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ベルカ帝国海軍 第3艦隊
旗艦「ラスター」
「くそ!奇襲攻撃など小癪な真似をしおって!」
ベルカ海軍第3艦隊の旗艦であるミサイル巡洋艦「ラスター」
その艦橋で憤怒の表情を浮かべるのは艦隊司令官のフリードマン少将だ。
ベルカ第3艦隊は主にユーロニア南部を管轄する艦隊であり、空母は配備されていないが2隻の巡洋艦と5隻の駆逐艦によって構成されている。同国海軍の中では第1、第2艦隊に次ぐ規模であるが配備されている艦艇はいずれも就役から25年から40年ほどたった旧式艦ばかりだ。
「どこかに攻撃をしかけた艦隊がいるはずだ!必ず見つけて帝国国土を攻撃した報いを受けさせてやる!」
直情的な性格をし更にプライドの高いフリードマンは今回の奇襲攻撃でその感情を爆発させ、周囲にこのように当たり散らしていた。プライドの高い彼は元々は第1艦隊で参謀長をしていたのだが昇進に伴って第3艦隊の司令官になった。普通ならば昇進に伴って指揮官職になったと考えるが、彼は自分が左遷されたのだと考えた。なんとか結果を出して中央に舞い戻ってやる、と常に考えて過ごしていたわけだが、今回の件はフリードマンにとっては中央に舞い戻るチャンスでもあった。
基地が攻撃されたことに対して純粋に怒っているが同時に、ここで敵艦隊を叩けば自分は中央に行けるのではとも考えているので、是が非でも連合軍の艦隊を見つけ出す必要があったのだった。
しかし、彼らはこのあとすぐに連合軍潜水艦部隊の襲撃を受けることになる。
アメリカ海軍 原子力潜水艦「ノーチラス」
「ベルカ艦隊出てきました。巡洋艦2、駆逐艦5――情報通りです」
スラッセンの沖合には連合軍の潜水艦部隊が展開していた。
アメリカ・フランス・イギリス・日本・ドイツなどから派遣された潜水艦によって構成されたこの艦隊は、スラッセンから出てくるベルカ艦隊の撃滅を当初の目標としていた。
ちなみに、スラッセンの海軍基地を攻撃した巡航ミサイルを放ったのは日米の原潜からである。日米の原潜は巡航ミサイルを搭載しているので艦隊撃滅ついでに巡航ミサイルをスラッセンに向けて放っていた。
一応、このことはフランス側も認めてのことだがその時フランス海軍代表の表情は苦虫を噛み潰したようなものだったという。ただ、手数という部分ではどうしてもアメリカなど他地域の国の力を借りるしかなかった。
「潜水艦への警戒をほとんどしていないとは…連中の世界は潜水艦はあまり脅威と思われてないのかね。副長」
「単なる油断でしょう。こんなところに我々が来るわけがないという」
「だとすればずいぶんと嘗められたものだな」
気分が悪いとばかりに鼻を鳴らす「ノーチラス」艦長の中佐。
「蛮族相手ならば核をさっさと撃ったほうがいいだろうに」
「それではヨーロッパ各国から大きな反発を受けますよ」
「攻められているというのに呑気なことだな」
「後々のことを考えるとあまり派手な反撃は推奨されませんよ…」
非常に過激なことを口走る艦長を慌てて諌める副長。
実はアメリカ国内には彼のように「フィデスやベルカにさっさと核攻撃したほうがいい」という過激意見が最近になって多く出てくるようになった。なぜ、そんな声が出てくるのかといえば、この2つの戦争による多額の費用が一部で問題となっているからだ。戦争をさっさと終わらせればその費用はこれ以上かからない――などという意見が一部では本気で信じられているのだ。もちろん、世の中そんな簡単に話が行くわけがないのだが、いつ終わるかわからない戦争にアメリカ国民は嫌になっていた。
「まあいい…水雷長。魚雷発射準備だ」
艦長はやはり面白くなさそうだが事前の計画を無視するつもりはないらしく、攻撃準備を各所へ指示する。ノーチラスには6基の魚雷発射管と12基のVLSがある。6基の魚雷発射管には長魚雷や対艦ミサイルが搭載可能で、12基のVLSにはトマホークが32本搭載されていた。このうち半数はすでに海軍基地攻撃に使われていた。
『艦長。魚雷装填終わりました』
「副長。他の艦は?」
「全艦。攻撃準備整ったとのことです」
「わかった――魚雷一斉射。目標敵艦隊!」
各国の潜水艦から一斉に魚雷が発射された。
「まだ、敵艦隊は発見できんのか!」
「現在、偵察機を飛ばしていますので、間もなくわかるかと…」
「まったく空軍の奴らも腑抜けたものだな!」
まさか潜水艦に待ち伏せされているとは思っていないフリードマンは部下にさっさと敵艦隊を見つけ出せと怒鳴っていた。艦隊探索には空軍の哨戒機があたっているが、まだ哨戒機から情報は入って来ていない。早くしなければ敵艦隊が逃げてしまうと焦っているフリードマンにとってはもどかしい時間が続く。
