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 正暦2025年 9月16日

 日本皇国 東京市新宿区

 皇民党 本部



『今、警視庁の調査員が皇民党本部にあるビルの中に次々と入っていきます。警視庁は皇民党が一連のテロ事件と大きく関係していると――』


 この日の午後、警視庁や各州府県警察の捜査員たちが皇民党関係の施設への一斉捜査を始めた。次々と皇民党関係施設が入居するビルなどに入っていく捜査員たちの表情は一様に厳しく、新宿区にある皇民党本部前には大勢の報道陣も詰めかけていた。半世紀ぶりの大規模テロ事件を引き起こしたのは近年政治活動に力をいれている極右政治団体だったわけで、その部分もマスコミの注目を集めていた。

 次々とビルの4階にある皇民党本部の事務所へ入っていく捜査官。

 それを迎える皇民党職員の表情は総じて敵対的だ。捜査官を殴り倒さないだけマシだが、状況が整えば今にも殴りかかって公務執行妨害で捕まりそうな雰囲気を発している。一方でこの中に皇民党の代表である荒木の姿は確認出来なかった。


「荒木はいないようだな」

「逃げたわけではなさそうですが…」

「まあいい。ともかくあるだけの資料を全部持っていくぞ」

「はい」


 ともかく、すべての資料を段ボールにぶち込んで運び出す。

 その間、荒木のかわりに現場にいた副代表の男が捜索の責任者である警部を睨むように見つめながら口を開く。


「日本の警察はいつから政治活動の妨害をするようになったのですか?」


 まるで挑発するかのような物言い――だが、警部は淡々と返す。


「連続して発生しているテロ事件に貴方がたの党員が関与している可能性が高い――そう説明したはずですが」

「ですから、その証拠をください」

「それも、最初に提出しましたよ?」

「あの男が我が党の関係者だと?残念ですが、そのような男に覚えはありませんが」

「柳井元中将とも関わりはないと?」

「ええ。たしかに、我が党には元軍人の方々は多く所属していますが、柳井元中将とはお会いしたこともありません。代表もそうです」

「――まあ、それに関しては後の捜査でわかることですから」

「もし、何も見つからなかった場合は名誉毀損で訴えますので、そのつもりで」

「裁判を起こすのはそちらの自由ですから――では、我々はこれで」


 事務所にあった書類などはすべて警察によって押収されたのを確認して警部は事務所を後にした。後ろから突き刺さるような視線を感じながら。




 神奈川県 川崎市 川崎区



 同じ頃。神奈川県警の捜査官たちは川崎市内の臨港地帯にある倉庫街へ来ていた。ここには「皇国の解放者」と関係のある貿易会社が借りている倉庫が幾つかあり、神奈川県警は保安隊の協力を得てこの倉庫の捜索を行うことにしていた。

 テロリストである「皇国の解放者」の構成員たちが潜伏している可能性も考えてこの場には神奈川県警の機動隊と保安隊のそれぞれ1個中隊ずつが派遣されており、捜査官たちも突発的な衝突にそなえて全員が防弾ベストや盾などを装備していた。

 家宅捜索でここまでの重武装をするのは警察史上でも珍しいことであるし、こうして保安隊が動員されるのも珍しい。それだけ「皇国の解放者」は危険なテロリストであると警察や政府は判断しているということだ。

 彼らのテロによってすでに十数人の死者が出ており、重軽傷者は500人以上に達する。このまま放置すればさらに被害者は増えることは間違いない。それをなんとしても防ぐ――それがこの捜査に携わるすべての警察官が決意していたことだった。


「では、行くぞ…」


 リーダー格である警部の言葉に捜査官たちは頷き、倉庫の中へと入った。




 倉庫の中は無人であった。

 だが、倉庫の中には大小様々な木箱が多く置かれていた。


「隊長。これを見てください!」

「ん?こりゃ74式小銃か」


 機動隊員が発見したのはすでに軍ではほぼ使われなくなっている軍用小銃である74式小銃であった。74式小銃は7.26ミリ弾をつかった小銃であり30万丁ほどが製造された。海外への輸出や製造も行われており、現在でも東南アジアなどでは現役で使われている小銃だ。

 その、小銃や弾薬などが木箱に多数入っていた。その数は数百丁を超える。更に、別のコンテナには対戦車ミサイルや携帯式対空ミサイルなども発見された。明らかに内戦をやる気満々な武器の数々である。


「いずれの兵器も国内で使用されていたものだが、海外への輸出も積極的に行われていたし、ほとんど国内ではもう使われていないものだ」

「ならば、どこかからの密輸品か」

「恐らくな…アフリカや東南アジア――南アジアと未だに使っている国は多いし、貿易会社ならば海外と積極的な取引も行えるな。会社の方は?」

「警視庁が捜索に入っているはずだ。今日だけでも、数十カ所の関連先を捜索しているからな…奴らが全部の情報を隠すのは難しいだろう」

「だといいがな…こんなことを秘密裏に進めていた連中だ。バレても問題のない情報しか残さないことも考えられる」

「どちらにせよ。ここの武器を抑えたら戦力はだいぶ削れるのでは?」

「もし、軍に仲間がいたら?逆に性能のいい武器をもったプロが出てくるかもしれん。油断はするな」


 押収された武器を見ながら言い合うのは機動隊と保安隊の隊長だ。

 戦力が削れると喜ぶ機動隊の隊長に対して、軍が出張ってきたら意味はないと保安隊の隊長は首を横にふる。機動隊よりも保安隊のほうが実践経験が豊富なだけにこのような認識の差が出てくる。特に、保安隊は常に軍の動向を公安警察と共に監視しているのだ。


