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正暦2025年 9月11日
日本皇国 東京市新宿区
皇民党本部
「これは柳井さん…計画は順調に進んでいるようですね」
『警察を余計警戒させただけではないのか?』
「たしかにそうですが、時間の問題です。ならば、精々派手に我々のことを世間にアピールしなければなりませんから」
胡散臭い笑みを浮かべながら「計画通り」だと語るのは皇民党代表を務めている荒木三郎だ。四年前に皇民党代表になった彼は「革命」を目指して秘密裏に暗躍していた。その過程で柳井をスカウトし武装勢力「皇国の解放者」を設立させていた。
「それよりも陸軍内の同志はどれほど増えました?」
『2個中隊規模だな。軍内部も監視が強化されたらしい』
「少し物足りませんね…まあ、柳井さんが声をかければ更に集まるでしょうから。そこまで心配することではないですね」
『…そうだといいがね』
疲れ切った声で返す柳井に対して「やはり繊細なお方だ」と荒木は嘲笑するように口の端を上げる。
荒木にとって柳井は別に同志でもなんでもない。
危険思想をもった軍人たちをスカウトするための駒でしかない。だからこそ「皇国の解放者」のトップに据えたのだ。色々と察しのいい柳井は今の状況に危機感を感じているが荒木にとってはそれが狙いなのだから更にもっと暴れてほしいと思っていた。
「やれやれ――しかし、滑稽なものですね。本気でクーデターが成功すると思っているとは…まあ、色々と邪魔な辻田を排除出来ただけでも十分ではありますが、下岡を排除できれば更に私としては有り難いのですが…さすがに現役総理を暗殺するなんて今は難しいか」
つぶやきながら窓の外を見る。一見すれば何も無いように見えるが、恐らくあちらこちらに警察が張り込んでいるだろう。日本の警察の情報収集能力は優秀だし、現代ではあちこちに監視カメラが設置されている。カメラがない半世紀前の連続テロのときも犯行グループの特定はかなり早い段階で行われていた。
実戦経験はほぼないのが付け入るのに十分ではあるが、二週間ほどであっさりと自分たちの関与が疑われたのは荒木にとってはやや想定外だった。
とはいえ、彼はそこまで慌てていない。
警察が踏み込める明確な証拠はすでにほとんど処分した後だし、本当のメインとなる拠点は警察も気づかないはずだ。そこまで考えて荒木はニヤリと口の端を上げる。
(そう、問題はない。計画は順調に進む)
1週間後。彼は警察に任意同行を求められることになる。
正暦2025年 9月10日
日本皇国 東京市千代田区
警視庁 特別捜査本部
「『皇国の解放者』それがテロリストの名前なのかね?」
「はい。『皇民党』関連の武装勢力。それが『皇国の解放者』を名乗っています。構成員は元軍人や警察官に傭兵など、一部帰化人が含まれていますが。すべて日本人で、極端な反米・反英主義をもった国粋主義者たちの集まりです。トップを務めるのは柳井康史元陸軍中将で、彼は現役時代から我が国の未来を憂いたようで、退役後は退役軍人の就職支援活動などに従事していたようですが、4年前から『皇国の解放者』代表であった荒木三郎に請われる形で組織に参加――今は、荒木から代表を引き継いでいるようです。以後は勢力を拡大し、陸軍内の柳井を慕う者たちも勢力に引き入れています」
警視庁に設置された連続爆破テロ事件の特別捜査本部では、警視庁公安部の捜査官による報告が行われていた。
テログループの正体は、地下深くに潜伏していた国家主義者の集団であった。しかし、構成員は元軍人や更に身内ともいえる警察OBが多数含まれており、戦闘力は極左勢力に比べ物にならないほどに高い。
更に、代表者は現在でも軍高官に信奉者がいるとされるカリスマをもった元将軍だ。そんなものが東京で暴れ出したら軍からも多数の離反者が出るかもしれない。なんとしても、彼らが暴れ出す前に捕まえなければいけないが現状の警察の戦力だけで制圧するのは不可能だ、と捜査本部のトップである警察庁警備局長は判断した。
「『皇国の解放者』に関して他にわかっている情報は?」
