夜の街
二度と朝は来ない。
わたしはそのことに気がつき、長いため息をついた。
わたしはずっと締め切っていた窓を開き、二度と日光を浴びることのないガラスを見つめる。夜の闇に紛れて綺麗に見える窓でも、朝日はその嘘を眩しく照らしていた。でもその嘘は二度と見破られることはないだろう。
星が幾万と煌めいていても、月が満月であったとしても、この街を目覚めさせることはできない。
わたしはピアノの前に座り、ぽろんぽろんと音を出した。心地よい音がわたしの頭をまっさらにしてくれる。
わたしは音楽を奏で始めた。
風がそよそよと部屋に入ってきてわたしの音楽を連れ出してくれる。
風がわたしの音楽を連れて、道路の隅の小石を弾き、建物に貼ってあるポスターをめくり、窓をカタカタと鳴らして少しずつ死を拭い去ろうとしてくれる。
わたしも風の力にならなければ、もっともっと、大きな音で、活気を持って。
わたしは手が壊れそうなほど、早く、腕がもぎ取れそうなほど、強くピアノを弾き始めた。
痛い、痛い…
涙が込み上げる。
でもこの街の目覚まし時計はわたしと風だけだった。
太陽はどこに消えたの?
わたしは風に問いかける。
僕もずっと探しているんだ。
この街が嫌いになったのかしら?
太陽は僕が今まであった人の中で一番心が広い人だよ。
それならどうして?
わからない。誰かに捕まったのかもしれない。心が広いから悪い人に捕まって、逃げられないのかもしれない。
なぜわたしだけ起きてるの?
僕も起きているよ。
他には誰も起きてないの?
誰も起きてないよ。
みんな?
君以外みんな。
あなたは誰も起こせないの?
みんなガラスの奥にいるんだ。僕が窓を叩いても誰も気づいてくれないよ。街の全部の窓を叩いてドアも叩いたんだ。僕も寂しいよ。
わたしなんかより寂しくないわ。
なぜ?
あなたはどこでも行けるけど、わたしはここにいることしかできないもの。
僕が来ている。
あの人は毎日ここに来てくれた。わたしが行けないから。
君はずっと窓を閉ざしていたじゃないか。
でもあなたははっきりと窓を鳴らしてくれなかった。みんなが起きれないのは、あなたがはっきりと起こさないからだわ。
僕だって大変なんだ。街の端から端まで、小石だって、ポスターだって、木の葉っぱまで起こしたさ。
わたしの音楽はどこに捨てているの?
わたしは手をとめた。
風の音がはっきりと聞こえる。ゴーゴーと部屋の中に葉っぱやちぎれた花びら、枝なんかを持ち込んでくる。
ほら起こしてやったぞ。
わたしの音楽どこに捨てたの?
捨ててなんかないさ。ちゃんと役に立っている。
でも聞こえないわ。わたしの音楽が聞こえないわ!あなたの声しか聞こえないじゃない!
もう街の遠くまで運んだんだ。僕は仕事が早いからね。
嘘よ!嘘だわ!
突然バタンと窓が閉じた。
部屋の中が静まり返る。
嘘じゃないさ。
しかし、風はそこにいた。
君が窓を開けてくれる日をずっと待ってたよ。君は立派な音楽家だからね、きっと街に息を吹き込ませるために、君の想い人を起こすために、音楽を奏でるってわかってたのさ。
あなたが太陽をとらえたのね。
さあね。ああ、僕から逃げようたって無駄だよ。君の足は壊れている。
あなたのせいだわ。
僕だってあんなに上手くいくと思わなかったよ。なるべく君のその美しい手と顔だけは残しておきたかったんだ。もちろん足も美しかったさ。でも君は足を持っているとすぐ僕から離れてしまう。
離れるに決まってるわ。
あはは、悲しいなあ。でもあんまり僕を怒らすことは言わない方がいい。僕は痛いことはしたくないからね。ああ、幸せだよ。もう永遠に二人きりだ。僕たち二人で幸せになろうね。