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 正暦2025年 10月6日

 日本皇国 東京市千代田区

 総理官邸



「皇国の解放者」による一連のテロ事件が解決して一週間がたった。

 事件の捜査は現在も急ピッチで進められているが、逮捕された荒木や幹部たちは口を揃えて「転移したのだから日本は変革すべきなのだ」という政治的な主張を繰り返しているという。

 このことは連日のようにマスコミに取り上げられており、被害者はもちろんのこと一般世論からの犯人に対しての怒りが増大していた。一部マスコミは「こうなった原因は政府にある」と見当違いな批判をしており、これまた世論の顰蹙をかっていたが、それを抜きにして今の政府は後処理に頭を抱えている状態だった。


「早速、メディアは過激思想の政治団体に対して規制すべきだ――という言葉を出しているようですね」

「右翼にせよ左翼にせよ過激な思想を持つ政治団体をどこまで規制できるか、というのが今後の課題ですね。民主主義国家の我が国の場合、下手に制限をかけるとそれだけで『言論の自由の侵害』などと騒がれますし」


 首相の下岡と官房長官の菅川は揃ってため息を吐いた。

 今回の件で真っ先に出てくるのは「過激な思想を持つ団体の規制」であるが、これはこれで難しい話だ。どの時点で「過激」なのかは捉え方によって異なるし「表現の自由」を前面に出されたら厳格に取り締まることができない。これが北中国やソ連ならば「国家に重大な影響を与える」などといって規制することはできるだろう。国際社会から文句が出ても、この二国ならば「国を守るため」といって黙殺する。

 だが、日本を始めとした民主主義・自由主義国家はそんなことはできないのである。今回もまた、これだけのテロがおきたが政府としてやれることは「皇民党」という政治団体の認定を取り消しすることくらいだろう。どちらにせよ団体にも「国家転覆罪」の疑いで捜査が続けられており、このままいけば団体としての認定取り消しという決定が下るはずである。


「まあ、幸いなのは野党が今回の件でかなり協力的なので踏み込んだ対策はできそうな部分ですが」

「野党にとっても二度も三度も狙われたくはないでしょうからね…」

「普段からもう少し協力的だと嬉しいんですがねぇ」

「彼らも支持者のことがありますから、あまり馴れ合うのはできないってことでしょうね。ただ、進歩党の新代表が河原崎さんだったのはよかったですよ。あそこで、急進派が実権を握っていたら面倒でしたし」


 進歩党の新代表は元代表である河原崎という衆議院議員になった。

 本人は二度目をやるつもりはなかったらしいが、テロなどの影響もあり党を立て直せる人物を求める声が大きく河原崎議員は人心掌握に秀でていることから請われる形で出馬。鬼塚前代表のグループや中立派などの支持を受けて代表に当選した。早速、下岡とも昨日会談しており、政府に対して「協力するところは協力する」と発言していた。

 ちなみに、下岡たち政府首脳は毎日のように記者陣に囲まれ今後の対応などに関して質問攻めされている状況である。


「――しかし、あそこまで極右勢力が武装を整えていたとは…」

「公安の担当者も驚いていたようです。表立った動きはほとんど見せていませんでしたから」

「どちらかといえば我々にかなり敵対的な新左翼系が警戒されていましたからね。軍の思想調査などで極右勢力はだいぶ大人しくなったと思っていたのですが…」

「アメリカを未だに敵視する意見は多いですからね。特に昨今のメディア報道では我が国が様々な面でアメリカに譲歩しているように見える――彼らからすれば我々は永遠に打倒対象だったのでしょう」


 実際はアメリカも日本が反米にならないように気を遣っている――というのが正確なのだ。アメリカにせよ日本にせよ、双方の力がなければソ連や中国に対抗できない。だからこそ、両国共にそれぞれの国民感情を気にしているのだ。幸いなことに戦争から90年たった現在においてそれぞれに対しての国民感情は悪くはない。これは、長年同盟関係にあり両国間の交流が非常に活発になっているのも大きい。それでも、両国には少数ながら双方を敵視する思想はなくなっていない。

 今回、日本で反米思想をもった組織がテロを起こしたことでアメリカでも反日思想をもった勢力が大使館や日系企業などを標的にしたテロを起こす可能性はある。アメリカ政府はテロがおきることで両国関係が悪化することをひどく恐れているため、これらの日系事務所などの警備を強化する方針を打ち出していた。

 日本も、類似する勢力がアメリカ大使館などを襲撃しないように保安隊などの人員を増強していた。どうやら「皇国の解放者」はアメリカ大使館へのテロも計画していたらしく、もし実際に起っていたら日米関係に大きな影響を与える可能性があっただけに外務省や内務省関係者は事が起こる前に対処することができて良かった、と安堵していた。

 とはいえ、日本の場合「反米」を掲げるのは何も右翼だけではない。

 半世紀前に暴れまわり右翼よりも警戒対象にされていた新左翼もまた「反米」なのだ。新左翼の活動家が海外でアメリカ政府要人を襲撃したことも1970年代にはあり、それによって日米関係は少しギクシャクしたこともあっただけに、新左翼への監視の目はいつも以上に厳しくなっていた。

 今後は、その監視をより厳しくしていくことも考えなければいいけない、と菅川は思っていたし、下岡も同じ考えだった。ただ、今まではこれを国会に持っていけば新左翼を支持層にしている野党の一部から強い反発や抵抗を受けてきた。今回、野党は珍しく協力的であるが自分たちの支持母体の一部もその対象になると知ればかつてと同じように抵抗してくるだろう。


