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第九話『その理由は、簡潔に』

――あの男は、俺たちを殺す気だ。そこに一切のためらいはなく、また罪悪感もない。ただ自分の中にある正義に従って、それに従わない俺たちを消し去ろうと迫ってきている。


「クソヤバすぎるだろ、あの冷徹真っ黒野郎……‼」


「無駄口を叩くな、舌を噛むぞ!」


 リーシアに手を引かれるようにして、俺たちは少し前に来た道を必死で戻る。あちこちに生えている巨木が、遠距離攻撃を凌ぐための遮蔽物となってくれているのがわずかな救いだった。


 相手が総攻撃を始めてからしばらく、幸いなことにまだ俺たちに被害は出ていない。神様の厚意なのか何なのか、日本にいる時よりも体力があるのが僥倖だった。……と言っても、当然限界はあるが。体力があるって言ったって、一般人の平均ライン少し上くらいのものなのだ。


「息が、整わねえ……。そっちは、大丈夫か……?」


「わらわならまだ問題はない。……だが、このままでは時間の問題なのも確かじゃな」


 そう告げるリーシアの口調は淡々としているが、俺の手を握っているのと反対の手は震えるくらいに強く握りこまれている。……きっと、この状況を作ってしまったことを一番後悔しているのはリーシアだろう。


「……ごめん。俺が、余計な口を出さなければ……」


「お主が責任を背負う必要はない。あやつはどうあれわらわたちを攻撃してくるさ。……それに対して防戦にしか回れぬことが、一番厳しい問題だ」


「かと言って半端に迫ればハチの巣になるのは免れない、か。アイツ一人だけでも面倒だっていうのに、本当に余念がねえ……」


 耳をすませば、あの男の一太刀によって大木が伐採される音が聞こえてくる。そうやって射線を確保しながら兵とともにこちらへにじり寄ってくる姿は、最早人ではなく災害と例えた方が妥当に思えた。


「言ったであろう、あやつらはどこまでも陰湿だ。自分たちが立てた作戦にすら、疑うという工程を挟まずにはいられない。……故に、わらわたちは追い詰められているわけだが」


 仮に相手があの男一人だったのだとしたら、まだ何か考えることはあったのかもしれない。だが、実際の相手は男に加えて何人いるかもわからない弓兵の数々だ。多勢に無勢、加えて個々人の戦闘力もあっちが上。……正直言って、逆転の目は見えない。


「……それでも、やれることはやり切らねえと」


「ああ、当然だ。……泣き言は、最後の最後まで足掻いてから喚くとしようじゃないか」


 それでも俺の心が折れないでいられるのは、ひとえにリーシアの存在があるからだ。誰かが隣にいてくれて、俺の手を取ってくれている。そんなシンプルな事実が、どれだけ俺の心に火をつけてくれている事か。


 やっと、誰かの隣に立てたんだ。やっと、独りから抜け出せたんだ。掴んだ希望を、こんなところで取り落してやるわけには――


「……見つけたぞ、逃亡者ども」


「―—ひ」


「くそっ、思っていたよりも早かったか……‼」


 眼前の大木が切り倒され、その向こうから黒衣の男が現れる。汗一つかかずに俺たちに追いついて見せたその姿は、まさしく死神と言っても差し支えなかった。アレは、俺たちの命運をことごとく断ち切るモノだ。慈悲も許しも、そこにはない。


「奥へと逃げたのは悪手だったな。おかげさまで、包囲も簡単だった。これで大人しく死を受け入れてくれるのならば、それ以上に楽なことは無いが」


「誰がそんなことするかよ、このイカれ漆黒野郎……!」


 感情の起伏を一切感じないその言葉遣いが妙なくらい癪に触って、俺の語気はつい粗くなる。あんな機械のような奴に殺されるなど、俺の全部が拒否していた。


「わらわもこの者に同じだ。……一体誰が、お前の言葉に耳を傾けるものか」


「そうか、二度目の交渉決裂だな。……非常に、残念だが」


 そう言って、男はすっと右手を掲げる。―—ついさっきも見た、構えだった。


「走るぞ‼」


「言われ、なくても……っ!」


 瞬間、無数の矢が飛来する。さっきよりも密度を増したそれは、まるで今までの攻撃が本気ではなかったのだと暗に主張しているかのようだった。


「できる限り、苦しみながら傷ついてもらおう」


 逃げ惑う俺たちの姿を見つめながら、男はゆっくりとこちらに歩み寄ってきている。アイツが次に剣を抜くときは、動けなくなった俺たちにとどめを刺すときだろう。……相手は、俺たちに勝ち目がない事をはっきりと見抜いている。


「どこまでも、趣味が悪い……!」


「五百年前から変わらぬことだ。……つくづく、王国というのは陰湿で敵わんな!」


 憎まれ口をたたいては見るが、それでも限界が遠のくわけじゃない。視界の端はもうぼやけているし、さっきからろくに息を吸えている感覚もない。……限界は、もういつ俺の下に訪れたっておかしくなかった。


