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正暦2025年 9月19日
日本皇国 神奈川県相模原市
日本陸軍 相模原駐屯地
神奈川県相模原市南区にある陸軍相模原駐屯地。
陸軍の特殊部隊である特殊作戦団の司令部が置かれた駐屯地だ。
隊舎の一角にある会議室では、2日後に行われるある作戦に関してのブリーフィングが行われていた。
「2日後に警察及び保安隊と共同作戦がある。目的地は山梨県だ」
特殊作戦団第1特務作戦大隊長である風間雅治中佐は今回の作戦に参加する第101特務中隊の面々を見渡しながら話を進めた。主に海外の特務任務を主体としている彼らにとって日本国内で活動することは非常に珍しい。
しかも、今回はテロリストの制圧だ。
基本的に、テロリストの制圧は警察特殊部隊(SAT)や保安隊の仕事だが今回に限ってはそのことに疑問を持つ者はいない。それだけ、事態は予断を許さない状況だということを隊員たちは理解していた。
「山梨に立てこもっているテロリストを殲滅する。生死は問わん」
マスコミが知れば大騒ぎなしそうなことをいう風間中佐。
もっとも、犯人の命ばかり気にしているマスコミなどが異常なだけだが。極限状態でそんなこと気にする余裕なんてものはないのだ。ただ、日本の警察の場合は「とりあえず事件の話を聞かないと」という前提の下で犯人を生け捕りにするという非常に難解なことをしている。海外ならば凶悪犯ならばその場で射殺したところで問題にはならないが、これは町中に銃などの飛び道具が一般的な海外と、銃がほとんど社会に出回らない日本の違いだろう。
まあ、その分刃物を使った犯罪は多いのだが。
そもそも、今回の場合は国内複数箇所で爆破テロを起こしたテロリストなのだから、仮に逮捕されても罪状は最低でも死刑は確実だ。首謀者を一人、二人捕まえればあとの戦闘員などは「邪魔をすれば排除」するという方針を警察はたてていた。
これも、マスコミがしれば大騒ぎしそうだが、そのマスコミは「日本の治安は大丈夫なのか!」と仰々しいタイトルでテロを防げなかった政府批判をしていた。
要は、政府が平和ボケしているからこんなことになったんだ!と彼らは言いたいようだ。政府だけではなく国民も平和ボケしているのが日本なのだがマスコミからすればとりあえず政府の足を引っ張るならば理由はなんだっていいのだろう。
「侵入は松本側の地下通路を使う。これは、テロリストが物資運搬のために作ったものであり大型トラックは普通に通れるだけの広さがあるという」
「つまり、奴らのアジトには武器があるということですか?」
伍長の階級章をつけた30代くらいの男が風間中佐に質問する。
「そうだ。どれだけの武器があるかはわからないが、軍から横流しされたものが含まれている可能性もある」
風間中佐はその質問に首肯しながら、軍からも武器が流れている可能性もあると伝える。それを聞いた質問した伍長は驚愕した表情を浮かべ、事態は思った以上に深刻そうだと内心感じた。
他の隊員たちも全員似たような表情を浮かべ、自分たちが動員された経緯を察する。
「テロリストの中には我々の同胞だった奴らもいる。油断はするな」
「はい!」
ブリーフィングは終わり、第101特務中隊の隊員たちは最寄りの駐屯地である松本県の諏訪駐屯地にヘリで向かった。
正暦2025年 9月22日
日本皇国 南関東州 山梨県 北巨摩郡
山梨県の山間部に警察の機動隊及び保安隊のそれぞれ1個大隊が集結していた。警視庁はもちろんのこと神奈川県警・埼玉県警・千葉県警・山梨県警・静岡県警といった首都圏の県警察から機動隊が派遣され、保安隊も東部保安隊の2個保安旅団を現地に派遣するという、国内での制圧作戦としては異例な規模の部隊となっているが、それだけ今回の相手が「危険」だと警察及び保安隊を管轄する保安省の上層部が考えているということだろう。
「マスコミの連中を抑えられるのはどれくらいだ?」
「状況が状況ですから、今日一杯まではなんとか抑えられるかと」
「後から大変そうだが…まあ、上にヘリが飛ばないだけマシか」
