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正暦2025年 9月25日
ユーロニア大陸 スラーレン半島沖
フランス海軍 原子力空母「リシュリュー」
フランス・スペイン・イタリア海軍の艦艇によって構成された連合軍第2空母任務群は、ユーロニア大陸南西部にあるベルカ海軍の港湾都市を攻撃するためにアフリカ大陸が消えたことで広大化した地中海を南下していた。
艦艇を派遣している3カ国はいずれも空母保有国であり、第2空母任務群は3隻の空母を中核にし、それ以外に護衛の戦闘艦艇12隻と潜水艦5隻。補給艦4隻によって構成された多国籍の機動艦隊だ。
日本海軍の参加などによって一気に規模が大きくなった連合軍の海軍部隊。
それによって、作戦も拡大することが各国の代表者たちの会談によって決定され、連合軍の艦隊は大きく分けて3つの艦隊にまとめられることになった。
主に、アメリカと朝鮮やブラジルの艦艇によって構成された第1空母任務群。
ヨーロッパ諸国の艦艇によって構成された第2空母任務群。
日本などアジア・太平洋諸国とアルゼンチン海軍によって構成された第3空母任務群。
第2空母任務群はその中で一番規模が小さい艦隊だ。
第2空母任務群の旗艦を務めるのはフランス海軍の原子力空母「フォッシュ」だ。
「フォッシュ」は「リシュリュー級原子力空母」の2番艦として1996年に就役した。就役以来一貫してフランス海軍地中海艦隊に所属し、母港はトゥーロンである。
満載排水量6万トンと空母としては中型空母に分類され、超大型艦が多い原子力空母の中では例外的にかなり小さい。それでも、フランス海軍が保有数艦艇の中では最も大きいのは変わらない。艦載機の最大搭載数は約50機ほど。艦載機はラサールMを32機。そしてE-2D早期警戒機を4機。その他ヘリコプターを6機搭載し、42機あまりの艦載機を今回は搭載している。
ラファールMはフランスが開発したマルチロール機であり、フランス空軍及び海軍の現時点での主力機だ。海外輸出に積極的であり、主に他のヨーロッパ諸国や中東などで導入が進められており、同時期に開発されたイギリスのタイフーンと比べて導入国は多いが、それでもアメリカの戦闘機に比べれば配備数は少なかった。
「今回の目的地は――この半島の付け根にある海軍基地だ。付近の基地に比べてもひときわ規模が大きいこの基地には衛星写真で見る通り、多くの艦艇が停泊しているのがわかる。空母は確認出来ないが少なくとも巡洋艦クラスの主力艦が数隻確認できるし、大規模な造船設備もある。恐らくここがベルカ南部における海軍の中心なのだろう。今後、ベルカ全土を攻撃する上ではこのような基地を放置しておくと後々面倒なので、今回はここを徹底的に叩く。我々だけでな」
「フォッシュ」のブリーフィングルームには作戦に参加する、フランス、イタリア、スペイン海軍のパイロットたちが集結していた。その前で、プロジェクターを用いながら作戦内容を説明しているのが第2空母任務群の作戦参謀を務めるフランス海軍のギャバン大佐。少し離れたところで腕を組みながら険しい表情をしているのが第2空母任務群の指揮官であり、フランス海軍地中海艦隊の司令官でもあるヴィヨン少将だ。
今回の作戦はこの第2空母任務群のみで行う作戦だ。
アメリカや日本の力を借りない作戦ということもあり、幹部たちのこの作戦にかける思いは人一倍強く。それは、実際に作戦を行うパイロットたちも感じている。
この戦争の実質的な指導者はアメリカだ。
これは、各国が一応同意した上で決まっていることだが、それでもアメリカにあれこれ指示されるのはフランスにとってはあまりおもしろいことではない。
ここで、ヨーロッパ諸国のみで結果を出すことで少しでも発言力をあげたい――そういった思惑を上層部は持っていた。多くのパイロットたちはアメリカ抜きの作戦に携われることに士気をあげているようだが、中にはそんな上層部に冷めた視線を向ける者もいる。
フランス海軍屈指の技量を持つとされている、ヘクター・セール大尉もその一人だった。眼の前ではこの作戦が成功すれば連合軍の作戦もやりやすくなるなど「もっともらしい」話をしている。確かに、海での脅威を減らせば海上活動はやりやすいだろう。
だが、その本質はアメリカや日本に対抗して立案されたものだ。
