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第二十六話『舞い降りた奇跡は』

「リーシア、本当によかったのか?」


『簡単な荷物だけ運びだしてきます!』と言い残してコハルが街の中へと消え、平原には俺とリーシアだけがたたずんでいる。これからは三人旅になるだろうし、リーシアに気になっている事を尋ねるなら今しかなかった。


「コハルに悪意がない事は分かってる。だけど、お前が『赤薔薇姫』だって分かったら、リーシアは絶対に傷つくことになると思うんだ。……なのに、どうして――」


「ああ、その事か。それに関しては完全にわらわのワガママじゃ。相談もせずに決めてしまってすまぬの、ルカ」


 俺の質問を受け、リーシアはちょこんと頭を下げる。別に謝ってほしかったわけじゃないしその決断を責めるつもりなんか毛頭ないのだが、俺にはただ単純な疑問だけがあった。


 リーシアは一度、周囲の人間に遠ざけられた過去を持っている。その原因になったレッテルは今にも色濃く伝わっているわけで、あの騎士から逃れてもなおそのレッテルは俺たちの足に絡みついて決して離れてくれないものだ。――それと同じ先入観を、コハルだって少なからず持っているわけで。


「……コハルと敵対は、出来ればしたくないな……」


「わらわとてそれは同じじゃよ。何のために偽りの身分を作ったと思っておるのじゃ」


 俺が思っていた以上に気楽な口調で、リーシアはそう胸を張って見せる。リーシアの言う通り、偽りの境遇を上手く使えばこれからの生活もうまくだますことはできるだろう。検問がいつ緩くなるかもわからない以上、コハルとは長い付き合いになるかもしれない。……だからこそ、考えてしまうのはそれらが破綻した時なのだ。


「もし仮にお前の正体がばれて、コハルがお前のことを避けだしたりしたら……俺は、耐えられる自信がねえよ」


 たった一つの情報だけで人はいとも簡単にその立場を変え、味方にする者を変える。それは二本でもこの世界でも何も変わっていないことだ。俺たちは常に周囲すべてが敵に回る可能性を持ち、俺たち以外の誰かと冒険するというのはいつ切れるとも分からない綱の上を歩いているに等しかった。


「……そうじゃな。わらわたちの正体を最後まで隠し通せるとは、流石のわらわも思ってはおらぬ。そんな都合よく話が進むとも思えんからな」


「なら、なおさらなんで――」


「……恐怖を理由に、可能性を蹴とばしたくはない。身もふたもない話じゃが、わらわは奇跡というものを信じてみたいのじゃ。……わらわとルカを引き合わせてくれた奇跡を、信じさせてほしいのじゃ」


 胸の前で手を組んで、リーシアは穏やかにそう呟く。そのドレス姿も相まって、目を伏せるその姿は敬虔な神の信徒のように思えた。


「わらわの世界は、あの予言が下った日に終わったと思っていた。アレをきっかけにすべては離れ、わらわの世界にはわらわ独りになった。――誰とも触れられない、触れてくれない世界など、終わっているも同然じゃろう?」


「……そう、だな」


 マンションで一人、自分の世界に引きこもろうと努力し続けた日々を思い出す。今になって思えば、どうして俺はあの苦痛に耐えられていたんだろうな。誰かと関わることの温かさを知った今じゃ、とてもじゃないがあの時に戻ることはできなさそうだった。


 最初から誰もいなかった俺と違って、リーシアは一度その失う痛みを経験しているのだ。俺とリーシアはとてもよく似ているけれど、そこだけは違う。……喪失の痛みを知るのは、リーシアだけだ。


「その世界を見続けたままわらわは封印され、その世界はさらに小さくなった。蝙蝠に託して外の世界を見ることはできても、それで誰かの世界と触れられるわけでもない。……それでも、いつかは変わる時が来ると信じなければ耐えられなかったのじゃ」


「五百年も封印されてたんだもんな。その間も意識があったんじゃ、そう思わなきゃやってらんねえか」


 五百年もの間、ただ一人棺の中で時を過ごす。それはきっと、リーシアにとって何よりも惨い拷問だったのだろう。俺があの棺を解き放った時あれほど小躍りしていたのも、今ならあっさり納得がいく。


「……ああ、地獄のような日々だった。だが、その先に奇跡はあった。わらわにも、たまには運命は良い顔をしてくれると初めて分かった瞬間じゃよ」


「……俺が、あの棺を解き放ったから」


「そうじゃ。その瞬間、わらわの世界はもう一度誰かに触れることが出来た。……それは、わらわにとってあまりに尊い事じゃった。ここからもう一度やり直せると、そう思えた。……故に、わらわはコハルを拒むわけにはいかぬのじゃ」


 リーシアは、噛み締めるようにその結論を俺にこぼす。弱々しい言葉ではあったが、俺を見つめるその視線に迷いの色は一切なかった。


「……その選択がいずれ俺たちを傷つけるのだとしても、後悔はしないな?」


「無論じゃ。わらわは奇跡を信じる。偽物の身分だとしても、わらわに触れた人間が『赤薔薇姫』としてのわらわをも受け入れてくれるという奇跡を信じる。……何せ、過去に前例のある奇跡なのじゃからな」


 俺の問いかけに、リーシアは強く強く頷く。その姿さえ見られれば、俺ももう迷う理由はなかった。


 ほんとのところを言えば、俺とリーシアの出会いは正真正銘の軌跡なんだけどな。『良縁』が導いた、お互いにとってかけがえのない出会い。それと同じくらいの奇跡が、この先に待っているとするなら――


「……掴んでやりたいよな。お前は、幸せになっていいんだから」


「ああ。……当然、その隣にはルカが居なくてはいけないぞ?」


 俺の結論に、リーシアはいじらしくそう付け加えてくれる。コハルが俺たちの旅に同行するのは、俺からしたら想定外でしかない。……だけど、どうにかこうにか乗り切ってやろうじゃないか。


 決心を新たに、俺は拳をぐっと握る。そんな俺の姿を、リーシアは穏やかな表情で見上げていた。

ということで、次回より新展開です! 決意を新たにしたルカたちはどこへと向かうのか、より賑やかになった旅路を楽しみにしていただければと思います!

――では、また次回お会いしましょう!

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