第十七話『吸血鬼式戦闘講座』
目の前から迫ってきている魔物は三体、全て狼のような、しかしどこか禍々しい雰囲気を放っている。赤黒い毛皮と、思いっきり口からはみ出ている牙がそうさせるのだろうか。口元だけ見ればサーベルタイガーもかくやと言ったところか。
「とちったら無傷じゃいられねえことだけは間違いねえな……‼」
「安心せいルカ、わらわとて鬼ではないからの。……いや、吸血鬼じゃが」
そんなジョークを飛ばしながら、リーシアは手の中に小さなナイフを作り出す。それを投げて魔物の一匹へと放つと、それを追いかけるかのようにリーシアが鋭く踏み込んだ。
「ふ……ッ‼」
魔物の一匹にナイフが突き刺さると同時、それに追いついたリーシアが容赦なくナイフを引き抜く。そのダメージで倒れ伏す魔物には目もくれず、半回転したリーシアの一撃はもう一匹の魔物の急所を的確に捉えた。
「……ほれ、これであと一匹じゃ。一対一であれば、少なからず気は楽じゃろう?」
「そのお気遣いは、痛み入るけども――‼」
くるくるとナイフを回しながら微笑んで見せるリーシアに、俺は思わずそう答えざるを得ない。目の前で起きた現象は、俺にとって目を疑うような光景でしかなかった。
俺もリーシアの様に戦えれば理想的だが、残念なことに俺は戦闘という行為自体が初めてなのだ。お世辞にも運動神経がいいわけじゃないし、魔物の動きなんて追えるわけが――
「……いや、あれ……?」
ない、と思っていたのだが。こちらにとびかかって来る魔物の姿を、どういう訳か俺は正確に捉えることに成功していた。だからと言ってすぐさま反撃できるわけでもないが、避けるくらいだったらできるかもしれない。まっすぐに突っ込んでくる魔物に対して、俺は真横に飛ぶべく地面を蹴ると――
「う、おおおおおっ⁉」
自分がイメージしているよりも数倍飛距離が出たことに、俺は驚きを隠せない。結果として、情けない声を上げながら魔物の攻撃を避ける俺という何とも言えない構図が完成していた。
「リーシア、これって……」
「吸血鬼の身体能力は人間のそれを上回っておる。多少の怪我もなんてことは無いゆえ、安心して戦うがよいぞ!」
そんな俺の姿を見て、リーシアは楽しそうに笑っている。習うより慣れろなんてよく言ったものだが、それにしたって少しくらいアナウンスがあったって良かっただろうに。まあ、夜目があり得ないくらいに聞いてた時点である程度大きな変化が起こっていると想像するべきだったんだろうな。
「……となると、まずは感覚の調整からか……」
さっきの回避を思うと、人間だったころの力加減と吸血鬼としての力加減というのはどうしても違ってくるものらしい。こればっかりは探り探りになってしまうが、せっかくなら今終わらせておかないとな。
「……お前には悪いけど、しばらく付き合ってもらうぞ」
くるりとこちらを向き直った魔物を見つめて、俺はそう呼びかける。それが通じたかどうかは分からないが、魔物は小さな唸り声をあげて再度こちらへと突っ込んで来た。
牙をむき出しにしてくるその姿は十分恐ろしいが、さっきまであった恐怖感は多少薄れている。一回避けれたっていう経験がそうさせたのかもしれないし、あるいは――
「……最強の先生の下でやってんだから、もしもなんて起きるはずもねえからかな!」
疑問形で締めくくりつつ、俺はできる限り魔物を引き付けてから回避行動に移る。反復横跳びをしている時くらいの力の入れ方ではあったが、俺の移動距離は大体二メートルを超えていた。
これくらいの力の入れ方でもまだこんなに飛ぶのか……。飛ぶというよりは、地面を滑るようなイメージで動いた方が距離の調整はしやすいのかもしれない。
「まだ、この体に慣れられてねえな……!」
「そうじゃルカ、考えることを止めるな! お主が考えれば考えるほど、その体はお主に応えてくれるはずじゃ!」
視線を魔物から外さず、次の行動を予測する。魔物は俺の方を向き、次の突進に向けての準備をしていた。その一挙一動を、穴が開くくらいに観察する。
「……来い!」
いつもより腰を低く構えて、迫りくる魔物を待ち受ける。ベタ足では動き出しも遅れてしまうだろうが、今の俺には多分それくらいがちょうどよかった。
大きすぎる牙をむき出しにして、魔物はこちらに向かって大きな跳躍を一つ。それを見届けた後、俺はできる限り小さな動きを意識して体をひねると――
「こう、かっ!」
体一つ分だけ横にずれた俺の脇腹を、魔物の皮膚が掠めていく。三度目の正直という奴だろうか、俺はようやく自分の身体能力に適応しつつあった。
「とはいえ、ここから仕留めるにはもう一段階必要なわけだけど……‼」
「ルカ、イメージすることじゃ! お主が望んだ形が、お主の武器そのものになる!」
突進の勢いを殺しきれない魔物の後姿を見つめていると、リーシアがそう助言を飛ばしてくる。イメージ――というか空想は、独りだった俺が唯一楽にできた遊びだったからな。ここに来て必要とされるのがそれなら、俺にとっても望むところだ。
「……俺の血よ……なんて言うと、カッコつけが過ぎるかもしれないけどな」
一人でそう苦笑しつつ、俺は脳内に自分だけの武器を思い浮かべる。今目の前にいる魔物を倒すための武器を……そして、ゆくゆくはリーシアをも守れるようになるための武器を、克明に。
今の姿のリーシアなら戦闘は任せてもいいだろうが、常にそうでもいられないのは証言の通りだ。なら、いつかは俺がリーシアのことを守らなければならない時だって来るかもしれない。そうなったとき、自分の力不足のせいで泣くことが無いように――
「……頼む、力を貸してくれ!」
その思いに何かが応えてくれたのか、俺の叫びとともに俺の手のひらの中に紅い結晶が出現する。血をそのまま固めたようなそれは、リーシアが操っていたそれと同質のものだ。
それを強く握りしめると、その手の中で結晶の形が変質していくのを感じられる。どこか懐かしい温かみを感じて、変質した結晶を見つめると、
「……これが、俺の武器ってことか?」
紅い光を放ちながら、決勝は俺の手のひらの上で細長い形へと変化していく。最終的に出来上がったそれは、まるで日本刀のような形をとっていた。
ルカは戦闘センスこそありませんが、学習能力、適応能力は決して低くありません。そんな彼がどこまで強くなれるのか、そう言ったところも注目していただけると嬉しいです!
――では、また次回お会いしましょう!




