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正暦2025年 9月22日
日本皇国 南関東州 山梨県上空
山梨県上空を数機の航空機が飛行していた。
尾翼などには日章旗があり、機体には「日本空軍」の表記があるが、この航空機は一般的な航空機と比べて大きく違う部分があった。それは、コックピットがないこと――つまりこの航空機は無人機であった。
QJ-11無人攻撃機。
日本空軍が運用する無人攻撃機である。
近年は、AIなどの技術進歩や、更に軍用機の電子化などが急速に進んだ関係で無人機の開発を先進国は熱心に行っていた。日本もまたアメリカとの共同開発やあるいは独自開発の無人機などを15年以上前から次々と開発していた。QJ-11は5年前に登場した中型の無人攻撃機で対戦車ミサイルや誘導爆弾などを搭載し、主に対地・対艦攻撃を担当する。
山梨上空を飛行しているのは、埼玉県は入間基地の第37航空団のQJ-11の飛行中隊であった。目標はもちろん「皇国の解放者」の拠点とされている場所だ。国内のテロ組織壊滅に空軍機を運用するのは過去に前例はないが早期に問題を解決するために統合参謀本部は「手段を選べない」と今回の作戦を容認した。
さすがに、有人機であるF-15GJなどを投入することは抑えたようだが、それでも国内で無人攻撃機による軍事行動が起きるなど本来ならば決して選択肢に入ることではない。それだけ、今回の件は軍はもちろんのこと政府全体でも「早急に解決しなければいけない事案」だと認識されているということである。
荒木三郎は政府がここまで早急に動くとは考えていなかった。
議会制民主主義国家の欠点といえる「対策の遅さ」が政府の足を引っ張ると考えたからだ。しかし、彼らはある意味やりすぎたといえる。本来なら政府の足を引っ張る事が多い野党を荒木たちは最初の攻撃対象にした。さすがに自分たちが狙われた時点でほとんどの野党は政府・与党に対して協力的になった。特に進歩党は議員や職員に犠牲者が出ているので「極右許さない」で珍しく党内が一致していた。
そのため、衆議院・参議院ともに政府発案の特例法はほぼすべての会派の賛成によって成立。国内での軍の武力行使が実施される運びとなったのだった。
そして、施設に対しての攻撃が始まった。
アジトの中枢である地下ではすでに戦闘が始まっていた。
陸軍特務中隊と「皇国の解放者」の戦闘員による銃撃戦。地の利は、解放者たちにあるが特務中隊は海外での武装勢力掃討のために作られたような部隊なので終始、解放者の戦闘員たちを圧倒しながら確実に前進していた。
「くそ!なんだあいつらは!」
「陸軍の特務中隊だ!」
「なんで陸軍の特殊部隊が!?」
戦闘員たちは突如出現した特務中隊の存在に驚き右往左往する。
それでも、元軍人や傭兵たちなので応戦はしているが弾幕はまばらだ。更に特務中隊の隊員たちは臨機応変に戦うことを身体に染み込ませているので様々な手段を使ってでも前進を試みていた。
「反撃は散発的ですね」
「ここは攻め込まれることはないと思いこんでいるからだろうな」
「…本当にこんなところに元同僚がいるんっすかね」
一応、銃器の扱いには慣れているようだが立ち振舞は素人そのものに思わず眉を寄せながら自分たちの先輩かもしれない「元特殊部隊」の兵士がいるのかとボヤく上等兵。
ボヤきながらも的確にテロリストを戦闘不能にしていく。
その時、分隊長のところに地上でも戦闘が始まったという報告が届く。
「どうやら地上でも始まったらしい。見てみろ、連中もそのことに気づいたようだ。さっき以上に慌てている」
「あれで本当に元軍事なんっすか?動き方は素人っすよ…」
「傭兵はともかく下っ端戦闘員は恐らく数年だけ軍にいたような連中だろうな。銃の扱いは教えられるが、実戦部隊に配属されない限り戦場を身近に感じることは出来ない。そして、戦場を身近に感じた奴らは揃って傭兵になってまた戦場に戻っていく…ここにいる半数は傭兵ですらない素人に毛が生えたような連中ばかりのようだ」
「それで本気でクーデターを起こそうと?」
「一般人相手ならば銃の乱射や爆発物を用いればどうにかなるだろう。警察相手ならば――恐らく憲兵に拘束されている軍を使おうとしたんだろうな。1個大隊規模を展開し官邸や国防省などを早急に抑え込む腹づもりだったんだろう」
まるで90年前の再現のようにな、と付け加える分隊長。
いつまでも過去の栄光にすがりついているように見え、分隊長はあまりいい気分はしなかった。彼らの暴走のおかげで軍に対しての世間の目はまた厳しくなるだろう。
しばらく戦闘を続ければ、相手からの攻撃が止まった。
分隊は敵が隠れていないか、慎重に周囲を探りながら前進する。
目指すは、敵の幹部たちが集結しているであろう区画だ。
地上では、保安隊及び機動隊と傭兵部隊による戦闘が行われていた。
