第十八話『守るための刃に』
なんというか、大仰な装備だ。短剣とか棍棒とか、そういう初歩的なものでも俺としては全然良かったのだが、俺の初めての武器は日本刀らしき剣であるらしい。
「素晴らしいイメージじゃ。これなら武器としての価値も十分にあるじゃろう」
「……なら、このまま踏み込んでいいよな?」
今俺の眼前で、魔物は無防備な姿をさらしている。剣術なんてずぶの素人な俺でも、後ろからの攻撃なら何とか当たらないでもない――はずだ。つまり、今が絶好の好機だった。
「ああ。……逃がすな、ルカ!」
リーシアの言葉に背中を押されて、俺はまっすぐに狼へと踏み込んでいく。距離感を読み違わないように注意を払いつつ、俺はできるだけコンパクトに刀を振り抜いた。
その直後、手に嫌な感触が伝わる。柔らかくも固いものを切ったような、何とも言葉にしにくい感覚。これが命を切る感覚なのだと、俺はそう覚えておくことにする。
これからもきっと、こうやって魔物を切る機会ってのはやって来るのだろう。それに対して何も思わなくなることが無いように、この感覚だけはずっと覚えておかなければならないような気がした。
「……上出来じゃ。初めての戦いでこれならば、この先も期待が持てるというものじゃな」
どさりと崩れ落ちた魔物の姿を確認して、リーシアは嬉しそうに笑う。それを見た瞬間、俺の足から急激に力が抜けた。
「あ、れ……?」
立っていられなくなるくらいの疲労感が俺を襲い、そのまま地面にペタリとへたり込む。それと同時に、俺の武器になってくれた紅い結晶は音もなく消滅した。
「……血の過剰消費じゃな。お主、なんの自覚もなく今出せる全力を用いてあの結晶を作り出していたじゃろ」
「全力だったかは、分からねえけど……リーシアを守れるようにならなきゃって気を張ってたのだけは事実だな」
その意識が念頭に置かれていたのなら、今の俺が無意識に全力を出したのは不思議な話ではないかもしれない。大切な人を守りたいってなったときに、力を抜くなんてことが出来るはずもないんだからな。
そんなことを思っていると、俺の体がゆっくり抱き寄せられる。柔らかくて暖かいリーシアの体温が、俺をふんわりと包み込んでいた。
「本当に愛い奴じゃな、ルカは。わらわとてそう簡単に敗れはせぬこと、お主は知っておろうに」
「支え合うって決めたからな。いつまでもおんぶにだっこじゃいられねえし、いたくねえんだよ」
俺だって男だし、妻の前ではかっこつけたくもなるのだ。いつまでも背中に隠れて震えてるだけじゃ、あそこまでしてリーシアが俺の事を生かしてくれた意味も薄れるというものだからな。
「……なら、わらわも少し期待してしまうぞ? いつかわらわが窮地に陥ったとき、助けてくれるのはお主であると」
「ああ。ホントなら窮地にすら立たせたくねえけど、お前を助ける王子様の役目は誰にも譲らねえよ」
それだけは、俺が誇りをもってやり抜かなきゃいけないことだ。夫だからとか誓ったからとかじゃなくて、俺がそうしたいから、俺はその役目を背負うのだ。
「……それはそれとして、お前に甘えることはやめないけどな」
「それでよい。自立されすぎてもわらわからしたら寂しいものじゃからの」
力が抜けるのにまかせてリーシアの方に体を預けると、リーシアは俺の頭をわしゃわしゃとなでる。まるで子供を相手にしているかのような扱いだったが、今の俺にはそれが妙に心地よかった。
「……このまま、ここで野宿でもいいかな」
「ああ、別に問題ないじゃろうな。わらわは睡眠を必要とせぬし、ルカはわらわの胸で存分に眠るとよい」
なんせわらわは五百年も寝ていた訳じゃからな、とリーシアはころころ笑う。あんまり笑い事ではないが、リーシアがその事実をそう認識できるくらいには消化できているのだと、そう思うことにしよう。
「それじゃあ、お言葉に甘えるとするか。こんなに贅沢な枕もほかにないしな」
「そうじゃろうそうじゃろう。誓いを共にした妻の胸に抱かれて、今はゆっくりと休むといい」
その言葉と同時、俺の背中がゆっくりとさすられる。そのリズムが心地よくて、俺の意識は急激に落ちていきそうになった。
「……ああ、そうだ」
だけど、言わなくてはならないことを一つ忘れていた。当たり前のようでいて、孤独な俺は一度も交わしたことがない、あのあいさつを言わなければならない。
「……おやすみなさい。また明日も、一緒にいような」
その言葉にリーシアが息を呑んだのが、触れた肌から伝わって来る。リーシアの表情を見るだけの余裕は残されていなかったが、それが感激からくるものなのは言うまでもなかった。
「……ああ、おやすみ。……これからも、わらわたちは一緒じゃ」
――なぜなら、そう返すリーシアの声は潤んでいたから。それを聞けば、リーシアの感情を察するには十分すぎた。そのことに確かな満足を覚えたのを最後に、俺の意識は薄れていって――
波乱万丈と、そう言わざるを得ない俺の二度目の人生の第一歩。しかし、その一区切りはとても穏やかに俺の下へと訪れていた。
次回、二日目を迎えた二人の動向や如何に! ここから世界はさらに大きく広がっていきますので、その中でルカたちがどう生きていくかにご注目いただければ嬉しいです!
――では、また次回お会いしましょう!