(――この辺りは安藤さんに丸投げしようか…)


 下岡は保守党の国会対策委員長を務める安藤に丸投げすることにした。

 各党との調整などは国対委員長の仕事だ。

 安藤委員長は、各党に幅広い人脈を持ちこれまで過去に3回ほど国対委員長をしている、国会対策のプロといってもいい人物でこれまで様々な話し合いを野党側と行い妥協点を見つけてきた。野党側も安藤のことは一目置いているようで、どんなに揉めている案件でも安藤が関わるとすぐ――とはいわないが概ねいい方向に話がまとまる。

 本人はさっさと引退したいとぼやいているのだが、異世界転移という異常事態もあって引き続き国対委員長に留まってもらっていたが、今回の件でますます引退したいとボヤきそうだ。


 東京市 千代田区

 警察庁 公安局



「荒木三郎は相変わらず黙秘を貫いているようです」

「荒木が単独で決めたことなのか、それともそうするように誰かに誘導されたのか――それは未だにわからずじまいか」

「他の関係者は口を揃えて『荒木が主導した』と発言しているようですが……」

「正直、荒木がこれほど大きなことを企むとは思えないな」


 皇民党は長く、公安警察の監視対象となっており代表である荒木三郎に関する情報も公安は豊富に持っていた。荒木は確かに過激な国家主義思想の持ち主ではあったが、今回のようなテロを実行できるほどの力はないというのがこれまでの公安の一致した見解であったし、彼の行動を逐次監視していた上での判断だった。

 誰かが荒木に何らかの助言をしない限り、これほど計画的なテロ計画をたてられるとは思えない。また「皇国の解放者」にこれほど多くの元軍人が加わっていたのも公安とすれば想定外のことだった。荒木は軍人とはそれほど深い繋がりはなかったからだ。

 誰かが、荒木と元軍人をつなげた可能性があるが、誰が仲介したのかがわからなかった。荒木はもちろんのこと元軍人たちも口を割らない――というよりも、元軍人たちはそもそも仲介者の存在を知らないらしく、そのことを取り調べで聞いても口を揃えて「自分たちは知らない」と答えたのだ。

 そのため、荒木が口を割らない限りはその仲介者の存在は明らかにならないのだ。実行役ともいえる荒木たちを捕まえても本当の意味での黒幕にたどり着けていない――これが警察庁公安局の見解であり、内閣情報局経由で政府にも共有された情報である。


「さて、荒木は一体誰に唆されたのか……」

「他の国家主義者たちと考えるのが自然だが……」

「どうだろうな。社会主義者が政府と国家主義者を潰すために一芝居うったことも考えられる……」


 極右と極左。

 両極にある思想だが、案外その親和性は高い。極端な左派思想をもった者がひょんなことをきっかけに極右思想に転向するなんてことも割とそちらの界隈ではあることだ。もちろん、当人たちは自分たちが極端な政治思想を持っているとは思っていない。どちらも共通して「自分たちの考えていることが国を救う」と本気で信じ切っている。一種の宗教なようなものだ。

 だからこそ、彼らは今のこの国の現状が許せないという。

 まあ、どちらにせよ彼らの理想な国になった場合。間違いなく日本という国は国際社会から孤立するだろう。それは、多くのものを各国からの輸入に頼っている日本からすれば死活問題になる。

 彼らが敵意を滾らせている相手の政治家にせよ官僚は、自分たちの力をもって仕事にあたっている。外から見ればそれが海外に媚を売るように見えるし、悪法を制定しているように見えるだろう。だが、官僚や政治家が見ている先は「国の安定」である。


「あいつらは仲が悪いのかいいのかよくわからんな……」

「両極端なだけで目指している方向は一緒だ。実現したら、この国は死ぬだろうがな」


 それを喜ぶのは今はもういない近隣の2カ国くらいだ。

 まあ、だからこそこの2カ国は色々とこういった勢力に肩入れしていたのだ。台湾の独立運動もそうであった。





「彼はもう少し楽しませてくれると思ったんだけれどなぁ」


 駅前の街頭ビジョンで流されているニュースを見ていたスーツ姿の中年男性がボソッと独り言のように呟いた。

 その男性の特徴は一言で言い表せれば「どこにでもいそうなサラリーマン」といった風貌をしている。つまり、ほとんど特徴らしい特徴はなかった。スーツにビジネスバックを持つ様子はこれから商談へ向かう営業マンそのものにしかみえなかった。


「まあでも、この国に少しの動揺を与えることはできたか。本当なら指導者の一人か二人、始末できればより良かったのだけれども……まあ、他のところは順調に言っているから問題はないだろう」


 ぶつぶつと独り言を呟く男。

 その言葉は非常に不穏なものだが、幸いなのかあいにくなのか道行き人々の耳に彼のつぶやきは届いていない。仮に届いていたとしても気にもとめないかもしれない。それだけ、この男は印象に残りづらかった。


「この世界は本当に色々と楽しめそうだ。まさか、複数世界を一纏めにするなんて。神の実験台にされる哀れな世界――うん、実にいいね」


 ニヤリと口の端を吊り上げる男。

 それはまるで、玩具を前にした子供のようにも見えたがその雰囲気はかなり邪悪であった。


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