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第二十話『それはとても現実的な』

「――それで、今日はどこに向かうんだ?」


 リーシアに術をかけてもらったこともあって、降り注ぐ日光が俺の体を蝕んでくることは無くなった。当たり前に日差しの下を歩けることに感謝しつつ、俺は隣に立つリーシアへと質問を投げかけた。


「夜通し考えたのじゃがな、選択肢は一つしかなかった。わらわたちが今歩いている方向に鎮座する街――『ヴォレア』に向かうしかまともな選択はないだろうな」


「……ちなみに、まともじゃない選択肢ってのは?」


「今から回れ右をして、あの城の一番近くにある街に戻る事じゃ。当然あの男もいるが、それでもいいというなら今からでも選択肢に――」


「いや、いい。しばらく……いや、出来れば二度とあの面は見たくねえよ」


 無造作に俺たちを殺そうとしてきたあの体温のない目は、今でも鮮明に思い出せる。できれば忘れたいしなかったことにしたい記憶ではあるが、どうやらそうもいかなそうなのが悲しいところだった。


「わらわもそれに関しては同意見じゃな。だからこそヴォレアに向かうのが既定路線なのじゃが……一つだけ、どうしても超えられない問題があってな」


「……なんか嫌な予感がするけど、聞かせてくれ」


「――今のわらわたちには、後ろ盾というものがない。五百年の時を超えて目覚めた吸血鬼と、異世界から来たというその眷属――これ以上に胡散臭いものがあるか?」


 その質問を聞いた瞬間、リーシアの苦い表情の意味を俺は全部理解した。できてしまった。……日本風に言うなら、今の俺たちには戸籍がないのだ。身分証明なんて、したくてもできやしない。


「冒険者にさえなってしまえばその問題は解決できるのじゃが、ヴォレアに入ることが出来なければ冒険者になる事も不可能じゃ。……加えて、あの町の検問は厳しい。わらわたちのような正体不明の人間をおいそれと通してもらうのは無理じゃろうな」


「……それ、あまりにも致命的な問題すぎないか……?」


 異世界召喚された身に戸籍も何もあったものではないが、身分証明が出来なきゃ詰む盤面があるのもどうしようもないくらいに真実だ。……まさかここまで早いとは思っていなかったけどさ。


「そう、致命的じゃ。わらわたちはある程度丈夫な体をしている故、食い扶持に困ってもしばらく死ぬことは無いがな。……街に踏み込む口実が無ければ、いずれ野垂れ死ぬことになるのは自明という奴じゃ」


「俺たちの生活、一歩目で詰みかけてんじゃねえか……」


 まさか吸血鬼狩りとかそういうショッキングな出来事じゃなく、あまりにも現実的な仕組みに殺されかけるとは予想外過ぎる。これも異世界生活始めたてだからこその出来事だと思えばまあいいが、これを越えない限りは次の試練も何もあった物じゃない。


「考えが一つないではないが、それはひどく運任せなものじゃ。……それに、あまり気持ちのいいものではない」


「……それでも、どうしようもなくなったらそれをやるしかないんじゃないか?」


 唐突に語りだしたリーシアの表情は渋く、本心ではそれをやりたくないという意思がこれでもかと言わんばかりに現れていた。だが、そうまでしなきゃ困る展開が大いに予想できるのが辛いところなのだ。俺たちは今、あの時以上に手段を選べない状況に追い込まれているわけで。


「……この平原で窮地に追い込まれる者が出るのを待ち、そのものの護衛としてヴォレアに向かう。それが一番現実的な策であり、出来れば実行したくないわらわの策じゃ」


「――ッ」


 リーシアが告げたその作戦に、俺は思わず息を呑んでしまう。確かにそれは、出来るなら実行したくない、出来てほしくない作戦ではあった。


「確かにわらわは虐げられた。苦しい思いもした。……じゃが、だからと言って同じくらいの不幸が降りかかることを奴らに望むのは違うじゃろう。ルカの言うところの、『同じになる』という奴じゃ」


「……そうだな。確かにそれは、実行したくない」


 目を伏せて、俺は絞り出すようにそう答える。どれだけ切実な状況でも、誰かが不幸になる事を願うのは気持ちのいいものじゃなかった。


 確かにリーシアを追い込んだ奴らはクソだし、俺を独りにさせた奴らがクソだって結論も動かない。だけど、リーシアの言う通りそれとこれとは別なのだ。俺たちが幸せになるために、都合よく不幸になってくれていいってわけじゃない。


 だから、リーシアが提案してくれたそれは最終手段だ。必然的に人とのかかわりも増えるし、危険な選択肢なことに変わりはないしな。だから、今から俺たちが考えるべきは妥協案だ。多少遠回りしてでも、ちゃんと考えなければならない。


 誰の不幸も望むことなく、ちゃんと街に足を踏み入れる方法。できるなら、不幸どころか誰も損をしない方法が最良ではあるのだが――


「……ん?」


 色々と知恵をひねって考えていると、俺の中に一つの仮説が立つ。護衛という形ではなくとも、身分のある人と一緒に検問を超えることさえできればいいのだ。なら、誰かを救うって形じゃなくても条件は達成できるんじゃないか?


「……なあ、リーシア――」


 その仮説を元に組み立てた俺の作戦を、隣で渋い顔をしているリーシアへと伝える。最初は厳しい顔を崩さなかったリーシアだったが、その全容が明らかになっていくにつれ、その表情はだんだんと晴れやかになっていって――


「……ああ、その作戦で行こう。さすがはわらわが見初めた夫じゃな!」


 全部伝え終わるころには、最高の笑顔を俺に向けてくれたのだった。

ルカが考え出した策とはいかに!街に足を踏み入れるべく奮闘する二人の姿、ぜひ応援していただけると嬉しいです!

ーーでは、また次回お会いしましょう!

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