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 正暦2025年 9月25日

 イタリア共和国 フリウリ=ヴェネツィア・ジュリア州 アヴィアーノ

 アメリカ空軍 アヴィアーノ空軍基地



「日本でクーデター騒ぎとか起きているらしいけれど、貴女たち大丈夫なの?」

「問題ないわよ。テロリストがクーデターを企てていたのは本当のようだけれど、実行前に制圧したらしいからね」

「へー。日本って平和ボケしているイメージがあったから意外ね」


 そう言ってマリアから離れていくのはフランス空軍の女性パイロット。日本で極右の武装勢力が連続爆破テロやクーデターを計画していたという情報は日本から3万キロ近く離れているヨーロッパでも連日取り上げられていた。

 ヨーロッパ人から見たら日本人は総じて「平和ボケ」しているように見えるらしい。マリアに声をかけたフランス人のパイロットも彼女の友人である木村中尉に対して「戦場に来ているのにお気楽なものね」と皮肉を飛ばしていた。

 地上でソ連と対峙していたり、移民問題やらで国内が色々と荒れているヨーロッパ諸国から見ればそういった問題がない日本は確かに「平和ボケ」「お花畑」に見えるのだろう。だが、実際に国防の最前線に立っているマリアたちからすれば非常に気分の悪い話だ。

 転移前は毎日のようにソ連や北中国による領空侵犯や領海侵犯があり、そのたびに彼女たちや海軍の艦艇はスクランブルして連中を外へ追い出していたのだ。確かに、日本の治安は他の国に比べてかなりいいから一見すれば国民は平和ボケしているように見えるだろうが、ソ連などへの脅威の認識に関しては変に「融和」などと騒いでいるヨーロッパのリベラル勢力に比べればしっかりとしている――というのがマリアの感想だった。




「ジョゼちゃんも素直じゃないな~あれで日本のこと結構気にしているみたいだよ」


 少し離れたところで一連のやり取りを見ていたらしい木村葵は苦笑いをしながら呟く。ジョゼというのはフランス人パイロットの愛称だ。

 本名はジョゼフィーヌ・クローデル。

 フランス空軍中尉であり最初期からベルカ戦争でラファールのパイロットとしてベルカ空軍と戦い続け、これまで14機のベルカ空軍の戦闘機を撃墜したエースだ。


「余計なお世話よ」

「マリアと似たところがあるよね~」

「…そうかしら」


 少なくとも自分のほうがあのフランス人よりは素直だ、とマリアは本気で思っていた。実際にそう思っているのは本人だけで葵からみればマリアとジョゼフィーヌは似た者同士だ。祖国への愛国心が非常に強く、祖国を守るために軍人になったあたりもそう。そして、対峙している敵は転移前までソ連だった。唯一の違いは、マリアは毎日のようにスクランブルしていたこととジョゼフィーヌは中東やアフリカの空で武装勢力と戦っていたことくらいだ。

 まあ、本人たちは決して自分たちが似ているとは認めないだろう。


「それよりも、そろそろエリちゃんたちが戻ってくる頃じゃないかな」

「今日は確か――空母艦載機の護衛だったかしら」


 この日は地中海にいるアメリカ艦隊が敵地攻撃のために攻撃機を飛ばしておりアメリカとイタリアの戦闘機が護衛に出ていった。葵のいう「エリちゃん」とはアメリカ側のパイロットの一人を指す。

 このパイロットもまた女性パイロットだ。

 女性パイロットが世界的に認められるようになったのは30年ほど前からだ。もちろん、女性だからといって試験内容が簡単になるわけではなく、男性候補生と共に厳しい訓練をくぐり抜けなければパイロットになることは出来ず、彼女たちはその厳しい訓練や選考を突破してパイロットになった。

