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第二十三話『偽りの境遇』

「あの、本当に大丈夫ですかねえ……? 今更言うのもなんですが、かなーり私の交渉術にすべてが託されているような気が……」


 ヴォレアの街に足を踏み入れるための検問の列に並びながら、少女はおどおどと周りを見回している。まるで借りてきた猫のようなその態度がおかしかったのか、リーシアはからからと笑っていた。


 俺たちが持ち掛けた契約とは、『素材を引き渡す代わりに俺たちの身元保証人になってほしい』というものだ。身元が証明できる人が一人いれば俺たちの信用度も自然と上がるし、魔物の素材を材料にすれば冒険者とは分のいい交渉が出来る。誰の不幸も望まない作戦は、俺たちが思っていたより早く実現へと動いていた。


「大丈夫じゃコハル、見知らぬものから護衛料と称して金をせびるよりは難しくない事じゃろう?」


「そりゃあそうかもしれませんけど! というか、やっぱりあなた根に持ってるじゃないですか!」


 さらっと飛んで来た棘のある言葉に、少女―—コハルは軽く飛び跳ねるようにしながら反論する。感情が行動にそのまま出てくるタイプらしく、その挙動を見ているだけで三十分くらいは潰せそうだった。


「……それにしても、かなり人がいるんだな。この街、そんなに検問厳しいのか?」


「他の街に比べれば、ですけどねえ。その分街の中の安全は保障されてますし、いろんな人がここを足掛かりに今後の冒険の準備を整えていくんですよ」


「……つまり、今のわらわたちにぴったりの場所ということじゃな。のうルカ?」


「間違いねえな。リーシアの判断は大正解だったってわけだ」


 そう言ってこちらに上目遣いを向けてくるリーシアに、俺は大きく頷きを返してやる。その様子を見つめていたコハルが、興味深そうなうなり声を上げた。


「そのご様子、本当に仲がよろしいんですねえ……。私はてっきり貴族とその護衛かと思っていましたけど、まさか駆け落ちカップルだとは」


「ま、事情を明かさなきゃそう見えるかもしれねえな。そっちの方が都合がいいし、あの家を離れられるまではそれくらいの方がちょうどいいだろ?」


「わらわとしてはもっと触れあってもいいと思うのじゃがな。そうでなければ苦労して抜け出してきた意味がないではないか」


『許されぬ恋を成就させるために、家を二人で出奔した駆け落ち夫婦』――それが、コハルに説明した俺たちの身分だ。大っぴらにできない身分なのもそれで説明がつくし、何よりリーシアがドレスを着ていた理由が納得できるようになるのが大きい。俺たちは城を抜け出してあの黒男から逃げてるわけだし、あながち全部嘘ってわけでもないんだけどな。


 そんな説明をしたこともあって、リーシアは全力で俺に対して引っ付いてきている。本来の俺たちの立場的には何の問題もない事なのだが、長蛇の列の中で俺の理性はゴリゴリと音を立てて削られつつあった。


 これくらいは普通のスキンシップだ、どうにか耐えて見せろ――って、そういえば普通のスキンシップすらろくすっぽしてなかったな、俺。正直な話、抱きしめたくなるのを我慢するのでいっぱいいっぱいだ。


「……蓼食う虫もなんとやら、ってやつですかねえ」


 そんな俺たちのやり取りを眺めて、感慨深そうにコハルはそうつぶやく。日本と同じことわざが聞こえてきたことはなんとなく気になるが、まあそこは神様が翻訳してくれたのだとすることにして。


「……それ、あんまいい意味じゃなかったような……」


「いや、別に貶してるわけじゃないんですよ? ですけど、ザ・一般人みたいなルカさんとキラッキラなオーラ纏ってるリーシアさんがどうやって恋に落ちたのか、私の想像力じゃ全く理解できないわけでして」


「語るには長すぎる物語があるからな、コハルがそう思うのも無理はない。……じゃが、ルカはわらわにとっての一番じゃ。それだけ分かっておればなにも構わぬ」


「はい、それはもうしみじみと痛感しておりますとも! 私もこんな恋が出来たら……って言っても、忍びは恋をしない方がいいって話ですが!」


 一瞬目を輝かせたコハルだったが、直ぐにその思いを打ち消すようにフルフルと首を横に往復させる。俗っぽかったりなんだりとちょっと残念なところはあるが、それでも忍びとしての誇りはしっかり残っているのだろう。


「……お前もお前で、色々大変なんだな」


「そりゃあもちろん! 今の世の中忍びの需要ってあんまないですし、ですけど普通の冒険者として生きていくには私って生き物は忍びに染まり切っちゃいましてますから!」


 えへん! とコハルは誇らしげに胸を叩いて見せる。話を聞く限りあんまりいいことではないような気もしないでもないが、まあ本人がそれに満足してるならそれが一番か。


「となれば、忍びの生き方が生きる数少ない機会にお主は恵まれたことになるな。その弁舌、期待しておるぞ?」


「弁舌沙汰になる前に手を打っておくのが忍びってものですし、なんならリーシアさんに私の忍びとしてのプライドは打ち砕かれたわけですが――交わした契約を違えるなど、それこそ忍びの名が廃るというもの。前払い金ももらってますし、全力であなたたちを街にお迎えしますとも!」


 リーシアの笑みに少しだけ後ずさりしながらも、覚悟を決めたようにコハルはもう一度胸を叩いて見せる。その宣言が終わってから少しすると、門の陰から護衛らしき人が顔を出してきて――


「次の者、前に」


「はい、少々お待ちください!」


 ついに巡ってきた俺たちの番を前にして、コハルは元気のいい返事を一つ。……俺たちにとって二度目の山場は、息刷りの少女に託されることになったのだった。

次回、コハルの交渉の行方はいかに!三人になってにぎやかになった彼らのやり取り、楽しみにしていただけると嬉しいです!

――では、また次回お会いしましょう!

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