八咫家事件の記憶
警察署の廊下は意外と狭い。追儺はそんな狭い廊下を走りながら会議室を探す途中、一人の警官にぶつかってしまった。真正面から追突した二人は揃って尻餅をつく。
「痛てて……すみません、第三会議室ってどこですか?」
「廊下走るなよ……第三会議室なら、ここをまっすぐ行って突き当たりを右に曲がったすぐの所だ」
追儺は「ありがとうございます!」と一礼してまた走り出した。ぶつかられた警官は ――いきなりぶつかられて混乱していたのもあるが―― 追儺の足の速さに呆気を取られていた。
先の警官に言われたとおりに進むと、確かに第三会議室が見つかる。会議室の扉には「屍食惨殺事件捜査班」と達筆で書かれた張り紙がしてあった。
「……っと、ここですね」
この時、会議開始の予定時間を既に三分ばかり過ぎていた。既に会議が始まっているようで、会議室の中からは数名の声がする。追儺が扉を開けるといきなり怒号が飛んできた。
「ごめんなさい、遅れ――」
「遅い!」
怒号の主――竈門 鋼は追儺の上司であり、相棒でもあり、「屍食惨殺事件捜査班」の班長でもある。この竈門の他にも会議室には八人ほど警官がいた。
「万一遅れる時は連絡をしろといつも言っているだろう。何故連絡をしない」
「この……スマホ? とかいうの、イマイチ使い方が分からないです。無機物は嫌いです」
竈門は一瞬黙り、呆れたように溜め息をつく。
「……はぁ。席に着け。途中からだがちゃんと聞けよ」
追儺は竈門の言葉に大人しく従い後方の空いている席へと着く。それを確認した竈門は手元の資料を見るようにと全員に促し、厳かな声色で話し始めた。
「今回のこの連続殺人事件、今朝で今月四件目となるわけだが……十年前にもほぼ同じ手口の殺人事件があった。憶えている奴はいるか」
そう言って竈門が部屋を見渡すと、中央列辺りの一人が手を挙げた。竈門は無言で頷きその者に発言を促す。
「えぇと……未解決の「八咫家事件」ですか?」
そうだ。と竈門は頷く。追儺が竈門に「八咫家事件ってなんです?」と問うた。竈門は「あぁ、そうか……お前は知らんか」と言って大まかな説明をする。
十年前の「八咫家事件」とは、八咫家という一般家庭を襲った惨殺事件である。当時八咫家は父と母、高校三年生の息子の三人が暮らしていた。事件時子供は近所の古本屋に行っており無事だったが、子供が帰ってくると両親は心臓を引き抜かれ、腹の臓物を食い荒らされた状態で死亡していたという。引き抜かれた心臓付近以外の傷に生活反応が無いために両親は心臓を引き抜かれたことによる即死とされた。死体の腹部には人間の歯型に似た傷があったが、指紋や唾液などを含め一切の証拠が無いために事件は未解決となっている。現場に残されていた唯一の手掛かりといえば、死体のそばに青い鳥の羽根が数枚散らばっていただけだった。八咫家は鳥類を飼っていなかったので、これが犯人が残した唯一の足跡だろうとされた。
「……というわけだが、心臓を引き抜かれ即死、死後腹部を食い荒らされているという点。そして何より、現場にあった青い鳥の羽根だ。鑑識に今回の羽根と「八咫家事件」の羽根のデータを照合してもらったところ、何の鳥かは相変わらず不明だが確かに同じものであるということが分かった。以上のことから、今回の事件は「八咫家事件」の犯人の再犯であると俺は睨んでいる。何か他に意見があれば是非とも聞かせて欲しい」
黙々と聞いていた追儺が静かに手を挙げた。そっと挙げられたその手に竈門が気付く。
「……ん、追儺。言ってみろ」
「あの、それ……犯人さんは人間ですか?」
その言葉に竈門含む全員が呆気にとられ、数秒後に会議室はドッと笑いに包まれた。
「なんですか? なんで笑うんですか?」
「フフ……いや、ごめん。確かに人間らしくない犯行だが、人間で無かったら何だ? 犯人は人食いの怪物か何かか?」
追儺の近くの警官達も追儺に「そりゃないって追儺」「流石に人間だろ」と笑いながら言う。
「なんですなんです! 皆して!」
「……さて。冗談も程々にして、そろそろ話をまとめるぞ」
竈門はふぅ、と深呼吸をして言った。真剣な眼差しが竈門の瞳に戻る。
「今回の事件は「八咫家事件」の犯人の再犯として今後捜査していくが、意見のある者は挙手を」
竈門が部屋を見渡すが、全員とも相違無いようで手は挙がらなかった。ただ一人追儺は笑われたことに怒っているのか頬を少し膨らませてそっぽを向いていたが、竈門はそれも「相違無し」とした。
「……うむ。では今後この事件は「八咫家事件」犯人の再犯として捜査していく。今日の会議は以上だ。解散」
解散の合図と共に、警官達は順々に退室して行った。最後まで残っていた追儺に竈門は声をかける。
「どうだ追儺。丁度昼時だし飯でも行かないか?」
「行かないです」と、追儺はぶっきらぼうに答える。
困ったやつだ。と思いながらも竈門は「なんだ、まだ怒っているのか。……今なら奢ってやるぞ」
「行きます」と追儺が即答する。
その日の昼食は追儺のリクエストで署の向かいにあるラーメン屋に行くことになった。