機動隊の武装は最低限であるため、戦力の中心は準軍事組織に指定されている保安隊が担っている。保安隊には、陸軍で運用している兵器の一部が正式採用されている。
「特車」と呼ばれる装輪装甲車もその一つであり、その内の一つに陸軍の13式偵察戦闘車がいる。基本的な装備は陸軍と同じで主砲として52口径105mmライフル砲を1門。その他、副武装として72式7.62ミリ機関銃や12.7mm機関銃などが搭載されている。俗に言う装輪戦車である13式偵察戦闘車を東部保安隊では特車大隊に集中配備している。
この、13式偵察戦闘車や96式装輪装甲車などという陸軍とほぼ変わらない武器を使いながら保安隊は拠点の地上部分を制圧するために攻撃を続ける。
もちろん傭兵たちも黙ってやられているわけではない。
対戦車ミサイルなどを持ち出して装甲車を最優先に狙いながらなんとか保安隊などを排除しようとしていた。空を飛んでいる無人機に対しても対空ミサイルを使っているほどだ。
傭兵たちが使用している武器の大半は東側規格のものだ。
西側規格に比べて安価で壊れにくい――更に言えば大量にばらまかれている。東側規格の兵器はだからこそ途上国や武装組織たちがこぞって集める。少ない金額で多くの武器を手に入れることができるからだ。
「親分。どうやら地下にも侵入されているらしいです」
「ちっ!とことんついてねぇな…さっきの空爆は明らかに空軍が関わってやがるな。普段ならマスコミに騒がれるのを嫌って動かねぇ連中がなんで…」
それだけ彼らがやりすぎたということだ。
普段ならば腰が重い日本の政治を迅速に動かすほどの事態――それを彼らが引き起こしているというのに、彼らは日本政府をただ甘く見ていた。その結果が、この襲撃である。
中東などで戦闘経験を積んだ傭兵たちであるが、物量の差はどうすることもできない。地下から応援がくれば状況も変わっただろうが、地下は地下で陸軍の特務中隊と戦闘をしている最中なので地上に人員をまわすことは出来なかった。
幹部たちはというと、突然の出来事に狼狽えるだけだ。
実質的な指揮官である荒木と柳井がいないため自分たちが何をすればいいのかわからないのだ。これは、荒木が「都合の良い人材」を選んだ故の弊害といえるだろう。
ともかく「皇国の解放者」は初めて思い通りの行動が出来なかった時がやってきた。そして、それが「解放者」たちの崩壊の始まりでもあった。
正暦2025年 9月21日
皇民党代表である荒木三郎は、警察による襲撃があると察してその前日に山梨の拠点から出ていた。
「予想以上に警察と政府の動きが早すぎる…柳井が裏切ったにしても奴らがここまで迅速に動くか?」
荒木もまたここまで政治が迅速に動いているとは思っていなかった。
長く日本に暮らしているからこそ陥る錯覚――日本政府の行動は常に他国に比べて遅い――に惑わされていた。実際の日本政府というのは節目、節目に迅速な行動を行っていると。でなければ、日本という国が超大国に匹敵する国力を持つ大国にはなっていないだろう。
「と、ともかく。体制を立て直すしかない…」
荒木は現在、山梨から東京まで車で移動していた。
最終目的地は、本州の南東に浮かぶ「敷島」だ。敷島は本州の南東200kmの場所に位置している四国の半分ほどの大きさをした島で人口は約400万人で、3つの県が置かれている。
敷島には荒木以外が知らない「皇民党」の拠点があり、荒木はそこへ逃げ込もうとしていた。敷島までは飛行機や船で行き来することになり、今回は東京港から船に乗って敷島へ向かおうとしていた。飛行機のほうが早く移動できるが警察のことを考えて保安検査が空路よりも緩い海路を使って敷島にわたったほうが確実に逃げられる――そう、荒木は判断していたのだ。
「なんとか敷島へ向かう船のチケットはとれた…船さえ乗ってしまえばこっちのものだ…警察はまだ敷島の拠点までは突き止めていないはずだ」
そう自分に言い聞かせながらも荒木は内心「本当に問題はないのか?」とも思っていた。いいしれぬ嫌な予感を感じていたからだ。しかし、それはなにかの気の迷いだと思うことにして先を急いだ。
その後ろに、山梨県警の覆面パトカーが追尾しているとも知らずに。
日本皇国 東京市 中央区
東京港
荒木は2時間半かけて山梨から東京港までやってきた。
ここまで来れば、安心だと胸をなでおろす荒木。
しかし――
「荒木三郎さんですか?」
声をかけられて初めて荒木は背後に人がいることに気づく。
振り返ってみると数人の男たちが立っていて、そのうちの一人は胸元から警察手帳を取り出す。
「少しお話を伺いたいので署まで同行願います」
「――っ!」
荒木はとっさに走ろうとしたがすぐに行く手を塞がれる。
「わ、私は何も関係ない!善良な市民をこのように取り囲むのが警察のやることなのか!」
「貴方が代表を務める『皇民党』が今回のテロで大きな役割を果たしていることは明らかになっています」
