天使
一本の仄暗い街灯のみがぽつんと光る夜中の公園。
その端で終電を逃したサラリーマンが独り、くたびれた様子でブランコに座っていた。
「はぁ……何が嫌で定年間近になってあんなガキに怒られなきゃいけないんだよ……上司だからなんだってんだガキが。俺の方が年上だってのによぉ……畜生……」
「随分とお疲れだなァ? おっさん」
その声とともに一人の妙な、まるで鳥のクチバシのようなマスクの男が、腰の辺りから青い翼を羽ばたかせてサラリーマンの頭上から下降してきた。街灯に照らされていたからか、その姿はまるで光とともに舞い降りた天使のようだった。
「なんだ……アンタ……」
「んー? なんだと思うゥ?」
「……天使?」
サラリーマンが消え入りそうな声でそう呟いた。
「あぁ……そうか。俺はもう死ぬのか……まぁ歳だしな。疲れもストレスも、もうたくさんだよ」
はァ? とマスクの男が言う。
「俺が天使? 神も天使もこの世にはいねぇよバーカ『グシャぐしゃな愚者』。俺は……えぇと、なんだっけな」
男は翼をたたんで少し考え、あぁそうだ! と再び口を開いた。
「俺はフェザー。この前そういう名前がついたんだよ『まいねーむいずフェザー』」
困惑しているサラリーマンにフェザーは独り言のように続けて言う。
「しかし俺が天使、ねぇ……ん? 待てよ。割とその説ってアリじゃね? 『実はなんと僕は天使なんDeath!』だからこんな翼とかあるんだな。なぁそうだろMy feather's. いやでもそれならなんでそのこと俺知らないのわからないの? 『また独りかよ』ふざけんなよ同胞ちゃん迎えに来いよ『俺はココにいるぞぉオォ』おいちょっと待て逃げんなよ‼『Freeze・Please&STOP STOP STOP!』」
コソコソと逃げようとしていたサラリーマンの足にフェザーがナイフを突き立てた。
「うあぁぁぁ!? い、痛っ! いだい!」
「逃げちゃ……嫌♡」
フェザーはナイフを垂直に踏みつけ、更に奥深くナイフを刺し込む。その痛みにサラリーマンは更に声を上げた。
「あ、うぁ……やめて……助げでっ……!」
「あーもー俺も『僕も』我も『私も』うるさいのは大っ嫌い! だ・か・らァ……♡」
フェザーがマスクを外し、嗤う。
「うるさい所、先に『ヤっちゃう♡』ね?」
サラリーマンの喉に甘噛みし、ゆっくりと歯を立て、噛みつき、食い千切る。カヒュッという乾いた悲鳴と共に大量の血が吹き出した。フェザーはそれを身体に浴びながら嗤っていた。
「おーおー、アンタ歳『過労』のわりには結構肌にハリがあるな。すげぇすげぇ」
サラリーマンは白目を剥いてもう動かない。
「ありゃ? 死んだか『南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏……』」
サラリーマンの絶命を確認すると、フェザーはサラリーマンの足からナイフを引き抜き、自身の右肩甲骨の下から腰辺りまでをゆっくりと切り開いていく。
「はいはーい、お夜食の時間ですよー『ごはーん♡♡♡』一本二本三本! 皆まとめて『おゐでやすゥゥゥゥぅぅうuuuuuueeueueeueueat!!!』」
傷口から青い羽毛を散らしながら三本の骨が突き出る。骨が腕の形を成すとそれに沿って筋繊維がうねうねと絡みつき、長大な三本の腕になる。掌に口ができると、腕はサラリーマンの死体に喰らいつこうとした。
「ちょっと『お待ち!』待ちなさい!」
フェザーの一声で三本の腕がピタリと静止する。
「ちゃんと『イかせて』頂きますって言いなさい!」
三本の腕が死体から少し遠ざかり、それぞれの掌から掠れるような声が漏れた。
『イただきます』『ゐた抱きます』『ヰク!ヰクぅん♡』
「よし、たんと『たッぷり』お食べ」
公園には、屍肉を貪る音だけがぐちゃぐちゃに響いていた。