第二十二話『交換条件』
その少女は、俺よりも一回り小さかった。年代は……大体十五歳かそこらだろうか。少なくとも、俺よりも年下なのは間違いないと思う。黒髪を短くまとめ、困惑のまなざしをこちらに向けるその様子は、その年代相応の態度だと言えた。
だが、目を引くのはその装備……いや、装束というべきだろうか。忍者と言えばこれ、といったような衣装に全身を包んでいることによって、俺の中の警戒度はイヤでも跳ね上がっていた。
「おまっ……いつから……⁉」
「この魔物との戦闘が始まったころにはもうおった。前線にいたルカは、気づかずとも仕方ないじゃろうな」
へたり込みながら問いかける俺に、リーシアから優しいフォローが入って来る。その気遣いは正直嬉しかったし、その分だけ今冷静さを失っている自分が情けなかった。
リーシアのおかげで気が付けたとはいえ、俺たちに隠れて戦闘を見守っていた怪しい人物なのは間違いない。まだ自分たちにとってどういう立ち位置になるかは分かんないし、気を抜くわけにはいかないのに――
「そう気を張りすぎるな、ルカ。この者に害意は感じない……今のところは、だが」
「害意なんてないですよお。私はただ、貴方たちがあんまりにも危なっかしい格好をしていたので気が気じゃなくてですね……」
害意がある前提で話されているのは損害だったのか、少し語気を強めて少女は返す。どことなくあたふたしてはいるようだったが、冷静さは失われていないようだった。
「あぶなかっしい格好、とな?」
「そうですよ、特にそのお嬢さん! こんな平原に居ちゃいけないくらい綺麗なドレス姿ですし、どこかのいい身分の方だってのは簡単に理解できます! いや、もしそれがあっているならこんなフラットな口調で話しているのはかなーり危険な行為なんですけどね⁉」
――いや、前言撤回。多分コイツは焦りに焦っている。どういう勘違いをしたかはともかく、リーシアの格好が冒険にそぐわない格好だというのは納得できる話だった。
「……おーけー、そこまでは理解した。……なら、何で戦闘になる前に止めなかった?ほんとに心配なら、直接助力を申し出ればいいんじゃねえのか?」
「へたり込んでいる護衛さんが何を言ってるのかって感じですけど、その疑問はごもっともですね。……ですが私も生活が懸かっている身、そんな聖人君子みたいにはなれないんですよ」
「……と、いうと?」
「危険に陥ってから助けた方が、報酬も多くもらえるかもしれないでしょう? だからですね、万が一のことが起こったらすぐ駆けつけられるくらいのところに陣取っておきまして――」
「思ってた以上に最っ低な理由だな⁉」
ここまでの印象が全部ひっくり返されたわ! なんだコイツ、あんまり関わり合いにならない方がいいんじゃねえのか⁉
「リーシア、こいつどうするよ。この見た目して相当俗っぽいしがめついぞ」
仮にも忍者姿なんだし、もう少しこう、超然としていてほしかったというか……いや、それはリーシアに潜伏を見抜かれた時点で無理な話か。
「まあ、それに関してはわらわも少し評価を改めならねばならぬが――お主、わらわたちを不意打ちしようとは考えなかったのじゃな?」
「滅相もない! そんなことしたら一族郎党皆殺しでしょう⁉」
んな極端な、と言いたいところだが、この世界じゃ何があるか分からないのが恐ろしいところだ。事実、その想像をしてしまった少女はぶるぶると震えあがっているようだった。
「……どうやら、こやつの言っていることに嘘はないようじゃ。……少しばかり金にうるさいところはあるが、そちらの方がわらわたちの作戦にはちょうどよかろう」
その少女の姿を横目に、リーシアはそうこちらに耳打ちしてくる。まだまだ油断ならないところはあると言えど、リーシアの中であの少女は俺たちの命運を一時的に預けるに足るようだった。
「リーシアがそういうなら、もう実行に移してもいいとは思うけど……俺たち、名乗らずにどう身分を誤魔化せばいいんだ?」
吸血鬼は名前を呼んでもいけないし呼ばれてもいけない。その原則は、吸血鬼となった俺たちにも適用されているはずだ。偽名を名乗ってもいいが、それはそれでリスクがないでもないし――
「いいや、それに関しては心配せずともよい。互いに契りを結んだあとならば、その拘束は意味をなさぬからな。初めて名前を問い、そして問われる。相互の誓いに基づいてお互いの名を明かしあうことに、その原則は意味を持つのじゃから」
「そっか、それなら安心だ。……ってことは、本当の名前を呼んだのは俺が初めてなのか?」
「……そういうことになるな。わざわざ言わせるでない、恥ずかしい」
俺の確認に、リーシアは顔を赤らめてそっぽを向く。なんだその仕草可愛い。
「……あのお、さっきから何を相談なさっているんです?」
そんなやり取りをしているうちに落ち着いたのか、少女がこちらに疑わし気な視線を向けてきている。この子は今俺の事をリーシアの護衛だと勘違いしているみたいだし、その前提に基づくと少しおかしな光景ではあったか。
「ああ、悪いな。お前の扱いをどうするか、ちょっと話し合ってたところだ」
「なんか物騒な響き! ……あのう、逃げることって許されたりしますか?」
俺の言葉にビビった少女は、ゆっくりとだが後ずさりをし始めている。しまった、ちょっと不用意に脅かし過ぎたか……?
「おや。それは困るな。今からわらわたちは、お主と取引をしようと思っていたのじゃが」
「取引……ですか?」
「そう、取引じゃ。お主が応じてくれるなら、この魔獣の素材を全て譲ってやろうと思っておる」
「本当ですかあ⁉ やりますやります、是非やらせてください!」
突然出された好条件に、少女は一も二もなく飛びついてくる。隠れて俺たちが大量の魔物を狩っているのは見えたはずだし、その条件は確かに破格に見えたのだろう。
事実、これは少女にとってかなり有利な取引ともいえる。だけど、俺たちからしたらその一歩を踏み出すためにこれだけの支払いで済むなら安いもので――
「……交渉成立、じゃな」
妖しく微笑むリーシアの姿は、ぞっとするほどきれいだった。
リーシアが持ち掛けた取引はいったいどんな展開を見せるのか! 新たに登場した少女がこの先どう動いていくのかも含め、楽しみにしていただけると幸いです!
――では、また次回お会いしましょう!