「戦車が相手じゃないのを祈るしか無いな」

「まったくだな。戦車が出てきたら保安隊の装備じゃどうにもできん」


 関東周辺部で戦車がいるのは静岡の御殿場だ。

 御殿場には4つの陸軍駐屯地があり、いずれも戦車部隊が駐屯している。

 東京には戦車は配備されていないが、105ミリ戦車砲を搭載した12式偵察戦闘車が居る。戦車ではないが搭載している砲は戦車などに搭載されているものなので、保安隊や機動隊が保有している装甲車はすぐに粉砕してしまうだろう。そんなのが出張ってこないのを祈るしか無い。陸軍も陸軍で反乱に呼応する者がいないか、憲兵を使って捜査を続けているらしい。すでに第1歩兵師団と第15歩兵師団で柳井元中将を慕う者が反乱計画を企てていたとして憲兵によって拘束されている――という情報も陸軍から寄せられていた。


「さて、一通り押収できたな。これだけの武器を隠し持っていたんだ。良からぬことは確実に考えているだろうな」




 正暦2025年 9月17日

 日本皇国 東京市中央区 銀座



 東京は銀座にある老舗の料亭の離れに「皇国の解放者」のトップである柳井はいた。その正面には、柳井と同年代のスーツ姿の中年男性がいる。彼らの前にはすでに料理と酒があり、乾杯も済ませている。

 だというのに、この場の空気は非常に重い。


「柳井――こんなことをして何になる?」

「――私はただ、この国を護りたいだけだ」

「それでクーデターだと?馬鹿げている!」

「猪俣…それは理解している。だが、今が変革には最適なのだ」

「――そう荒木に唆されたのか?」


 柳井の対面にいる男性――猪俣の問いに無表情だった柳井の表情が少し揺れた。それを見た元日本陸軍情報部長の猪俣幸之助は士官学校の同期であり親友であった柳井が、荒木三郎という得体のしれない男にいいように操られていることを察する。


「お前は昔から部下のことを常に案じていたからな…だが、仮にクーデターを成功してどうするつもりだったんだ?」


 猪俣の問いかけに柳井は答えない――いや、答えることが出来ない。

 それを見て猪俣は「やっぱりな」とため息を吐く。親友からみて柳井はこういった政治活動とは無縁な生活をこれまで送っていたし、軍人時代も危険思想を抱いていた記憶はない。退役後に国家主義思想に目覚めた可能性もあったが、彼のことをよく知る猪俣はそれはないと考えていた。


「仮に、貴様らの蜂起が成功したとしよう。陛下は間違いなく貴様らのことを認めないだろうな。そのうえで、アメリカとイギリスが黙っているはずがない。『日本を解放する』などといって軍事介入してくるだろうな。そうなれば待っているのは泥沼の内戦だ。荒木の狙いはこの『内戦』にある。日本を疲弊させることを奴は望んでいるのさ。まあ、貴様らの蜂起が成功する可能性は低いだろうがね」

「…そうだろうな」


 柳井も本当に成功するとは考えていない。

 他の部下たちは絶対に成功できる、と心の底から思っているようだったがクーデターなどそう簡単に成功できるわけがないのだ。ただ、アメリカとの関係を重視しただけで「国賊」などといいがかりをつける輩がそもそも世論の支持を得るわけがないし、今更「天皇親政」などといっても天皇がそれに応じるわけがない。核兵器のスイッチを手に入れたら話は別かもしれない。

 そしてなにより、アメリカやイギリスなどの周辺国がそのような政変を認めるわけがないだろう。


「だが、私はあくまで神輿だ。他の連中に言っても聞いてくれるとは限らん」

「そうだろうな。一部のバカモノに関してはどうでもいいさ。だが、すべてを話すことができるのはお前だけだろう?」

「――つまり自首をしろってことか?」

「そうだ。今なら引き返せる」


 首肯する猪俣に対して柳井は思案するように目を閉じる。

 やがて考えがまとまったのか柳井は目を開けて口を開いた。


「――お前の言う通りだな。わかった…私の知っていることをすべて話そう」

「本当か!?」

「ああ、だが私は荒木たちにとっては人を集める神輿でしかなかった。知っている情報は限られているぞ?」

「それでもいい。元部下たちを説得することは?」

「…残念だが、それは難しい。彼らはすでに狂気に取り憑かれている」

「――わかった。このままいくのか?」

「ああ。早いほうがいいだろう」

「ならば、俺も付き添うよ」

「悪いな…」


「皇国の解放者」の代表であった柳井康史が最寄りの警察署に出頭したのは1時間後のことだった。彼は、自分が知りうる情報をすべて警察に証言し、これによって「皇国の解放者」の秘密の拠点も明らかになるのだった。

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