「『皇国の解放者』が活動を始めたのは10年ほど前です。当時皇民党の幹部であった荒木が、現状に不満を持つ元軍人などに声をかけて設立したのが始まりで、軍や警察などにつながりを作るのが目的だったようです。そして、4年前に柳井元中将が参加したことで組織の規模が拡張された――というところまではわかっていますが、それ以上の情報はわかりません。拠点は幾つかあるようですが、現在は主に目黒・川口にメインとなる拠点をおいているところまでは判明しています。現在は我々の捜査官が張り込んでいますが、ここ数日双方ともに頻繁に人が出入りしています」
「…さらなるテロの準備をしている可能性は高いな」
今度は野党だけではなく与党や首相官邸――そして駅などの公共施設をテロのターゲットにする可能性があった。元軍人や警察官などを構成員としているということは、銃火器を用いたテロも考えられる。
日本という国は銃火器を用いた犯罪が他国に比べて非常に少ない。
主に反社会勢力による犯行が大半であり、凶悪犯罪の多くは刃物などを用いるケースが多かった。それでも、銃火器を手に入れられないかといえばそうではなく許可を得れば猟銃を持つことは出来るし、海外から武器が密輸されることもある。中東やアフリカといった紛争地帯では欧米や東側諸国がばらまいた多くの武器があり、それらの一部が先進国の武装組織に流れることは転移前でもあったことだ。日本に流れていてもおかしくはなかった。
「『皇国の解放者』ねぇ…解放した先の未来がどうなるかなんて連中は考えもしていないんだろうな」
警視庁刑事部の刑事である吉池警部補は呆れたように呟く。
隣にいたことで彼のつぶやきが聞こえが若手の相坂巡査部長は首を傾げながら問う。
「どういうことですか?」
「連中の目指している世界はいうなれば200年、300年前にあった封建制の復活だ。今どき絶対君主制が維持出来る国なんて中東の産油国くらいしかない。その産油国だってこの世界に転移してから体制を維持出来るか微妙だ。そんなのが日本で維持出来ると思うか?」
「…無理でしょうね」
「しかも、日本は資源をあちこちからかき集めることで生きながらえている。解放者の連中は反米・反英主義者だ。今どき、アメリカと敵対行動をとったところであちこちから経済制裁されるだけだ。そうなったら、この国の経済なんてすぐに崩れるだろうな。いくら、近隣の国と貿易ができたとしてもその規模はこの国の必要としているものには遠く及ばない――常識的な考えを持っていればそもそもこんな馬鹿げた計画なんて出来るわけがないんだがな」
頭まで筋肉がつまってるんだろうなぁ、連中は。と吉池は肩をすくめさせる。それを聞いた相坂は「それ陸軍の連中に言わないほうがいいですよ」と諌めた。
その間にも捜査会議の進む。最終的に、皇民党本部などを家宅捜索することが決まり、二時間ほどでこの日の捜査会議は終わり、吉池たち捜査員たちは「皇民党」や「皇国の解放者」の関連施設と思われる場所への捜査をするために各地へと散った。
正暦2025年 9月13日
日本皇国 東京市 赤坂区
アトラス連邦 大使館
「本国から日本は大丈夫なのか、とせっつかれているんだが」
「まあ、こんなテロが続けて起きたら本国が不安になるのも仕方がない。一応、日本の外務省から情報提供は受けているが、犯人は右翼の政治団体のようだな」
大使館で情報収集をしているのはアトラス連邦情報庁から大使館に出向している職員二人。大使館というのは諜報機関における拠点の一つでありアトラス連邦情報庁も主要国の大使館に情報収集のための職員を出向させている。特に、日本やアメリカといった異世界諸国の場合は一切情報がない状況なのでいつもよりも人員を増やして対応していた。
日本でおきた連続テロはアトラスでも大々的に伝えられており、日本へ渡航しても大丈夫なのか?という問い合わせは外務省に多く寄せられている。今のところアトラス外務省は日本の東京など大都市に対しては「渡航注意情報」を出していた。
「右翼ねぇ…」
「アメリカに対して強い反発心を持っている勢力だ。今のところ狙っているのは革新政党の事務所などだが、アメリカ大使館が狙われる可能性も高いだろうな」
「そのアメリカ大使館は?」
