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 正暦2025年 9月18日

 日本皇国 南関東州 山梨県 北巨摩郡



 山梨県の山中に「皇国の解放者」の拠点がある。

 この地は、元々別荘地として開発されたものだが開発した不動産会社が倒産したことで開発は途中で止まり、別荘地として売り出されることはなかった。それでも、幾つかの建物が現存している。「皇国の解放者」はこれらの土地を秘密裏に買い取り、自分たちの拠点を作っていた。

 表向きは幾つかの小屋が立ち並んでいるだけだが地下には秘密基地のような拠点が作られている。

 警察による強制捜査の後「皇民党」の幹部たちは、この拠点に集結していた。もちろん監視の目があることを十分に理解したうえでだ。その中には本部にいなかった荒木の姿もあった。

 荒木は、事前に警察の捜査が及ぶことを知り一足先にこの地に逃れていたのだ。

そして、荒木はそこで部下から柳井が警察に出頭したという衝撃的な報告を受けるのだった。


「柳井が警察に出頭しただと?」


 胡散臭い笑みを浮かべていることが多い荒木としては珍しく驚愕の表情を浮かべる。それだけ、柳井の行動は彼にとって衝撃的だったのだろう。

 実際、柳井が士官学校時代からの友人である猪俣に諌められなければ「自首」という選択肢をとることはなかった。これは、猪俣という人物を交渉に向かわせた内閣情報局が荒木たちよりも上だったということだろう。

 そう、猪俣を柳井の説得へ向かわせたのは内閣情報局であった。

 公安や国防省情報本部から情報を収集していた内閣情報局は「皇国の解放者」のトップにすえられた柳井を切り崩せるのではないか、と考えた。柳井元中将は軍人として非常に優秀だった。士官学校の成績も上位であるし、その後も特に問題なく最終的に東部方面軍総司令官でもって退役している。

 退役後は、元々の面倒見の良さから退役軍人の支援活動などを積極的に行っており「表立って政府の転覆を狙っている」極悪人には見えなかった。だからこそ、親しい人間を使って説得できるのではないか、と考えた。極悪人でなければ悪どいことに関わっている人間はたいていなにかの事情がある。それこそ、人質がいるとか、悪どいことの達成時になされることを目的にしているとか様々だ。

 柳井の場合は、退役軍人たちの地位向上などを目的にしていたようだ。

 戦闘などによってPTSDなどを発症し社会復帰出来ない退役軍人はアメリカなどで問題になっているが、日本でも中東などの戦闘によって精神的に強い負荷がかかりPTSDを発症してそのまま軍を退役し、社会復帰出来ない元軍人というのは多い。

 今の政権は退役軍人に対して積極的ではない――そのような不満を感じた柳井が荒木に唆される形で計画に参画した。このことを内閣情報局から伝えられた下岡は退役軍人のさらなる支援を約束した。もちろん口約束ではないようにそれに関係する法案を練り上げるように、とすでに官僚や閣僚たちに指示を出したし国会でも議論をすることをこの数日で明言していた。

 そういったこともあり、柳井は知っていることをすべて話すことにし、警察に出頭したのだ。

 まさか、柳井が裏切ると思っていなかった荒木にとっては大問題だ。

 なにせ、柳井はこの拠点のことを知っているのだ。警察に自分たちの居場所がわかったと判断してもいいだろう。しかし、国内の他の拠点はすでに警察による捜索を受けている。川崎の倉庫にあった予備の武器も警察によって押収されている。一応、この拠点には警察くらい吹っ飛ばせるほどの兵器があるが、確実に保安隊も出張ってくるのを考えると今ある兵器だけでは難しい。

 柳井がいれば、陸軍内部の内通者も動かすことができたが、柳井がいない状況ではそれも難しい。このとき、荒木は知らないが実は陸軍内の内通者はすでに憲兵によって拘束されており仮に柳井がいても決起に同調することはできなかった。

 荒木は日本の警察組織を甘く見ていた。

 日本の情報収集能力は世界有数であることは知っていたが、それでも自分たちは逃げ切れると油断していた。


(柳井め!あれだけ便宜を図ってやったのに裏切りやがって!)


 心の中で裏切った柳井を罵りながらも頭の中ではどうやってこの難局を抜けられるか考える荒木。しかし、妙案というのはそう簡単に思い浮かぶものではない。特に、事前に計画を練ることが好きな荒木は今回のような突発的な事態がおきるとすぐに対処出来ないという弱点を抱えていた。


「どちらへ?」

「ここも警察に踏み込まれる可能性があるなら、もう一つの拠点へ行く」


 荒木はすぐにここからの逃亡を選択した。




 一方で「皇国の解放者」の戦闘員として雇われている傭兵や元兵士たちは代表の柳井が自首したことも、その黒幕である荒木が拠点から逃げ出そうとしているなどとは思わず、クーデターの準備を続けていた。


「決起はいつ頃になるんだろうな?」

「さあ?柳井さんや荒木さんからまだ連絡はないからなぁ。陸軍の内通者次第じゃないか?」

「とはいえ、いよいよ。皇国を本来の姿に戻すことができるんだな」

「ああ、これまで米帝の好き放題にさせられていたが。今度からは俺達日本人が皇国のあり方を決めるんだ!」


 などと盛り上がっている構成員たち。

 極端な国家主義思想をもった彼らにとってみれば今の日本は、アメリカに尻尾をふっているとしか見えないらしい。日本にとってそれが最もメリットのあることだと知っても彼らは納得しないだろう。彼らが夢見ているのは日本主導の世界秩序の構築なのだから。