麓の臨時司令部の天幕には警察や保安隊の現地司令員が現場と連絡を取り合っている。こういった大捕物はマスコミが基本的に黙っていないが、政府との報道協定によって現場付近でのマスコミの取材活動は規制されている。
マスコミのヘリが上空を飛び交うという事態は起きていない。
ただし、小淵沢や長坂などには在京マスコミのカメラが大集結しているので、何かがあればそこから中継をする気は満々のようだ。恐らく、事件が解決すれば「半世紀ぶりの大規模テロ事件」としてこのことは大々的に報じられることだろう。もちろん、重要な機密などは漏れないようにしているがそれでもこれだけの事件なので、マスコミが長期間このネタを追い続けるのは半ば確定したことだ。
その、マスコミの対応も今後しないといけないと考えると捜査の指揮をとる警視の表情は渋くなる。
「陸軍特務中隊はすでに敵拠点に侵入中とのことです」
「では、我々は真正面から踏み込むぞ」
「はっ!」
一方、その頃。拠点内では警察・保安隊・軍の合同部隊が自分たちを捕まえるために勢揃いしているとは思わずに、いつ「決起」という名の暴動を始めようかと幹部たちが会議していた。
「ところで、荒木代表と柳井閣下は?」
「荒木代表は、この後予定があるらしくすでに出発しています。柳井閣下とはまだ連絡がとれないようですね」
「閣下と連絡がとれない?まさか、すでに警察に拘束されているのでは?」
「それはないだろう。作戦のために軍の同志たちと連絡をとりあっているから忙しいだけだろう」
一人の幹部が柳井の不在を不安に思ったが他の幹部たちは「問題はない」とばかりに笑い飛ばす。発言した幹部はこの中で最も新参者だったため、それ以上言葉は続けなかったが、それでも表情は「本当に大丈夫なのか?」と不安が見え隠れしている。
すでに、代表の荒木もそして彼らが崇拝している柳井の姿がいないというのに幹部たちは「ようやく我々の理想の日本ができる!」と舞い上がっている。普段ならば荒木もそして柳井の姿も無いことを知ったら幹部たちは「なにかあったのでは?」と思うだろう。だが、彼らの計画は順調に進み「国賊」たる政党や政治家たちを排除した(と、彼らは思い込んでいる)そして更に計画は順調に進み、日本は(彼らにとって)理想の国になる――そう夢想している。
彼らがなぜ、ここまで計画が成功すると信じ切っているかといえば。日本という国が総じて平和ボケしており、このようなクーデター騒ぎが起きればまともに対処することが出来ないと考えているからだ。
過去にも何度かクーデター騒ぎがあった日本。しかし、最後の大規模テロ事件は今から半世紀以上前のことであり大多数の国民がテロを身近に感じたことがない。だからこそ、今回のように様々な方法で脅かせれば反抗などしてこないだろう――そう、彼らは楽観視していた。
更に警察なども同様に平和ボケしているだろうから、自分たちのことはまだ警察にバレていないと考えているのも彼らが余裕のある振る舞いをしている理由だ。
実際には彼らが思っているほど日本の警察は平和ボケなんてしていないのだが、今のところすべて上手くいっていたことから警察が自分たちの拠点に踏み込んでくるとはこのときは思いもしていなかった。
「皇国の解放者」の拠点は地下に集中しているが、もちろん地上にも幾つか施設があり、主に傭兵たちが警備任務についていた。とはいえ、こんな山奥にやってくるのは野生動物か、あるいは不法投棄しようとやってきた業者くらいなので、傭兵たちは暇を持て余していた。
「――ん?」
「どうした?」
「何かが近づいてきている」
異変を感じたのは見張り台で真面目に監視任務についていた傭兵だった。
「どうせ産廃業者だろ?」
一緒に任務についていた同僚はどうせ産業廃棄物を不法投棄しにきた業者のトラックでも近づいているのだろうと取り合わない。それでも、真面目な傭兵は気になった地点を双眼鏡で確認する。
「――いや、産廃業者のトラックじゃない…装甲車だ」
「またまた、そんなわけ――」
同僚はそんなわけないだろう、と思いながら持っていた双眼鏡で確認して言葉を失った。たしかに、装甲車らしき車両が多数拠点に近づいていた。この拠点まで通じる道は幅の狭い林道しかないのだが、その林道を陸軍が運用している装甲車が車列を組むようにして進んでいる。
