第二話『孤独な俺が欲しいもの』
――唐突だが、俺は死んだらしい。何の予兆もなく、何のドラマもなく、それはまあぽっくりと。
そりゃ人間の死がいつだってドラマチックなものであるはずはないけれど、もう少し何かあったって良かったはずだ。痛みとか、走馬灯とか、そういうのとか。俺の死は、ちょっとおかしいくらいに何の感動もなく俺に降りかかってきたわけだが――
「そんなことよりも、この状況をこうやって俺の意識があるまま批判できちゃってるのが一番おかしい。……そこんとこどうなのさ、神様?」
「……なんというか、そこまで淡白だと私も反応に困ってしまいますね……」
俺のこぼした不満に、目の前に立つ金髪の女性は苦笑を浮かべる。額に流れる汗をぬぐいながら困ったようにこちらを見つめるその視線はとても人間らしいものだが、どうもコイツが俺をこの場所へと連れてきた張本人、いわゆる『神様』というものであるらしかった。
腰まであろうかというつややかな金髪に白い装束、そして整ったスタイル。言われてみれば誰もがイメージするような女神そのものの様な見た目をしているのだが、それでも俺に現実感は湧いてこない。……というか、初対面の相手を『神様』って呼ぶことすら少しはばかられるくらいだ。
「そりゃ淡白にもなるだろ、寝てる間にこんな場所に来てるんだから。それでいきなり死んだって言われても『趣味の悪い夢だなあ』くらいにしか思えねえって」
「それは確かにごもっともなのですが……もっと焦るとか誰かの名前を呼ぶとか、そういうリアクションは無いんですか?」
少々呆れたような感じで神様は俺を見つめているが、悲しい事にそんな行動は俺と一番対極の部分にある。その理由は、俺がここに来た理由とも少しだけ関わるもので――
「一人っ子の上に両親は揃って海外赴任、顔を合わせるのは毎日変わる宅配の人だけ。小さいころからそんなんだった俺に、呼ぶべき名前なんてあると思うか……?」
俺がこうやって眠るように死んでいったのもなんとなく想像がつく。もし仮に俺が寝ている間に何らかの急性症状が起こったとしても、それを察知して助けを呼んでくれる人なんて俺にはいないのだから。
「……だとしても、友達とか彼女さんとか……‼」
「俺の親、相当あくどい商売してたらしくてさ。その息子ってだけで避けられっぱなしだよ」
即答する俺に、さしもの神様も絶句する。俺を取り巻く環境は、神様から見ても特異なものであるらしかった。
もちろん俺の事情を気にしないで仲良くしてくれた人もいないではなかったが、そういう人らは多数派の暴力を受けて沈んでいった。俺を攻撃するとどんな報復が来るか分からないからその周りを叩く、全くもってクソな話だ。
「そんなわけで、篠原瑠佳は孤独に死んだ。そんな奴をわざわざ引っ張って来て、神様が俺に何の用だ?」
まさか異世界転生とか言わないよな、と俺は付け加える。ライトノベルなんかではよくある話だが、ここまで何にも恵まれてこなかった。俺の現実にそれが都合よく発生するはずもない。そんな風に高を括っていたから、目の前の神様がこくりと頷いたときに俺は目を疑わざるを得なかった。
「貴方の魂の質は、異世界へと転生するのに非常に適していまして。命の流れ、魂の流れを流動的にするべく、瑠佳さんには転生していただきたいんです」
「魂の質、ねえ。誰とも関われてないってことを思えば、同世代の中でも穢れてないってことになるんだろうけどな」
正直なところ、俺の同世代への評価は割と最悪だ。いや、その親世代にも不信感はあるのだが、その人たちは俺の両親のやり口の被害を直接被ってきた人たちだからまだ許せる。問題なのはその親からの忠告を信じて、俺のことを最初からいないものとして扱ってきた奴らなんだからな。
「それが異世界転生の理由になるなら、これほどまでに皮肉な話もないだろうけどな。……正直な話、ぶっ飛んだ提案ではあるけどすごくありがたいよ」
「あ、一応喜んでいただけているんですね……反応が淡白でしたから歓迎されていないのかと」
「そんなことはないさ。あのどん底みたいな環境から抜け出せたうえにやり直しの機会までもらえてるんだから、本当だったら土下座してでも感謝したい気分だ」