「厳重な警備体制がとられているよ。まあ、それは家を含めた各国大使館でも同じだがな。治安が良い日本からすれば過去に例がないほどの厳重具合らしい。まあ、他国の大使館が爆破されたら日本にとっては大恥もいいところだからな…」
「なにはともあれこれ以上大事にならなければいいがな」
「まったくだな」
諜報員たちはボヤきながら眼の前のテレビを見る。
緊迫した状況にもかかわらず、昼の情報番組は普段と変わらず芸能界のスキャンダルを報じていた。
「本日より、警備人員を増やすことになります」
「物騒になってきたから仕方がないね…よろしくお願いします」
「はっ!では、失礼します」
数年ほど前まで9年間首相を務めた岸晴信は退任後も警視庁から専属の身辺警護チームが派遣されていた。これまで4人が岸の身辺警護をローテーションをくんで行っていたが、テロの余波でその人員が倍の8人に増やされることなった。
(彼らからすれば私は売国奴や国賊にあたるようだしねぇ…)
岸一族は山口は徳山の名主であった。貴族ではなかったが商家であったことから裕福であり、そのため議会成立当初から議員を送り込んでいた。そして晴信の祖父である晴彦から晴信の三代続けて日本皇国の内閣総理大臣になったという政治家一族となった。
祖父である晴彦は外務大臣時代、日米同盟成立に奔走した功労者として知られている。その功績によって1952年から5年間、首相を務め。首相退任後も政界に強い影響力を保持した。その息子である晴夫は晴彦から地盤を受け継ぎ外務大臣や党幹事長を歴任した後の1988年から1992年にかけて首相となり湾岸戦争ではアメリカに協力することをいち早く表明するなど、こちらも親米派の宰相であった。
そして、9年間続いた晴信の首相時もアメリカとの関係を最も重視した政策をとっていた。反米主義者にとってみれば「アメリカに尻尾をふる国賊」に写ったことだろう。
実際に、日米同盟を進めた晴彦は国内の国家主義者の間から「国賊」とよばれたし、軍からも強い反発を受けた。しかし、それでもソ連や南北に分断した中国と対峙するには同じ自由主義・民主主義国家であるアメリカとの関係をいいものにするのが一番の近道――そう判断したから晴彦やその時の首相である吉田は周囲の反発を押し切る形でアメリカとの関係改善を急いだのだ。
ただ、吉田首相はこの件が尾を引く形で首相を退任。
あとを継ぐことになった晴彦の時も抗議デモが各地で起きるなどしたようだ。それでも、彼らの尽力によって日本は西側陣営の一角として北中国やソ連に対峙し、またアメリカとの友好関係は日本の技術力向上にも一役かい。今日の「先進国・日本」の礎を築いたとして後の時代では日米同盟に奔走した晴彦や当時の首相である吉田は高く評価され、岸家とアメリカ政財界とのパイプもより一層太くなった。
「『皇国の解放者』が次に狙うのは私と下岡くんかな。国粋主義者にいわせれば、岸家はアメリカに魂を売り渡した国賊らしいからね」
「…彼らは現実が見えていないだけですよ」
自嘲するように笑う岸に、首席秘書として同行している息子の晴樹はなんともいえない表情を浮かべる。
「そう、だが彼らの目指す日本は『欧米に対抗する第三の勢力』の中心だからね。祖父たちがしたことは彼らからみれば『日本をアメリカの属国』にした行為と同等なのさ」
日本単独で北中国やソ連と対峙できるわけがないのにね、と皮肉げにつぶやきながら肩を竦めさせる岸。これでいて、左派側からも似たような批判を受けている。まあ、こちらは日本とアメリカがタッグを組むのが純粋に雇い主が気に入らないから騒いでいるだけだ。
「――さて、この後は朝山さんとの会談だったね」
「はい――ただ、会談には遅れそうですね」
岸が乗っていた車は都心名物の渋滞にはまり込んでいた。
保守党総裁経験者である朝山太郎との会談まで20分もない。岸は息子に朝山の秘書に渋滞にはまって遅れることを連絡するように指示を出し、息子が電話を取り出した直後。近くに止まっていた車が爆発した。
『今日、午前10時頃。東京市新宿区で停車していた車が突如として爆発しました。近くには岸前首相が乗った車両があり、岸前首相が負傷したとの情報も入っていますが、詳細は不明です――』