断章『廃病院にて』
――どこかの街の片隅の、小さな廃病院。『幽霊が出る』とか『異音が鳴りやまない』という理由から地元の住人の足が向くことのなくなった、捨てられた場所。人影が居れば即座に幽霊だと断じていいようなこの場所に、『それら』はいた。
「……同志から伝令。辺境の地区で赤薔薇が目覚めたとの情報あり」
――黒ずくめの装束に全身を包んだ人物が、女性的な声でそう報告する。恭しく頭を下げるその正面には、顔を黒いベールで覆った長身の人物がいた。
「なるほど、赤薔薇も咲いたか……。その足取りは追えているか?」
「いえ、王国最強の騎士が倒されてしまったようで……。騎士団に紛れ込んだ同志が情報を得てはいますが、居所は掴めていないようです」
「そうか……。王国の剣が届いていないのは、我らにとっては福音ではあるな」
「その通りですね。まだ、魔の手は届いていない」
王国騎士団にスパイを潜り込ませる。騎士団の関係者が聞けば顔を真っ赤にしそうな所業を、二人は前提条件として会話を進めている。彼らがこの場所にいるのは、決して伊達や酔狂などではなかった。
「これで花は三本……『白百合』を回収するのには骨が折れたが、順調に世界は進んでいるな」
「ええ、貴方のおっしゃる通りでしたね。『青薔薇』の目覚めから想像以上に間が空かないのは意外でしたが」
「あれらは二本で一つの作品ともいえるからな。片方が咲いたのならば、もう片方の蕾も膨らんでいると見ていいだろう」
「は……そのご慧眼、御見それしました」
ベールの男の言葉に忍びらしき女性はさらに平伏し、常人が聞けば首を傾げそうな言葉を恭しく受け入れる。
それは、彼らの話す言葉に覚えがないからではない。……覚えがありすぎるから、問題なのだ。
『白百合』も、『青薔薇』も。この世界で生きれば誰もがおとぎ話で聞くその二つ名は、世界を終わらせると言われた『赤薔薇』の隣に並ぶ存在だ。世界の破滅を呼ぶとされるそれらの名を、彼等はまるで神の名でも呼ぶかのように口に出していた。
「しかし、赤薔薇が野放しになっているのはいただけないね。アレは『終焉の四花』の中で最も強いが、反面最も繊細でもあるんだから」
「放っておけば我らの意志とは違う方向に咲きかねない、と?」
「ああ、その通りだ。赤薔薇を回収すれば、我らの勝利はほぼ決まったようなものだがな」
なんせ最強の戦力だ、と男は軽く肩を揺らす。決して肩幅が大きいわけでもなく、筋肉質でもないはずのその体が、その時ばかりはやけに大きく女性の目に移った。
「……して、いかがいたしましょう。赤薔薇を回収するよう、同志たちに触れ回りますか?」
「ああ、そうしてくれ。『丁重に扱うように』という言葉を忘れずに付け加えてな」
「了解いたしました。――私たちの悲願は、確実に近づいているのですね」
「当然だ。それを見届けるために我が現れ、その予言を現実にするために同志が集った。そして現に、『終焉の四花』の半分を我らは手中に収めようとしている。……お前たちが望む結末まで、そう距離はないさ」
拳を力強く握りこみ、男は重々しく呟く。黒のベールからのぞく瞳は、誰にも見えない結末を独り見通していた。
その底知れぬ輝きを目の当たりにして、女性はもう一度ひざまずく。……まるで、王に対してそうするように。
「……はい、その通りですね。貴方のもとにつくことを選んで、私は本当によかった」
「それは我が言うべき言葉でもあるな。……そなたらのような信徒に出会えたからこそ、我々は描いた景色を現実にできつつある」
「私たちのような者どもにはもったいないお言葉。……ですが、謹んで頂戴します」
「そうしてくれ。……では、赤薔薇のことは任せたぞ」
「ええ、私たちにお任せを。……貴方は、来るべき時に向けて動き続けてください」
その言葉を最後に、女性は音もなく、闇に溶けるようにしてどこかへと消えていく。そうして男のほかに誰もいなくなった一室に、小さな笑い声が反響した。
「……予言が成就するときは、確かに近づいている。王国は、神々の意志を甘く見過ぎたのだ」
薄暗い部屋の壁には無数の魔法陣らしきものが刻まれ、床には学術書と思しき本が散乱している。廃病院という空間を完全に私物化していると言ってもよいその男は、誰もいなくなったのをもう一度確認してそのベールを脱ぐと――
「……終焉を逃れることなど、今の貴様らにできるはずもない。我々は、その絶対なる意志に粛々と従うのみだ。たとえどんな苦難があろうとも、我らは終焉を迎えるための五本目の花となろうじゃないか」
――それこそが、『終焉の四花』を世界に生み出したことの意義なのだから――と。
濁った銀色の瞳を鈍く輝かせて、そう宣言して見せるのだった。
――最近、王都を中心にまことしやかにささやかれる噂がある。曰く、世界の終焉をもくろむ者が率いる宗教組織が存在すると。目覚めてから足取りを掴めなくなった予言の者たちは、全て彼らに囚われているのだと。
それ以上の情報もなく、ただ謎だけがそこに残されている。故に騎士団も目を付けざるを得なくなった組織――その通称を、『フィフスフラワー』。
ただの狂人たちと無視することもできなくなった彼らの視線は、すでに『赤薔薇姫』リーシア=ベルカザーク=シュミットに向けられているのだが――
――彼女とその夫がその事実を知るのは、もう少し先の話。
ルカたちの世界が広がる一方、その周りもどんどんと急速に変化していきます! ここから更に物語は盛り上がっていきますので、どうぞ楽しんでいただければ幸いです!
――では、また次回お会いしましょう!