しかし、それもすぐに終わりを迎える。
「駆逐艦『エンガー』轟沈!」
「なに?どういうことだ!」
「し、詳細不明!突然爆発しました!」
「軍艦が突然爆発するわけがないだろう!機雷かもしれん。見張りは何を見ていた!」
「機雷らしきものは発見できていません!ソナーにも反応なし!」
この時点でソナーにも反応がないことから潜水艦の存在にほとんどの者が気づかなかった。唯一、艦長だけは潜水艦に寄る待ち伏せの可能性を考えたがそのことをフリードマンに伝えればまた怒鳴られるだけだと思い口をつぐむ。仮にここで潜水艦の可能性をフリードマンに伝えたところで第3艦隊の運命は変わらなかっただろう。
なにせ、すでに彼らにとっての破滅の槍が放たれているのだから。
この間にも、艦隊には魚雷が殺到していた。
そして、フリードマンが乗る旗艦にも最期がやってきた。
「な、何だ!」
艦全体が大きく揺れフリードマンはよろめく。
彼が知りたい答えはすぐに伝えられた。彼にとって見れば最悪な報告だが。
「ぎ、魚雷が艦尾に命中!被害甚大!」
「魚雷だと!?くそっ!潜水艦か!!」
ようやくフリードマンは自分たちが潜水艦による待ち伏せを受けていたことに気づく。だが、気づいたときにはもう遅かった。魚雷の命中によって艦尾にあいた穴からものすごい勢いで海水が艦内に流入していたのだ。更に、もう一発の魚雷が左舷側に直撃し爆発した。この時の爆発で艦内の弾薬庫に火が燃え移り、5分もしない内に巡洋艦「ラスター」は爆沈した。
艦内で反撃しろ!と叫んでいた司令官のフリードマン以下、乗員の大半は爆発によって海に投げ出されそのまま海の底へと沈んだ。この中を生存できたのはわずか数人ほどであった。
連合軍 第2空母任務群
原子力空母「フォッシュ」
「提督。潜水艦隊が敵艦隊を見事に壊滅させたとのことです」
「そうか――これで、この海域の脅威はほぼ取り除かれたな」
艦隊司令のヴィヨン少将は口ではそういいながらも表情は不満げだった。
潜水艦隊の中核はアメリカ海軍だ。基地攻撃にせよ艦隊攻撃にせよ結局アメリカ軍の力を借りることになったのが彼にとっては面白くないのだろう。ただ、ベルカ海軍のフリードマンと違ってそのことで周囲に当たり散らすなどという真似はしない。不満は不満だが現時点では仕方がない、と彼も頭の中では理解しているということだ。
「それで提督。我々の次の任務は?」
「ギリシャ奪還作戦が近いから恐らくその支援だろうな」
「ギリシャ奪還…いよいよですか」
「上は今年中になんとかギリシャを奪還したいと考えているみたいだな。ギリシャさえ奪還すれば当初の目標は完遂だからな」
という、ヴィヨンだがやはりその表情は不満げだ。
仮にギリシャ奪還で戦争を終わらせるならば、突然攻め込んでくるならず者国家の動向をずっと気にする必要がある。それならば、いっそのことならず者国家事態を崩壊させたほうがいいのでは?と彼自身は思っていた。
まあ、政治の世界では多額の戦費に頭を抱えておりこれ以上金がかかったら国内経済に影響が出て国民の不満が表面化することを政治家たちは恐れていた。現代の戦争というのは昔以上に金がかかる。ヨーロッパ各国は今回の件で予備役の大規模動員もかけているので経済的負担はいつもの中東やアフリカの紛争とは桁が違うのだ。
すでに、中小の国はこれ以上の経済負担は無理だと欧州連合に経済的支援を求めていた。これ以上長引けば他の国でも同様の事が起きるだろう。特に財政面が不安なイタリアやスペインに飛び火すれば欧州経済はより混迷する。
ただでさえ、これからベルカに占領された地域の復興に多額の予算が必要とされているのに――ということで、政治分野ではこの戦争をさっさと終わらせたかった。だからこそ、外交交渉できないか、と何度も打診しているのだがベルカ側からの反応は一切なかった。
「それにしても…敵はいつまで戦いを続けるつもりなんだろうな。装備の差は歴然だ。それでも突っ込んでくるなんて普通じゃありえん」
普通の神経をしていたらこんな戦争はできんぞ、と付け加えるヴィヨン。
海の戦いは陸に比べると静かだ。ベルカは一度、機動艦隊を動かしたが連合軍によって空母数隻を失い。その後の活動は地上に比べると消極的だ。メインで動いているのは潜水艦で、こちらも連合軍の潜水艦隊と哨戒機部隊によって被害が増えており最近は地中海での活動は低調気味だ。
なので連合軍上層部はベルカ地上部隊の幹部を「無能」と評していた。
もっとも、そのベルカ軍は陸軍長官など幹部たちの人事が刷新されたので今後は違った動きを見せるだろう。その時、連合軍の幹部たちはベルカ軍をどのように評価するだろうか。
