第二十五話『忍びの血筋』
「まさかこんなことになるなんて……ごめんなさい、お力になれませんでしたあ」
「気にするでない、お前はできる限りのことをしたのじゃからな。……ただ、巡り合わせが悪かっただけじゃ」
申し訳なさそうに頭を下げるコハルの背中を優しく叩き、リーシアは慰めの言葉をかける。コハルからすれば確かにこれはタイミングが悪いにもほどがある出来事なのだが、俺たちにとってはあまりに都合の悪すぎる展開だった。
「……しかし、町同士のつながりってそんなに強いんだな。何もこの街のすぐ近くで起こった訳じゃないんだろ?」
「そうですねえ、他の街で起こったって話でしたから……私のお母さんたち、やっぱり優秀なんですよねえ」
「へえ、お母さんが――お母さん?」
あまりに突然飛び出してきたそのワードに、俺は綺麗なオウム返しを披露してしまった。こんなにも早く、そして的確に情報を伝える手段があることもそうだけど、よくわからねえことが次から次へと起こり続けている。
リーシアはどうかと視線を向けると、俺とは真逆で何か合点が行ったような表情で小さく頷いている。――どうやら、今回も置いてけぼりなのは俺だけのようだった。
「そうですよお、私のお母さんは王国に仕えているんです。忍びの技術を生かしての伝令役に補給役、緊急時のかく乱役までなんでもござれ! 一日に千里を駆けるとも言われたその力は本物ですとも!」
俺の質問に、コハルは大層誇らしげにそう説明して見せる。その表情は本当に輝いていて、コハルが本当に母親のことを尊敬しているのが伝わって来た。
「忍びの業は古来から重宝されていると聞くからな。……おおかた、王国に仕える一派が隅から隅まで回って『赤薔薇姫』の復活を触れ回っておるのじゃろう」
「そうでしょうねえ。わたしはちょっと肌が合わなくて目指しませんでしたけど、お城に仕える人たちは本当に優秀な忍びですから!」
「肌が合わない……ねえ」
確かに、機密情報を保持するにはあまりにも向いていないようには思えるな……。忍びだってことを隠すつもりもない格好をしているあたり、コハルは街だと有名人だったりするんだろうか。
……いや、それって忍びとしてどうなんだ……?
「あ、何ですかその眼は。さてはあたしが本当に目指さなかったのかって疑ってますね?」
「まあ、な。正直なところ、目指せなかったんじゃねえかなあって思ってる」
「あら素直でよろしい! ……でも、それって私のこと相当軽視してませんかあ⁉」
俺の自白に、コハルは複雑な表情を浮かべる。そういうところがらしくないって思われる要因だと思うのだが、本人は気づいているのだろうか。
「……いや、それは言わぬが花か」
「あ、また失礼な事言いましたねえ⁉ 私だっていっぱしの忍者、読唇術くらい心得てるんですよ!」
故に陰口は許しません! なんて言って、コハルは胸を大きく張って見せた。……だから、そういうところなんだよなあ。
「まあよい、忍びが関わっていることを知れただけでもコハルの存在は有益じゃった。……まあ、その活動が予想以上に優秀だったことの方が問題じゃが」
リーシアはあごに手を当てながら、地面を見つめてぶつぶつとつぶやいている。こういう時、気の利いた作戦の一つも出せない自分が歯がゆかった。
忍びの伝令によって検問が敷かれ、身分を持たない俺たちはこの先街の中に入っていくのが難しくなるだろう。当然検問が緩い街もあるにはあるのだろうが、そこに向かうまでにアクシデントが起こる可能性だって十分にあり得てしまう。かつてリーシアを苦しめた王国の手は、予想よりも早くリーシアに向けて伸ばされようとしていた。
「……大丈夫ですよ、お二人とも。少しすればこの検問は終わって、貴方たちが足を踏み入れられるヴォレアにきっと戻ってくれるはずですから」
そんな風に考える俺たちの顔は、よっぽど曇っていたのだろう。ぴょこりと俺たちの前に飛び跳ねて来たコハルの表情は、草原を吹き抜ける風みたいに明るくてさわやかだった。
「……随分と、楽観的なんだな」
「当たり前じゃないですか、私を育ててくれたお母様たちですもん! 悪ーい赤薔薇姫なんてすぐに見つけ出して、今度こそリューズ様がかっこよくやっつけてくれるはずです!」
「……ッ」
そう語るコハルの表情に、罪悪感なんてものは一切ない。ただ悪役を倒すヒーローたちへの期待があって、その犠牲になる赤薔薇姫の事なんて一切考慮していない。……ずっと偏見の中で育てられてきたコハルに……いや、コハルだけの話じゃない。この世界の大半は、無邪気に『赤薔薇姫』を討伐されるべきものだと認識しているんだ。こんなに悪意のないレッテルは、生まれて初めてだった。
「そうか。……そうだと、良いのじゃが」
「大丈夫ですよ、それまでは私も一緒についていきますから! 契約履行が済むまで、私が貴方たちのことをお守りします!」
「……え?」
――その提案は、正直予想外だった。俺たちの旅はあくまで二人のものであるべきで、そこに誰かが加わるなんてことは想像もしていなかったのだ。……だって、俺たちの秘密は決して明かされるべきものではないし。そうだと分かっているから、俺たちは偽りの境遇を作り上げたのであって――
「……気持ちは、凄くありがたい。だけど、これは俺たちの――」
「――その申し出、快く受けさせてもらおう。短い旅になるかもしれぬが、よろしく頼む」
俺の返事を遮るようにして、リーシアはコハルの申し出を快諾する。その後にちらりと向けられたリーシアの視線には、どことなく申し訳なさそうな光が宿っていた。
――色々と言いたいことはある。聞きたいこともある。だけど、偏見を向けられているリーシア自身が一緒にいることを決めたというのは、俺にとって非常に大きなことだ。そこにどんな意志があっても、俺はそれを尊重しよう。
「……なら、俺も異論はないよ。ここからもよろしくな、コハル」
「はい! お二人とも、よろしくお願いしますね!」
俺たちの返事を聞き、コハルは飛び跳ねて俺たちの仲間入りを喜んでいる。――二人だけのものだと思っていた旅路は、思いがけぬところから賑やかになり始めようとしていた。
コハルを受け入れたリーシアの内心はいかに! まだまだ障壁だらけの旅路ですが、頑張る三人を見守っていただけると嬉しいです!
ーーでは、また次回お会いいたしましょう!




