第八話『吸血鬼狩り』
「城とそれを囲む結界に異常があったと報があって来てみれば……随分とお早いお目覚めじゃないか、『赤薔薇姫』」
「わらわはお主のことを知らんが、それでもその悪趣味な制服を見れば分かる。……吸血鬼狩りめ、まだ廃れておらなんだか」
十分な距離を開いているのにもかかわらず、二人の間には途轍もなく張り詰めた空気が漂っている。お互いに親の仇を見つけたような、そんな感じと言えば少しでも伝わるだろうか。
とにかく、その間に挟まれた俺の圧迫感と言ったらない。今のところは言葉の投げ合いだけで済んでいるが、その空気が一度切れればもう元には戻らないだろう。……全面戦闘は、避けられない。
「吸血鬼がいる。予言に示された者たちはまだ生きている。……それがある限り、吸血鬼狩りもまた消えないさ。お前たちも、それを滅ぼすことはできない」
「ああ、それに関しては肯定しよう。……何せ、潰しても潰してもわいてくる輩だ」
売り言葉に買い言葉とはまさにこのこと、お互いがお互いを挑発し合っているその様子は俺にとって危険でしかない。許されるのならば今すぐにでもリーシアの手を取って撤退したいが、リーシアがそうしないということはそれが悪手であるということなのだろう。この煽り合いにも何かの意図があるのだと、俺はそう解釈する。―—そうしないと、本当に腰が抜けてしまいそうだ。
「……よほど、命が要らないと見えるな」
「いいや、命は惜しいさ。わらわにも、死を恐れるくらいの感性はある」
静かに怒りを表明する相手に対して、リーシアはあくまで飄々と返す。その態度に歯噛みしていた相手だったが、ふと何かに気づいたように視線を少し横に――すなわち俺の方へと向けて来た。
「……そういえば、お前はなんだ? この森は、恐れ知らずが肝を試すための場所ではないはずだが」
「知ってるよ。……お前がなんでそんな物騒なものを向けてるかまでは、ちっぽけな俺の脳みそじゃわからねえけどさ」
声の震えを必死に抑え込んで、俺はそう返す。ここに来て無関係を貫けるほど、俺は薄情な人間にはなれなかった。
ここでリーシアを見捨てたら、やっていることは評判に流されて俺を独りにしたクソどもと同じだ。そうはなりたくない。……だけど、戦いたくもない。お互いに血を流すようなことには、出来るならなりたくなかった。
「俺もこいつも、まだ誰も傷つけてない。……なのに、そんな剣を向けるのは失礼だと思わないか? まだ引き返せるなら、違う手段で決着をつけるのが一番―—」
「くどい」
俺の言葉を一蹴するかのように、黒衣の男は手にした大剣を振るう。軽く薙いだようなそのひと振りは、しかし隣にあった巨木を一刀のうちに切り倒していた。
「その者は――『赤薔薇姫』は、いずれ世界を傷つける。それが確定しているのならば、芽は事前に摘むに越したことは無い」
剣を元の構えへと戻しながら、冷徹に男は言い放つ。その言葉には、体温がなかった。まるで誰かの指示に従い、誰かの意志を代行するだけのロボットなんじゃないかと、そんなありもしないような可能性すら考えてしまいたくなるくらいに、その心に取りつく島はなかった。
だけど、だからと言って「はいそうですか」って黙って攻撃を受け入れてやる筋合いはない。その一心だけで震えそうになる声を保ち、崩れ落ちそうになる足腰に鞭を入れ続ける。……そんな俺の姿を、リーシアが心配そうに見上げていた。
「確定した未来なんざどこにもねえよ。それを鵜呑みにするくらいだったら、そうならないように改心させるなり仲良くなるなり、もっと穏便な行動を――」
「……頭を下げろ‼」
俺の弁舌を遮ったのは、男ではなくリーシアだ。今までで一番鋭いその声にとっさに従うと、その頭上を風切り音が通り過ぎる。……今度のそれは、矢による一撃だとは思えなかった。
「……二度目だ。その女は殺す。それに加担するなら、お前も殺す。……我らの目的は、最初から『赤薔薇姫』の殲滅でしかない」
剣を鞘に納めるような音が鳴ったことで、俺は初めてあの男が俺たちに向かって剣を振るったのだと理解する。十メートルも離れた位置から予備動作一つなく、ただ剣を抜いただけで彼は俺たちの命に迫ったのだ。
「仮に――本当に幸運なことに俺から逃げられたところで、この森にはすでに数百の吸血鬼狩りが配置されている。……逃げ場はどこにもない。これは既に、確定した運命だ」
「さっきの矢は、お前じゃない誰かの仕業ってことかよ……。寄ってたかってやることが小さな女の子をいじめることって、流石の俺でもドン引きだぜ?」
冗談一つ言わなそうな声色で、男は自分の手札を開示してくる。そうやって見えてきた戦況はあまりにも絶望的で、軽口をたたいていないと心が折れてしまいそうだった。
「予言に従い、世界の脅威になる者は殺す。それに肩入れし、世界の破滅を手引きするものも殺す。……俺は、何かおかしなことを言っているか?」
「その前提からしてまずおかしいって言ってるんだよ……‼」
あくまで変わらない男の態度に、俺の心の底から突然怒りがこみあげてくる。他人にレッテルを張り付け、独りにして、挙句殺そうとしているその男に、俺が心底嫌いなクソどものシルエットが重なった。
何が五百年前の予言だ、そんなのどうせ妄言でしかない。少なくとも俺の知識の中ではそうだ。それにもう目的に従ってこんな可愛い子の命を狙うだなんて、頭がおかしいとしか思えない。
「誰かにレッテルを張り付けるだけの予言なんざクソ喰らえだ! それを振りかざして、誰がお前たちを信じるってんだよ⁉」
「……世界が、それを信じる。信じて来た。……故に、俺は彼らの意志を体現する」
俺の激情にも応じることなく、男はすっと片手を上げる。その瞬間に俺の背筋に走ったものは、『虫の知らせ』というほかなかった。
「……わらわの手を取れ!」
俺と同じタイミングでリーシアも危険を察知したのか、俺の手を握ってぐいぐいと引っ張って来る。逃げなければならないと、俺たちは相談するまでもなく理解していた。そして、その理解を裏付けるかのように――
「……交渉決裂だ。—―もっとも、最初から見逃す気などなかったがな」
――男の手が振り下ろされた瞬間、無数の矢が俺たちに向かって打ち放たれた。
ということで、次回戦闘開始です!準備不足の二人に果たして勝ち目はあるのか、この苦境は切り抜けられるのか!ぜひお楽しみにしていただければと思います!
ーーでは、また次回お会いしましょう!