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 正暦2025年 10月10日

 マーゼス大陸南部 ヴィシス王国 ヴィーサス

 ソビエト連邦軍 前線基地



 マーゼス大陸南部にあるヴィシス王国は、3方を山に囲まれた山間の小国だ。人口は100万人ほどであり、周囲に標高2000メートルを超える山々に囲まれていることもあり、建国以来他国からの軍事侵攻を一度も受けたことはなかった。

 しかし、数か月前に突如としてソ連が侵攻。数日で全土が掌握された。

 王家や政府は辛くも山を超える形で隣国経由でマルシア連邦へ亡命。一方で国民の多くは急峻な山岳地帯を超えられる者は少なく、大半は逃げ遅れ未だに国内にいた。

 ソ連とすれば明確に反抗しない限りは苛烈な統治をすることはないが、社会主義国家らしく住民を監視する「目」は明確に増やしており、少しでも反抗的な動きなどを見せた場合は容赦なく取り締まりの対象にしていた。

 平和な生活に慣れていた王国の住民にとってみれば気が休まらない日々がこの数ヶ月の間続いているといえる。ただ、ソ連に協力する者たちもわずかだが存在する。ほとんどは社会主義者であり、これまでマルシアなどから弾圧を受けていた者たちがソ連の侵攻にあわせて表に出てきてソ連側にすすんで協力しているのだ。

 これは、ソ連が占領した各地域にいてソ連は後々そんな社会主義者たちに占領地の統治を任せようとも考えていたりもした。もちろん、そんなことを考えているのはソ連政府であり、現場の軍人たちは「あんな奴ら信用できん!」と喚いていたが。

 さて、ソ連の侵攻はこの一ヶ月ほど止まっていた。

 標高2000メートル。最大でも標高4000メートルに達する急峻な山岳地帯が彼らの前に物理的に立ちふさがっているからだ。そのためソ連はこのヴィシス王国で進軍をやめて、それまで占領した地域の内政掌握をすることにしたのだ。

 大陸南部におけるマルシア軍の動きもそれほど活発的ではない。

 マルシアの主力は山脈の向こう側にあって、そこでソ連が超えてくる可能性に備えていることはドローンなどを使って偵察でわかっている。すでに、ソ連にとって必要としていた不凍港もそして資源地帯も確保しているだけにソ連とすればこれ以上の進軍をする意味はなかった。

 とはいえ、一部の血の気の多い軍人たちは指導部の判断は不満だった。



「師団長――我々はいつまでここにいるのでしょうか?」

「なんだ参謀。飽きたのか?」

「山しか見えないこんな場所に一月もいれば誰だって飽きるでしょう」


 師団長のからかいに若い参謀は顔を顰めながら外を見る。

 ちょうど、執務室の窓から進軍を阻む山が見えた。標高4000メートルを超えるこの地域で最も高い山。現地では「フレン」と呼ばれているこの高山は平和な時代においてはこの国の観光資源の一つでもあった。

 しかし、特に山や自然に興味がない参謀からすれば山を見るたびに自分はとんだ僻地に来たものだ、と憂鬱な気分になるらしい。


「空気が美味くていい場所だろう?」

「空気の味なんてかわりませんよ……」

「都会育ちにゃわからんか。私は地元を思い出すんだがなぁ」

「はやく、モスクワに戻りたいですよ……」

「まあ、あと半年の辛抱だな」

「半年も……」

「もちろん敵の襲撃があれば本国に戻るのは遅れる。まあ、相手はアメリカやNATOではないんだ。問題があるとすれば、本国からはもう追加の部隊派遣がなさそうなことだろうなぁ」

「ユーラシアはそれほど状況が悪いのですか?」

「パキスタンで内戦が起きているらしいな。それに相変わらず中国近辺の動きが不穏らしい。そして、中東は――まあ、いつものとおりだな」

「相変わらずということですか……」

「むしろ、ストッパーがいないからますます困ったことになるかもしれん」

「彼らがストッパーとは思えないのですが……」


 師団長の言葉に再度渋い顔になる参謀。

 彼からすればアメリカやヨーロッパはストッパーどころか問題ごとを引き起こす現況にしか思えない。まあ、欧米からすればソ連にはいわれたくないことだろう。ソ連もまた、あちこちに戦いの火種をばらまいた現況側だ。

 まあ、どちらにせよ中東やインド・パキスタンの問題は国際社会の目が届きにくいことでより激化したのは事実だろう。ソ連がマーゼス大陸に攻め込んでいるのも国際社会の監視がゆるくなったのが大きい理由だった。