実際に土下座して夢オチだったら悲しいし、まだ現実感が追いついてきてないからそこまでする気にはあまりなれないだけだしな。実際に転生できたなら、その時は天から見ているはずの彼女に向かって土下座することにしよう。
「……それでは、転生の話は受けていただけるってことでよろしいですね。最近は不安定な世界が多いので、その均衡を保つためにも転生というシステムは欠かせないんです」
「へえ、転生にもちゃんとした理由があったんだな……もっとなんとなくで送ってるものかと」
「暇つぶしくらいの感覚で転生させてる同業の方もいるという噂は聞きますけどね。少なくとも、私は転生とは明確な理由がない限り行ってはいけない行為だと思っていますので。……ですから、そのアフターケアもしっかりとさせていただきます」
「アフターケア……と、いうと?」
「異世界に適応できないまま死ぬことがないような言語能力と、ある程度の身体能力。……それに加えて、一人につき一つ『特典』と呼ばれるものをお渡ししています。形がある物でもないものでも、何でも構いません」
わかり易く言えば『チート』というやつですね、と神様は告げる。なるほど、転生するにあたって特典がついてくるのはそういう目的があったんだな……世界のバランスを崩すような力を以ているにしても、元から不安定になり始めている世界を落ち着けるためにはそれくらいの力でちょうどいいってわけだ。
「……ちなみに、俺より前に転生してった奴はどんな特典を選んだんだ?」
「そうですね、多くの人は『聖剣』とか『無限の魔力』とか、そういう戦闘に関わるものを選んでいる印象です。『大量のお金』とか『異世界での地位』みたいなちょっと変わったものを望む人も時々はいるんですけど」
「ああ、そういうのもいけんのか。俺が思ってたよりも万能だな……」
そうなると、俺もより柔軟に考えたうえでこの願いを決めるべきなのだろう。本当に欲しいものをもっていかないと、後々後悔することになりそうだしな。
「欲しいもの……欲しいもの、か」
「はい、素直に自分の欲しいものを言ってみてください。大体何でも叶えることはできますので」
俺の呟きに、神様は力強く頷く。それを受けてもっと考えを膨らませていくと、俺はある一つのものに行き当たった。……それは、俺がここに来る前からずっとほしかったものだ。
「……『良縁』を、俺にくれるか?」
「良縁……? あなたが異世界で出会う人すべてに好かれるようにとか、そういうことですか?」
「いや、違うね。たった一度きりでいいし、何ならその人が強制的に好かれたりすることも無くていい。……ただ、いい出会いが欲しいんだ」
それは、俺にずっとなかったものだから。たった一度でいいから、俺は良縁に恵まれてみたいのだ。
もちろん、その縁を活かせるかは俺次第だけどな。最初から好かれるのが確定されてっちゃ興ざめだし、その上で成り立った絆や信頼関係を『良縁』とは呼びたくない。たった一度、いい出会いがあればそれだけで十分だ。そこから先は俺がどこまで頑張れるかって話だし。
「ずいぶん控えめな願いではありますが……はい、受け入れました。貴方が転生した後、初めて出会う人があなたにとっての良縁であるように配慮しますね」
武力や財力ではないのは心配ですが――と言いながら、神様は俺に向かって手をかざしてくる。その手がぼんやりと光っているのを見て、初めて目の前の女性が超常的な存在なのだと理解できた気がした。
「貴方の二度目の人生が、暖かなものになりますように。……遠いところからにはなりますが、応援していますね」「
「ああ、ありがとうな。……行ってくるよ」
そのやり取りを最後に、俺の視界は白んでいく。どうかこれが俺の見た悲しい夢でないようにと願いながら、俺は目を閉じた。
リーシアの登場まではできるだけハイペースで進んでいきたいと思っていますので、皆様ついてきていただけると嬉しいです!『良縁』を願って転生した瑠佳はどこにたどり着くのか、是非ご期待ください!
――では、また次回でお会いしましょう!