「あ、あくまでこれは任意同行なのだろう?わ、私はこれから敷島で重要な仕事があるんだ!」
「いえ、任意同行ではありません」
「なっ――」
私服警官はそう言って一枚の紙を取り出す。
それは逮捕状。容疑は「騒乱罪」と書いてある。
「わ、私は何も関係ない!あれは柳井たちが勝手にっ!」
「その柳井たちを勧誘したというのはすでにわかっている。詳しい話は署のほうで聞こう」
呆然とする荒木の手に刑事によって手錠がかけられる。
正気に戻った荒木がなんとか逃げようともがくが、ほとんど鍛えていない荒木では逮捕術を極めた刑事に太刀打ちはできない。あっという間に拘束されそのまま近くに停めてあった警察車両に押し込められる。
その間、最後の抵抗とばかりに「国家権力の横暴だ!」と喚いていたが犯罪者のこの手の抵抗になれている刑事たちは全く動じずに車両はそのまま東京港から離れ最寄りの警察署へと向かうのであった。
正暦2025年 9月22日
日本皇国 山梨県 北巨摩郡
「警察だ!無駄な抵抗はするな!」
「――っ!」
「皇国の解放者」の幹部たちが集まっている会議室に警視庁のSATが突入する。幹部たちはすぐに懐から銃を取り出そうとするが、SATは銃を取り出さないように腕に発砲する。
現代では、なるべく犯人を殺さないように拘束しようとするのだが日本皇国ではアメリカほどではないが凶悪犯であるならば、銃でもってその行動を止めることは認められている。まあ、銃を使った凶悪犯罪は日本皇国においてもかなり少なく、更にいえば警察が威嚇射撃したとしてもその日のニュースで大々的に取り上げられるほどにマスコミが「警察の発砲」という情報に過敏なのは現実と変わらなかったりするが。
「無駄な抵抗はやめろ」
「我々は正しい日本のために――」
「詳しい話は署でじっくり聞くが――あんたらのやったことはただのテロだよ。半世紀前に暴れた新左翼と同じでな」
「我々と共産主義者を一緒にするな!」
「いいや、一緒だね。暴力でもって体制を無理やり弄くろうとしているところがそっくりだ」
彼らにとっての「正しい日本」は日本国民にとって決して「正しい姿」というわけではない。少なくとも現状の世論は今の日本に満足している。不満を持っている者もいるが、それは少数派だ。だからこそ、選挙では現体制の象徴ともいえる右派連合が7割近い議席を得ることができる。
暴力でもって現体制を打倒したところで世論は表面的には受け入れるような態度をとるかもしれないが、それも半年ほどで限界を迎えるだろう。なにせ「皇国の解放者」などがやろうとしていることは封建主義・鎖国主義なのだから。そんなことをすれば貿易で成り立っているこの国の経済はすぐに崩壊するし、台湾や樺太、南洋諸島はさっさと独立するだろう。
彼らが日本に留まっている理由は「日本にとどまったほうがメリットが大きい」という判断をしているからだ。そのメリットがなくなるのならば、日本に留まる理由はない。
幹部たちは認めないだろうが「解放者」たちがやろうとしていることは「破壊」でしかない。
SAT隊員も淡々と幹部たちを捕まえようと思ったのだが、あまりにも「現実」が見えていない幹部たちの妄想についつい強く反発してしまった。まあ、幹部たちはその後の取り調べなどでも同様のツッコミを受けるはずだ。
かくして、夏から秋にかけて日本を震撼させた連続テロ事件の首謀者と実行犯たちは警察によって逮捕された。彼らは騒乱罪やその他数々の容疑がかけられ最終的に首謀者である荒木や幹部たち5人が後の裁判で死刑判決を受けることになる。
日本のテロがこれ以上広がらなかったことに周辺諸国の政府は安堵する。
一方で、ソ連など日本と対立していた国々は「もっと日本が混乱すればよかったのに」と残念がった。
なお、政治への影響は最低限に抑えられることになった。
もちろん、被害を受けた政党は立て直しに苦労したし、特に最大野党の進歩党は代表選挙の見通しが立たなくなり辞任を表明していた鬼塚代表が幹部たちから代表続投を求められた結果、事態が落ち着くまで代表を続けることを決めた。瀕死の重傷を受けた急進派の辻田議員はこのまま議員を続けていくことが出来ないため辞職し、それ以外にもテロの被害を受けた議員の多くが議員辞職する羽目になったが後に行われた補欠選挙では進歩党への同情票が多く集まったおかげでほとんどの議席を守ることが出来た。また、このテロによって急進派の表立ったメンバーが政界から離れたこともあり色々と内部で揉めていた党内を一つにまとめあげる事もでき、進歩党の支持率も徐々に持ち直していた。
極右によるテロは結果的にリベラル勢力の立て直しのアシストをする結果になった。これは、保守党などにとってはマイナスといえるだろう。ただ、政権支持率や与党各党の支持率は引き続き高い水準にあり当初マスコミなどで騒がれていた政権へのダメージには一切ならなかった。