 よくマスコミなので「見た目重視なんでしょ?」といった失礼な物言いがあるが軍が見た目重視で戦力を確保するわけがない。


「さっき連絡があって、予定通り敵前線基地への攻撃が完了したから1時間後に戻ってくるって」

「これでギリシャ国内にある敵拠点はあらかた叩いたことになるのかしらね」

「たぶんね。まあ、おかげでアテネは完全に廃墟になったけれどね」

「歴史学者が頭を抱えるでしょうね…」


 ギリシャ国内にあった多くの遺跡は、今回の戦争で破壊され尽くされた。

 ギリシャ国民は当然ながら大きなショックを受けたが、同じくらいにショックを受けていたのが各国の考古学者たちだ。戦争によって貴重な歴史遺産が消失したのは地球人の損失だと彼らは大いに嘆いた。

 そして、貴重な歴史遺産を蹂躙したベルカを大いに恨んだ。

 考古学の世界的な学会は「ベルカ帝国は蛮族だ!」と一致した声明を出すほどだ。戦争が終われば、各国の考古学者たちが連携して破壊された遺跡などの調査を行うこともすでに決まっていた。




 ベルカ帝国暦220年 9月24日

 ベルカ帝国 アンベルク

 ベルカ帝国陸軍本部



 新たにベルカ陸軍長官の任に就いたマイルズ・マイヤー大将はどんどん支配地域を失っている状況に頭を抱えていた。皇帝の一存によって陸軍長官という任に就くことになったが、陸軍の派閥とすれば少数勢力に属しているマイヤーに従う陸軍幹部の数は少ない。もちろん、表立って反発する者はいない。そんなことをすればマイヤーを推薦した皇帝の顔に泥を塗ることを理解しているからだ。

 だからこそ、彼らは表面上従うフリをしながらも影で様々な妨害をしている。マイヤーも「結果」を残さなければ罷免されるだろうと考えている対立派の幹部たちは影でマイヤーに協力しないように傘下の軍団に通達を出すなどしていた。現在は、中部管区軍までの部隊が前線に動員されているが、装備に優れている首都管区を中心に「治安維持」を名目にバルカン半島への派遣は難しい――などと答えているのもその妨害工作の一貫だった。


「だから、中央は嫌なんだ…」


 中央の勢力争いを嫌っていたマイヤーにとってはそれに巻き込まれることになった長官就任はできれば断りたかったことだ。ただ、皇帝に直に命じられれば「中央の勢力争いが嫌だから」という理由で断ることなど出来ないわけで内心渋々ながらもこの話を受け入れた。まあ、彼にとって選択肢がなかったともいえるが。

 西部軍管区司令官時代が懐かしいと思えるほどに中央の仕事は多い。

 これで他の面々が協力的ならばまだいいのだが、現時点で信用できるのは一緒に西部管区や中部管区から異動してきた者たちくらいしかなく、重要なことはそれらの者たちでしか処理出来ないのも仕事が片付かない理由の一つだった。


「――ん?これは」


 大量の報告書に目を通していたマイヤーは情報部から提出された報告書に目を止めた。ヴィントスタットの時代から軍情報部はヨーロッパに工作員を潜入させて情報収集などを行ったものを提出していたのだが、ヴィントスタットがその情報を重要視していたことは一度もない。

 マイヤーも一応、情報部のトップからヨーロッパに諜報員を潜入させているという情報は聞いていたが、実際にその報告書を見るのは今日が初めてだった。


「――これは…」


 報告書に目を通したマイヤーはすぐに顔色をかえる。

 そして、すぐに備え付けの内線電話を手にとってすぐにこれまで情報部が集めたヨーロッパに関する報告書をすべて自分のところに持ってくるように指示した。

 しばらくすると、執務室に一人の男が書類の山をもって現れる。

 その男を見たマイヤーは少し呆れたように呟く。


「ずいぶんと早いな――このことを予想していたのか?情報部長」

「長官ならばすぐに興味を持つと思いまして」

「ああ、部長の言う通り。興味を持ったね――『地球』という世界に」



 ヨーロッパには随分前から避難民に交じる形でベルカ帝国軍情報部の諜報員を潜入させていた。しかし、彼らの情報は軍上層部にそれほど重要視されることはなかった。これは、ヴィントスタットが情報部を信用していなかったのもそうだが、この時諜報員からの報告書の内容は町並みといった軍事に関係なさそうなものがメインだったからだ。

