガリアは例外的にマシといえるが、それでも厳しい制限があるのだ。


「実際のところ亜人資本が我々のような勢力と関わるとは思えませんがね」


 そういいながら自嘲気味に笑うのはガリア大使だ。

 ガンバーニが実権を再度握ってからはこうして連日のようにガリア大使がガンバーニのところにやってくる。実は大使とガンバーニは30年来の付き合いがある。ガンバーニがガリアの大学に留学した時の同期――それが大使だった。大学卒業後はガンバーニは政治の世界へ。そして大使はそのまま外交官となり、その後も頻繁に顔をあわせていたことから私生活でも家族同士で交流するなど私生活においては良き友人関係を築いていた。

 ガンバーニがクーデター時脱出できたのも、秘密裏に大使がガリア本国にかけあったのが大きかった。その後、再度クーデターがおきガンバーニが戻ってくこれたあと暫定大統領になったのもやはり背後にガリア――というよりも大使の力が働いていた。

 一見すれば内政干渉としかみえないことだが、ガリアとガゼレアの関係は宗主国とその属国といったものに近いからこそ、できた荒業ともいえる。普通の国ならばまずできないことだ。それだけ、ガゼレアはガリアという大国に依存していた。


「私はこれからのことを考えると頭が痛いよ」


 せっかく隠居出来ると思ったのに、と気の知れた友人相手にボヤくガンバーニ。それに対して彼を表舞台に再度引っ張り込んだ張本人である大使は「まだまだ老け込む歳じゃないでしょ」と笑う。


「この国の大統領なんて貧乏くじもいいところだ。政治的実権はないくせに責任はとらされる」

「どこの国でも同じですよ。我が国の首相閣下だってそんな立場ですし」

「そちらは帝室がある限りなんとかなるだろう……最終的に陛下の一声でひっくり返せるんだから」

「それはそれでリスクが大きいんですよ。まあ、バカな貴族たちが相変わらず裏でコソコソしているようですが」

「――まさか、アトラスに?」

「本格的に攻め込もうと考えているバカは軍部を含めてウチの国にも結構いますからね。特に今回は、戦力を喪失したのはガゼレアだけですし」

「5大国ならば問題はないと考えるか……」

「もちろん陛下たちが影で押し留めていますが、それもいつまでもつかわかりませんね」

「……そうか。何もおきないのを祈るしかないか」

「そうですね。私も同意見ですよ。アトラスとやればウチの国も無傷ではないでしょうからね。実際に、軍事施設を幾つか爆撃されていますし」


 仮にアトラスとガリアの間で戦争が起きた時。

 日本やイギリスなどがアトラス側にたって参戦することになる。

 だが、当然そんなことを二人はもちろんのことガリア政府も知らないし、アトラスとの戦争を画策している勢力も把握していなかった。


 アトラスとガゼレアの間で講和条約が結ばれたのは2週間後だ。

 同時にアトラスとガリアの間で不可侵条約も結ばれた。

 これによって、3月から続いたアトラスと人間主義国家の争いはひとまず終わった。しかし、その後もこの3カ国は積極的な交流をすることはなくアトラスはガリアとガゼレアからの軍事侵攻を警戒し軍備のさらなる増強を進めることになる。

 ガリアもまたアトラスを脅威とみて秘密裏に軍備増強を進めていく。

 一方でガゼレアはその後もしばらく政治が不安定な状況が続き、また停滞する景気を上向かせることもできず、ますますガリアへの依存度を強めていくことになる。

 ガンバーニも半年ほどで暫定大統領の座から退き、その後は政治の世界から身を引いた。再登板の要請が中央からあっても彼は二度と政治の表舞台に舞い戻ることはなかったという。

 そして、ガンバーニからクーデターという形で政権を奪ったトラードは汚職などの罪で収監された。彼は最後まで自らの無罪を訴え、ガンバーニたちを「売国奴」と批判していたが彼の言葉に耳を傾ける者はいなかった。


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