始まりの嘘
七話構成です。
読んでいただけると嬉しいです。
放課後の代名詞ともいえる野球部が奏でる金属音が耳を打つ。
そんな中、俺、茂木隼人は緊張しながら、春を過ぎて夏に差し掛かっている五月の屋上で待機していた。
「やっべー。こんなとこに呼び出して良かったのかな? こんな暑……くはないけど太陽光がばっちし当たっているとこでなんて……」
しかも放課後なんて、もし予定があったとしたらすんごい迷惑じゃないか!
でも、もう呼び出してしまったし……。
俺は頭を抱えてうずくまった。恥ずかしさで顔が熱くなる。
「あーもう!水でも飲んで来よう!」
呼び出した時間の二十分前だし、こんなに早く来るはずがない。三十分前からいる俺の方がおかしいのだ。………普通に考えたらキモいな。
俺は立ち上がると扉に向かう。水のみ場は階段降りて右にすぐ。ゆっくりでも一分もかからないだろう。
俺がドアノブに手をかけたその時だった。
力を入れていないのに自然と扉が開いていく。
「えっ」
「えっ?」
突然風が吹き、俺の目の前で艶がかった黒髪が太陽に反射しながら舞い、目の端でたなびいた。
「えっと……」
突然のことで頭が回らない。俺の前には呼び出していた女子がいるのだから。
いつも目で追っていた女の子が。
彼女は通れないと困ったように頬をかいている。俺は反射的に道を開けていた。どうも、と言って彼女は通り過ぎていく。すれ違いざまに女子特有の甘い香りが俺の鼻孔をすぐった。
この子は―――マジかよ……。
飯野栞。俺が呼び出している女の子だ。
成績優秀、運動神経抜群、バドミントン部に入っているのに読モまでやっている完璧という言葉がぴったりの女子。
正直俺とは釣り合わないと思っている。
自分でも成績はいい方だとは思っているけど彼女には劣るし、運動神経の方はバスケ部だったけど入部して速攻腕折って退部。だめだめだ……。
そんなことを考えている俺に容赦なく太陽の光が刺してきた。五月だというのに暑い。さっきまで暑くなかったのに。
振り返ると彼女はキョロキョロと周りを見渡している。俺たち二人のほかに誰もいないことが分かると俺にまた、困った顔をしてきた。
「えっと、……」
「質問一ついいですか?」
「ほえっ?」
自然と俺の口からそんな言葉が出てきていた。あまりの衝撃で言おうと思っていた言葉が全て飛んでいる。
しかし俺はそのまま続けていた。
「まだ、時間には早いと思うんだけど――二十分前だし。どうして?」
「あっ、君でよかったんだ」
良かった~と胸をなでおろした彼女は、真剣な目でこちらを見据えてくる。その美しい黒い瞳は俺をしっかりと映していた。
「大事な話、があるって言われたら、それがどんなことでも相手と向き合うのが筋だと、私は思うからだよ」
「……」
「カッコつけすぎちゃったかな?ハハッ、ドラマの見過ぎかも」
「……」
「……」
「…………」
「……なんか反応してよ」
困った顔をされる。本気で恥ずかしいのか、彼女の瞳は少し揺れていて、頬は薄く染まっていた。
飯野さんは仕切り直すように、んんっ、と咳をすると一つ深呼吸して言った。
「それで用って何かな?」
「ああ、えっと……」
言えない。自分が言おうとしていたことはなんというバカげていたことだったと思い知らされる。
もし付き合えたとしても自分が自分でふるまえる自信も何もない。こんな想像するのもおこがましい限りなんだけど……。
そんな葛藤の中飯野さんは俺の言葉を待っている。
言いたいけど言えない。
でも何か言わないと、空気が……!
そんな時俺の口からとんでもない言葉が飛び出してきた。
「俺さ、好きな人がいるんだ」
「……うん」
――後で聞いたが彼女はうつむき気味に返事をしてくれていたらしい。恥ずかしくてまったく彼女を見れていなかったからだと思う。
「俺、俺さ」
「うん」
「………君の前の席の新井咲さんが好きなんだ! 協力してほしい!」
「ほぇ?」
「あっ……」
五月の中旬、まだそんなに暑くなく、しかし暖かい今日この頃、俺、茂木隼人はとんでもない過ちをおかしてしまったらしい。
しんとなる屋上。
そんな俺達を笑うかのように、野球部の軽やかな金属音が空気を駆けていった。
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