 このとき、諜報員が主に見ていたのはギリシャの隣国であるユーゴスラビアであった。ユーゴスラビアの特異な国家体制などが報告書にかかれていたがヴィントスタットにとっては「どうせ全部帝国領になるんだからどうでもいい」と報告書を見ることはなく、それどころか部長を呼び出して「お前のところの諜報員はこんな情報しか集められないのか!」と叱咤したほどだ。


「あいつはある意味で軍人じゃないからなぁ…」


 ヴィントスタットは確かに軍人ではあるが、実際に戦場に立たずに上から報告書だけを見て戦場を理解するような――政治家に近いところがある人物だった。元々、ベルカの名門貴族出身なので上流階級以外を見下す傾向がある傲慢な性格をしていたのも彼が戦場を見るのを嫌った一因だ。

 そんなのが陸軍長官になるのがベルカという国の現実だ。

 なんだかんだで貴族という地位にいるほど高い地位に無条件でいけるのだ。

 マイヤーもまた貴族だ。貴族といっても領地を持たない零細貴族であり軍人になったのも生きていくために仕方がなかったからだ。そして、彼はヴィントスタットと異なり多くの戦場をその目で見てきたし、上からの理不尽な命令もしっかりをこなした。それでも、その存在を疎まれ僻地の司令官職にまわされる程度には中央から嫌われていたが。


「この報告陛下には?」

「すでに行っています。前長官には止められていましたが、陛下のご要望によって」

(陛下は最初からヴィントスタットを罷免する気満々だったということか)


 現皇帝は先代皇帝ほどに力を行使するということはあまりしない。

 半ばクーデターのような形で帝位を継承したことから、周囲の貴族たちは最初の頃は「なにかされるのではないか」と警戒していたが、帝位を得てから積極的な行動をしなかったことから「問題ない」と感じて先代の時からやっていた不正に手を染めたりしていたが、その影で皇帝は自分に忠誠を誓った親衛隊を使って不正などを行っていた貴族を粛清していた。

 不真面目に見えて、今の皇帝はかなりのやり手だ。

 だからこそ、そんな彼が軍の半ば独断ともいえる今回の侵攻を後追いとはいえ認めたことは皇帝の側近たちでさえ驚いた。


「――それで、長官。報告書を読んでみた感想をお聞きしてもよろしいでしょうか」

「そうだな――我々は勝てないだろうな。この戦争には」

「その根拠は?」

「まず、武器の性能が違うというのが第一点だ。すでに制空権も制海権も連合軍によって奪われているし、前線の部隊も敵戦車相手にかなり苦戦しているようだからな。こちらのほうが兵力は上だろうが、問題は武器だ――エルファンで太刀打ちできないとなると旧式の『ランドブル』が相手になるとも思えん。北部や南部からも軍をまわせるならば数の上で有利にたてるだろうが…そもそも制空権を完全に失っている状況ではジリ貧になる――どうせ、ヴィントスタットの奴は数をかければ問題ないと言っていたんだろう?」

「ええ、兵力はこちらが有利ですから」

「だが、結果は…」


 最初の内はその物量でギリシャの大部分を占領出来たし、最終的にバルカン半島南部一体がベルカの支配下に置かれた。しかし、それも長くは続かず三ヶ月もして連合軍の編成がまとまると一気に連合軍に押し込まれるようになる。ヴィントスタットはどうにかしろ、と西部軍管区のマイヤーなどを怒鳴りつけていたのもちょうどこの頃だ。


「陛下はこの戦争をどう終わらせるおつもりなのだろうな」

「私にはなんとも。ただ――」

「ただ?」

「ベルカという国そのものを変えるきっかけ――とは、思っているかもしれません」

「…そうか」


 彼らの下に、大陸南部の主要都市「スラッセン」にある海軍基地が攻撃を受けたという報告がこの1時間後に届けられた。それによって、海軍第3艦隊が壊滅したことも。


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