今はまだ誰にもわからないことだ。
帝国暦220年 9月27日
ベルカ帝国 アンベルク
アンベルク城
ベルカ帝国の絶対君主である皇帝の居城であるアンベルク城は、600年前に建造された古城だ。地球におけるヨーロッパと同じくユーロニア大陸には古い建造物が多く残され、現役で使われているがアンベルク城もそのうちの一つであった。
現在でも、この城には絶対君主である皇帝・ヴィンヘルムや皇族が生活しており彼らの生活を支えるための使用人たちが住み込みで働いていた。若き皇帝であるヴィンヘルムは未だに未婚だ。貴族制度が残るベルカにおいて皇族に嫁ぐことができるのは貴族階級のみだ。そして、ヴィンヘルムの婚約者候補というのも当然ながら高位貴族を中心に選抜されていた。しかし、ヴィンヘルムはその婚約者候補に一切の興味を示さなかった。
権力欲に取り憑かれた貴族令嬢を迎えるつもりは彼になかったのだ。
だからといって平民を取り立てる気もない。若いといってもすでにヴィンヘルムは30になろうとしていた。もちろん、彼が未だに未婚なのを問題とする者もおおいが皇帝が絶対的な権限を持つこの国において、彼に直接物を言える者はほぼいなかった。
「あわよくば国を裏から操ろうと考えている奴を国の中枢に入れられるわけがないだろうに…」
今日もまた、いつの間にか城内に紛れ込んでいた貴族令嬢たちのアプローチにげんなりとしながらヴィンヘルムは城の中で唯一、落ち着ける私室でコーヒータイムを楽しんでいた。
普段は一切、感情を見せないヴィンヘルムもプライベート空間では多少は表情が変わる。といっても、一般的な人間に比べると感情面の変化は乏しいがこれは「皇族」という立場ゆえのことだ。
皇族というのは周囲が思っている以上に良い立場ではない。
ヴィンヘルムは幼少期から「皇帝」になるための厳しい教育を受け続けた。家族の交流だってこの時期は一切ない。唯一、食事のときに両親などと顔をあわせるが言葉を交わすことなんてほとんどなかった。父は一切こちらに注意を向けることはなかったし、典型的な貴族の令嬢であった母は「貴方は皇帝になるのよ」という言葉を繰り返した。
政略結婚だった両親に愛はなかった。
ただ、帝室の血をつなぐための契約だという。だが、女性側は「自分の子供が皇帝になる」ことを何よりも重要視していた。というのも、母は父の側室という立場だったのだ。
だから、ヴィンヘルムが皇太子になった時、母は歓喜した。
まあ、それからヴィンヘルムに対しての干渉が増したわけだが。
ヴィンヘルムはすでに「家族」というものに興味がなく、母だった者からの干渉もはっきりいって煩わしいものだった。さらに、皇帝の椅子に座っていた父親はどんどん無能になっていき最終的には生に執着したままその一生を終える。残された帝国は汚職が蔓延り、いつ反乱が起きてもおかしくない状況だった。
皇太子だったヴィンヘルムはそのまま皇帝となったが、彼は父以上に皇帝らしい器をもっていた。ルドルフなどの側近にも恵まれようやくある程度国をまとめることができた。
しかし、それもこの一年あまりまた上手くいかなくなった。
理由は、ヨーロッパ諸国との戦争である。軍部による暴走と一部貴族の欲によって始まった戦争は多くの貴族も軍人も――そして皇帝自身も支配地域が広がるだけのものだと思っていた。皇帝はこれ以上領土を広げるつもりはなかったが、軍部の暴走を抑えるには実際に戦争をしたほうが確かなので見て見ぬふりをしていたほどだ。しかし、対峙したヨーロッパ諸国は彼らの想定以上の戦力を有していた。
当初は、その圧倒的な物量で半島の南半分を占領したがそれから進軍はできなかった。そして、連合軍の反撃によってベルカ軍の地上部隊は常に劣勢な状態になっている。
「この戦争でベルカは大きく変わるだろう――まあ、帝国は私の代で終わるだろうがな」
ヴィンヘルムにとって帝国の将来は別にどうだっていい。
絶対君主制といいながらその裏で強欲な貴族たちが好き放題しているのを放置しているのも、それで国が傾いたところで彼にとってどうでもいいからだ。今回の戦争で長引くならばそれでいいとヴィンヘルムは口の端を上げる。
ちなみに、ヨーロッパ側が外交交渉しようとしていることをヴィルヘルムは知らない。ベルカ外務省がそのことを隠蔽しているからだ。だが、仮にそのことをヴィンヘルムが知っていたとしてもこのときは特に行動を起こすことはないだろう。彼の目的が成就するためならば自国がどのような損害を受けても彼は気にしない。
祖国の衰退を望む皇帝からすれば、それこそが望んでいることだから。