それを知っているだけに、セールはこの命令に素直に従っていいものか、と思ってしまう。まあ、軍人なので命令を出されれば確実にやらなければいけないし。確かに脅威といえば脅威なのだ。目標は潜水艦の拠点でもあり、実際にヨーロッパ側の地中海にはベルカの潜水艦はよく出没している。
基地の一つは、アメリカと日本が潰したがベルカにはまだまだ拠点がある。
今回の目標もその拠点の一つなので潰したところで文句は出ないだろう。
(だが、上の見栄のために立案された作戦というのが気に入らんな)
そんなボヤキを心のなかでしてしまうセール。
いがみ合っているとまではいかないが、上の見栄で現場を振り回すのはやめてほしい――それが、セールの素直な感想であった。
帝国暦220年 9月25日
ベルカ帝国 スラーレン州 スラッセン
ベルカ海軍 スラッセン基地
スラーレン州は、ユーロニア大陸南方に位置するスラーレン半島全域を州域としている州だ。元々は「スラーレン共和国」という独立した国であったが、80年前にベルカ帝国による侵略を受け現在は同帝国の一部となっている。
半島東部の付け根にあるのが南部最大の港湾都市「スラッセン」だ。
人口は約50万人で、スラーレンが独立国だった時代から港湾都市として栄え、同国の工業の中心であり同国最大の海軍基地が置かれていた。ベルカに併合されてからは同国南部最大の港湾都市という位置づけがなされ、海軍第3艦隊の司令部も置かれている。
スラッセン海軍基地には造船所なども置かれており、同国海軍が運用する汎用戦闘艦の大半はこのスラッセン造船所が建造を担当していた。スラッセンを含むスラーレン半島は、帝国の支配を全面的に受け入れている地域だ。独立国だった時代よりも生活の質などが向上しているのだが最大の理由であり、住民の帝国への帰属意識も他地域に比べると非常に高かった。
「ふぁ…」
「ずいぶんと眠そうだな?」
「ほとんど寝てなくてな…」
「なんだ?娼館にでもいってたのか」
「いや。昨日はデートだったんだよ」
「それで朝まで――か。羨ましいねぇ。俺も出会いがほしいよ」
「お前は普段の振る舞いさえちゃんとすればいいんだけどなぁ」
「…どういう意味だよ」
「軽薄すぎて付き合うのはちょっと…という感覚らしいぞ」
「まじかよ!?」
勤務時間中ながらも軽口をたたきあう若い兵士たち。
彼らは地元出身の徴集兵だ。やる気が感じられないように見えるのはそれだけの脅威がこの周辺に存在しないからだ。
前線の情報はあまり入ってこないが「帝国軍が負けるわけがないだろう」という思い込みから彼らはあまり前線のことも気にしていなかった。彼らからすれば前線のバルカン半島は「突然ユーロニアと繋がったよくわからない陸地」という認識でしかなかった。
だからこそ、話は偶然休暇だった昨日の出来事が中心だ。
「今回の戦争、勝つと思うか?」
「むしろ負ける要素があるか?」
「まあ、普通に考えればないよな」
「このベルカに敵う国なんてこの世界には存在しないさ。それこそ、異星人でも来ない限りはな」
などといって笑う兵士。
実際のところ現在、ベルカが対峙している相手はある意味で異星人のような存在なのだが情報がない彼らからみれば「起きるはずがない」出来事を指す言葉だ。
そして、この二人の兵士はこの後起きる出来事にただ混乱することになる。
「ズガアアアアッン!」
「な、なんだ!?」
「おい。燃料貯蔵庫が爆発している!」
突然聞こえてきた爆発音は、燃料貯蔵用のタンクにミサイルが直撃し貯蔵されていた燃料に引火して生じた爆発によるものだ。さらに断続的に基地の様々な場所から爆発音が聞こえ、同時に甲高いジェット機特有の音が頭上から聞こえてきた。
「あ、アレを見ろ!」
「せ、戦闘機だ!」
上空にやってきたのセール大尉率いるラファールMの航空隊だ。
ラファールMは無誘導爆弾を搭載しておりそれを使って基地や艦艇に対して空爆を実施していた。ベルカ側は攻撃が来るとは思っておらず、全くなんの対策もとっていなかった。停泊している艦艇にも最低限の人員しか配備されておらず初動は遅れた。なんとか準備が整った段階ではすでにラファールMによる第一攻撃隊は基地から離れ「フォッシュ」へと補給のために戻った後であった。
だが、連合軍の攻撃はこれで終わらない。
今度はイタリア及びスペイン海軍のF-35がやってきた。
といっても、F-35はラファールのように空爆をしに来たわけではない。どちらもドイツ製の巡航ミサイルを搭載しておりこのミサイルを基地からかなり離れた場所で発射したのだ。そして、ラファールに続く形で発射された巡航ミサイルが基地に殺到した。