 そのことを薄々感じている師団長は内心「どこも似たことを考えるものだ」と苦笑するのだった。




 マーゼス大陸 東方

 マルシア連邦海軍 第1艦隊 第1空母任務部隊

 旗艦・巡洋艦「ソレイル」



 マルシア連邦海軍第1艦隊第1空母任務部隊。

 同国海軍最強の艦隊であり、空母2隻、巡洋艦2隻、駆逐艦10隻とその他補助艦艇によって構成されている。転移前は周辺国の中でも際立った戦力を持ち、実質的に同国とマーゼス大陸をその存在だけで他国の介入から守ってきた守護神であった。

 今回の軍事侵攻において、第1空母任務部隊は母港であるマルシア北部の軍港に待機していた。しかし、戦況が悪化したこともあり軍上層部は制海権を奪取することを目的に第1空母任務部隊を大陸南方へ派遣することを決めた。これは、第1艦隊長官であるスミス中将の強い働きかけによるものだ。スミス中将は軍高官に対して「自分たちが出れば侵略者などすぐに排除できる」と豪語したのだ。

 最初は渋っていた軍上層部であるが、中将の押しが強かったことや地上部隊が敗北を続けており、それに伴う国民感情の悪化を恐れ艦隊の派遣を容認することになった。


 第1空母任務部隊の旗艦は巡洋艦「ソレイル」だ。

 満載排水量1万3000トンに達する「ソレイル」は同国海軍の主力巡洋艦である「ソレイル級」のネームシップであり、主砲に15.5センチ連装砲2基4門。その他、対艦ミサイル3連装発射機を2基。対空ミサイル8連装発射機を1基装備したミサイル巡洋艦だ。

 マルシア海軍はソレイル級を6隻配備しているが第1空母任務部隊にはそのうちの2隻が配備されていた。その他3隻の駆逐艦が防空能力を強化したミサイル駆逐艦で更に3隻は高性能ソナーを装備した対潜駆逐艦。

 そして、艦隊の中枢ともいえる2隻の空母はいずれも80機ほどの艦載機を搭載可能であった。


「やれやれ、この広い海の上で敵艦隊を見つけろとは長官もなかなか酷な注文をするものだ……」

「制海権を握れば地上部隊の作戦にも有利になると考えておられるのでは?」

「どうだろうね。確かに制海権を我々が握れば敵の兵站に大きい打撃を与えることはできる。長期戦になれば地の利がある我々のようが有利になるだろうからね。だが、敵に関する情報が何もかも不足している中で虎の子の第1空母任務部隊を出す状況なのか――と、私は思うよ」


 一見すれば上層部批判ともいえるボヤきを零すのは第1空母任務部隊の指揮官であるオールソン少将だ。まあ、彼がこんなボヤキをするのも仕方がないほどに、ソ連に関する情報がほぼないのだ。一応、ソ連北方艦隊に関しては大型空母など多数を擁している大艦隊であるという情報はあるが、それ以上の情報はマルシア軍情報部も一切掴んでいない。

 本来ならある程度の情報があり、それで相手の弱点などを探るものだが一切ないのでぶっつけ本番でやるしかなく、オールソンにとっては最もやりたくない仕事になっていた。

 それでも、命令は命令なので直接文句をぶつけられない。

 特に、スミス中将はプライドが非常に高いので文句なんていったら確実にやり返される。しかも、かなり陰湿な手段で。だからなるべく不満を表に出さないようにしていたのだが今回ばかりはそれも難しかった。




「敵艦隊いませんねぇ……」

「ボヤいてないでレーダーを見ていろ!」

「見ていても何も反応なんてありゃしませんよ。これ、何度繰り返すんですか?」

「そんなの敵を見つけるまでに決まっているだろ」


 えぇ……と不満げな声を漏らす後席の部下をさくっと無視するパイロット。

 彼らはマルシア海軍第1空母任務部隊の空母「ストーリアス」に配備されている偵察機のパイロットとレーダー員である。

 この偵察機は「Mea-220」という元々は30年前に開発された複座型の艦上攻撃機である。長らく同国海軍の主力攻撃機として運用されていたが、拡張性が高いことや航続距離が長いことから新型攻撃機が導入された後は偵察機として現在まで運用されつづけていた。

 パイロットは元は攻撃隊に所属していたが彼の所属している部隊から「Mea-220」が引退するのに伴って偵察隊に異動している。そして、後部座席でレーダーの監視などをしているのはパイロットよりも15も年下の若手士官だ。パイロットがある意味教育担当の役割を担っているのだが、今どきの若者というべきかいちいち口答えしてくるのが玉に瑕である。

