第六話『共犯者として』
『張り付けられた評価を越え、今度こそ穏やかに生きる』。それが五百年を眠りの中で過ごしたリーシアの目指す目標のようだ。その目標は気高いものだし、協力しろと言われれば知恵でも力でも俺は喜んでリーシアのために費やすだろう。……ただ、それをする上で俺には一つ確認しなくてはいけないことがあった。
「お前が眠ってから、五百年は経過しているわけだよな。……それなら、君が封印されるようになった予言もどこかで失われているんじゃないか?」
覚えていなければおかしいみたいな話はさっきしていた気がするが、五百年前と今じゃ話もまた違うだろう。ならば、リーシアの願いはすぐにでもかなう可能性がないでもないが――
「……ああ、そういえばお主は別世界から渡ってきた人間であったか。それならば、今一度説明をしてやらねばならぬな」
「説明……って言っても、君は五百年間あの棺で眠っていたんだろ?」
「ああ、わらわの体はな。……だが、五百年間ただ無策で眠っていたわけではない。ただ運命の時を待つだけでは、いざ訪れた好機を逃してしまう可能性すらあるからな」
自分で注いだお茶を口にゆっくりと含みながら、落ち着いた様子でリーシアはそう答える。それを見れば、何の対策も考えもないままさっきの目標を打ち立てたわけではないということがはっきりと分かった。
「わらわの血に繋がるもの――平たく言えば蝙蝠の類じゃが、そやつらの意識を借りれば外の世界を覗くことはそう難しくはなかった。あまりいい心地ではないし、出来るならやりたくはないのだがな」
「なるほどな。蝙蝠の体を借りて外の世界をある程度観察した結果、君にまつわる予言は決して途切れてはいなかったと」
「そういうことだ。予言は伝承となり、子供に語り継がれながら今の時代にも広く、本当に広く周知されてきた。人と関わらざるを得ない限り、その伝承を知らずに生きるのは不可能だろうな」
厄介なことをしてくれたものだ、とリーシアはこめかみを抑える。小さくかわいらしい容姿からするとミスマッチな仕草だったが、どうしてだかリーシアがやると堂に入っていた。今の状況を切り取って絵画にできたのなら、それは馬上になること請け合いだろう。
「……でも、君はさっき堂々と宣言して見せた。ということは、その上でもやり通すための策があるんだろ?」
「ああ、話が早くて実に助かる。……お主が居れば、わらわの作戦はある程度の効力を発揮するだろうよ」
発破をかけるような俺の問いかけに、リーシアは満足げな様子で頬をにいっと吊り上げる。何かを企むようなその赤い瞳は、俺には見えない何かを見透かしてゆらゆらと揺れていた。
「……幸いなことに、わらわの姿までもがそっくりそのまま伝えられているわけではない。今わらわが人里に出ようと、わらわを『赤薔薇姫』だと認識することは不可能だ」
「それは確かに朗報だな。……でも、それなら俺の存在はいてもいなくても変わらないんじゃないか?」
「馬鹿なことを言うでない。わらわは長い時を生きた身じゃが、不都合な事に今はこのような見た目で落ち着いてしまっておる。人と違う体質を抱えたわらわが、その事情を知らぬものの庇護を受けるわけにもいかぬだろう? かと言って一人でいれば、この見た目では確実に不審視される。そこから憲兵などに話が行きでもしたらそこで終わりだ」
「……つまり、身元を保証してくれる上で、君の事情を知ってくれている協力者が必要と」
「そういうことだ。そしてそれは、今のお主なら果たせる役目じゃろう?」
片目を瞑り、リーシアは説明を終わらせる。その要求に対する俺の答えは、かなり前から決まり切っているようなものだった。
「……ああ、それくらいならお安い御用だ。君の目標が達成されることは、巡り巡って俺の目標を達成することにもなるんだからな」
時間の長さが違いすぎるから下手なことは言えないが、俺とリーシアに降りかかった境遇はとてもよく似ている。勝手な評価を外から受けて、理不尽に関係性の輪から締め出されて。それへの報復が穏やかに生きることならば、俺は喜んでその計画に協力しようじゃないか。
「そう言ってくれると信じていたよ。……お主とわらわならば、かつて果たせなかった願いまでたどり着ける」
「ああ、たどり着いてやろうぜ。……一日でも早く、長くさ」
そう言って片手を差し出すと、白魚のような手が俺の手を強く握りこむ。それに応えるべく俺も強くリーシアの手を握り返して、俺たちの同盟は成立した。
「これでわらわとお主は共犯者、一蓮托生の関係じゃ。……と言っても、お前はこの世界では『名無し』のようなものか?」
「そうなるかもな。というか、今の今まで君にも名前を呼んでもらったことがねえよ」
『共犯者』と名前が付けられた俺たちの縁に苦笑しつつ、俺はさりげなく名前で呼んでほしいことをアピールする。出過ぎた真似ではないと思っていたが、リーシアの表情は思わしくなかった。
「……すまぬ、わらわたちにとって名前を呼ぶことは特別な意味を持つものだ。……お主も、しばらくの間は名前で呼ぶのを控えてくれるとありがたい。『君』でも『お前』でも、名前を介さぬものなら呼び方は強制はせぬが――名前だけは、遠慮してくれ」
「―—オーケー。それじゃ、お許しが出るまではなんとなく呼ぶことにするわ」
色々と思うところはあるが、これだけ深刻な表情をしているあたりリーシアの中でもその考え方は大きな意味を持つものなのだろう。こうして内心で呼ぶことは大丈夫だろうと信じつつ、俺は心配いらないと言わんばかりに笑顔を浮かべて見せた。
「……すまぬな。この恩にはいつか必ず報いると誓おう」
「ああ、いつかお前の気が向いたらな。……それよりも、善は急げって言葉を知ってるか?」
恩返しがしてほしくて俺はこの話を受けたんじゃないし、『共犯者』って関係性もまあ悪くない。だからこそ、俺は急かすような口調でそう問いかけた。
「……知らぬ言葉だな。お主の世界のものか?」
「そんなもんだ。いい事を思いついたら、その時が始め時ってな感じでな」
正確にはちょっと違うかもしれないが、まあ今はそれくらいのニュアンスでいいだろう。どうやらリーシアもなんとなく俺の意図をくみ取ってくれたみたいだしな。
「……つまり、もう動きだそうということか。わらわの――わらわたちの、逆襲劇を」
「そういうことだ。いつまでもこの城にいても話は進まねえし、はやいとこ最初の一歩を踏み出すとしようぜ?」
椅子から立ち上がりながら、俺はできるだけ明るい表情を心掛けながらリーシアを見つめる。最初は少し迷っていたような様子だったが、その内リーシアにも決心がついたようだった。
「……ああ。今ここから、始めようではないか」
「おお、話が分かる!」
小さく頷いてリーシアも立ち上がり、俺たちは部屋の外へと――城の外へと出るための準備を始める。偶然が導いた出会いは、一人の少女の逆襲劇を始めさせようとしていた。
――『共犯者』という関係が終わるまでのタイムリミットはすぐそこにまで近づいているなど、誰も予想しないまま。
二人の間に結ばれた関係性はどう変化していくのか、楽しみにしていただけると幸いです!二人の戦い、是非ご注目ください!
――では、また次回でお会いしましょう!