しかも、その装甲車はただの装甲車ではない。
「おい…あれって陸軍の13式じゃねぇか」
「いや――あれは保安隊だ」
「ほ、保安隊がなんでここに来てるんだよ」
「そんなの知るか!それよりもすぐに報告だ!」
「そ、そうだな」
動揺する同僚に他の傭兵たちにこのことを伝えるように言いながら、真面目な傭兵は何が起きているのか必死に把握しようと双眼鏡越しに周囲を見渡すと。装甲車の後ろには赤色灯をつけた別の装甲車らしき車列が見えた。
(後ろにいるのは警察…ってことは、ここが警察の連中にバレたのか?でもなぜ…)
「ほ、報告はしたが誰も本気にとりってくれねぇ!ど、どうする?」
不安げな同僚を見ないで真面目な傭兵は警報スイッチを躊躇なく押した。
「一体なにがおきた!」
「ど、どうやら警察と保安隊の制圧部隊が近づいているようです」
「なんだと!?」
参謀からの返答に驚愕の表情を浮かべたのは傭兵部隊の指揮官である。
彼もまた元軍人であり軍曹で退役した後に国内で民間軍事会社を立ち上げ主に中東やアフリカなどの戦場を転々としていた。二年前に荒木と知り合ったことで「皇国の解放者」に加わることとなるが、解放者たちとは指揮系統などは分かれておりあくまで計画が成功するまで協力関係にあるというだけである。
「一体どこから情報がもれたんだ…」
「そ、それが。柳井元中将と連絡がとれないという話が」
「つまりは柳井が警察に情報を流したってことか?」
「現時点では不明ですが…」
「いや、どうせ。自分可愛さに俺等を売ったんだろうさ。退役中将だといって崇めている奴らは多かったが高級軍人が下々のことを考えるわけがねぇからな」
彼は「皇国の解放者」の名目的なトップになっていた柳井のことを信用しいていなかった。そもそも、荒木三郎という男も信用していない彼にとってその荒木がつれてきた元陸軍中将は怪しさ満点だ。
兵士たちの将来のことなどを考えて計画に賛同した――などと荒木は言っていたがその柳井はずっとなにかに迷っていたように指揮官からは見えた。彼を慕う元軍人は多いし、特に解放者の幹部たちは総じて彼の信奉者であったがそれすら気味悪く感じるほどだ。
(『解放者』の幹部もそうだが戦場を知らねぇ若造ばかり…だが、それでもこのクソッタレな国を潰してくれるなら――と思って参加はしたが、やっぱり荒木の言う事なんざ無視すりゃよかったかもしれねぇな)
彼はいわゆる貧困層の出身だ。若い時から荒れており、だからこそ政治家や世論が求める事柄がすべて「綺麗事」に映り不愉快だった。軍に入ったのは合法的に暴れられると思ったからだが、軍もまた彼にとっては居心地のいい場所ではなかった。これは軍もまた彼にとって「綺麗事」を追い求めるように見えたからだろう。
だから、軍を退役してからは傭兵の世界に飛び込み世界中の戦場を渡り歩いた。戦場に巻き込まれた人々はいうなれば彼の若い時の似たような状況だ。そして、彼は金のために政府軍にも反政府軍にもついて戦闘を続け、やがて日本では珍しい民間軍事会社を設立し、自分と似たような境遇をもち軍を退役した軍人たちを傭兵として拾っていった。
荒木から「国を変える計画」を聞いた時、彼は「そんなの実現するわけがない」と思った。だが、同時に自分をこんな境遇に追い込んだ国を混乱させるなら悪くないと思い、計画に協力することにした。
しかし、それは間違いだったと今の彼は後悔している。
長らく、戦場にいたことから彼はかなり鋭い勘をもっていた。
その、彼の経験からくる「勘」がまずい状況だと警告を発しているのだ。
はっきり言って彼も日本の警察という存在を過小評価していた。憲兵から分裂した保安隊という存在もだ。日本の警察は情報収集能力においては世界最高峰――などと評価されているが、所詮は平和ボケに染まりきった国の治安機関だ。「本当の戦場を経験した」自分たちのほうが連中よりも上手くやれるという慢心があったのも事実だろう。
「…仕方がない。先手必勝っていうからな。警察の機動隊が射程に入り次第ぶっ放せ」
「り、了解です」
だが、先手をうったのは警察側だった。