「クソ、が……っ」


 それでも放たれた矢が直撃していないのは、ひとえにリーシアの誘導が上手だからなのだろう。結局のところ、俺はリーシアの力になれていない。そればかりか、リーシアが逃げるための足枷ですらあるんじゃないか――


「―—あ」


 そんなことを、考えたからだろうか。足元にあった地面の感覚が急に消えうせ、俺の体は宙に投げ出される。そこまで来て初めて、俺は地面に張り出していた巨木の根っこにけつまずいたのだと分かった。


「や、ば……⁉」


「力を抜け、わらわに身を預けろ!」


 その言葉と同時、俺の体はリーシアに強く引き寄せられる。抱き留められたような形になった俺のすぐ横を、一斉に放たれた矢が通り過ぎて行った。……とりあえず、最大の危機は回避したわけだ。


 だが、無茶な回避行動に代償が伴わないはずはない。無茶な体勢で俺の体を引き寄せたせいでその速度は急激に失われ、俺たちは打ちごろの的へと変化する。そこからもう一度速度を上げるための気力は、生憎俺の中に残されていなかった。


「……俺はもう、無理みたいだ。だからさ、せめてお前だけでも……」


「馬鹿なことを言うな! ……お主の存在が、わらわの計画を完遂へと導くのだ! そう説明したであろう⁉」


「そうは、言ってもな……」


 ここで共倒れするのが最悪の結末だ。俺じゃない誰かがリーシアの下に訪れるまで、少しだけ寂しい思いはすることになるかもしれないけれど。


「……それでも、誰かがきっとお前のことを迎えに来る。……それは、お前が居なくちゃいけないことだ」


「……イヤじゃ」


「……え?」


 俺を抱き寄せたままのリーシアから聞こえてきた言葉は、今までのそれとは違って聞こえる。まるで駄々をこねる子供のようなその声色に、俺の心臓が締め付けられる。


「どうしてそんな残酷なことが言えるのじゃ! わらわの共犯者になった以上、そう簡単に欠けることが出来ると思うなあ!」


 理性をどこかに置いてきたようなリーシアの目には、大粒の涙が浮かんでいる。威厳とかそういうのは全くないけれど、これがリーシアの素なのだと、俺は直感的に理解することが出来た。


「……見苦しいな。怪物が、人間の真似事をできると思うな」


 しかし、そんな変化も男には何の意味もないらしい。三度男はすっと手を差し出し、一斉射撃の号令を準備する。それを目にした瞬間、リーシアが俺の体をかばうかのように覆いかぶさってきた。抵抗する間もなく俺は地面に押し倒されて、視界がすべてリーシアのドレスで埋め尽くされた。


「誰も、わらわを置いて行かせぬ! ……お主が死ぬのは、わらわが死んだ後だ‼」


「よい啖呵だな。……覚悟が決まったのならば、俺も少しはお前に対しての評価を改めるとしよう。―—やれ」


 リーシアの宣言と、男の宣告が対照的に森に響き渡る。ここから数瞬が過ぎれば、俺をかばってリーシアは傷だらけになってしまうのだろう。……一瞬が無限に感じられる走馬灯の中で、俺のやるべきことは明らかだった。


「う……おおおおおッ‼」


「な……っ⁉」


 体に残るすべての力を振り絞って、俺に覆いかぶさるリーシアの体を押し戻す。虚を突かれたリーシアの体は妙に軽くて、体勢の上下を入れ替えるのは簡単だった。つまり、俺がリーシアをかばうように覆いかぶさっている形になる。


「なぜだ……なぜお主は……ッ」


 リーシアはもう一度体勢を覆そうとしてくるが、それだけは全力で阻止する。わめくかのように繰り返される疑問に対して、俺は片目を瞑って見せた。


「……なぜって、決まってるだろ」


 かっこつけてみたかったのだ。俺を始めて仲間にしてくれたこの美少女に、俺だってカッコいいところを見せたかったのだ。……たとえ、それで俺の異世界生活が終わりを迎えるんだとしても。


 だけど、そんなに長々と語っている余裕はない。だから、俺は目いっぱいの笑顔を浮かべて――


「……こんなに可愛い女の子に、傷跡でも残ったら大変だろ?」


――その言葉を吐き出しきった直後、俺の背中に無数の痛みが突き刺さった。

かなりの窮地に追い込まれた二人ですが、果たして彼らに救いの手はあるのか! そして瑠佳の負傷がリーシアに何をもたらすのか、楽しみにしていただけると嬉しいです!冒頭に繋がるまであともう少し!

――では、また次回お会いしましょう!


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― 新着の感想 ―
[一言] 良い……( ˘ω˘ ) これは惚れちゃうね!
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