 まあ、それでも仕事はきちんとしているだけ問題はないだろう。


「燃料はまだある。次のポイントへ向かうぞ」

「先輩って本当に真面目ですよね……だから昇進できないんですよ」

「放っておけ。それに俺は別に昇進にこだわっちゃいない」

「ホント、先輩って変わってますね……ん?」

「どうした?」

「レーダーに複数の反応!先輩、あたりかもしれません」

「よし、もっと近づく。方位は?」

「方位150です」


 しばらくして、眼下の海面上に複数の航跡を見つけた。

 パイロットはその正体を確認するために更に高度を下げた。すると、駆逐艦に護衛された数隻の貨物船が見えてきた。その駆逐艦は自国軍やその同盟国が運用しているものではない。


「どうやら当たりだな」

「でも、空母がいませんね」

「それでも敵の輸送船団だ。すぐに『ストーリアス』に連絡をいれろ」

「了解」




 ソビエト連邦海軍 北方艦隊

 ミサイル駆逐艦「アドミラル・グロモフ」



 ソ連海軍北方艦隊に所属するミサイル駆逐艦「アドミラル・グロモフ」は3隻のフリゲート艦と共に軍事用品を輸送する貨物船の護衛にあたっていた。

 この海域の制海権はソ連が握っているが、一応は戦時ということで両大陸を行き来する貨物船には必ず海軍や沿岸警備隊による護衛がついていた。



 アドミラル・グロモフはソ連が近年配備を続けている新型ミサイル駆逐艦の一隻であり、その性能は西側諸国のイージス艦やそれに相当する防空艦に匹敵する。西側メディアからは「ソ連イージス」とも評されているがソ連側は「イージスよりも優れている部分が多い」と豪語していた。

 満載排水量1万トンと駆逐艦としてはかなりの大型艦であり、大型の艦橋には4つのフェイズドアレイレーダーをもち、ステルス性を意識した外観は概ねアメリカのフレッチャー級などに似ている。実際に、設計面はアメリカや日本に潜入させた技術スパイが持ち込んだものを流用したものが使われている。ただ、電子部品や武器システムの大半はソ連独自のものだ。

 その仮想敵は日米欧からのミサイル飽和攻撃を想定し同時複数の対空目標を脅威度別に追尾・攻撃することが可能だ。更に、多数の対艦ミサイルや巡航ミサイルを搭載しておりその内の一部は極超音速ミサイルだ。

 ソ連海軍はこの新型ミサイル駆逐艦を30隻建造し、北方艦隊と太平洋艦隊の空母機動艦隊に集中配備する計画で、現時点では3隻ずつが北方艦隊と太平洋艦隊に配備されていた。


『CICです。レーダーに不審機を確認しました』

「数は?」

『1機のみです。本艦隊の北西方向から高度3000から近づいています。距離はおおよそ30』

「了解した。すぐにそちらへ向かう」


 艦橋にいた艦長はCICからの報告を聞いてすぐにCICへ向かった。


「それで、状況は?」

「現在も本艦隊に向かって近づいています。数は相変わらず1機ですね」

「ということは敵の偵察機か……最近になって敵艦隊の動きが活発化しているという情報があったがとうとうここまで来たか」


 報告に腕を組みながら渋い顔をする艦長。

 今回輸送しているものは軍にとってはかなり重要なものなので、無傷で送り届けなければならない。積荷の詳細は知らないが出港前に普段はめったに顔を見せることのない海軍の幹部に「くれぐれも厳重に護衛しろ」と面と向かって言われるくらいなので相当に貴重な軍需品なのだろう。


「ここは陸地から離れているし、不明機は恐らく空母艦載機だろう。だとすれば付近に敵空母がいるかもしれない……さすがにこの戦力で、機動艦隊とぶつかるのは厳しいな」


 武器もそこまで大規模戦闘を想定していない。

 同規模の艦隊と対峙する程度ならば問題はないが、それより規模の大きい――それこそ機動艦隊クラスだと対艦ミサイルの数が心もとない。これは僚艦も同じだ。対空ミサイルと対潜兵装に関しては多く搭載しているが、やはり数で攻め込まれると手数の面で難しい。

 そして、相手は完全に未知な相手だ。

 一応、マルシアと違ってソ連の情報部はマルシア海軍の戦力に関する情報はある程度集めていた。その結果、大型空母を5隻保有しその他多数の戦闘艦艇を持つかなり規模が大きい海軍であることがわかっている。

 さすがに新型のミサイル駆逐艦やフリゲート艦で固めた艦隊でも、複数の空母を相手にするのは分が悪い。それでいて艦艇からもミサイル攻撃を受けたら防ぐのも一苦労だ。

 無駄な争いは避けたほうが無難である――艦長はそう判断した。

 艦長は、護衛艦隊の司令官でもありこのことはすぐに僚艦にも伝えられ徹底された。

 その後、偵察機は10分ほどでレーダーから姿を消した。

 結局、極端に近づいてくるということはせず、またその後レーダーに映ってくることはなかった。偵察機の出現があったことから艦隊はその後、ダウォンポートに到着するまで監視に気を抜くことはしなかった。


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