 この異世界でそれを実現する――それが彼らの野望だ。

 もっとも、彼らの行動は日本の世界的影響力を一気に喪失させるものだということに気づいていない。日本が世界的に信頼されているのは治安がいいこともあるが、その政治が安定していることだ。ここ十数年は若干の混乱も政界にはあったが、他国に比べれば些細なことだ。安定した治安と政治体制などがあって日本人は世界的に信用されていた。

 だが、クーデターなどが仮に成功すればその信用は地に落ちることになる。

 これまで有利だった貿易に関しても一気に日本にとって不利な条件に変わるだろう。そもそも、今回のようなテロがおきた段階でアメリカなどは日本との貿易面の条件を変えようと考えているのだ。彼らがやっていることは日本を救うどころか窮地に陥らせていることなのだが、当人たちにその自覚はない。彼らは本気で自分たちは国を憂いている国士だと思いこんでいた。


「大東亜共栄圏――実現は近い!」


 日本が一声かければアジア諸国はついてくる。

 などと、おめでたいことを考える愚か者たちは自分たちの終わりが近いことに気づいていなかった。




 正暦2025年 9月18日

 日本皇国 東京市千代田区

 警視庁 特別捜査本部



 警視庁の特別捜査本部には警察関係者の他に、保安隊や陸軍参謀本部からも人員が派遣されていた。特に、陸軍はテロリストに同調する動きを見せた若手士官が複数名出たことから、なんとかこれ以上汚名を被りたくないとばかりに普段以上に協力的な姿勢だ。


「連中の拠点は山梨にあると?」

「はい。柳井元中将の証言によれば、山梨県北西部――北巨摩郡の山中に30年ほど前に放棄された別荘地があり、そこを『皇国の解放者』は本拠地として使っているようです」


 放棄された別荘地は、東京の不動産会社が八ヶ岳の山麓にほど近い場所に計画したもので、実際に造成工事なども行われたがその不動産会社が別事業に失敗したことで多額の負債を抱えて倒産。造成地は買い手がつかずに放置されていた。そこを、皇国の解放者の設立者である荒木三郎が目をつけ自分たちの拠点として密かに買い取っていたのだ。

 国道などからも離れ、アクセスは狭い林道しかなく周囲には森林地帯が広がっていることからほとんど人目にもつかない場所であり、実際、柳井からの証言がなければ警察が発見するのも難しかっただろう。


「陸軍の内通者とやらは全員拘束されたのですか?」


 そう言って陸軍憲兵隊からやってきた大佐の階級章をつけた女性に冷たい視線を向けるのは警視庁公安部の捜査官だ。軍を監視する目的を持つ公安部にとってみればこの場にやってきた軍人全員が怪しく映るのだろう。


「現時点で怪しい動きをしている者たちは全員拘束しています。全員、関東近郊の部隊に所属している少尉以上の若手士官であり柳井元中将が催していた勉強会に参加していました」


 憲兵隊の女性大佐は淡々とした口調で拘束された内通者たちのことを説明する。最も階級が高い者は少佐であり第1歩兵師団の司令部に勤務していた。以後、大尉が4人。中尉が3人。少尉が4人。その他下士官が6人で全員が自分たちは祖国のために立ち上がるつもりだった、と証言している。


「彼らは柳井元中将が講師として参加していた勉強会に出席しており、その場には荒木三郎の姿も確認出来ています。彼らは柳井元中将と荒木三郎の言葉に共感を抱いたと言っています」

「その言葉とは?」

「『共に皇国を救おう』『この国に蔓延る国賊に天誅を!』といった非常に政治的なスローガンのような言葉ですね」

「…彼らは本気でクーデターを?」

「ええ。『皇国の解放者』と同調して総理官邸や警視庁などを襲撃予定だったらしいです。現時点で2個中隊――最終的には1個大隊規模の部隊を動員する計画だったようです」


 1個大隊という発言に捜査官たちの顔色は青くなる。

 それだけの数の軍人と更にテロリストがあわさったら間違いなく機動隊だけでは対処不能だし、保安隊でも対処できるかは微妙なところだろう。

 軍からそれだけの離反者が出るのか?といった疑問を持つ者もいるが、部隊を動かしている士官が「これは訓練だ」などといって動員をかければ多くの下士官以下の兵士たちはそれに従うしか無い。そして、拘束された軍人を見るに一個大隊くらいはなんとか統制できるだろう――というのが陸軍の見解であった。


「『皇国の解放者』の拠点制圧だが。陸軍も特殊作戦団を派遣するとのことだ」


 警視庁幹部の言葉に捜査員たちはどよめく。

 国内の事案にはほぼ投入されることのない陸軍の特殊部隊が、今回投入されるというのだ。どよめくのも仕方がないだろう。

 それだけ、陸軍も今回の件を重く見ているということだろう。

 なにせ、構成員の多くに元軍人や傭兵などが含まれているのだ。中には元特殊部隊経験者もいるかもしれない。そういった警戒もあって今回特殊作戦団の1個中隊が動員されることとなった。もちろん、それ以外に特務機動隊や保安隊も動員されるわけで警察・軍・保安隊という異なる3つの特殊部隊が山梨のテロリストのアジトへ踏み込むことになる。警察と保安隊に関しては日頃から共に任務を行うことから指揮系統の一本化が行われているが、軍に関しては独自の指揮系統でもって行動する。これは、一本化したところで問題が起きるのだからそれぞれ「別目標」へ向かったほうがいいだろうという3組織の上層部の意向が強く働いた結果であった。


「では、掃討作戦は3日後に行う!」


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